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新しい友達と繋がっていく輪

 あの男達の襲撃を再度受ける事もなく、無事に次の日を迎える事が出来た。

 店へと通じる扉までの道はモモが先に見て来てくれたのでそのまま店へと向かう。

 確かモモって感知能力の高いドラゴンだってルストが言ってたし大丈夫だよね。


 普通に店内にたどり着いたので昨日残したままだった食器を洗い、開店の準備をする。

 少し警戒しながら店の入り口を開ければ、店の壁に寄り掛かったルストがよう、と手を挙げてくれた。


「ルスト! おはよう、もしかして早く来てくれたの?」

「おう、とはいえ大体俺は開店と同時に来るから大して変わらねえけどな」

「それでも嬉しいよ。あの人達が捕まってるのはわかってるけどやっぱり不安な所はあるし。ありがとう!」

「ああ、まあそれに関しては多分もう大丈夫と言うか」

「え?」


 聞き返した私に少し悩んだ後、ぐしゃりと髪をかき上げてルストが言い辛そうに口を開く。



「俺はそんなに説明上手くねえから、ヴァイスかロインにでも聞いてくれ」

「え、うん、わかった」


 自警団のヴァイスはわかるがなんでロインなんだろう、そう思ったがそういえば彼は吸血のために牢屋に出入りするとか言ってたからその関係かもしれない。


「詳しい事はわからないけど、とりあえずあの人たちはもう来ないって事?」

「おう」

「え? それなのに早く来てくれたの?」

「お前には伝わって無いから不安なのは変わらねえだろ」

「……ありがとう」


 それがどうしたと言わんばかりに、当然のような顔でそう言ってくれるルストにジーンときてもう一度お礼を言う。

 この人ワイルドな見た目と違ってすごく優しいよなあ。

 今までも何度か感じた事を再認識しながらルストと共に店内へ戻る。


「今日なんかめっちゃ良い匂いしねえ?」

「ああ、今日のおにぎり用の角煮昨日から煮てたから。夜はいったん火を切ったけどさっきもう一回火をつけたから充満しちゃったんだね」

「やべえ、今日も美味そうだ」


 ニコニコしながらカウンターに腰掛けるルストの前で、鍋のふたを開ければトロトロにとろけた角煮が鍋にみっちりと詰まっている。

 濛々と上がる湯気と共に生姜と醤油、肉の匂いが広がってルストの目が更にきらめいた。

 他のおにぎりはさっきまでの間に握ってしまったので後はこの角煮のおにぎりを握るだけだ。

 そこまで考えてふと思いついた事をルストに提案する。

 わざわざ私の為に朝早く来てくれたんだからこれくらいのサービスは良いよね。


「ルスト、角煮はおにぎりじゃなくて丼で食べる? 今なら温かいし、お昼のお弁当は角煮じゃなくて酢豚にしたから被らないよ」

「マジで! よっしゃ、早起きは得だっていうのは本当だな」


 ルストと休日にご飯を一緒に食べてから強く思う様になったのは、彼にご飯を出すのはすごく楽しいという事だ。

 湯気の立つご飯を丼ぶりに盛り、熱々の角煮を少し多めに乗せればキラキラした目でじっと見つめてくるルスト。

 トロトロのたれを回しかける私の手を彼の視線が追ってくるのがよくわかるし、上に温泉卵を割り入れればわかりやすく喉が鳴る。

 いつも結構な量を食べるので他のおにぎりやみそ汁なんかもセットにして手渡せば、彼の顔が歓喜に染まった。


「美味そー! いただきます!」


 熱々の角煮丼をすごい勢いで口へ入れていくルスト。

 熱そうだがそれも楽しんでいるようだ。

 こういう風にしっかり表情に出してくれるので作り甲斐がある。

 ルストが食べるカウンターの斜め前に座っているモモも嬉しそうに果物をかじっているのでなんだか兄弟みたいだ。

