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買い出し

 

 少しだけ期待していた、目が覚めたらいつもの日常が始まっている事。


 部屋の中をカーテンの隙間から入ってきた光が照らす。

 眩しさに目を開ければ、見慣れない天井。

 少し頭が働きだすまで間が開いたが、ピョコッと視界に飛び込んできた桃色の竜を見てやっぱり現実だったのかと実感する。

 そっと起き上がれば、モモがキューキューと鳴きながら布団の上を歩きだす。

 その様子を見ながら、昨日叔父さんに貰った着替えに手を通した。

 因みにこの着替えは叔父さんがこの世界に飛ばされる前に私にお土産として買った物だったらしい。

 私の画材なんかと一緒でこちらへ持って来てしまった物だ。

 家の中は昨日軽く案内されていたので、さっさと身支度を済ませる事にして洗面所へと向かう。


 鏡の中に映る自分は、思ったよりも疲れた顔はしていなかった。

 これが現実だというのならいつまでも戸惑っているわけにはいかない。

 今まで生きてきた場所の物や人がほとんど無い中で生きていかなくてはならない。

 昨日感じていた不安はあまり無い。

 結局人間、与えられた環境の中で生きていくしかないのだから。

 もっとも私が冷静なのはきっと叔父がいるからだ。

 知らない世界だが保護者がいて、こうして住む場所も仕事もある。

 生活の基盤が提供されているからこそ、この余裕はあるのだろう。

 叔父には感謝してもしきれない。

 幼い頃両親が亡くなって引き取って貰い、今この常識から外れた現象の中でもまた生きていく術をくれる。

 とりあえずお礼はまず料理の腕で返していこうと思いながら、朝市に行くと言っていた叔父の元へ向かった。


 肩にモモを乗せ、叔父と共に玄関を出る。

 この家はグルっと巨大な渓谷に囲まれた形になっているらしい。

 家の周りを一周してみても渓谷と遠くの地平線しか見えない。

 地平線には眩しい位の朝日が見える。

 太陽は一つなんだな、なんて思いながら辺りを見回す。

 玄関からまっすぐ伸びる道が続き、その先に小さな建物が見えた。


「朝市ってことは町があるんだよね」

「おう、あの小屋に魔法のかかったゲートがある。それを経由していくんだ。一応ここは危険レベルの高いダンジョンだからな。町から遠いんだ」

「……何でもありだね」

「ま、よくあるゲームの世界だと思っときゃ良いさ。一応金も渡しておくぞ。紙幣の種類も単位も違うが数字や価値は一緒だ。一万、って書いてある札が一万円札だと思えば良い。食堂に必要な道具やらお前の当面の着替えやら、必要な物があったら買っておけ」

「あ、ありがとう」

「なに、先行投資ってやつだ。買った分は働いてもらうぜ」


 ふざけたようにそういう叔父に少し気分が軽くなる。

 何もしていないのにお金だけもらうのは流石に心が痛い。


「これでも結構稼いでるんだ。遠慮せずにいるもんは買っておけよ」

「うん。あれ、お客さんあんまり来ないんじゃないの? お昼でも十五人位って言ってなかった?」

「まあ、あれだ。魔物が何も気にせず買い物出来る場所が少ないって事だ。家の店はほぼ魔物専用だからな。周りを気にせずにいられるってんで常連が多いんだよ」

「……そっか」

「昨日も言ったがいい奴らばっかりだから普通に接してやってくれ。昨日のロイン相手にした時みたいにな。先の戦争とは無関係な俺達だからこそ、あいつらが気を使わないような場所に出来るって思ってるんでな」

