約束する三歩目(ヴァイス編)
少し前に約束したヴァイスさんと買い物に行く日になった。
一応お店に来るお客さんに聞いてみたのだが、結婚式のドレスなどに関する常識は元の世界とあまり変わらないようだった。
白いドレスや毛皮製品は避ける事、露出が多くない事、ただしアクセサリーに関してはそこまで厳しくないらしい。
以前聞いた通り花を一輪着ける事、後のアクセサリーはあまり派手でなければ比較的自由だ。
ルストに貰ったイヤリングを着けても問題なさそうでホッとした。
とはいえお店に行ってみないとドレスの感じもわからないので、どんな物を買うのかはまだ決めていない。
待ち合わせの時間まであと少し、化粧もしたし財布も鞄に入れた。
後は着替えて出るだけだ。
目の前のベッドには昨日の夜さんざん悩んで決めた服が置いてある。
あのイケメンと出かけるのに適当な服で出かける勇気は無い。
かと言って物凄くお洒落して行くのも違う気がするので、結局シンプルで露出少なめのワンピースをチョイスした。
これが一番無難だよね……若干痩せて見えるシルエットの物をチョイスするのは大体みんな同じだと思う。
「キューッ!」
不満たっぷりの鳴き声がモモの寝床の一つである籠から聞こえる。
棚の上の籠の中から顔だけ出したモモが若干膨れた顔でこちらを見ていた。
「モモごめんね。今日行くお店は礼服とかのちょっと良い洋服のお店だからモモは中に入れないんだよ」
「キュッ!」
プクーと頬を膨らますモモに苦笑する
大体町に行く時は連れて行っているので、今日はついて行けないと知っていじけている様だ。
今日連れて行ってもらう店は商品にかなり気を使っているらしく、魔物用と人間用、と言うより見た目人間タイプと獣タイプで店舗を分けているらしい。
どちらも専用店舗なので人間タイプの方に獣タイプは入れないし、逆も然りだ。
「ごめんね、お土産にモモの好きな果物買って来るから」
膨れた頬を突けばプヒューという空気が抜ける音と共に頬がしぼむ。
むすっとした顔のまま、籠の中で丸まって寝る態勢をとったモモに、後でご機嫌取りをしなければと思いながら服を着替える。
行ってきますと声を掛ければ、籠から尻尾だけを出してユラユラと揺らしてくれた。
階段を下りて玄関の扉を開ければ、青空の下で太陽の光を反射してキラキラ輝く金色の髪が見える。
私的に彼は夕方のイメージがあるので、オレンジではなく青い空の下にいる彼を見るのは新鮮な気分だった。
「おはようございます、ヴァイスさん。お待たせしてすみません」
「おはようございます、大丈夫ですよ。まだ時間より前ですし、私も今来た所です」
そう言って爽やかに微笑むヴァイスさんはやはりセンスの良い私服に身を包んでいる。
制服以外の服を着た彼を見るのは初めてだ。
ジャボが普通に似合う男の人っているんだなあ、なんてしみじみと思った。
……それにしてもお洒落して来て良かった、この人の隣を適当な服を着た状態で歩くなんて無理に決まってる。
それでは行きましょうかと移動魔法陣に続くドアを当然の様に開けてくれるヴァイスさんの紳士っぷりがすごい。
お礼を言いながらドアを潜り、彼と一緒に町へと向かった。
「まずは礼服を買いに行ってしまいましょうか。その方が落ち着いて他のお店を見て回れるでしょうし」
「はい、よろしくお願いします」
お店は少し遠い入り組んだ路地にあった。
これじゃ確かに地図を書いてもらったとしてもたどり着くのは難しそうだ。
シンプルで清潔感のあるデザインのお店には、聞いていた通り二つの入り口があった。
入口の周りにそれぞれ人間タイプの服、獣タイプの服が展示してある。
「この店は魔王討伐の戦争の前も、戦争中も、そして今も魔物と人間の境目無く商売をしているのです。タケル殿と同じですね」
「そうなんですか、こういうお店は他にもあるんですか?」
「かなり数は少ないですがあるにはあります。その中でもここは店主に全く差別がありませんので買い物がしやすいですね。店舗を分けているのも商品の為であって差別の為ではありませんから」
「……素敵なお店ですね」
「そうですね」
嬉しそうに笑うヴァイスさん、彼の理想とする魔物と人間の関係はきっとこういうお店のような感じなのだろう。