 結局その後、ルストは食べ終わってしばらく話してからダンジョンへ向かって行った。

 もう不安は無いと言っていたのに今日も次のお客さんが来るまで待ってくれていたようだ。

 彼の優しさを噛み締めながら次のお客さんを迎えた。


 変化があったのはお昼を少し過ぎた頃。

 お昼ご飯を食べ終わった人がダンジョンへ向かい、ヴァイスが来るまでにはまだ少し時間がある頃だった。

 普段はあまり人が来ない時間にドアが開く音が響く。

 一瞬びくっとしたが、ルストが変な嘘をつくとは思えないのであの男達の襲撃はまあ無いだろうと思いドアの方へ声をかける。


「いらっしゃいませ」

「こんにちはー」

「こんにちは」


 入って来たのは初めて来る女性二人組だった。

 見た事がある、というかこの間見たばかりだ。


「あ、この間の自警団の……」

「おお! 覚えててくれたんですね」

「あの時はすみません、いっそあの男の足でも折っていれば貴方も怪我をしなくて済んだかもしれないのに」


 間違いない、この間助けに来てくれた時に自警団にいた女性騎士二人組だ。

 ヴァイスに罪を受けさせようとあの男達が訴えた時に、団長の声に一番に答えた二人の女性。

 明るい感じのサーラに少し似た感じの女性と、真面目そうだがこの間のヴァイスを庇った時や今の過激な発言を見るに固くは無さそうな女性。

 どちらも整った顔立ちの二人組だ。

 真面目そうな女性の方が少し年上だろうか。


「突然すみません、お仕事中に」

「いえいえ、この間はありがとうございました。おかげで助かりました」

「ほとんど副団長が暴走して終わっちゃいましたけどねー、おかげで珍しいものが見られましたけど」


 面白そうに笑う女性がスッと敬礼の姿勢をとる。


「自警団所属のミリティと申します! せっかくのご縁なので仲良くして下さると嬉しいです」

「同じくセリスと申します。私達も魔物の方との共存を目指しているのです。よろしければ仲良くして下さいね」


 にこやかに笑う二人に悪意は微塵も見られない。

 なんだか嬉しくなって、こちらこそ、と笑顔で返した。

 お客さんがあまり来ない時間帯だったので二人にお茶とお菓子を出して同じテーブルに着く。

 マフィンに森で取れた果物から作ったジャムをつけた物だがこのジャムが結構美味しい。

 サーラやジェーンがたまにおすそ分けで持ってきてくれる物だ。

 美味しいお菓子のおかげか、グイグイ来るタイプのミリティのおかげか、初めは遠慮しがちの会話もどんどん盛り上がっていく。

 一時間もすればもう呼び捨てで呼び合うくらいには仲良くなれた。

 どうやら二人はさっき言っていた通り自警団の中でも魔物との共存へ向けて強く動いている派閥のメンバーらしい。


「あの戦争以来、それまで仲良くしていた筈の人間と魔物の関係もどこかぎこちなくなって。どうにか前みたいに仲良くしたくてもなかなか難しくて」

「言い方は良くないけど、一度は殺しあった種族だしね。実際に戦争に参加していなくても種族間の亀裂は一気に深くなったから」

「私はずっと仲良くしてた精霊の男の子がいたんだけど、戦争が終わってからは会いに行っても扉越しにしか会話してくれなくて。去年あたりかな、ちょっと負けかけてて行く回数がすごく減ってたんだよね」

「そうなの?」

「うん、でもそんな時にアヤネがこの店に来たんだよ」

「え、私?」

「そうそう」


 少し懐かしそうに、どこか寂しそうに言うミリティ。

 ココアに口をつけながらじっと見守っているセリスは色々訳を知っているんだろう。


「実は私一度この店覗きに来た事あるんだ。大体の魔物が人間と距離を置いてるのにカウンター越しに仲良さそうにアヤネが魔物と会話してたから、ああ大丈夫だなって、またきっと仲良くなれるって思えたの」

