【閑話】少しだけ道混じる夜の話
町が寝静まる深夜、月明かりの下の人気の無い牢屋に男が三人立っている。
静かに視線を交し合う三人の足元は赤く濡れ、不気味に月明かりを反射していた。
ポタポタと赤い液体が滴る大きな爪を持つ大柄な男が面倒そうに口を開く。
「なんで久しぶりに集まる場所が此処なんだよ、示し合わせた訳でもねえのに」
同じく手に持つレイピア状の赤い剣から同じ色の液体を滴り落としている男が薄く笑った。
「集まりたくて集まった訳では無いが、ある意味必然か。彼女のこれからを思えばおかしくはないが」
その言葉を聞いたこの空間で唯一体のどこも赤く染まっていない男が肩をすくめる。
「まったく。彼女との会話で何となく察していましたが貴方達が相手だなんて厄介ですね」
彼らの足元で三人の人間が倒れ伏している。
その内の二人は赤い海に沈んでピクリとも動かない。
もう事切れているようだ。
唯一僅かに動いた一人が声にならない声を上げようと口を動かす。
結局音になる事は無かった声だが、近くにいた三人の男はそれに反応して倒れ伏す男を見つめる。
その瞳に温度は無く、ただ無機質な瞳が男を貫いた。
「こいつが主犯格か。よりにもよってあの場所に、あいつに手を出したのが間違いだったな」
「そこまでしつこい性格だとどうせまた彼女を狙うだろう? 憂いは取り除いておかねばなるまい」
苦しげに呻きながら必死にその場から逃げ出そうと、もうほとんど動かない四肢を必死に使おうとして男がもがく。
「あいつは戦いを知らねえからな。こういう処分はしっかりしておかねえと今度こそ取り返しがつかなくなっちまう」
「もうあんな怪我をされるのはごめんだ。お前達が生きている間は彼女も気が休まらないだろうしな」
もがく男がそれまでの蹂躙に加わっていなかった一人の男に視線を向けた。
何かを訴えかけるように必死にその男の足元へ移動する。
向けられている視線は冷たいままだというのに、そこへ行けば助けてもらえると言わんばかりだ。
「は! どうやらお前に助けてもらおうとしてるらしいぜ」
「どうするんだ、お優しい騎士様?」
どこか揶揄るように聞かれた男が笑みを浮かべた。
月明かりに照らされた笑みはその男がいつも浮かべている優し気な微笑みと同じ物。
この状況で浮かべられたその笑みが異常な雰囲気を更に深めていく。
「冗談でしょう? 彼女に言われましたから手こそ出しませんが、一番この男を引き裂いてやりたいと思っているのは私ですよ」
「そりゃあそうだ、こいつもよくお前相手に命乞い出来るもんだぜ」
男の発言を笑い飛ばした大柄な男が、表情を絶望に染めた男の前にその大きな爪を振り下ろす。
男の髪が数本空に舞い、その表情が更なる恐怖に染まる。
「何を怯えているのやら、武器を持った事すらない彼女に三人がかりで襲い掛かったのはお前達だろう。彼女の方がよほど怖かっただろうに」
そう言った男が手に持った真っ赤な剣を倒れ伏す男の首筋に当てた。
男の震えが大きくなる。
必死に見上げた先に立つ男は変わらず冷たい視線で男を見下ろしている。
「もう良いだろ? こいつらの始末のためにダンジョンの攻略いつもより早く切り上げてきたんだ」
「俺は今日潜ってすらないぞ、飯は食いに行ったが」
「あの食堂で最後に食べるのは毎回貴方ですよね? 彼女はもう家に戻ったのですか?」
「ああ、送って来た。俺はそのままここに直行したが、こんな時に無意味に出歩くほど呑気では無いだろう。もう眠ったんじゃないか?」
「なら良かったぜ。何も気にせず始末出来る」
「手を出さない分の言い訳はお前に任せるぞ」
「ええ、もちろんです。もっとも団長もこうなる事はなんとなく分かっている様ですが」
その言葉を聞いた虫の息の男がガタガタと震えだす。
ようやく自分が孤立無援だと実感したらしい。
「おや、今頃気が付いたんですか? あの店は私達自警団、ひいては王室にとって今とても重要な場所なのですよ。だからこそ自警団を代表して私があちらの入り口を利用していたのです。様子見のためにね。今は自分から進んで行っておりますが」
「魔物との共生を目指している王室にとっては、あの店はそれの足掛かりになる可能性の高い場所だ」
「最初はタケルだけだったから本当に様子見だけの状態だったけどな。人間の中では体のでかい男のせいか、魔物は恐怖を感じる存在じゃねえ、なんて言っても少し説得力に欠けてたし」
「タケルは魔物が襲い掛かっても自分で対処出来そうだからな。実際は結構非力だが」
「まああいつは戦えなくてもどうにかしそうだけどな、大体笑い飛ばして終わってるし」
馴染みの男が豪快にすべてを笑い飛ばす様子を思い出したのか、表情を若干げんなりした物に変えた男達が続けて口を開く。
「そこに来たのが彼女です。線も細く小柄な女性が魔物という事等気にもせずに接し、休日にはその肩にドラゴンを乗せ笑顔で町を歩き回る」
