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触れ合う手から始まるもの(ルスト)

 今日はルストと出かける日だ。

 つまり、モモが成長するかもしれない日。

 初めの内は意外とすぐに成長するらしくどんな風に見た目が変わるのか楽しみでもあり不安でもある。

 けれど今回行く場所は普段働いている店とは違い、敵意のある魔物がこちらへ何の障害も無く向かって来られる場所だ。

 ダンジョンの入口で働いているとはいえ、しっかりと結界に守られているために身の危険を感じた事が無い身としては怖い物がある。

 ルストに言われた通り、彼がくれた状態異常を無効化するイヤリングは着けて来た。

 血、というか羞恥心と引き換えに覚えた魔法はあれから何日かロインに教わった事で五分程度なら身を隠せるようになっている。

 ……代わりに色々大切な物を失っていっているような気がしなくもない、主に恥じらいとか。

 毎回噛まれるので段々慣れてきたような気がしたが、一度吸血シーンをチラ見したら倒れそうなくらい恥ずかしくなったので全然慣れていない事がこの間判明した。

 ただこれで自分の身を守れる確率は上がっているので有難い事に間違いはない。

 おかげで不安よりもワクワク感が勝っているし。


 いつも通り肩にモモを乗せ、お昼前に迎えに来てくれたルストと共に移動の魔法陣を潜り彼に案内されるまま歩く事数十分。

 辿り着いた先でドキドキワクワクだった気持ちは見事に消え失せる事になった。


「……おい」


 何とも言えない顔になったルストが私に声を掛けてくるがそれ所ではない。


「ルスト」

「なんだよ」

「ここどこ?」

「この間説明したダンジョンだ。敵意のある魔物はいるが、見通しの良い場所があるからこっちに寄って来ればすぐに分かるし対処しやすい。ついでにレベルも低いからここならお前を守りながらモモを待てる」

「それはわかったけど……なにここ、廃墟?」

「遺跡だ。もう調査も終わった所に魔物が出て人を襲うようになったから人間は近づいて来ないけどな。で? 何でお前は俺の後ろに隠れてるんだ?」

「だって怖いし、お化け出そう……」

「はあ?!」


 そう、初めは楽しみが勝っていた気持ち。

 ルストが着いたぞ、と指差したこの場所を見た瞬間にその気持ちは綺麗に霧散した。

 ボロボロで風化したピラミッド状の建物にシダ植物が絡みつき、所々に開いている窓の様な穴からひゅうひゅうと独特の音を立てて風が流れてくる。

 鬱蒼とした林に囲まれた中にポツリとある遺跡は日が差しておらず、肌寒さを感じた。

 遺跡からは魔物の声らしき怪しげな笑い声の様なものが微かに聞こえてくる。


「お前、お化けって……人間から見れば俺だってお化けとか化け物の部類だろうが。大体お前昨日、客のゴーストのじーさんに菓子貰ってたじゃねーか。あの爺さんが平気ならお化けだって平気だろ」

「いや、見た目は幽霊だけど気のいいお爺ちゃんだし。後、正直顔の形に穴が開いたシーツ被ってる様にしか見えない」

「まあ確かに見た目は怖くねえけど……あーとりあえず行くぞ。さっき言ってた見通しの良い場所だ」


 ビクビクしながらルストの後についていく。

 景色の良い所は好きだがこういういかにも何か出ます、みたいな場所は苦手だ。

 子供向け遊園地のお化け屋敷にすら入れない私にはこういう場所はレベルが高すぎる。

 きっとこの遺跡が綺麗な建物だった頃にここに訪れる事が出来たなら、嬉々としてスケッチを始めるんだろうけれど。


「ほらここだ。ここなら日差しが入って来てるしさっきの場所よりマシだろ」


 少し歩いて見えてきた場所は彼の言う通り日が射しており今まで歩いて来た道とは違って明るかった。

 少し高くなった丘のような場所に大半が崩れ落ちてしまったであろう壁がわずかに残っている。

 明るい場所に出て少し心に余裕が出来たので、肩に乗るモモを見る。

 そういえば遺跡に着いてから一度も鳴いていない。


「モモ?」


 声を掛けても返って来る筈の返事代わりの鳴き声は聞こえない。

 いつもは好奇心で満たされている瞳がじっと遺跡の方を見つめている。

 もう一度名前を呼ぼうと口を開いた時、肩にかかる重さがフッと無くなった。

 静かに翼を広げたモモがこちらを振り返りもせずに遺跡の方へ飛んで行く。


「あっ!」

「問題ねえよ、自分が成長するチャンスだってあいつも本能で分かってんだろ。危なそうな気配がしたらすぐに俺も行くさ。そもそもライゼドラゴンは感知能力が高いからめったに敵に出会ったりしねえよ」