店に入ろうとした時、ヴァイスさんが何か思いだしたように立ち止まる。
「この近くに花屋もありますが、そちらもご案内いたしましょうか? 結婚式が近くなったら買いに来られるのでしょう?」
「ああ、えっと……」
確かに結婚式に着けて行く花はあまり早く買うと枯れてしまう。
彼の気遣いはすごくありがたいのだが、もう花はロインに取ってもらった物がある。
説明しないと案内を始めてくれそうだし、案内されたのに買った花でなくあの薔薇を付けていくのもなんだか気まずい。
ロインとヴァイスさんの関係も複雑だって叔父さんが言ってたなあ、でも普通に接していれば良いとも言ってたし説明しない訳にもいかないだろう。
「花は大丈夫です。その、ロインに彼の薔薇と同じ物を貰ったのでそれを着けて行こうと思っているので」
何か反応が返って来るかと思ったが、ヴァイスさんは目を見開いて固まってしまった。
大きく見開かれた目がパチパチと瞬きを繰り返す。
「あの」
「……ああ、すみません。そういえば彼もダンジョンの常連でしたね。ロイン殿とは仲がよろしいのですか?その、アヤネさんが男性のお客さんを呼び捨てにしている所は見た事が無かったので」
確かに基本的に私はお客さんを呼び捨てにしたりしないし敬語で話している。
ただロインやルストは本人がそうしてくれと言ってきた事と、二人が来る時間は他のお客さんが来る事がまず無いのでまあ良いかと思っているのだ。
……あの二人が敬語を嫌がった理由がヴァイスさんだった事は黙っておこう。
「まあ基本的にロインが最後のお客様なので、お店を閉める合図の様になってるんですよね。時間的にちょうど良いし彼も良いと言ってくれているので夕飯を一緒に食べてますからお店に来るお客様の中だと良い方ですね。」
「そうですか……」
一瞬何かを考えこんだ様子を見せたヴァイスさんが、何故かニッコリと笑った。
初めて会った時に見たどこか裏のあるような笑顔。
謎の恐怖を感じて気持ちだけ彼から一歩離れる。
「ところでアヤネさん、以前お互いに仲良くしたいとお話しましたよね?」
「え、はい、そうですね」
「休日にこうして町を回るくらいには仲良くなれたと思っているのですが」
「そ、そうですね」
ずいッと寄ってくるヴァイスさんに押されて、そうですね、としか言えなくなる。
なんか怖い、笑顔が怖い。
「では私の事も呼び捨てで構いませんよ、敬語も無しでお願いしたいです」
「え、でもヴァイスさんが敬語ですし……」
「私の方は癖みたいなものですのでお気になさらず」
意外とこの人グイグイ来るなあ、なんて思いながらどうしようか考える。
敬語無しの呼び捨ては正直嬉しいと言えば嬉しい。
そんなに敬語は得意ではないし、友人ともっと仲良くなれるのは更に嬉しい。
ただヴァイスさんからは敬語とさん付けなのに私だけがものすごくフレンドリーに話しかける事になるのは少し気まずい。
けれど彼の敬語が癖みたいなものなのは納得出来るのでそこを無理に変えてほしいとは言えないだろう。
「ああ、じゃあ私の事も呼び捨てで良いですよ」
敬語が駄目なら名前の方の呼び方を変えてもらえば良いよね。
そう思って言ったのだがヴァイスさんはキョトンとした顔の後、素晴らしい笑顔を浮かべた。
「それならば喜んで。これからも仲良くして下さいね、アヤネ」
うわあ、と顔が引きつりそうになるのを堪える。
正統派のイケメンから発せられる自分の名前、しかも呼び捨てで満面の笑顔付き。
別の意味で心臓にダメージが入りそうだ。
「こちらこそよろしく、ヴァイスさ……ヴァイス」
流石に長く敬語を使っていた相手にいきなりフレンドリーに対応するのは緊張する。
まあ、呼ばれた本人が嬉しそうに笑うから、頑張って慣れようと決めた。
「呼び捨て……ロインとルストに続いて三人目かあ」
小さく呟いたつもりだったがしっかり聞こえていたらしいヴァイスがまた驚いた顔をした。
今日は彼の驚く顔ばかり見ている気がする。
「ルスト殿とも仲がよろしいのですね」
「はい、彼もお客さんが来ない早朝に来るので」
気まずい関係の二人の名前を一気に出してしまってなんだか申し訳ない気分になる。
私の言葉を聞いたヴァイスが何かを小さく呟いた。
「え?」