「その町で怯えた視線に晒されて居心地悪くコソコソ買い物をしていた魔物にも、知った顔であれば笑顔で話しかける。その話しかけられた相手も笑顔で会話をし始める状況が大衆の目の前で当然の様に展開されていく。そのせいか町の連中の視線も若干だが緩くなって来ていた所だ」
「王室としては見逃す手は無いって事だな。ついでに言うと今日お前らを殺しに来たのは俺達三人だけだが、あの店であいつを気に入ってる魔物はもっといるんだぜ? 呪いに特化した連中もいるし、暗殺に特化した連中もいる。あの店を襲撃した時点でお前らの未来は決まってたんだよ」
「むしろ感謝してほしいくらいだ、拷問に特化した連中が動き出す前に殺してやるんだから」
「まあ、その方々に動かれてしまうと私も庇うのが難しくなってしまいますから。今日のやり方でしたら犯人もハッキリしませんし、王室の方々も平和への必要な犠牲と判断して下さるでしょう」
顔を絶望に染めた血だまりの中の男。
三つの視線が静かに男を見下ろしている。
「逆鱗に触れるとはこういう事を言うのでしょうね。あの店にくる魔物の方々は優しい方ばかりですし。彼女が怪我をしたのが故意で無ければここまでの騒動にはなりませんよ」
「まあ、事故で怪我させられたっていうならあいつがもっと気をつけろよって言われて終わりだろうな。怪我自体は今回みたいなのじゃなきゃ誰かしらが魔法で治すだろうし」
「今回の件はお前達がまた襲いに来る可能性が高いのが問題だった。いくら防犯体制を強化しようともその防犯体制に一番詳しいのは自警団だ。元自警団のお前達ならいくらでも裏がかける」
「まあ自警団の連中も頭を悩ましてる案件って事だ。放っておけばお前らはまた繰り返すだろうし、そうなれば今度こそ魔物との共生が遠のいちまう」
「あの店を利用している魔物は人間との共生を果たすのに一番近い位置にいる。そこを壊そうとするお前達はあの場所を大切にしている魔物達にとっても、あの場所を共生の足掛かりにしたい王室にとっても邪魔な存在という事だ」
自分達が私怨で行った事の重大さに気が付いたのか、ヒューヒューと息を荒げて後退りしようとする男。
その様子を温度の無い瞳が見下ろし、空中に爪と剣が振り上げられる。
「じゃあ、もういいよな」
「さっさと別の場所でやり直せばよかったものを」
絶望に染まった男の目が見開かれ、その瞳に月明かりを反射する二つの凶器が映る。
それが振り下ろされるのを、武器を構えていない唯一の男が静かに見守っていた。
完全に事切れた三人の男が赤い海に沈んでいるのを見下ろす男達。
誰かが吐いたため息を合図にそれぞれ武器をしまい込む。
「つーかお前魔力吸わなくていいのか? 新鮮な血液の海だぞ」
「今日はダンジョンへ行っていないし、さっき補充してきたからいらん」
「は、補充? まさか怪我をしている彼女から吸って来たんですか?」
「はあ! お前あいつの血吸ってんのかよ?」
「本人が良いと言ってるんだから問題ないだろう」
「あいつはどうしてそういう所でオーケー出すんだよ……」
「人が良いにも程がありますね」
殺気は混ざっていないにしろ、ピリピリとした空気で見つめあう三人の男。
ただし敵意というにはそれはとても緩いものだった。
以前敵同士で睨み合った時とは比べ物にならない位に平和な、それでも張り合うような視線を交わす。
そんな時間の終わりを告げたのはさっきとは違う男かそれとも同じ男か。
ともかく誰かが吐いたため息で視線が外される。
「もういい。明日も食堂行ってあいつの飯食いたいし、俺はもう帰る」
「そうだな、今日はダンジョンにも潜らなかったし俺も帰って寝る」
「貴方夜型なのに夜も寝るんですか? 私は戻って見回りの隊員が此処を見つけて騒ぐまで待機しておく事にしますよ」
「もう朝も近いってのにこのスプラッタな現場見せられるなんて気の毒な隊員だぜ」
皮肉交じりで笑った男が去っていくのを皮切りに全員が違う方向へ向けて歩き出す。
敵味方の差はあれど最後の戦争の時に集まった男三人。
今は全く違う道を歩いている三人が、初めて同じ目的で集まった夜はあっという間に明けていった。
普段は小説を読むのに邪魔になってしまう気がしますので後書きは書きませんが、閑話という事で失礼致します。
いつもこのシリーズを読んでいただきありがとうございます。
評価や感想、ブックマーク等もとても嬉しいです。
現在多忙とパソコンの不調の為、中々執筆の時間が取れず以前の様に毎日更新が出来ておりません。
ですが、頂いた評価や感想を読む度に書く気力が沸き上がってきますので少しペースは落ちますが書き進めております。
完結出来るよう頑張りますので、これからもこのシリーズをどうぞよろしくお願い致します。