「……うん」


 ルストに促されて丘の上にある平たい石に腰かけた。

 さっきまで恐怖を和らげるのに一役買っていた存在が肩にいないのが少し不安を煽って来る。

 ルストは辺りを警戒しているのか、丘に残っている崩れかけの壁から遺跡の方を窺っていた。

 座る私の目の前で彼の身長ほどある尻尾がユラユラと揺れる。

 視線だけでそれを追いかけながら、そういえばお弁当持って来たんだっけ、なんて思う。

 モモの分だけ別にしておいてルストと食べ始めようかな、取っておかないと戻って来た時に不貞腐れそうだ。

 じゃあルストに声を掛けてモモの分はまだ出さなくていいか……頭の中でそんな計画を立てているとルストから声がかかった。


「おい」

「んー?」

「いや……お前さっきから俺の尻尾バフバフやってんの無意識か?」

「えっ?! ああっ、ごめん!」

「いや、別に良いけどよ」


 考え事をしている間、無意識に目の前で揺れるしっぽを手で挟むように触っていたらしい。

 完全に無意識だった、目の前で揺れていたからついやってしまっていたようだ。

 いつか触ってみたいなあと思ってはいたがやらかしてしまった。

 結構モフモフしていたので癒されはしたが。


「ごめん、完全に無意識だった。持ってきたお弁当の事しか考えてなかった」

「弁当?! よし、今の所近くに敵もいないし食おうぜ!」

「そうだね、時間もちょうどいいし食べようか」


 丘の上に持ってきたレジャーシートを広げ、お弁当を取り出す。

 最初は重箱に詰めようかと思ったがルストが遠慮なく食べられるように結局分けて詰めてきた。

 因みに彼は荷物を持ってくれると言ったのだが、そんなに重くは無いし何かあった時の戦力の手が塞がってしまうのは避けたかったので断った。

 画材を持って移動する事もあるのでそれに比べれば軽い方だし。

 本日のお弁当は唐揚げとハンバーグをメインのおかずにし、ご飯の方も牛肉とごぼうの炊き込みご飯にしてある。

 彼の好きな肉料理をメインに作ってみた。

 魔法が発達しているおかげで温かい状態をキープできるお弁当箱もかなり効果が高い物がある為、今回はそれを買ってみた。

 少々金額は張るが遠出する時にあれば便利だし良い買い物をしたと思う。


「うお、美味そう! 休みの日にこれが食えるなら喜んでダンジョン巡りするぜ!」


 蓋を開けたルストが満面の笑みで箸を取る。

 こうやって全部表情に出してくれるからルストにご飯を出すのは楽しい。

 基本文句は言わないし、表情にも言葉にも美味しいという感情を乗せてくれる彼。

 一口食べては目を細め、次のおかずを食べたと思えば驚いたような表情になり二口目へ。

 この食事シーンを見れるというだけでも作り甲斐がある。

 彼は特に自分が好物だと思った物に対してはわかりやすく表情に出るので、今回のおかずは彼の好きな味付けにしてみた。


「唐揚げうめえ……これ味二種類あんの?」

「せっかくだから塩味も作ってみたんだよね、ルスト唐揚げ好きでしょう」

「おう! これ飯も肉入ってるんだな」

「うん、お店だと中々炊き込みご飯って出さないから今回はチャレンジしてみた」

「美味いぞ、店でも出してくれりゃあいいのに」

「そうだね、今度出してみようかな」

「朝に頼むな!」


 リクエストを受けつつお弁当を食べ進めて行く。

 ちょっと視線を逸らせばおどろおどろしい雰囲気の遺跡が目に入るので目線は正面固定だが。

 そんな穏やかな食事中、ふいに正面のルストの耳がピクリと立った。

 スッと彼の目が据わり、抱えていたお弁当を横に置く。


「アヤネ、ちょっとじっとしておけよ」

「え……うん」


 どこかピリピリとした空気に気おされる様に手に持っていたお弁当を膝の上に降ろす。

 どうしたら良いか分からず、言われた通りにじっとする事数秒。

 一瞬でルストが目の前から掻き消える。

 同時に顔にかかる強い風と、耳元を何かがすごい勢いで通り過ぎる感覚。

 思わず視線だけ動かしたその先で以前見せてもらった様に爪を武器化したルストと掻き消えていく何かが映った。

 衝撃で起きた風で髪の毛が煽られて視界が隠れる。

 髪の毛を手で払った時には彼の爪はもう元に戻っていた。


「ったく、人が良い気分で飯食ってんのに……ああ、悪いなアヤネ、怖がらせたか?」


 少し不安そうに聞いてくるルスト。

