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約束する三歩目(ルスト編)

 お店が休みの日、サーラやジェーン以外の人と遊ぶのは初めてかもしれない。

 あの二人と遊ぶ時は、どちらかと言えばスイーツ寄りのメニューだ。

 この前のチーズフォンデュは結構がっつりしてたけど。

 今日いつもは彼女たちと囲んでいるテーブルの真ん中には、油がたっぷりと注がれた鍋型の卓上フライヤーが置いてある。

 正面に座るルストは今にもよだれを垂らしそうな顔でその鍋の中を凝視しており、彼にしては珍しく一言もしゃべらない。

 そして私の横、雑誌を重ねて高さを底上げした特製の椅子の上には、すでによだれを垂らしているモモがキラキラした目で鍋を見つめていた。

 フライヤーの中の油はすでにパチパチと音を立てており、鍋の上に突き出した数本の串の先は油の中で泡に包まれて黄色くぼやけている。

 ルストに何かご飯を、そう思った時に考えたのはいつも食べているパンやおにぎり以外で彼の好きなお肉中心のメニュー。

 そしていつも出しているお弁当はどうしても冷めてしまっているし、何か出来たてで温かい物をと思った時この卓上フライヤーの存在を思い出した。

 そんな訳で彼が来るまでせっせと衣をつけて用意した大量の具材が所狭しと並ぶテーブルの上、本日のメニューは串揚げである。

 豚肉を中心に牛肉、鶏肉、ハムにウィンナー、野菜一式とウズラの卵、海鮮系……結構な量をそろえたので多分満足してもらえると思う。

 そろそろ良いかなと思い、串を持って鍋から上げればじゅうじゅうと音を立てながらきつね色の衣が顔を出した。

 正面と横からゴクリという音が聞こえる。

 そのまま油を切って差し出せば、同じようにキラキラした瞳をした二人が嬉しそうに受け取って口へ入れる。

 熱いのを我慢する顔も、輝く笑顔も、種族は全然違うのに妙にそっくりなルストとモモを見て笑ってしまった。

 この二人は意外と仲がいい。

 ルストが来る早朝はモモがカウンターにいる事が多いし、ルストの種族はこういった人の言葉を話せない魔物の言っている事がわかるらしくたまに会話をしている事もある。

 まあ、私にはモモの言葉はキューとしか聞こえないのだが。

 ペットと同じようになんとなく言っている事がわかるくらいだ。


「美味い、肉の油が美味い……飯とも合うぜ」

「気に入った?」

「おう、めっちゃ美味いぜ!」

「良かった、具材は色々あるからいっぱい食べてね」

「遠慮はしねえぜ?」

「ルストに食べてもらいたくて準備したんだから遠慮されたら逆に困るよ」


 串揚げと共に炊き立てのご飯を掻き込むルストは本当に嬉しそうだ。

 美味しそうに揚がった豚肉と玉ねぎのカツを齧りながら、食欲旺盛な二人の為に次を投入していく。


「この豚肉と玉ねぎ合うなあ、肉がいつもより美味く感じるぜ」


 そんな事を言いながらペースを落とさず食べ進めるルストを見ていつも沸き上がる不安が一つ。

 玉ねぎ、大丈夫なんだろうか?

