育つ村と育てられている俺
PC画面には、いつもの村の風景が広がっている。
まずは古参の五人を捜そうか。たぶん、チェムはあの場所だろう。
マウスを操作して最近完成した教会へ視点を移動させる。
村を横切るマウスの矢印が行き着く先にあったのは、村にある建造物の中で一番立派な外観をしていた。
石造りの土台の上に木製の建造物。大きく長い窓が幾つもあり、両開きの扉の表面には動植物の姿が彫り込まれている。これはラン、カン夫婦とエルフによる共同作品だ。
教会は村の避難所も兼ねているので耐久性にも優れている。
その内部に視点を移すと、木製の長椅子がずらりと並ぶ室内の奥に、木製の運命の神を模した像が祀られている。
「こっちも立派になったな」
初代の像はガムズの手彫りで、ギリギリなんとか人型に見えないこともない、といった出来だった。でも、この神像は芸術品としても充分価値のある姿をしている。
ラン、カンの手先の器用さには感服するよ。
『今日も平和で健やかに過ごせることに感謝を』
神像の前で跪き、祈りを捧げているのはチェム。
朝の決まった時間に多くの村人が集まり礼拝するのだが、昼を過ぎると人が訪れることは稀だ。
チェムは村で仕事をしていないときは大半の時間をこの場で過ごしている。なので、室内は掃除が行き届いていて、ちり一つ落ちていない。
「そんなに頑張らなくていいんだけどな」
祈り終わると、いつものように雑巾で床を磨き始めている。
このまま掃除風景を眺めていてもいいのだけど、他の村人が気になり教会から視点を移動する。
村の大通りを西に進むと、爆弾で吹き飛ばされた洞窟跡が見えた。
散らばっていた大小の岩は綺麗に取り除かれて、跡地には何軒もの住宅が建っている。
ここは古参のメンバーが住む場所だ。以前は馬車で寝泊まりして、洞窟に移り住み、更にテント暮らしとなり、最終的にこの木製の家屋で住むようになった。
「この時間帯に家に居るのは……ロディスぐらいかな」
赤い屋根の住宅内部を覗くと、予想通りロディスが机に向かって事務仕事をしていた。
全村人の名簿を確認しながら必要な物をチェックしているようだ。今週末に行商人のドルドルドがやってくるからな。
その隣のベッドでは遊び疲れたのか、キャロルが眠っていた。
どうやら食後すぐのようだが、こうやって無防備な姿でぐっすり寝られる環境になったことを誇らしく思う。
『あまり根を詰めないで』
『あー、うん。そうだね。ありがとう、ライラ』
妻から果汁の入ったコップを受け取り、目を細めて飲み干す。そんな旦那を見つめ微笑むライラ。
相変わらず仲のいい夫婦だ。正直うらやましい。
『はーっ。これが終わったら休憩するよ。村の人口も百人を超えたからね。人が増えると嬉しいことも増えるけど、その反面、厄介事や問題も出てきてるんだよ』
『前に新しい入居者がエルフとダークエルフの皆ともめて苦労したからね』
二人が口にした話題は先週の出来事だ。
新しく村にやって来た新婚夫婦がいたのだが『亜人や獣人が住んでいるなんて聞いてない! 追い出せよ!』などとふざけたことを口にしたので、神託で『村に住む者はすべて我の庇護下にある。それを受け入れられぬ者は、この村に必要ない』と追い出すように指示を出した。
元ハンター崩れらしい夫婦が抵抗するので《ゴーレム召喚》で神像を操り、神の奇跡を見せつけて村から放り出してやった。
さすがに神に歯向かう度胸はなかったようで、大人しく立ち去って事なきを得た。
人が増えて活気づくのは嬉しいが、コミュニティーが巨大化すれば自ずともめ事が発生する。
それは社会経験の乏しい俺でも理解していた。
前にネットゲームで所属していた少数ギルドも人が増えて内部崩壊したからな。遊びであってもこんなもんだ。実際の生活がかかっているとなれば、その比じゃないだろう。
『あとはハンターギルドの支店もだね。こっちはありがたい話だけど』
そうそう、三日ほど前にハンターギルドから二人の職員がやって来た。
以前から話にあったギルドの支店をこの村に置きたい、という話を受け入れて住宅用だった丸太小屋を改良して職員を招き入れた。
我々が住むこの《禁断の森》はモンスターが多く生息し、薬草も豊富な土地なのでハンターギルドとしては以前から目を付けていた、らしい。
だが、エルフやダークエルフが他者の進入を許さなかったので手を出せずにいたところ、人間の住む村があることを聞きつけ、交渉にやって来たのだ。