「実際、その精霊の子はミリティ相手なら窓越しに会話してくれるくらいにはなったしね」

「そっか、良かった」


 私が普通にやっていた事で誰かの助けになれていたのが嬉しい。

 今まで魔物の人達との関わりの方が多かったから人間目線の話を聞くのは新鮮だ。

 なんとなく人間の方から距離を置いているのかな、なんて思っていたのだが魔物の方から離れて行く事もあるらしい。

 でもこうやってまた仲良くしたいと思い合っている人達が居るのなら、共生への道はそんなに遠くは無いのかもしれない。

 そんな事を考えていると、笑顔を少し引き締めたセリスが一瞬何かに躊躇した後私に向かって口を開いた。


「アヤネ、たぶん大丈夫だと思うからちょっと報告するね」

「報告?」

「そうそう、たぶん男連中はそういう報告はしないと思うから私達から。あ、出来れば副団長には私達の口から聞いたって事は黙っておいてね」

「え、うん」


 笑顔を真剣な顔に変えてセリスが静かに話し出す。

 ミリティもさっきまでの無邪気な笑顔を消して姿勢を正した。


「この間、この店を襲ったあの男達についてなんだけど。何か聞いてる?」

「一応もうこの店に来る事は無いって朝来たお客さんの一人が言ってたけど」

「ああ、じゃあその人もかな」

「でしょうね。ああ一応前提として言っておくけれどこの件に関して罪に問われる人はいないわ」

「つ、罪?」


 二人が視線を交し合い、頷く。

 何となく私も姿勢を正して二人の言葉を待った。


「この件に関わった人達は貴方に自分達がやった事を知られたくないと思ってるはず。だからこれは私達の独断」

「まあうちの副団長含めてだけど男は女を守るもの、女はか弱いものって意識がどこかにあるから絶対自分からはアヤネには言わないよね」

「言った方が安心出来る事もあるのにね。そして多分この件に関しては貴方は知っていた方が安心出来るタイプだと思うの。私達の勝手な判断だけど」


 何を言われるのか不安交じりで待つ。

 二人の口振り的にルストも何か関わっていそうだ。


「此処を襲撃した男三人全員、昨日の深夜から早朝にかけての間に牢屋で殺されているのが見つかったわ」

「……え?」


 何を言われたのかよく分からなくて、反応が遅れる。

 あの男達が殺された?


「彼らが入れられていた牢屋はかなり罪の重い罪人が入れられる場所なの。一般人への襲撃は正直死刑になってもおかしくないし、彼らの動機は勝手極まりないものだったから」

「一応裁判って形は取る予定だったけどまあ殺されても文句は言えない扱いなんだよね。だから彼らを殺した犯人も罪に問われる事は無いよ」

「そう、なの」


 そうか、だからルストはもう襲撃の心配は無いって言ってたのか。

 あれ、なんで彼はあの男達が殺されていた事を知っていたんだろう?


「……その殺された件って自警団の外にもう漏れてたりする?」

「いいえ、内密に処理されているはず」

「牢屋内は血だまりだったよ。遺体全部に大きな爪の痕と剣で斬られた痕があった」


 流石にそこまで聞けば理解する。

 大きな爪の痕、本来なら知りえない情報を知っていたルスト。

 昨日鏡に映っていたルストの表情、そういえば夜に用事がある、じゃなくて用事が出来たって言ってたっけ。

 ルストはロインかヴァイスに聞けって言ってたな。

 つまりその二人も関係してるはず。

 なら剣で付けられた傷はロインだろう。

 そういえば昨日は家まで送ってもらったから、彼がダンジョンへ潜って行ったのを見ていない。

 彼を振り返った時に見た強張った顔の事が思い浮かび、全部繋がった気がして顔に手を当てる。

 たぶんヴァイスも関わっているんだろうな、槍の傷痕が無いのは私が手を出さないでと言ったからだろうか。


「……ああーそういう事かあ」

「あはは、思い当たる節有りって感じだね」

「え? あ、これ大丈夫だよね? 本当に何か罪になったりしないよね?」


 慌てて聞いた私に可笑しそうに笑った二人が口を揃えて無いと断言してくれる。

 嘘では無さそうな空気にホッとして息を一つ吐き出す。


「あー、知らない所で結構過保護にされてたんだなあ」


 嬉しいような、ちょっと寂しいような不思議な感じだ。

 確かにこれで私の不安は零になった。

 やっぱり何かお礼したいなあ、いかにも何も聞いてませんよ的なオーラを出しつつお礼すれば向こうも受け取ってくれるだろう。

 この間からあの三人にはお世話になりっぱなしだし、何かお礼の品でも渡したい所だ。


「良かった、私達の考察が間違ってて貴方がショック受けたらどうしようかと思ってたけど」

「大丈夫そうだね、良かった」

「だってさ、いくらあの三人が捕まってるって聞いたって正直彼らが生きてる間は私はずっと不安だよ。力の差はあるし、姿隠しの魔法が使える事ももうバレてる。今度彼らが襲って来たら私生き残れる気がしないもの」

