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今生きる場所での幸せ

 ベッドの上に広げられた淡いオレンジのドレスをそっと持ち上げ、袖を通す。

 今日はジェーンの結婚式の日だ。


「おーい、準備出来たか?」

「うん、今行く!」


 もう髪型はセットし終えているので、ルストに貰ったイヤリングを耳に着けながら階下から呼ぶ叔父の声に返事を返した。

 そのままヴァイスに貰ったショールを肩から掛け、ロインに貰った薔薇を髪に着ける。

 ……なんか貰い物多くない?

 やっぱり何か買って返さないとなあ、皆どんなものが良いんだろう。

 なんだろう、複数人の男に貢がせた挙句プレゼント渡して回る状況って……悪女になったみたいだ。

 いや、別に他意は無いし、お礼だし。

 恋人がいるわけでもないし股がけしてるわけでもないから別に良いんだろうけど。

 そんなことを考えながら階段を降り、スーツ姿の叔父と合流する。

 玄関でドレスとセットで買ったパンプスを履き、叔父とともに移動魔法陣へ向かった。

 魔法陣にはもう行き先が設定されていたらしく、町ではなく森の中へと転移する。

 魔法陣のあった小屋を出れば、レンガで整えられた道へ出た。

 大きな木に囲まれた道には木漏れ日が差し込み、花々が咲き誇っている。

 髪を撫でる風が少し冷たくて気持ち良い。

 結婚式には最高の天気ではないだろうか。


「エルフの森ってこんなに綺麗なんだね」

「そうだな、エルフ族は魔力が高いからその力で森も綺麗になってるらしいぜ」

「へえ」


 元の世界でもこんな力があれば環境破壊もかなり抑えられるのではないだろうか。

 そんな事を考えながら叔父の横を歩いていると、会場にたどり着く。

 森の中、ポッカリと開いた広場に美しい花々で飾られた式場に目を奪われた。

 様々な形の屋根に大量の花が覆い茂り、藤棚のように上から吊り下げられている。

 魔法が使われているのか花の下も明るく保たれ閉塞感も無い。


「すごい、綺麗」

「こりゃあすごいな、圧巻だ。お! ほらアヤネ、サーラちゃんいるぞ」



 叔父が言った方を見ればサーラが手を振っていた。

 手を振る動作に合わせて彼女の三本の尻尾が揺れる。


「アヤネ! こっちこっち!」

「サーラ!」

「良かったな。俺もちょっと知り合いに挨拶回りしてくるわ。座席は一緒にしてくれてるらしいから後でな」

「うん」


 どこかへ向かった叔父を見送り、結婚式の会場前で待っていてくれたらしいサーラに合流する。

 彼女の種族の衣装だろうか、いつもの動きやすい防具付きの服とは違うドレスに身を包んでいた。


「待っててくれたの?」

「うん、やっぱり友人枠の人間ってアヤネ一人らしいから」

「ええ……まあいいや覚悟はしてたし。サーラそのドレス可愛いね」


 淡いグリーンのドレスにピンクのガーベラのような花をつけているサーラ。

 明るく可愛らしい彼女にすごくよく似合っている。


「ありがとう! ピンクのドレスと悩んだんだけど花はこれが良かったからこっちにしたんだ」

「私も最後までピンクのドレスかこっちのドレスにするか悩んだんだよね」

「アヤネも似合ってて可愛いよ! その副団長さんと買いに行ったらしいドレスとロイン様に貰った薔薇! あ、イヤリングもルストからだっけ」


 にやりと笑うサーラに顔が引きつる。

 あの日以来自警団の二人、特にミリティと意気投合したらしいサーラはあの二人とよく一緒にお店に来るようになっていた。

 以前は人間用の入り口を利用していたらしい二人が、最近はこっちの入り口からダンジョンへ行くようになったからだ。

 魔物との共生に向けて積極的に動く事に決めたらしい二人は、私と話している魔物のお客さんに話しかけながら交流を持ち始めている。

 因みにヴァイスとは来る時間帯が違うので鉢合わせた事は無い。

 が、あの二人が町の人と話したりした情報はサーラに筒抜けだ。

 ヴァイスが普段着で女性と遊びに行ったのは初めてだったようで、意外と町の人達の注目を集めていたらしい。

 おかげであの三人と遊ぶとひたすらにからかわれるようになってしまった。

 基本は真面目なセリスもノリは良いので歯止めにはならない。

 からかいはしつつもこれ以上はまずいかなという所では止めてくれたジェーンが恋しい。


「嫌な交友関係を繋げちゃったなあ」

「私は人間の友達が増えて嬉しいよ」


 冗談交じりのやり取りで笑いながら受付を済ませる。