 確かに誰かの戦闘シーンを間近で見るのは初めてだ。

 前に少し考えた事がある、平和な世界で生きてきた私が近くで誰かが何かを殺す所を見たらどう思うのかと。

 結局想像の域を出なくて答えは出ないままだったが、そうやって考えていたからだろうか。

 今ルストが魔物らしきものを倒しても怖いとかそういう気持ちは浮かんでこなかった。

 まあ彼が攻撃したシーンを見ていないのもあるし、襲ってきた魔物らしき存在をまともに見れていないのもあると思うけれど。


「大丈夫、ありがとうルスト」

「平気なら良かったぜ」

「ルストってやっぱり強いんだね。一瞬だったからよくわからない内に襲撃されて、気が付いたら終わってたよ。守ってくれてありがとう」

「……ああ」


 少し複雑そうな顔をしたルストに何かまずい事を言ったのかと思ったが、本人は手を拭いて食事に戻ってしまった。

 一口食べていつもの笑顔に戻ったルストを見て、本人が何も言わないのならいいかと思い直し、私も膝に置いていたお弁当箱を持ち上げる。

 この世界に来てから私も随分図太くなった気がする。

 まあ前の世界でも友人達から彩音は神経太いよね、なんて言われていたので、結局私もどこか叔父さんに似て細かい事は気にしない所があるんだろう。

 ルストに続いて食事を再開しようとした時、聞きなれた声が遺跡の方から響いてきた。


「キュー」

「あ、モモ……遺跡見ちゃった、見ないようにしてたのに」

「お前それで不自然に一定の場所から視線動かしてなかったのかよ。どんだけ怖いんだ」


 見慣れた桃色の体がこちらへ飛んできているのを目にしてホッとしたのも束の間、モモの後ろにある遺跡が目に入ってしまい恐怖が蘇る。

 呆れた声でルストがツッコミを入れてくるが怖い物は怖い。

 近づいてきたモモはパッと見ても今までと変わりない。

 やはりそう簡単には見た目は変わらないのだろうか。

 飛んで来たモモが広げられたお弁当を見て瞳を輝かせる。

 性格も変わっていない様で何よりだ、そう簡単に変わられても困るけれど。

 そう思っていたのだがモモがいつも通り私の肩に着地した瞬間に変化に気が付く事になった。


「痛ッ?!」


 モモの重さを感じた瞬間、肩に鋭い痛みが走る。

 痛みを感じた場所を見れば、肩に乗るモモの足の先……爪が今までより大きくなっており肩に食い込んでいる。

 爪が乗っている部分の服がほんの僅かに赤くなっているので軽く刺さったのだろうか。

 驚いた顔をしたモモが肩から飛び降りて地面に着地する。

 軽く服をずらしてみれば、刺さったというより肩に止まった時の動きでひっかいたような形になったらしい。

 猫に引っ掻かれたような、けれど猫よりは多少太めの赤い線が三本モモが掴んだ位置に走っている。


「あらら」

「キューッ、キューッ!」


 地面に降りたモモの表情が絶望的な物になり、大きな瞳からボロボロと涙が零れ落ちる。

 私に怪我をさせたと慌てている様だ。

 こちらはそれこそ猫に引っ掻かれたくらいの気分なので驚いてしまう。


「モモ大丈夫、大丈夫だから落ち着いて」


 泣きながら私を見上げて来るモモの体を両手で持ち上げて顔の高さまで上げる。

 ぶらりとぶら下がる足先に今までとは比べ物にならないくらい大きく鋭い爪が付いている。

 これで肩に乗ってあの程度の怪我と言う事は、普段も相当気を使って肩に止まっていたのだろう。


「ああ爪だけ大きくなったんだ……モモ、大した怪我じゃないから。次から気を付けてくれればいいから、ほらモモの分のお弁当あるから食べよう、ね?」

「キュー……」


 すっかり元気がなくなってしまったモモを撫でながら、ほらほらとモモの分のお弁当を傍に置く。

 もそもそと食べだしたモモにホッとするが、時折こちらを窺う様に視線が向けられる。


「まさかの出来事だなあ、こんなに早く成長するんだね」


 空気を変えるためにもルストに話を振れば、思いの外真剣な表情の彼と目が合う。

 少しの沈黙の後、彼が真剣な表情を崩さないまま口を開いた。


「……怒らねえのか?」

「え、モモに? なんで?」

「いや、ケガしてるだろ」

「そりゃ私だってモモが悪ふざけでやったなら怒るけど……今回のはモモにとっても成長した体に付いて行けて無かっただけだと思うし、わざとじゃないなら怒る様な事でも無いんじゃない? 本人すごく反省してるみたいだし」