「だよねー、相当楽観的な性格でもない限り加害者がいつかまた来るかもって考えちゃうし完全に安心は出来ないでしょ」

「副団長もこの件に関わったらしい人物もアヤネには言わなそうだったから、私達が少し話してみて大丈夫そうだったら真実を伝えちゃった方が良いかなと思ったの」

「ありがとう、正直に言うと今すごく安心してる。そんなに性格が良いわけでもないし自分に危害を加えて来る人達が死んだって聞いた所で、同情したり出来ないよ。むしろホッとしてる」

「そりゃあそうだよ、加害者が死ぬ事が一番自分が襲われないって実感させてくれる事だもん。今回みたいな事件なら特にね」


 ともかくこれで一安心だ。

 もうあんな恐怖を味わうのもお客さんの心配そうな視線を受けるのも勘弁だし。

 とりあえず彼らに具体的な事は言わずにお礼だけ言おうと決める。

 私や店の為に手を血に染めてくれるくらいに好いてくれてるんだと思うと、恥ずかしいような申し訳ないような不思議な感覚が沸き上がってくる。

 私の反応にホッとしたらしき二人も顔を見合わせて笑い、穏やかな空気が戻って来た。

 どうやら私は新しい友人達とも上手くやっていけそうだ。

 この話は終わりと言わんばかりにマフィンに手を伸ばしたミリティとセリスに倣って私もココアに口をつけた。


「そうだ! アヤネってさ」


 それから二十分位雑談していた最中、何かを思いついたらしいミリティが私に話しかけようとした瞬間に店の扉が開く。


「やっほーアヤネ! 森で取れた果物のおすそ分けに来た……よ」


 勢いよく店の扉を開けてサーラが入ってくる。

 満面の笑みは私の正面に座るミリティとセリスを見て固まった。

 同じく固まった二人と無言の見つめ合いが始まる。

 三人の顔を見回してから立ち上がり、サーラに声をかける。


「ありがとうサーラ。ちょうどこの間貰った分が切れて来てたんだよね。サーラが持ってきてくれる果物美味しいから気が付いたら消費しちゃって」

「え? ああ、うん。気に入ってくれてるなら良かった」


 私に返事をしながらもサーラの狐耳がピクピクと動き、テーブルに着く二人を気にしているのがわかる。

 あの二人は魔物と仲良くしたいと言っていたし、サーラも人間にそこまで偏見は無い。

 ミリティとサーラはフレンドリーなタイプだし気が合うんじゃないだろうか。

 そこまで考えて、物は試しとサーラを誘ってみることにする。


「サーラも良かったら一緒にお茶しない?」

「え? でも……」

「この間貰った果物で作ったジャムとマフィンあるよ。それとも時間無い?」

「いや、あるけど」


 ハッと何かに気が付いたらしいミリティが立ち上がり声を上げる。


「私達も良かったら貴方と話したいです。一緒に女子会どうですか?」


 おずおずと頷いたサーラが私の隣に座り、ココアとマフィンに口をつける。

 流石に普段のにぎやかさが出ない上に、さっき声を上げたミリティも視線をウロウロさせている。

 何となくセリスの方を見れば視線が合い、二人で苦笑した。

 セリスがそっと声をかける。


「初めまして、私はセリス。自警団の騎士です」

「あ、ミリティです。同じく自警団の騎士やってます!」


 セリスのおかげで少し空気が柔らかくなり、二人が自己紹介を始めた。

 少し視線をさ迷わせたサーラが一度唇を引き結び、笑顔を浮かべる。


「初めまして、サーラです! アヤネとは友達でダンジョン攻略に通ってます」


 三本の尻尾をユラユラと揺らしながらサーラが精一杯笑う。

 緊張感が漂う空気が少しずつ緩くなっていく。

 新しい友達の輪がどんどん広がっていく光景に嬉しくなって笑みが零れた。

 仲良くなりたいから敬語は無しでと言ったミリティに頷いたサーラが会話に加わり、ぎこちないながらも会話を進めていく。


「そういえばミリティ。さっき私に何か言おうとしてなかった?」

「あ、そうだった!」


 今までの若干強張った表情が吹き飛び、彼女の表情が一気に明るくなる。

 どこかで見た事のある表情にちょっと嫌な予感がしたが、私が止める前に彼女は声を出した。


「アヤネって結局うちの副団長とどういう関係なの? あの礼儀正しい人が女の人を呼び捨てにした挙句、人の目がいっぱいある所で抱きしめるなんてすごく驚いたんだけど!」