 受付のエルフの人とは顔見知りらしいサーラが、先に私を紹介してくれたので少し驚かれただけだった。

 そのままサーラと共にジェーンの元へ向かう。

 向かう最中の視線が痛い、ずっと見られている。

 視線に悪意は籠っていないが、驚かれた後に納得の視線が飛んでくるのはジェーンが何か言っていてくれたんだろうか。

 多少警戒を含んだ視線が飛んでくることもあるので、隣で歩いてくれるサーラにありがたさを感じながら彼女に案内されるまま歩く。

 式場の奥の家の中、豪華な扉の先でいつものように笑顔でジェーンが迎えてくれた。


「アヤネ、サーラ……来てくれてありがとう」


 そう言って微笑むジェーンは白の花で出来たドレスに身を包まれている。

 頭の先からつま先までふんだんに花が使われたドレスは彼女の黒い肌にとてもよく似合っていた。


「ジェーンすっごく綺麗!」

「こちらこそ招待してくれてありがとう!ドレスすごく似合ってるよ」

「ありがとう、アヤネも元気そうで安心したわ。流石にここ何か月かはお店に行けなかったから。サーラから聞いたけど怪我は大丈夫なの?」

「うん、大丈夫。もう痕も魔法で消してもらったから完治してるよ」

「結婚式準備が忙しかったもんね。あたしもアヤネの怪我とかあの二人と仲良くなった話はしたけどジェーンは森から出られなかったから」

「もう少しして落ち着いたらまたお店に行くわ。そうしたらその女性騎士さん二人の事も紹介してね」

「うん!」

「ダンジョンに潜らなくても気軽に遊びに来てね!」


 そこまで話した所でガチャリとドアが開く音が響く。


「ジェーンそろそろ、おや」

「あ、こんにちは」

「初めまして、お邪魔してます」


 入って来たのは同じく白のタキシードに身を包んだダークエルフの男性だった。

 胸元に新郎新婦しか着けられない白い花が飾られている所を見るに彼がジェーンの旦那様らしい。

 穏やかに笑う男性は私を見ても驚きもせず笑顔で迎えてくれた。

 彼を見てジェーンが頬を赤く染めて笑う。

 幸せそうな笑顔にこちらも嬉しくなってサーラと二人、顔を見合わせて笑った。

 最高の幸せのおすそ分けだ。

 そろそろ席に着いた方が良さそうな時間になってしまったので、名残惜しいがジェーンに別れを告げて控室を出る。

 ただ、途中で自分の種族の長に呼ばれたらしいサーラが離れてしまい、一人になってしまった。

 一人になった途端視線がすごく気になってくる。

 足早に自分の席に向かいながら辺りを見回して見知った顔がないかを探す。

 お店のお客さんとかいないだろうか。

 そんな風にキョロキョロしていると前方でチカッと何かが太陽の光を反射する。

 そちらを見ればようやく見知った顔が見えてホッとした。


「ヴァイス!」

「おやアヤネ、もういらしていたんですね」


 金色の髪を光に反射させながら振り返った彼が笑う。

 服はいつもの自警団の制服だがマントが少し豪華だ。

 胸元に黄色の百合の花をつけているがすごく似合っている。


「うん、今花嫁に挨拶してきた所。さっきまでサーラが、えっと、あの狐の子が一緒にいたんだけどちょっと呼ばれちゃって。視線が気になってたからヴァイスが見つかって良かった」

「視線は私と一緒にいた方が飛んでくると思いますが」


 ちょっと苦笑いして言うヴァイスには確かに様々な所から視線が飛んで来ている。

 そういえばこの式は偉い人が集まっているらしいから彼がハーフだという事も知れ渡っているのかもしれない。


「それでも知ってる人がいるだけでありがたいよ。叔父さんもまだあいさつ回りしてるみたいだし」

「さっきうちの団長と話していましたよ。この間の件で何故か仲良くなったらしくて」

「ああ、うん。最近なんだか一緒に飲みに行ったりしてるみたいだね」


 あの事件で説明を請け負ってくれた団長さんと意気投合したらしい叔父。

 交友関係を広げるのが上手いのは素直に羨ましいと思う。



「ヴァイスは席はどこなの? 自警団でまとまって座る感じ?」

「いえ、参加者は私と団長のみですので。先ほどタケル殿にお聞きした時に私も団長も同じテーブルだと言っておりました」

「あ、なら私も一緒だ。良かった」


 知っている人と同じテーブルというだけでありがたい。

 サーラも同じテーブルらしいのでジェーンが計らってくれたのかもしれないな、そう考えた時にふと嫌な予感がよぎる。

 ジェーンは私が限界を迎える前に恋愛話を止めてはくれるがそれまでは物凄く楽しんでいる。

 そのジェーンが私とヴァイスを同じテーブルに?