 私の言葉を聞いたルストが何か言いたそうに口を開いて、また閉じてしまう。

 何かを考えこんでいる様だ。

 真剣に考えこんでいるので少し待ってみる事にして、未だにショボンとしているモモを撫でる。

 それをじっと見てくるルストがポツリと呟いた。


「……俺の家族はそうじゃなかったな」

「家族?」


 聞き返しても良いのか少し悩んだが、彼自身が聞いて欲しそうな空気だったので思い切って聞き直す。

 いつもの快活な笑みは無く、少し沈んだような表情のルスト。


「俺は突然変異ってやつでさ、俺の両親は狼人間の中でも小型の部類なんだ。アヤネより小さいと思うぞ、そんな二人から生まれた俺が驚異的なスピードで大きくなっていく。ただ小さい頃は普通に大切にはされてたと思うが」

「そんな事もあるんだ、むしろ狼人間にも小型とかあるんだね」

「ああ。まあ今の俺は大型に含まれる大きさだし、両親との体格差がありすぎる。突然変異とはいえ結構珍しい部類だと思うぜ」

「へえ……」


 人間でいう小柄の両親から身長が高い子供が生まれるとか、そういうのとは扱いが違うのだろうか。

 別に子供が大きくても良いと思うんだけど。


「子供の頃は……それなりに充実してたと思う。家に帰れば親が迎えてくれるのが当たり前で、日中は大体同い年の幼馴染と遊んでた」

「幼馴染も大きいの?」

「いや、うちの群れはみんな小型の狼人間の集まりだったしな。あいつは女だったから性別差もあって尚更小さかった気がする」


 ルストに女の子の幼馴染……何だろうちょっと複雑な気分だ。

 でも今までルストからそんな話題が出た事は無かったし、彼もなんだか過去の事として話しているような気がする。


「俺は体がデカくなるにつれて力も強くなっていった。ドアノブを握り壊したこともあるし、椅子の背もたれを千切り取った事もある」

「それは……すごいね」

「あの時は力の調整なんてさっぱり出来なかったからな。まあそれでも両親は笑い飛ばしてくれてたんだが」


 懐かしそうに語りだすルストだが、どこか寂しそうに見える。

 そういえば彼から家族の話題を聞くのは初めてかもしれない。

 懐かしそうな表情からどこか暗い顔になったルストの声のトーンが落ちる。


「理由は忘れたがある日俺は母親に怪我をさせた。わざとじゃ無かった事は覚えてるが原因は覚えてねえ。覚えてるのは腕から血を流して青ざめる母親の顔と、ビビったような顔して母親を庇う父親の顔だけだ」

「…………」


 震える声で彼が続ける。


「次の日から俺の生活は一変した。家を追い出されはしなかったが、常に怯える両親と遠巻きにしてくる幼馴染に群れの奴ら。一か月くらいして俺だけを家に残して群れごと別の場所に移動しちまったよ。それからはずっと一人だった」


 ふうと大きく息を吐き出し、こちらを見たルストが続ける。


「両親や幼馴染と偶然会う事もある。未だに両親は怯えて俺を警戒するし、幼馴染は俺に説教をするくせにすぐに青ざめて逃げていく」

「説教?」

「どうせ力加減なんて出来ないんだろう、的なやつだな」

「え、だってルスト普通に力加減出来てるじゃない。私貴方に手やら腕やら握られた事あるけど怪我させられた事なんて無いよ」

「……あいつらの中では俺はずっと恐怖の対象なのさ。俺のデカい体や強い力は同じ狼人間相手でも恐怖を与える物だ。だから俺は怖がられても仕方ねえ、そう思って生きて来た」


 だけど、と続けた彼がニカっと笑う。


「アヤネもタケルも俺を全然怖がらねえ。だからあの店は居心地が良いし、あんたと出かけるのも楽しい。ありがとな」

「ルスト……」


 すっと伸びて来た彼の片手が私の手を取る。

 大きい手だ、私の手が見えなくなるくらいすっぽりと包まれてしまう。


「痛くねえ?」

「……痛くないよ」

「怖くねえの?」

「ルストを怖いと思った事は無いよ」

「……俺は戦うのが好きだし、強い奴も好きだ。強い奴相手なら俺が怪我させる事も無いし、俺の力が強いからって理由で俺から離れていく事も無い。だから強い奴と関わるのは好きで、弱い奴と関わるのは苦手だ。俺が少し力加減を間違えば取り返しのつかない事になる。それ以上に昨日まで笑ってくれてた相手に化け物を見るような目で見られるのは耐えられねえ。あんた相手でもそうだ。少しでも力加減を間違えれば俺はこの手を握りつぶしちまう。それでも良いのか? 俺と仲良くしてくれるのか? 離れて行かないのか?」