「この選択は間違ってないと信じたいけど」
ギルドの支店を誘致するメリットの一つは、我々が倒したモンスターの素材を割高で購入してくれること。
ドルドルドさんも買い取ってはくれるのだが、魔物の素材というのは加工が特殊らしく、その技能はハンターギルドが独占しているような状態らしい。
なので、ドルドルドさんは我々から買い取った素材をギルドに売る、という仲買のようなことをやっていた。それも自分の儲けはほとんど発生しない金額で。
「いつか、ちゃんとお礼しないとダメだな。ドルドルドさんには」
あとは支店とはいえギルドがあることで、一定数のハンターが村にやってくることとなり、モンスターに対する防衛力のアップ。
それに依頼を出せば、周囲のモンスターを狩ってくれるのがとても助かる。
更にハンター目当ての商売が成り立つようになり、村の経済力もアップ。
いい事ずくめ……のように思えるが、当然ながら問題も発生する。
ガムズのような道義をわきまえているハンターばかりならいいのだが、命懸けの商売をやっている影響なのか、気の荒い連中も一定数含まれている。
そういった連中を大人しくさせるのも神様の仕事。
神託、奇跡、ゴーレム、を使い、ここは神に祝福された村であることを印象づけた。
そのおかげで村にやってくるハンターで無法を働く者は激減して、今のところはうまくやっているように見える。
「まあ、若干やり過ぎた感はあるけど……」
運命の神が降臨した村という噂が広まり過ぎても、それはそれで問題が増えるんじゃないかと危惧している。
個人的には人口はこれぐらいで落ち着いて、あとは村の生活環境を改善していくのがベストなんだが。
そんな俺の願いを鼻で笑うかのように、ロディス家の扉が強めに叩かれる音がした。
『ロディスさん、すまない。門まで来てもらえないだろうか』
この声はガムズか。
『はい、構いませんよ。何か問題でも?』
立ち上がり扉を開けると、少しだけ息が乱れているガムズが手の甲で額の汗を拭っていた。
『実は新たに人がやって来たのだが』
『また入居希望者ですか。今は募集していないのですが』
人口の増加に町の発展が追いついていないので、村人の募集を一時的にやめたのだがそれでも生活に困窮した人々がこうやって村にやって来る。
『それが、ただの希望者ではなく……聖職者の一団で』
『もしかして、運命の神を崇める方々ですか』
「やって来たのか」
その言葉を聞いて冷や汗が垂れる。
神の存在を主張しすぎた弊害か……。冷静に考えれば、この展開は予想できた。
自分の信じていた神が降臨した村があると知れば、信者がやって来て当然だ。
「うかつだったかな。でも、神の名を利用しないと騒動が収まらなかったし、間違っていたとも言えない、よな?」
過去のやらかしに関しては、あとでいくらでも反省しよう。今は現状の確認と対応だ。
ガムズがロディスを連れて門に向かっているが、一足先に視点を門付近へと移した。
「あれが運命の神を信じる一団か」
総勢、二十名ほどの団体が門の内側に整列している。
今のところ問題行動を起こしているようには見えないな。
全員が白を基調とした神官服を着込み、胸元には運命の神のシンボルマークが縫い付けられている。
そのマークがチェムの神官服のものと同じなので、運命の神の信者で間違いないだろう。
男女比率は同じぐらいか。全員が穏やかな表情で、一見すると人畜無害の集団に見える。
「宗教か……。神様をやっておいてあれだけど、あんまりいいイメージないんだよな」
引きこもりを長年やっていると、家々を訪問している宗教の勧誘に出くわすことが何度かあった。
基本は「今忙しいので」「興味ないです」「うちは仏教徒なので」という三パターンで断っていたが、一度精神が弱っているときに魔が差して話を聞いたことがあった。
あの時は確かオバさん二人に、若い女の人もいた三人組だったか。
その際に自分が引きこもりであることを、つい明かしてしまうとそこからは「それはあなたに運がなかった」「神にすがれば幸運が訪れます」「その苦しみを我々と分かち合いましょう」みたいな言葉を浴びせかけられて、気持ち悪かったのを覚えている。
宗教のすべてが悪いなんて言うつもりはない。それがその人の心の支えになり、生きる希望になることは《命運の村》で学んだ。
だけど、当時の印象が強烈すぎて宗教団体と聞くと一歩引いてしまう。異世界の神はOKで現実の宗教はアウトというのは差別かもしれないな。