 もちろん人間である私の居心地を考慮してくれているという事もあるんだろうが……なんだろう、これだけでは済まない気がする。


「アヤネ、どうかしましたか?」

「え、ううん! 何でもないの」


 不思議そうに首をかしげるヴァイスに慌ててそう答える。


「そういえば、ショールありがとう。森だと結構肌寒いんだね。あの時はショールとか全然思いつかなかったから今すごく助かってるよ」

「それは良かったです。黒でしたらどんな物でも合うと思いまして」

「ヴァイスセンス良いよね。出かけた時の私服も似合ってたし」

「アヤネにそう言っていただけると嬉しいですね。アヤネもあの時のワンピースお似合いでしたよ」

「え、あ、ありがとう」


 嬉しそうに笑いながらそう言われ、なんだか照れ臭くなる。

 この人本当に美形だよなあ、イケメンと言うよりは美形とか綺麗と表現したい顔だ。

 赤くなりそうな顔を何とか我慢しつつ、ヴァイスと話していると後ろから声がかかった。


「おおアヤネにヴァイス。もう戻ってたのか!」

「叔父さん。あいさつ回りはもう良いの?」

「ああ、もうあらかた回ってきた」


 そう言ってこちらへ歩いてくる叔父さんの後ろにもう一人見知った姿が見える。

 銀色の髪を揺らし、いつもより少し豪華な黒のスーツに身を包んでいる彼。

 胸元の薔薇はいつも通りだが、逆にあの薔薇以外の花をつけている姿は想像出来ないので違和感は無い。


「ロイン! あれ、ロインもこのテーブル?」

「アヤネか、ああそうだ。お前もか?」

「うん。あ、薔薇ありがとう。おかげさまでずっと枯れないから普段は部屋に飾ってられるし気に入ってるよ」

「それは良かった」


 少し目元を緩めて笑うロイン。

 しかしこれ絶対ジェーン狙ったな、何か面白い事でも起こるかな的な感じでこのメンバーを同席にしたよこれ。

 ロインと話しているとさらに飛んで来る視線が増えた気がした。

 小さくだが、本当に魔物と話してる、なんて声も聞こえてくるので私か叔父の事で間違いなさそうだ。

 私に笑いかけていたロインの視線がふと私の後ろへと向き、その表情が少ししかめられる。

 視線の先を辿れば、余所行き用の笑顔のヴァイス。


「……お前か」

「こんにちはロイン殿。本日は同じテーブルですのでよろしくお願い致します」

「ああ」


 どこかぎこちない二人の間に挟まれる形になってしまい若干気まずい。

 助けを求めて視線を動かしても、何やら面白そうに笑っている叔父が目に入るだけだ。

 そういえばこの二人が揃っている所は初めて見た気がする。

 この二人って魔王との戦争では敵同士だったんだよね。

 その関係が知れ渡っているのか、今までずっと刺さっていた視線は清々しいまでに綺麗に逸らされている。

 何やら空気もピリついているような気がして、仕方なしに口を開く。


「あーその、二人と会う時はそれぞれ別々の時だから、こうやって二人一緒にいる所を見るのって不思議な感じだなあ」

「……そうですね、彼とは活動時間が違いますから。私が貴方と二人で会うのは大体夕方ですし」

「そうだな、俺も君と二人で会うのは夜に共に食事をとる時が多いからな」


 ロインもヴァイスも二人で、という言葉に力が入っていたのは気のせいじゃないと思う。

 その証拠にいつの間にかこちらに近付いて来ていたサーラが歩みを止めて瞳をきらめかせている。

 あれ、二人の気まずい空気は無くなったけど私の気まずさがその分物凄く上がった気がするぞ?

