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村づくりゲームのNPCが生身の人間としか思えない  作者: 昼熊
五章

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宗教と神と俺

 唐突な申し出に混乱して返答が出来ずにいるチェム。

 そんな彼女を無視して語り続ける神官長ニイルズ。他の信者たちはうっとりした目を向けているだけで、誰も止めようとしない。


『時に運命を受け入れ、時に運命に抗う。運命教の教えを守り、見事成し遂げましたね。あなたの働きには神もお喜びになられていることでしょう』


 感極まって熱く語るのはいいんだが、さっきから息継ぎをしているのかも怪しいぐらいの勢いで話している。

 チェムは何か言いたげだが口を挟む隙がない。

 この運命教の教義というのはチェムも何度か口にしていたので、俺もいくつかは知っている。

 さっき、神官長が言ったとおり『時に運命を受け入れ、時に運命に抗う』がこの教義の主となる言葉で、他にもいくつかの教えが存在する。

 特に厳しい戒律があるわけでもなく、教えの内容もこちらの世界の宗教に通じるところが幾つもある。なので、そんなに危険視はしてなかったのだが。


「このまま放置していると厄介なことになるぞ、これは」


 運命教の教えについては一度、本物の運命の神に訊ねたことがある。


「こういった教義はあなたが考えたのですか?」


 と。それに対する答えは簡潔だった。


『違うよー。そんなの神がわざわざ口出ししないって。教団の偉い人たちが勝手に作ったみたいだね』


 なので彼らの言う教義に逆らっても、神としては何の問題もないらしい。


「神様役が自分の信者に悩むってどうなんだ……」


 愚痴をこぼしてもどうにもならないのはわかっているが、それでも言わずにはいられない。

 画面の向こうでは今も一方的な喋りが続いている。チェムは圧倒されて何も言えないままだ。

 よくもまあ、語彙が尽きないな。

 話の内容は要約すると、チェムやこの村の人は頑張った感動した。チェムは栄転して首都に移り住み、この村の権利を我々に寄越せ。

 ……というのを穏やかに回りくどく話している。決して強制はしていないが、反論の余地がないように逃げ道を防いでいる。話術と経験のなせる技なのだろう。

 俺がその場にいたら言い負かされる自信がある。

 だけど、今は画面越しなので落ち着いて考えることが可能だ。


「そろそろかな」


 現状を覆す一手は単純明快。神様の言葉を敬虔な信者に直接伝えればいいだけの話。

 問題は相手が納得するような信託の内容を俺が思いつけるかどうか。

 と悩んでいる時間もないか。……これ以上手をこまねいていると、ガムズがヤバそうだし。

 ずっとチェムの背後に控えて黙っているが、かなりイラついているのが伝わってくる。表情や態度には出ていないのだが、かれこれ半年以上彼らを見てきた。それぐらいはわかるさ。

 このまま放置しているとチェムと神官長の間に割って入りそうだ。


「問題は……信者を減らさないように気を使って……」


 北海道に降臨した神々は信仰心が力になっている。なので信者が増えれば増えるほど力を取り戻せる、らしい。

 運命の神を演じる者として品位を落とすような発言は禁句となっている。信者を大切にしつつ、ここから退いてもらえるような言い回しを考えないと。

 ……未だに神託の文章は苦手だけど、そんなことを言っていられない。

 時間もないのである程度文章を考えてから添削していく。


「完成、かな。信者相手だからなんでも肯定的に受け取ってくれるとは思うけど、大丈夫、だよな?」


 神様の言葉だから少々荒くてもいけるはず。「神様そこの言葉おかしくないですかー」とか突っ込む信者はいないだろ。

 不安は残るが意を決して《Enter》のキーを押す。


『――聖書の方は教団が大事に保管しますので、心配はご無用ですよ』

『ニイルズ様、とてもありがたいのですが、私の話を聞いていただ……これは!』


 終わらない言葉の濁流に強引に割り込んだチェムだったが、手にした聖書からあふれる光を確認すると慌ててそのページを開いた。

 神官長ニイルズも聖書の光を目の当たりにして、大きく目を見開き口を噤む。


『運命の神からの神託が降りました。この文章はニイルズ様にも読ませるように、と書かれています』

『おおおおおおっ! 神が私にお言葉を!』


 涙目の感極まった顔が、開かれた聖書の上にぬっと伸びてきた。涙で聖書がべちょべちょにならないといいけど。


《敬虔なる我が子らよ、よく聞くがいい。この聖書は村を興した五人に託した物である。他の者が手にすることを我は許さぬ。この村は我が祝福を与えし村であり、我が神託を受けし聖女チェムによって守られている》