 犬は食べられず中毒になってしまう玉ねぎを普通に食べる犬耳の彼。

 正式には狼なんだろうけど犬科には変わりない。

 まあ、この人みそ汁も飲むしチョコレートも食べるから犬とは違うんだろうけど。


「どれも美味いなあ。お、これはなんだ?」

「キュー」

「あ、それ……」

「あっつ!」

「キューッ!」

「それうずらの卵だから少し置かないと熱いよって言おうと思ったんだけど……」


 食べるタイミングも一緒ならば、熱そうに舌を出す仕種もそっくりな二人。

 平和だなあと思いながら二人に水を差し出す。

 テーブルの上を占拠している串揚げの山もこの二人にかかればあっという間に無くなってしまいそうだ。


 そしてそんな事を考えてから一時間もしない内に、串揚げのお皿どころか炊飯器の中身まで綺麗に空っぽになった。


「いやあ、満腹満腹。ご馳走さん、すっげえ美味かった!」

「ルストは本当に美味しそうに食べてくれるから私も作り甲斐があるよ」


 お店に来るお客さんの中で一番美味しそうに食べてくれるのはルストだ。

 素直に顔に出やすい性格なのもあるだろうけど、作る身としては美味しい美味しいとわかりやすく示しながら食べてくれるのはすごく嬉しい。

 食後のお茶を飲みながらのんびり会話を楽しむ。

 ふと隣を見れば漫画の様にお腹をパンパンに膨らませたモモの口からケプッという音が出た所だった。

 本人は満足そうにお腹をさすっている。


「モモもよく食べたねえ」

「こいつ俺と同じくらい食べてたんじゃないか?」

「え、そんなに食べてた?」


 串揚げのせいでお腹だけは大きいが私が来てから一年が立とうというのに大きさが変わらないモモ。


「そんなに食べてるのにモモは大きくならないね」

「ん、こいつライゼドラゴンだろ?飯だけじゃでかくならないぞ」

「ライゼドラゴン?え、ルストはモモの事知ってるの?」


 あまり気にしていなかったモモの種族、てっきり普通に時間が立てば成長するのかと思っていた。

 ライゼドラゴン、初めて聞く名前だしルストに疑問をぶつけてみる。


「なんだ、知らなかったのか? わざと成長させてないのかと思ってたぜ。そもそもアヤネの環境じゃあ成長させるのは難しいと思ってたしな」

「いや、この子叔父さんがダンジョン前で拾った卵から孵ったらしくて。叔父さんも卵を食べようかと思って拾っただけだから詳しい事はわからないって言うし」

「食用で拾ったのかよ……あいつよくその辺に落ちてるよくわからない卵食おうと思ったな」

「それは私も思った」


 呆れたように言うルストに深く同意しておく。

 ルストは狩りもするし食べられる物と食べられない物の判断はつくだろうが、叔父にとっては未開の地だ。

 何もわからない、今までの常識も通用しない、そんな場所でそこに落ちている物を拾って食べようとするのはある意味凄いと思う。


「ライゼドラゴンって言うのは旅をするドラゴンって事だ。こいつらは敵意のあるものから魔力を吸収して成長する。成長のために旅をしながら危険なダンジョンの側でしばらく過ごして、ある程度魔力を吸収したらまた次の場所へ行く」