 気まずい空気は霧散したが、代わりに二人の間で火花が散っている気がする。

 今はまだ私達の間に明確に何かある訳では無いが、色々と察し始めている身としては気まずい事この上ない。

 頼りになりそうな外野二人はニヤニヤしているだけなのでまったく頼れないし。

 ……誰か一人を選ぶという事は他の誰かとの関係を一つ終わらせる事だと思っている。

 まだ誰も動かない今、もう少しだけこのままでいたいと思うのは悪い事なんだろうか。

 もう少しだけ、誰かが、私が……何かが動くまでは皆とワイワイ騒いでいたいと思ってしまう。


「……何やってるんだお前達?」


 天の助けの声は団長さんの物だった。

 呆れ顔でこちらへ歩いてきた彼がそろそろ始まるぞ、と言った事で全員おとなしく席に着く事が出来る。

 テーブルには綺麗に盛り付けられた食事と、真っ白なアマリリスに似た花が一輪置いてあった。

 隣はサーラだったので、席でまであの二人に挟まれるという事は無くホッとした。

 流石に式の間に変に騒ぐようなメンバーではない。

 そこは安心出来るのでサーラと二人で楽しみだね、と笑いながらジェーンの入場を待った。


 荘厳な音楽が美しいエルフ達によって奏でられる中、真っ白なドレスを揺らしながらゆっくりと彼女が入場してくる。

 父親と歩いて入場するイメージの強いバージンロードだが、ここではずっとあの男性がジェーンと腕を組んでいる。

 幸せそうな笑みを浮かべたままゆっくりと進んでいく二人を視線だけで見送り、二人が高砂席に着いた事で式は始まった。

 色々な人の挨拶が終わり、二人が何かの置物の前で聞いた事の無い言語で何かを言い合っている。

 これがエルフ族の結婚の儀式なんだろうか。


「ね、ジェーン幸せそうだね」

「うん、すごく」


 小さな声で話しかけてきたサーラにそう返し、微笑みを交し合う新郎新婦を見つめる。

 親友の幸せが嬉しい、でもどこか寂しい。

 複雑な気分はサーラも同じようだが嬉しさが勝つのもきっと同じだろう。

 ……私もいつかこんな風に誰かと思い合う日が来るんだろうか?