 聖女という言葉に反応した神官長ニイルズの視線が一瞬だけ聖書から離れ……チェムに向けられる。

 その顔は渋面で何かに耐えているかのように見えた。


《故に他の者が聖書を所有することを望まぬ。この村では神託は絶対であり、我の言葉を代弁する聖女が誰よりも尊い存在であることを忘るべからず。我が教えを守りし子らよ、汝らの忠誠はしかと受け取った。その気持ち嬉しく思う。だが、この村に過剰な干渉は望まぬ。それは彼らの与えられし運命に歪みが生じる恐れがある。賢明なる我が子らよ、そのことを努々忘れることなかれ》


 聖書を読み終わった神官長ニイルズが膝から崩れ落ちる。

 そして額を大地に付け――号泣を始めた。


『私はなんという愚かな過ちを! 神の意に背き、まるで自分が神の代弁者かのような振る舞い…………恥じ入るばかりです。なんと、なんと、愚かなっ! ぐおおおおおおおおおおおおおおっ!』


 何度も何度も地面に頭を叩きつけ猛省している、神官長ニイルズを他の信者たちが懸命になって止めている。

 だが、神官長の力が強すぎるのか四人がかりだというのに振り回されていた。


「な、なんというか、凄まじいな」


 そうとしか表現できない。

 このまま放っておいたら地面にクレーターが出来そうだな。もう一押しやっとくか。


『私は、私はっ! 止めないでくだされ! この愚か者を罰しなければ……あっ』


 神官長は自分の額に手を添えて止めた相手の腕を掴むと、顔を上げて懇願した。が、その目に映るソレを正面から見つめ、呆けた顔になる。

 片膝を突いて手を差し伸べているのは――神像だった。

 俺が《ゴーレム召喚》で教会からここまで走らせて、なんとか間に合ったようだ。


「大盤振舞しとくか」


 更に奇跡で天候を操作して神像と神官長ニイルズの場所だけ《晴天》にして光が射すようにする。

 空から伸びる一条の光に照らし出される神像と一人の聖職者。

 これは美術館に飾られる宗教画に匹敵する構図だろ。

 何度かこういう場面をやってきたから、かなり演出の腕が上がっていると自負している。最近では映画の印象的なワンシーンとか一時停止して、スマホで写真を撮って研究するぐらいだからな。

 効果はてきめんだったようで、信者だけではなく村人たちまでもが膝を突いて祈りを捧げている。

 神官長ニイルズに至っては、滝のように流す涙が邪魔で表情の判断が出来ないほどだ。

 でもまあ、これでなんとかなっただろう。





『皆さんは首都に戻り、この村に干渉は無用だとお伝えください。先程も申しましたが、私は今までの行いを悔い改め、修行僧として一から、この村でやり直します』

『『『ニイルズ様!』』』


 神官長……元神官長と信者たちが抱き合い、涙を流している。

 この人たち今日だけで何リットルの涙を絞り出す気だ。

 で、さっきの言葉なのだが冗談ではなく本気で、神官長の地位を捨てて村のために残りの人生を捧げてくれる、らしい。


『本当によろしいのですか、ニイルズ様』

『はい、チェム殿。それと私に様など無用です。ニイルズと呼び捨てか、もしくは、おい、で構いません』

『で、出来ません!』


 屈託のない笑顔を向けるニイルズにチェムがうろたえている。

 このひげ面の聖職者は純粋なだけで悪い人じゃないのだろうな。どうやら村に聖職者が一人増えることになりそうだ。

 あと、さっきからチャットでひっきりなしに『どうしましょう! どうしたらいいんでしょうか!』と書き込んでくる真君に『落ち着いて』と返信をしよう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんな夜中までかかって1話から一気読みしましたwwおかげで課題が終わらなかった!どうしてくれるんじゃ、良夫くんよ。 設定が練られていて好きです。主人公の成長を応援したくなります。明日(もう…
[一言] 良夫「何だかどこぞの漫画に出てくるような狂信者が村に来ちゃったみたいなんですけど…」 運命神「殉死させちゃえば? 神の代理人気取りを反省しているのならその身と命をもって弱者救済に尽くしなさ…
[良い点] 神がいるなら神に全身全霊でも間違いないはずなのに、それでいいのかと思ってしまう不思議
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