「ああ、すみません。何でもないのです。ただ遅れは取り戻さねばと思っただけですので」
聞き取れなくて聞き返したが、よくわからない返事が返って来る。
聞き直す暇もなく、さあ行きましょうとお店のドアを開けてくれたヴァイスに促されてお店へと入店した。
「いらっしゃいませ」
初老の女性が声を掛けてくれる。
穏やかな音楽が流れる店内には落ち着いた調度品とたくさんの礼服が綺麗に並べられていた。
「おや、ヴァイスさんこんにちは。頼まれていた礼服は仕上がっていますよ」
「こんにちは、店長さん。ありがとうございます。それと今日は彼女のドレスを見に来たのですが。同じくエルフの結婚式に出席しますので」
「あら、ヴァイスさんが女性を連れてくるなんて初めてね。貴方は……人間かしら?」
「あ、はい、そうです」
「そう、ふふ」
どこか嬉しそうに笑う女性に首をかしげる。
ヴァイスも同じように疑問符が飛んでいる様だ。
「ふふ、ごめんなさいね。いつも人と来る時はピリピリしている事が多いのに、今日はずいぶんリラックスされていらっしゃるなあと思っただけなのよ」
彼女の視線はヴァイスに向いており、言われた本人は少し照れ臭そうに笑った。
「彼女の側は居心地が良いもので。彼女、エルフの結婚式は初めてらしいのでアドバイスをいただいてもよろしいでしょうか」
「あらそうなの、私で良ければ何でも聞いてね」
「ありがとうございます、助かります」
私にとって照れる会話が繰り広げられた気がするが、意識しないように別の事を考える事にする。
「ヴァイスは礼服もう出来てるの?」
「ええ。元々自警団では礼服は必須ですので注文だけはすませていたんです。ただ小物を揃えなければなりませんのでアヤネもゆっくり選んで来て下さい」
そう言って男性用の小物が売られている方へ向かって行ったヴァイスを見送る。
これは私がゆっくり選べるように気を使って離れてくれたんだろう。
彼の気遣いを無駄にしないためにも、たくさんのドレスに向き直る。
店長にマナーを加味しつつのアドバイスをもらいながら、幾つか候補を絞っていく事にした。
最終的に何着か手元に残ったドレスを見つめる。
こういうのって中々決められないんだよなあ、そんな風に悩む私に店長が色々意見を述べてくれる。
「エルフの結婚式でしょう、着けて行くお花は決まっていらっしゃるの?」
「はい、赤い薔薇なんですけど」
「それじゃあ、同じ赤のドレスは避けましょうか。せっかくお若いのだからピンクでもいいと思うわよ。この辺りなら可愛すぎないと思うわ」
「あ、出来れば袖がある方が良いんですけど」
「それならこちらに同じデザインの袖付きがあるわ、色はピンクかブルー、ちょっとデザインが違うけどオレンジと黒もあるわ」
「じゃあ、デザインはこれが気に入ったのでこの中から選びます……どうしよう」
「ふふ、こういうのは悩むものね」
おかしそうに笑った彼女はこういう状況に慣れているらしく、いやな顔一つせずに私のドレス選びに付き合ってくれている。
気分的には少し薄めのピンクか、見る明るさによっては同じくピンクに見えるような淡いオレンジのどちらかかな、と言う所まで気持ちは固まっている。
悩んでいると、小物を買い終わったらしいヴァイスが合流してきた。
「おや、もうそこまで候補を絞られたのですか?」
「ええ、結構早い方ですよ」
「あ、これでも早い方なんですね」
「ええ、長い方は数日に分けて来られたりしますよ」
それはそれですごいななんて思いながらふとヴァイスの方を見る。
光を反射する金色の髪、いつも来る時は夕日を反射しているが今は元の金色のままキラキラと輝いている。
いつもなんとなく見ている時は綺麗なオレンジ色に染まっているのに……そこまで考えて片方のドレスに手を伸ばす。
「こっちにします」
「おや、決まりですか?」
「あらあら、さっきまで悩んでいたのが嘘みたいに決まったわねえ」
「ほら、ヴァイスが来る時っていつも夕方だから。ヴァイスのイメージってこの色なんだよね」
手に持ったオレンジのドレスを軽く持ち上げる。
「悩んでたけど、ヴァイスの顔見たらこっちが良いかなって……大丈夫?」
会話中に口元を押さえて顔を背けてしまったヴァイスに声を掛ける。
肩が震えている様だがどうかしたのだろうか?