 きっとそれは最近少しずつ変わり始めた私の感情や周りの状況と正式に向き合った時から始まるんだと思う。

 色々と湧き上がる思いを今は見ない事にして、今はただ幸せいっぱいの親友の笑顔がずっと続くように祈った。

 結婚式中に新婦とあまり話せないのは人間の式と同じらしい。

 また後でジェーンが落ち着いた頃に会いに来ようね、そう囁いてくれたサーラに頷きながら式を見守る。


「アヤネ、今からあの二人がテーブル回ってくるから前に置いてある花両手で持って差し出して」


 そう教えてくれたサーラがそっと自分の前に置かれた真っ白な花を手に取る。

 一人一人の前に置かれていた真っ白な花はこのために置いてあったらしい。

 とりあえずサーラの真似をして花をそっと手に取れば、叔父さん達も同じように花を手に持った。

 主役の二人が各テーブルを回り、軽く言葉を交わしながら差し出された花に触れる。

 魔法を使っているのか、白い花が様々な色に変化しているのが見えた。

 なるほど、これはキャンドルサービスのようなものらしい。

 ジェーン達がまわったテーブルがどんどんカラフルになっていくのがすごく綺麗だ。

 会場の端から白がそれぞれの色に塗られ彩られていく。

 私達のテーブルに来たジェーン達が叔父さん達の花の色を変え、最後に私とサーラの所へと来てくれる。

 ベールの下で優しく、でもどこか泣きそうな顔でジェーンが笑うのが見えて、なんだか私まで泣きたくなった。


「おめでとう、ジェーン」

「おめでとう、幸せになってね」


 あまり時間が無いのはわかっているので、サーラと二人でシンプルにそれだけ伝える。

 泣きそうな顔だったジェーンの瞳からポロっと透明な雫が零れた。

 一拍遅れて暖かい何かに包まれる感覚と、視界の隅に滑り落ちていく白のベールが見える。

 ジェーンに抱きしめられている事に気が付いて、同じく一緒に抱きしめられる形になっているサーラと困惑の視線を交わした。

 ジェーンの口から震える声が漏れる。


「落ち着いたら遊びに行くから……ちゃんと、ずっと、おばあちゃんになっても仲良くしてね」


 以前、結婚の招待状をもらった時に約束した言葉とそっくりそのまま同じ言葉がジェーンの口から零れ落ちる。

 私もサーラも限界だったらしい。

 もらい泣きなのか雰囲気に負けたのか、寂しいのか嬉しいのかよくわからない涙が零れて視界が滲んだ。

 仲良くなってから一緒に過ごして来た日々が頭の中をグルグル回る。


「そんなの、当たり前だよ……」

「あたし達の方からだって会いに行くんだからね……!」


 同じように震えた声で三人で言葉を交わす。

 ぎゅっと抱き合って、最後に全員涙に濡れた目で笑い合う。

 そっと離れた私達を、彼女の愛する男性が優しく見守っている。

 この人とならジェーンは幸せになれるだろう。


 この世界に来て初めて出来た同性の親友へ、どうか幸せにと強く願った。


 あの後結婚式はつつがなく終わり、二次会のようなものは無いので何となく同じテーブルに着いたメンバーで帰路に着く。

 おかげさまで私もサーラも目が真っ赤だ。

 それでもどこか幸せな気分でサーラと笑みを交わしながら夕日に照らされた森のレンガの道を歩く。

 先を歩く私とサーラの後ろを叔父にロイン、ヴァイスと団長さんが少し遅れてついて来ている。

 驚いた事に帰りの道でエルフ族の人や他の魔物の人達の数人に好意的に話しかけてもらった。

 エルフの人達に至ってはいつでも遊びに来てあげてとまで言ってくれる人までいたのでそれも嬉しい。


「サーラ、ジェーンが遊べるくらいに落ち着いたら教えてね」

「うん、また三人で遊ぼう。新婚の旦那さんには悪いけど一日くらいちょっと我慢してもらってさ」

「ミリティとセリスの事も紹介しなくちゃいけないしね」

「だね! でもジェーン、幸せそうで良かったよ」

「うん。ドレスも綺麗だったし、旦那さんもずっと優しい顔で見守ってくれてたね」

「ジェーンが惚気るくらい惚れ込んでるだけの事はあるよね!」


 クスクスと笑うサーラもいつかは結婚するんだろう。

 最近ようやく幼馴染君と付き合いだした彼女はいまだにお互い素直になれず喧嘩続きらしいが、それでも思い合っているのが言葉の節々から感じられる。

 いつか彼女も今日のジェーンのように泣き笑いでお嫁に行くんだろう。

 なら、私は?