「わかった、でも外見で最初にびっくりしそう」

「ははは! 変わった奴が多いから慣れるまで驚くかもな! あいつらも驚きと嫌悪感の区別ぐらいつくから平気さ」


 豪快に笑った叔父の後について小屋の中に入る。

 小屋の中心には青白く光る魔法陣。

 天体がモチーフになっているのか太陽や月、星などが目立つ魔法陣だ。


「これは、何と言うか、中二病全開と言うか……」

「でもテンション上がるだろ?」

「まあ、確かに」


 叔父に促され、二人で魔法陣の上へ乗る。

 叔父が何かゲートの上で操作しているのを見ていると、フッと意識が暗くなる感覚。


 一瞬後、先程とは違う小さな建物の中に移動している事に気が付いた。

 足元の魔法陣が赤くなっている。


「着いたぞ、ここが町に近いゲートだ。ゲートの操作方法は後で教える」

「わかった」


 叔父に続いて小屋の外に出れば、朝だというのに賑やかな喧騒が聞こえてくる。

 朝日に照らされて、広い大通りの端をズラッと埋め尽くすように色々な店がテントを張って並んでいる。

 賑やかな呼び込みの声が響き渡り、かなり発展している場所だというのがわかる。


「わあっ!」

「すごい規模だろ? 世界でも有数な商業都市だ。自警団が機能してるから問題も起こりにくい。とりあえず朝飯にパンでも買って齧りながら行こうぜ」

「うん!」


 叔父がお勧めしてくれたパン屋でふかふかのパンにとろりとしたチーズとハムが挟まっているホットサンドを買い、齧りながら叔父に着いて歩いていく。

 一瞬ヨモツヘグイ、という言葉が浮かんだが昨日夕食を食べた時点でもう気にする必要は無くなっていた事に気がついて頭から追いやった。

 私の肩から首を伸ばしたモモがパンの端を齧り取っていく。


「ちょっ?!」

「ハッハッハ! そいつ食欲凄いから油断してると持って行かれるぞ。昨日お前から飯を貰ってるから、貰っても大丈夫な人間だと判断されてるんだろうな」

「もう!」


 モモと分け合いながらパンを食べ終わった頃、テントの並びを抜ける。

 商店街のような店が並ぶ場所に出た。


「とりあえず、キッチン用品を売ってる所に行くぞ。

 お前の服も見たい所だが、俺には全く縁のない場所だから店の場所がわからん」

「まあ、回ってるうちに見つかるでしょ」


 叔父に先導され、店に到着した所で別行動になった。

 家の店で売るアイテムの補充に行くらしい。


「すぐ戻って来るからもし先に買い物が終わったら店の前で待っててくれ。食材は最後に見て回ろう」

「了解、お鍋とか適当に買っちゃっていい?」

「おう、お前に任せる。あ、後この世界は王族以外は家名の文化が無いんだ。もし何かあって名乗る時は名前だけにしておけ。誰かの名前を呼ぶ時も普通に名前で呼んで大丈夫だ」