過去を思い出してモヤモヤしている間にロディスが到着したようだ。
『初めまして。この村の村長をやっているロディスと申します。このようなへんぴな村に、どのようなご用件でしょうか?』
多くの村人が見守る中、堂々とした態度でロディスが前に一歩踏み出す。
白服の団体から、もみあげと繋がった顎髭を蓄えた壮年の男性が進み出ると、軽く会釈をした。
『私はニイルズと申しまして、首都ワイルデイで神官長をやらせていただいております』
ガムズよりも大柄な体で穏やかに笑う顔に妙な迫力がある。満面の笑みなのだが威圧感のようなものを画面越しにも感じてしまう。
『神官長様ですか。首都からわざわざ、お疲れ様です』
『いえいえ。神の祝福されたこの地に赴くのは信者として当然の務め。なんの苦もありませんでしたよ』
首都か。村人の話には何度か出てきているが、どんな場所なんだろうな。
そっちの話にも興味はあるが、まずはこの人たちの目的を知ることが優先だ。
『この村に運命の神が降臨されたとの噂を耳にしたのですが、それは本当のことでしょうか?』
優しく穏やかに語っているだけなのに、その言葉には強い意志を感じる。
それが嘘だったらどうなるかわかっているよな? と脅迫されているような重圧をロディスも感じているようで、手をぎゅっと握りしめながらも相手から目を逸らさない。
『はい、間違いありません。運命の神からの神託もあります。奇跡を何度も目の当たりにしています』
ゴクリと唾を飲み込んでから、堂々とした態度でハッキリと口にするロディス。
それを聞いた神官長ニイルズは大きく頷くと、ロディスの両肩に分厚く大きな手を置く。
『素晴らしい! なんと素晴らしいことでしょう! あなたの瞳には嘘偽りの色はありませんでした。ここは本当に運命の神に祝福された村なのですね!』
大粒の涙をボロボロと流し、大袈裟に感動する神官長。
そして、その後ろでは他の信者たちが大地に膝を突いて、歓喜の表情で祈りを捧げている。
人によっては感動的な光景なのかもしれないが、俺は怖いとしか思えない。
チェムも神託を受けた当初は似たような状況だった気がするが、それは実際に神託や奇跡に助けられたという実体験があったから、素直に感謝の言葉を受け入れられた。
だけど、この人たちは説明だけでこんなにも感情をあらわにして喜んでいる。そして、その顔が歓喜というより……狂気と表現するに相応しい表情だとしたら。
『おおっ、すみません。あまりの喜びに取り乱してしまいました。ところで、この村に神官はいらっしゃるのですか?』
神官長ニイルズが涙で濡れた顔をハンカチで拭うと、すっと穏やかな笑みに変貌した。
感情の起伏が激しい人だな。その場に居なくてよかった、俺の苦手なタイプだ。
『はい。ニイルズ様、ご無沙汰しております。洗礼の儀ではお世話になりました。私がこの村で教会を取り仕切っております。覚えておいででしょうか、チェムです』
ロディスの隣に進み出たチェムが、手を組み合わせて深々と頭を垂れた。
話しぶりからしてチェムは神官長ニイルズと面識があるようだ。
その姿を見てニイルズの笑みが深くなる。
『おー、あなたでしたか。もちろん覚えていますよ。今までお一人でご苦労様でした。神の祝福を受けたという事実。これは教団にとって好ましいことです。あなたの功績は計り知れません。私からも感謝の言葉を』
『もったいないお言葉です』
肩にそっと手を置かれ、チェムが感動のあまり頬が赤くなっている。
このニイルズという神官長は本物で間違いないようだ。
これは教団から寄付がもらえるとか教団から人材をこの村に派遣する、といった話になる流れなのだろうか?
『神に祝福されたあなたには首都で数年徳を積んでいただき、未来の神官長となるべきことを学んでいただきましょう。ご安心ください、その間はこの村を我々が引き継ぎます。立派な神殿を建て、ここを運命の神が降臨された村……いや、聖地として発展させましょう!』
両手を広げ熱弁を振るう神官長と背後で祈りのポーズのまま頷くだけの信者。
思いもしなかった言葉に驚き、何も言い返すことが出来ないチェム。
……はっ! 俺も同じように唖然としてしまっていた。
「これってつまり、村を宗教団体が乗っ取るってことだよな?」
どうやら、すべてが穏やかで順調な日々というのは長く続かないものらしい。