 途端に少し置いて行かれたような気分になって少し寂しくなる。


「いいなあ、私もいつかは好きな人と結婚したい」


 静かに呟いた言葉を拾ってサーラが笑った。


「アヤネの感情が決まって、それでも悩んでたらいつでも言ってね。ちゃんと相談に乗るから」

「ありがと」


 普段はからかいと恋愛話で楽しんでいるサーラも私の性格はわかってくれている。

 今私が明確に自分の感情を決めたくないと思っている理由も、それでも動きそうな周りに感じている不安も。


「いっそ三人とも結婚した方が遊びやすかったりして」

「それはそうかも」


 また二人で笑いながら移動魔法陣への道を歩く。

 この世界に来て良かった、ジェーンやサーラに会えて良かった。

 元の世界への未練はもう断ち切っていたが、今初めて深くそう思った。

 元の世界ではきっとここまで深く付き合える友達なんてそうそう出来なかっただろう。

 この世界に来れて私は幸せだ、そう心から思って更に笑った。


 サーラと話しながらの道のりはあっという間に終わってしまう。

 気が付けば移動魔法陣の前に着いてしまった。

 ここから行き先をそれぞれ設定して帰る事になる。


「じゃあねサーラ、ジェーンが落ち着いたら会いに行こうね」

「うん、ミリティ達とも遊びたいから今度お店が休みの時に予定が合ったら四人でも遊びに行こうね」

「うん、後で空いてる日教えるね」

「オッケー、じゃあ私は先に魔法陣で……あれ、タケルさんたち遅くない?」

「え?」


 言われて振り返れば結構離れた位置にいる四人が見える。

 そんなにハイペースで歩いていた訳では無いし、むしろ四人とじゃ足の長さの差がありすぎる。

 私もサーラも平均位の身長はあるが、あの四人の身長は高めなので普通に歩いていれば追いつかないなんてありえない。

 サーラと顔を見合わせてから、彼らが追い付いて来るまでその場で待った。

 少し経ってようやく追いついてきた彼らを見て、サーラがそれじゃあ、と口にする。


「皆も来たみたいだし私は先に帰るよ。アヤネ、またね」

「うん、ありがとうサーラ。またね」


 私を一人にするのもなんだからと一緒に待っていてくれたサーラが魔法陣を潜り姿が消える。

 私達も行き先を設定しなければならないので叔父の方を振り返れば何とも言えない顔でこちらを見て来るのに気が付いた。


「どうかした? なんだか遅れてたみたいだけど」

「そりゃお前が結婚願望なんて口にするから……」

「へ?」

「……ああ、いや。なんでもねえよ。俺たちも帰るか、今行き先設定するからちょっと待ってろ」

「え、うん」


 そう言って魔法陣の操作を始めた叔父に背を向け、他の三人の方に視線をやれば何かを考えこんでいるロインとヴァイス。

 何となく話しかけ辛い空気でどうしようか悩んでいると、ニコニコと笑う団長さんが声をかけて来てくれた。


「良い結婚式だったな。今までいくつか魔物の方々の式に参加した事はあるがこんなに和やかに終わったのは初めてだ」

「え、そうなんですか?」

「やはり人間が参加しているというだけで緊張感があるものだからな。最後君に対する態度がかなり軟化していただろう?」

「はい」

「君は見えていなかっただろうが、式の途中で花嫁と君達が抱き合った時はかなりの視線を集めていたよ。皆何とも言えない顔をしていた」

「え、まずかったですかね?」


 私の言葉を聞いた団長さんが噴出し、違う違うと大きく手を振る。


「逆だよ、今日参加した魔物と人間の目にしっかり焼き付けられたんだ。君と花嫁、そしてあの狐の子、人と魔物の間に出来た確かな絆が……我々が目指す共存へ繋がる道がな」


 嬉しくて仕方ないといった笑顔で彼は続ける。


「少なくとも最後の方で君に話しかけてきた魔物達は人間と共生していた時代を思い出した面々だろうな。今日は本当に嬉しい光景が見られた、ありがとう」


 別段意識してやっていたわけでもない事を褒められて複雑な気持ちだ。

 けれど目の前の男性は本当に嬉しそうに笑っている。


「私はただ普通に友人を祝っただけです。でも私の行動がほんの少しでも魔物と人間の共生への架け橋になるなら嬉しいです」


 更に笑みを深めた団長さんがふと何かを思いついたような表情に変わる。


「ふふ、君の結婚相手は人間か魔物か、あるいは……どちらにせよ君が結婚する時には私もタケルの友人枠という事で呼んでくれると嬉しい」

「は、はあ」


 面白そうに笑った団長さんが、なぜか後ろの方で固まっていたヴァイスの背中をバシンと叩く。

 驚いたヴァイスを笑い飛ばしてから俺たちも戻るぞ、と声をかけた。


「まあ俺はこの件に関しては素直に身内を応援する事にするさ。ちゃんと動き出せばだけどな」


 そう言った団長さんが引きずる様にして町行き専用の移動魔法陣にヴァイスを引っ張っていく。

 慌てた様子のヴァイスがこちらを見て声をかけてきた。


「すみません、アヤネ。またお店で会いましょう」

「うん、待ってるね」


 手を振って彼らを見送り、その場に一人残ったロインを見る。

 何故かじっと見返されてドキッとした。


「どうかした?」

「いや……そうだな」


 一度目を閉じて何かに納得したような声を出したロインの背中からふわりと翼が生える。


「俺も今日は帰る。ここからなら飛んで帰れる距離だしな。またな」

「え、ああ、うん。またね」


 そのまま飛び去ってしまったロインを見て結局何に納得したんだろうかと疑問が湧いてくる。

 まあ、その答えを知っている本人はもう飛び去ってしまったのだが。

 考えてもわからないし、私もそろそろ帰ろうと叔父の方を見ればまた何とも言えない顔でこちらを見ていた。


「さっきから何なの?」

「いや、まあ……頑張れよ。相談には乗ってやるから」

「はあ?」


 それだけ言った叔父は魔法陣の設定終わったぞ、と先に行ってしまう。

 慌てて後を追い、見慣れた家の前に転送される。

 長かった結婚式はこれで終わり、明日からまたいつもの食堂での生活だ。

 ジェーンが落ち着くまでは少しかかるだろうが、今度はミリティやセリスも合わせて五人で集まれれば良いな、なんて思う。

 家に入る前に何となく見上げた空はもう夕日も落ちて、いつも通り三つの月が浮かんでいた。

 初めて来た日に私に恐怖を与えたこの月が、今ではもう当たり前になっている。

 ここが今私が生きる場所。

 心から笑い合える親友達が居る、私がこれからも生きていく世界。

 皆と遊べる日を確認したいしお店の休みの日をチェックしようかな、そんな事を考えながら玄関の扉を潜った。





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