 後半声量を落として、そう説明した叔父が道の奥に消える。

 家名が無いって結構ややこしいような気がするんだけど。


 とりあえず店のドアを潜り中へ入る。

 鍋やら包丁やらの厨房用品が並んでいるが基本的な物はそろっていたようなので昨日見当たらなかった物を探して店内を歩く。

 ただ鍋なんかはどの位のサイズが良いのかなんてほぼ勘だ。

 学生の頃に飲食店でバイトしていた頃を思い出しながら品物を選んでいく。


 そうしてしばらくたった頃、初めは集中していて気が付かなかったがなんだか見られている事に気がついた。


「(何? 私というか、モモが見られてるような……)」


 店員がちらちらと私の肩に乗るモモを見ている。

 よく来ている店のようだしモモを入れるのに問題があれば叔父が指摘してくれるはずだ。

 商売をしているだけあって、そういう所はきっちりしている人だから。


 結局何も言われず微妙な視線だけを受けたまま、買い物を済ませる。

 レジでも何も言われなかった。

 ただチラチラとモモに視線が向けられるだけ。

 なんだか微妙な気分になって、擦り寄って来るモモの頭を撫でながら店の外に出る。

 そろそろ叔父さんも来る頃だろう。


 店を出てすぐ、近くで聞きなれた声が聞こえて視線を向ける。

 叔父が誰かと話しているようだった。


「明日もいつもの時間に潜りに来るんだろ? ちと早いが飯食ってけよ」

「戦闘前は腹を満たさないことにしておりますので」


 叔父の前にはにこやかな笑みを浮かべる男性、同い年くらいだろうか。

 金色のサラサラした髪が風に揺れて、深い紫色の瞳は穏やかに細められている。

 マントの付いた制服の様な服をきっちりと着こなしている。


「(うわ、王子様みたい。)」


 小さい頃に読んだ童話の王子様のイメージそのままだ。

 昨日会ったロインも綺麗な男の人だったが、それとはまた違った魅力がある。

 ロインはどこか影がある綺麗さだが、彼は正統派の美青年って感じだろうか。

 容姿端麗という言葉がぴったりくるタイプだと思う。


「いや、お前いつも食ってから来てるだろうが。何だそのわかりやすい嘘は」

「嘘だとわかっていらっしゃるのならばそのままスルーしていただきたいのですが。戦闘前に毒状態になるような趣味はありませんので」

「おいこら」


 またかよ、と脳内をよぎったのは仕方のない事だと思う。

 あの人も叔父の料理の被害者なのか、そしてなぜ叔父は私の存在を知らせず自分が作るような口ぶりで話すんだろう。

 絶対面白がってる気がする。

 昨日のロインと同じように、綺麗な顔を若干引きつらせながら叔父から距離を取ろうとする彼のためにも叔父に声をかける。


「叔父さん、またやってるの? って言うか何人被害にあわせたの?」

「彩音! 被害ってなんだ、被害って!」

「言葉通りだって。みんな何とかして逃げようとしてるじゃない。叔父さんの料理は一回食べたらもう二度と食べようと思わないよ」

「ぐぐぐ、俺は平気なのに」

「私はその平気さの方が不思議だよ……」


 私たちのやり取りを不思議そうに見ていた男性が、笑みを崩さずに口を開く。


「タケル殿のお知り合いですか?」

「おう、俺の姪だ」

「初めまして、その、叔父がご迷惑を……主に料理の面で」

「いえいえ、なかなか出来ない体験でしたので。もう二度とごめんですが」

「でしょうね、私ももう二度とごめんですから」

「お前らな……まあいい。彩音、こいつはヴァイス。この町の自警団の副団長だ。ダンジョンにも潜りに来るうちの常連の一人だ。人間だが自警団の代表として家の魔物の方の入り口を使ってる」

「彩音です、明日から叔父の店の食堂を担当する事になってます。毒物は生成いたしませんのでもしよろしければ寄っていって下さいね」

「毒物って、お前……」

「おや、そうなのですね。それならば安心して利用出来そうです。私が行くのは自警団の仕事が終わってからが多いので夕方位になります。中途半端な時間ですがよろしくお願いいたしますね」


 終始穏やかな笑みと敬語を崩さず、ヴァイスさんが言う。

 どこか食えない笑みというか、でもいい人ではありそうだ。


「こちらこそよろしくお願いしますね。お待ちしてます」

「おお、そうだ。ヴァイス、女物の服売ってる店知らねえか? 彩音の買い出しに来たんだが俺はそういう店はさっぱりわからなくてな」

「でしたら、この先の通りを右に曲がると女性用の服屋が並んでいますよ。五店舗ほど続いて並んでいますので趣味に合う店も見つかるかと」

「あ、ありがとうございます」

「いえ、こういった案内も自警団の仕事の一つですので。それでは私は見回りに戻ります。明日はお店にお邪魔すると思いますのでよろしくお願いいたしますね」


 最後までにこやかに見送ってくれたヴァイスさんにお辞儀で返して、叔父と共に教えてもらった店へと向かおうとそちらへ足を向ける。

 歩き出そうとした瞬間、モモがクイクイと私の髪を噛んで引いた。


「どうしたの?」

「キュー……」


 若干元気のないモモを撫でてやると、頬にすり寄りながら少し離れた店の方を見るモモ。

 店先には美味しそうな果物が並んでいる。


「腹が減ったみたいだな」

「なんだ、何かあったのかと思ったよ。モモ、食材は帰りに買うからもう少し我慢してね。果物も買って帰るから」

「キュー!」

「現金なやつだな」


 呆れたように笑う叔父と共に服屋へ向かって再度歩き出す。

 後ろで私たちを見送っていたヴァイスさんが、どこか悲しそうな、けれど少し嬉しそうな顔でその光景を見ていた事に気が付かないまま。






 服や雑貨、食材を買って帰ればもうすっかり夜になってしまっていた。

 流石に帰ってから夕飯を作る気力は無くなりそうだったので、途中で総菜なんかを買いさっと食べてから明日の準備をして早々にベッドへ入る事にする。

 早朝に来るお客さんもいるらしいので明日は早起きだ。

 初日という事で少し緊張しているが、まあなるようになるだろう。

 明日のレシピも決めたし、出来る準備や下処理はさっと済ませて来た。

 今日買った荷物の中から明日着る服とエプロンを取り出し値札をはがす。

 近くの机の上ではモモが両手で抱えたリンゴに齧りついている。

 小さい手で一生懸命リンゴを支えているのが可愛い。


 そういえば、結局今日のモモへの何とも言えない視線は何だったんだろう。

 敵意があったわけじゃないけど、触りたいって感じでもなかった。好意的な感じの視線じゃなかったし、何か問題があったのだろうか。

 じっとモモを見つめていれば綺麗に芯まで食べ終わったらしいモモが私の視線に気が付いてくいっと首をかしげる。


「こんなに可愛いのにね」


 ツンツンとつつけばくすぐったそうに身をよじるモモ。


「もう寝ようか、明日から早起きだよモモ」


 そう声をかければ、自分から寝床のカゴへと飛んで行く。

 しっかりこちらの言葉は理解しているし、聞き分けも良いのでありがたい。


 明日から本格的に仕事だ。この世界の事、元の世界の事、まだどこか夢心地だけれど。

 きっと日数が経つうちに色々変わって来るだろう。



 今はまだ、流されるままで良い。



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