 吐き出すように続けられていく言葉に彼の本心が集約されているような気がした。

 両親たちに置いて行かれた事は彼にとってすごく大きい事なんだろう。

 不安げに私に疑問をぶつけてくる彼。

 彼が彼の意思に反して私を傷つけたらどうするか、少し考えてみたが結局私の答えは一つだった。


「貴方が私に怪我をさせたとして、それがわざとじゃないなら仕方ないんじゃない? それこそルストが今のモモみたいに本気で沈んでたら必死に慰めるよ。そもそもルストは私をわざと傷つけたりしないでしょ?まあ、怪我の具合によっては痛くて大騒ぎするかもしれないし、一瞬ビクっとする事くらいはあるかもしれないけど……でも今日私を守ってくれた貴方を知ってるからそれだけで嫌いになったりはしないよ。ビクっとするのも多分そのうち治ると思う、私だってあの叔父さんの血縁だからね。そういう細かい事はいつまでも引きずらないよ」


 何があっても怖がったりしないなんて綺麗事は言えないけれど、少なくとも今までのルストを知っている以上は、怪我が悪意に満ちた攻撃のせいでもない限り彼を嫌いにはならないと思う。

 少し笑ったルストの手に力が籠る。

 握りこまれた手に更に力が加わるが、痛みは無い。

 力加減なんて普通に出来てるじゃないか。


「痛くねえ?」

「痛くないよ」

「怖くねえ?」

「怖くないよ」


 さっきもした会話を言葉遊びの様に繰り返す。

 嬉しそうに笑うルストを見て少しホッとした。

 彼にはいつものように明るく笑っていて欲しい。


「ルストは体が大きい事は怖い事、みたいに言うけどさ。私ルストの手、大きくて頼りがいがあって好きだよ?」


 若干恥ずかしい気もしたが、思った事は伝えておこうと口に出す。

 さっき守ってくれたのもあるし、怖いよりは頼りになる印象の方が強い。

 静かな笑みを浮かべていたルストの表情がポカンとしたものに変わる。

 何かを言おうと口をパクパクと動かした後、少し頬を赤らめて彼が笑った。


「変わった奴だな、お前は」



 ______


 夕日が沈む頃、ルストに送られて家へと帰って来た。

 モモももう落ち着いており、大人しく私の腕の中にいる。

 オレンジ色の光に照らされるルストはなんだか珍しく感じた。


「ああ、そういや多分だけどそいつの爪は練習すれば引っ込められるようになると思うぜ」

「え、本当?」

「おう、まあお前の練習しだいだけどな」


 ルストに軽く突かれたモモがキュッ、と鳴く。

 どうやらやる気は十分らしい。

 その内また肩に乗せて歩けるようになるかもしれない。


「今日はありがとう。約束通り守ってもらっちゃったし、おかげでモモも成長出来たみたい」

「……それはこっちのセリフなんだがな」


 小さな声で呟いたルストがオレンジ色の光の中で笑った。


「また今度、別の場所に連れて行ってやるよ。また少し成長出来ると思うぜ」

「……あんまり怖い雰囲気じゃない場所でよろしく」


 私の言葉を聞いたルストが噴き出して、仕方ねえなあと呟く。

 ルストの手がこちらへ延ばされ、遺跡の時と同じように片手を握りこまれる。


「またな、一緒に出掛けるの楽しみにしてるぜ」

「うん、またお弁当作るからリクエストあったら言ってね」

「おう、考えておく!」


 いつものような明るい笑顔に戻ったルストがもう一度ぎゅっと私の手を握りこむ。

 いつも通り痛みも何もない、感じる彼の体温に少し恥ずかしくなるだけだ。

 もう一度嬉しそうに笑ってルストの手が離れていく。

 背を向けた彼が顔だけ振り返り、またなと言った。


「うん、またね」

「キューッ」


 モモと一緒に移動用の魔法陣へ消えていくルストを見送り、家へと戻る。

 色々と重い話を聞いてしまった気がするが、私が態度を変える必要は無いだろう。

 この店を気に入ってくれている彼を何時もの様に迎えればいいだけだ。


 彼が私と話すのを楽しいと思ってくれているように、私だって彼と話すのを楽しいと思っているのだから。



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