 目を見開いたサーラの視線が痛い。

 言った本人のミリティはもちろん、セリスもにっこり笑いながらこちらを見ている。

 私が口を開く前にサーラの口が開いた。


「え、え? アヤネが仲いいのってロイン様でしょ。別の人と付き合いだしたの? ルストでもなく?」


 ますます輝いた彼女達の目に、ジェーンとサーラとの女子会で散々からかわれた時の事を思い出した。

 慌てて騒ぎだしそうな彼女達の発言に被せる様に声を出す。


「いやいや、恋人とかいないって!」

「ええっ? じゃあ副団長の片思い?」

「脈はありそうだったけど……サーラの言ってるロイン様とルストって人も気になるね」

「あたしも副団長って人が気になるなあ、もしかしてジェーンが言ってた人間の騎士さん?」



 さっきまでのぎこちなさはどこへやら、まるで長年の親友同士のように同じ話題でキャーキャーと騒ぎ出した三人。

 何か言おうとしても勢いに押されて、何も言えず口をパクパクさせながら成り行きを見守る事しか出来ない。

 さっきまでの優しかった空間はどこへ行ってしまったのだろう。

 話題ゆえに置いてきぼりを食らい、かといって加われば藪蛇になるのは確実。

 ドアの開く音が響いたのはそんな時だった。

 天の助けとばかりのそちらを見て声を上げる。


「いらっしゃいませ!」


 勢いがよかったのは見逃してほしい、そんな事を思いながら視線を向けた先に驚いた表情のヴァイスを見つけ事態の悪化を察する事になった。

 驚きの視線は盛り上がりがピークになって満面の笑みになっていた彼女たち三人へ向けられており、三人も笑顔のまま固まっている。

 一番先に我に返ったのはセリスだった。

 スッと立ち上がり、さっきまでとは違う穏やかな笑みへ表情を一瞬で変化させて口を開く。


「お先にお邪魔しております副団長。私たちはもう帰りますので失礼いたしますね」

「失礼します、副団長。サーラ良かったらこれから私達とお茶でもどう?人の視線が気になるなら穴場の喫茶店に案内するし。色々聞きたい事もあるしね」


 その言葉にピン、と耳を立てたサーラが嬉しそうに笑う。


「うん、行く行く! あたしも色々聞きたい事あるし」


 色々の辺りで私の方に視線を寄越すのは止めてほしい。

 ああ、次に彼女たちが来店した時が怖い。

 とはいえ嬉しそうに笑う三人に種族の壁が微塵も感じられない事への嬉しさはある。

 一つため息を吐き出して店を出ようとする三人を見送る。


「またね、次はお店が休みの時に私も行くからね」

「うん、またね」

「なら予定を立てておくよ、お菓子ご馳走様」

「またねアヤネ、あ、果物ジャムにする時は私の分もよろしく!」


 ぽかんとした表情のヴァイスの横をすり抜けて三人が店を出ていく。

 さっきまで賑やかだった店内に静けさが戻り、固まっていたヴァイスがこちらを見る。


「あの、彼女達はうちの団員ですよね。もう一人の狐の女性は……」

「私の友達だね、ちなみに三人は今日が初対面」

「初対面……ええと、本当ですか? その、それにしては仲が、」

「ああーあれだよ。女子の恋愛話は種族間の壁なんて関係ないんだよきっと」

「は、はあ」


 そういえばヴァイスが目指す魔物と人間の共生が一つ上手くいったのではないのだろうか。

 何も揉める事は無く、平穏な感じでサラッと達成された気がする。

 強いて言うなら私の精神が犠牲になったけれど。

 未だに混乱中らしいヴァイスに席を勧めて、私も今まで使っていたコップ等を持ってカウンターへ戻る。

 流石に今すぐヴァイスにお礼を言えば彼女達が教えてくれた事が丸分かりになってしまう。

 最終的には気付かれはするだろうし、彼女達が何か言われる事は無いとは思うけれど。

 お礼を言いたい気持ちをグッと堪えて、食事の注文を取る事にする。

 夜にロインにお礼を言うのは大丈夫だろう。

 ルストとヴァイスには明日言えば良い。

 詳しい事は何も言わずただありがとうとだけ言えば察しの良い彼らだから色々気が付いてくれるだろう。

 ヴァイスの注文を聞きながら、新しい友達と出掛けられる日を楽しみに思った。




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