別に嫌がっている感じではないのだが。
「い、いえ何でもありません。大丈夫です」
「そう?じゃあこれ会計お願いします」
にこにこと笑みを深めている店長にお願いして会計を済ませる。
最後まで穏やかに見送られ、ヴァイスと二人で店を出た。
「いいお店だったね」
「ええ、いつ行っても穏やかな空気が流れているお店ですよ」
彼にとってもお気に入りらしいお店を後にして町の方へ向かう。
一度昼食をとってから本屋に案内してもらった。
普通におごってくれようとするので、今日案内をお願いしている身として必死に断る。
中々引いてくれないので、じゃあ次に一緒に出掛けた時はお願いします、と伝えて何とか自分で払う事に成功した。
案内された本屋もすごく空気が良い所で、また来ようと道順を頭の中で反芻してしっかり記憶しておく。
「何か買われるのですか?」
「はい、あ……うん。もう少し料理のレパートリーを増やそうと思って」
気を抜くと出てくる敬語を抑えながらレシピの本を探す。
とはいえレシピ本は多い、背表紙を指でなぞりながら良い本が無いか探していく。
「どうしようかな、ヴァイス何か食べたい物とかない?」
「おや、リクエストを聞いていただけるので?」
「上手く作れたらだけどね。そうしたらお店に出そうかなって」
「ではこの辺りでしょうか」
「……ヴァイスって丼物好きだよね」
丼物のレシピががっつり載っている本を指さすヴァイス。
まあせっかくリクエストも貰ったし、他に数冊購入してこちらは家の方に宅配してもらう事にした。
最後の画材屋に案内してもらう頃にはもう日が沈み始めていた。
何時もの様に彼の髪が夕陽を反射する。
その光景にそういえばオレンジ系の絵の具が切れかけていたんだったと、紙や筆と共に購入しこちらも家に送ってもらった。
家まで送ると譲らないヴァイスの言葉に甘えて二人で移動の魔法陣を潜る。
ヴァイスの手にはモモの為に買ったお土産の袋。
確かに重い物だったが、持つという彼の言葉を断り切れず結局持ってもらってしまった。
「ごめんね、重いのに」
「重いからこそ、私が持つんですよ」
片手で軽々と抱えているとはいえ結構重いはずなのだが。
まあ、普段から槍を振り回して戦っている人には大した重さではないのかもしれないが……。
「今日はありがとう、おかげで助かったよ」
「こちらこそ、一日楽しかったです。よければこれをどうぞ」
そう言った彼が開いていた方の手で彼の荷物の中から包みを取り出す。
そっと手渡されて驚いてしまった。
「え、これは?」
「ショールです、森の中の結婚式ですので肌寒い事もありますし良ければ使ってください」
思わず手の中の包みと彼の顔を見比べる。
どうやら服屋での別行動時に買っていたらしい。
「え、え?」
「遠慮は無しですよ、私があなたにプレゼントしたいと思ったから買ったのです」
遠慮の言葉は先回りで拒否されてしまう。
確かにありがたいけれど、なんだか申し訳ない。
最近物を貰ってばっかりだ。
「う、それじゃあ、遠慮なく」
「はい、受け取っていただけて嬉しいです」
「でも悪いし、何かお礼出来ればいいんだけど」
少し考えた彼が、ああ、と口を開く。
「それではもしよろしければこの間描いていた絵をいただけませんか?」
「絵、ってこの間の休みに描いていたやつ?」
「はい、素敵だなと思っておりましたので。もちろん無理なら無理で構いません」
「ええ、いや、私は別にいいんだけど……私別にプロとかじゃないよ?」
「プロかどうかは関係ありません。私は気に入ったのです」
妙にグイグイ来る彼に押されつつ、そんな物でお礼になるならと家のドアを開ける。
いつもは飛んで来るモモは来ない。
「あらら、まだ拗ねてるっぽいなあ」
「拗ねてる?」
「いや、モモがついて行きたいって言ってたのをおいて行ったから多分部屋で拗ねてるな、って」
「おや、ああ、あの服屋は一緒には入れませんからね。それでこのお土産ですか?」
「あはは、ごめんね重くて」