「魔物と戦ったりはしないの?」

「こいつら基本的に温厚だから戦わないぜ、敵意のある魔物の傍で過ごせば体が勝手に吸収する。まあ、普通に戦おうと思えば戦える種族だから強い個体も多いぜ」

「ここもダンジョンの側だけどダメなのかな?」

「ここは国の連中が強力な結界張ってるからなあ、直接ダンジョンに潜るならともかくここで過ごしてるだけじゃ無理だと思うぜ」


 どうやらこの状態だとモモはずっとこのままらしい。

 この状態はすごく可愛いけど、私の勝手でこの子の成長を止めてていいんだろうか。

 でも現実的に考えて私が敵意のある魔物が闊歩するダンジョンの側に行ける訳が無い。

 普通に一発攻撃を受けて死ぬ未来しか見えない。


「モモだけ近くを飛びに行く? でも強い魔物が居たらどうしよう……」

「キュッ! キューッ!」

「一人は嫌みたいだな」


 キューキュー鳴きながら私に何か訴えかけるモモと、椅子に寄り掛かりながらお茶を啜りつつ通訳してくれるルスト。

 確かにモモだけで行かせて強い魔物に怪我でもさせられたらと思うと不安になる。

 しかしこのままではモモはこの幼い姿のままだ。


「俺が連れて行ってやっても良いぞ」

「え、本当?」

「敵意のある魔物が残ってるダンジョンであまり強い敵がいない所ならいくつか知ってるからな。ここが休みの日は暇してる事が多いし俺は構わないぜ」

「モモ、どうする?」

「キュー」


 何故か私の周りを飛んで回り出したモモが、束ねていた私の髪の毛を咥えて引っ張る。


「え、何?」

「お前も一緒じゃなきゃ嫌だってよ、ずいぶん甘やかしてんなあ」


 面白そうに言うルストにぐうの音も出ない。

 可愛いし癒されるし、変な悪戯もしないので甘やかしている自覚はあった。


「何だったらアヤネごと連れて行ってやるぞ。ただし見通しが良くて敵が弱い……俺が確実にあんたを守れるような場所で良ければだが」


 なんてこと無い様にそう提案してくれるルストに少し驚いたが、正直ありがたい申し出ではある。

 モモ本人に成長の意思はあるようだし、出来れば叶えてあげたい。

 ただ大きすぎる問題が一つ。


「私本気で戦えないけど大丈夫? 正直に言うけど逃げろって言われてもその場から動けない可能性あるよ?」

「だから弱い敵しか出ない所なんだよ、得られる魔力は少ねえけど確実に俺が一人であんたを守れる所だ。後は念のため前に俺がやったイヤリングは着けて来いよ」

「じゃあ、お願いします」

「おう、礼は料理で良いぜ」


 にやっと笑うルストにそんなお礼で良いのかと思いつつお礼を言うために口を開いた。


「ありがとう、私の料理で良ければ全然いいんだけど他にも私にして欲しい事があったら言ってね」

「休日にアヤネの飯が食えるならそれ以上の事はねえよ、こうやって休日にあんたと話してるのも居心地が良いしな」


 そう言いながら寛いでいるルストはかなりリラックスしているようだった。

 椅子の背もたれに寄り掛かり、椅子ごとゆらゆら揺れながらのんびりしている。

 あんまり見ない顔だな、なんて思いながら彼と予定を合わせるためにお店の休みを確認する事にした。

 そろそろ日も暮れ始める頃、明日も朝早くからダンジョンに潜りに来るというルストが立ち上がる。


「じゃあ、今日はもう帰るぜ。飯美味かった。ありがとな」

「私こそありがとう、モモの事すごくありがたいよ。私戦う力なんて無いからもう一生モモを成長させてあげられないかと思ったよ」

「いいんだよ、アヤネはそいつを成長させられる、俺は休日も美味い飯が食える。お互い様ってやつだ」


 絶対ルストの方が大変だと思うのだけど。

 もう気合い入れて持って行くお弁当を作ろうと決めて、ルストに渡す物があった事を思い出した。


「あ、ちょっと待ってて」


 慌ててキッチンに行き、串揚げの衣付けと同時進行で作っていた物を手に持ちルストの元へ戻る。


「これ、串揚げの材料と同じ物なのは申し訳ないんだけどカレーも作ったから良かったら持って行って」

「え、マジで?!」

「うん、家にお鍋くらいはあるんでしょう? ご飯も一人分入ってるから帰って温めればそのまま食べられるよ」

「よっしゃ、マジでありがとうな!」


 満面の笑みで私から包みを受け取ったルストが、嬉しげに私の手を取って上下に振る。

 そんなに喜ばれるとは思わなかったなあ、なんて思っているとふいにルストの視線が私の手を取っている自分の手に向き、上下に動いていた手が止まった。

 何かに驚いたように固まるルストに首をひねっていると、困惑交じりの視線が私の顔と手元を行ったり来たりする。

 流石にこのイケメンに手を握られたまま顔を見られると照れ臭いのだが、なんとなく振りほどけない雰囲気なのでじっとしておく。


「…………大丈夫なんだな」


 小さくそう呟いたルストがいつもの表情に戻りパッと手が離される。

 片手に持っていたカレーを大切そうに持ち直して笑うルスト。


「それにしてもお前手も小さいな」

「ええ、そうかな? まあルストとは性別の差もあるし体格差もあるからなあ。ルストは大きいから安心感あるし頼りになりそうだよね」


 私の言葉を聞いたルストの表情が今度はポカンとしたものに変わる。

 そんなに変な事を言っただろうかと思ったが、はは、と彼の口から笑いが零れた。


「んな事初めて言われたぜ、お前やっぱり変わってるな」


 どこか寂しそうに、でも嬉しそうに笑ったルストがモモの頭をポンポンと叩くように撫でる。


「じゃあな、明日もまた来るしさっき約束した日はちゃんと連れて行く。またな」

「うん、またね」

「キュー!」


 手を振って店を出て行くルストを見送り、食堂を片付けて自分の分のカレーを持って家へと戻る。


「モモは大きくなったらどんなドラゴンになるの?」

「キュー?」

「家の中に収まるサイズだと良いんだけど」


 童話などの大きなドラゴンを想像してしまい、少し顔が引きつる。

 あまり巨大になりませんように、そう心の中で祈りながらカレーを温めるべく自宅のキッチンへと向かう。

 ルストと約束した日はそんなに遠くない、いったいどんな場所なんだろう?

 不安半分、楽しみ半分の複雑な気持ちを抱えたまま肩に乗っているモモの頭を撫でた。

 











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