「ふふ、可愛がっていらっしゃいますね。部屋までお運びしましょうか?」
「……何から何まですみません」
部屋を片付けていて良かったと思いながら、彼と夕陽が差し込む階段を上る。
部屋のドアを開ければ、朝と同じ籠の中の布の下に膨らみ。
「今更ですが、私が入っても大丈夫ですか?」
「絵も部屋にあるし、あんまり物も無いから大丈夫。でもあんまりジロジロ見ないでくれると嬉しいかも」
私たちの声を聞いて、もぞもぞと顔を出したモモが私と後ろにいたヴァイスを見て翼を広げる。
飛び上がったモモが、荷物を机に上に置いてくれていたヴァイスの肩に着地した。
ぎょっとした顔でモモを見るヴァイス。
「ちょっとモモ?!」
プイっと顔を背けるモモを見てヴァイスがおかしそうに笑う。
「どうやらまだ拗ねているようですね」
「……本当に何から何まですみません」
おかしそうに笑ったヴァイスと、ふてくされたモモの顔の対比に私まで笑ってしまった。
結局お土産の果物をあげた途端に機嫌を回復したモモは机の上で果物を食べるのに夢中になっている。
その間に以前描いた絵を取り出してヴァイスに手渡す。
額縁に入れておいて良かった、みんな物欲無さ過ぎじゃない?
料理とか絵とか、釣り合わない物をお礼に欲されるとなんだか申し訳なくなってくる。
今度別の形で彼らに何か返そうと決めて、嬉しそうに受け取るヴァイスに向き直った。
彼の手には私のスケッチブック、まだ色は塗っていない下書き状態の物だ。
「食堂のバルコニーからの絵が多いのですね」
「本当は色々な場所に行きたいんだけどね。この辺で景色の良い場所も知らないし、叔父さんほど度胸があるわけじゃないから中々遠出は出来なくて」
色々な場所で絵を描きたい欲は確かにあるのだが、これがなかなか難しい。
結局手軽に行けるバルコニーからの絵ばかりが増えていっている。
「……それでは、もしよろしければまた私と出かけませんか?」
そう言って、夕陽が差し込む窓辺で笑う彼。
「また休みが合う時にでも、景色の良い場所でしたら色々知っていますのでご案内しますよ」
「それはありがたいですけど……」
「なら決まりですね」
今日の彼は少し強引だなあ、なんて思いながら申し出は嬉しいので素直に頷いておく。
「ヴァイスが良いなら喜んで」
「なら約束ですね、私も遅れを取り戻さなければなりませんし」
「遅れ?」
「ふふ、もし心が決まったら言いますのでそれまでは聞かなかった事にしておいて下さい。私も今はよくわかっていないので」
「はあ……」
彼の言っている事はよくわからなかったが、楽しそうに笑う彼を見てまあ良いかと思いなおす。
不意に笑顔を消して少し真面目な顔をしたヴァイスが私をまっすぐに見つめてきた。
「ですが、アヤネ。入っておいてなんですがあまり異性を部屋に入れない方が良いですよ」
「あはは、そうだね。まあ今の所ヴァイスだけだから大目に見てもらうって事で」
ロインは窓の外だったしノーカウントだよね。
そんな考えは顔に出さないようにしつつ、彼の言葉に肯定で返しておく。
どこか嬉しそうに笑った彼を玄関から見送り、もう一度部屋へと戻る。
すっかり機嫌の直ったモモが袋の中から好物のリンゴを見つけ出し嬉しそうに食べ始めるのを横目に、ヴァイスに貰ったショールの入った包みを開ける。
透け感のある黒のショールがするりと顔を出した。
これなら今日買ったドレスにも合うし、合わせ方によっては普段も使えるかもしれない。
「流石、センス良いなあ」
美形で性格も良くて、強くてセンスも良いってもう弱点無いんじゃないだろうか。
初めて会った時はこんな風に仲良くなれるなんて思っていなかったけれど、人生ってわからない物だ。
それにしても気を付けないとつい敬語が飛び出しそうになってしまう。
せっかく普通に話して欲しいと言ってもらえたのだから早く慣れないと、そう思いながらさっきの約束を思い出す。
約束通りまた彼と出かけられる日を楽しみに感じながら、今日買って来た物の整理を始める事にした。




