サービスドライバーの困惑
ヤングエースUP様にてコミカライズ連載が今日から開始しました!
ネットで読めますので是非一読を。
コミカライズ連載を記念としてこの話をUPします。
動物のマークが車体に描かれている軽トラに乗り込み、意気揚々と出発をした。
今日から配達場所が変更になり、初めての地域に行くことになるので少し緊張している。 荷物を安全・確実・迅速に届けるのは当たり前だが、顧客に悪いイメージを与えないように、身だしなみや言葉にも気をつけなければならない。
「爪良し! 服装の乱れなし! 口臭も……大丈夫!」
プロとして当然の気づかいだ。
「そろそろ、目的地かな」
T字路の赤信号で止まりナビを確認する。
ここを左折して上り坂を登った先か。
視線を上げて辺りを見回す。
右には石垣が積み上げられ整備された川。道路沿いにバス停もあるな。
左にはガソリンスタンドとコンビニが見える。その奥には竹林があって灯籠が並んでいるのが見えた。
ナビの表示を見ると、近くに神社があるようだ。
このまままっすぐ行けば海があったはず。
「お世辞にも都会とは言えないけど、住むのにはいいところかもしれないな。自然は豊富だし」
こっちには足を運んだことがないので、何もかもが新鮮に映る。
信号が青に変わったので細めの坂道を登っていくと急に視界が開けた。
まず、目に飛び込んできたのは棚田。その奥は段々畑になっていて色とりどりの野菜が並んでいる。
道を挟んで逆方向は住宅地らしく、様々な形をした家々がある。アパートもあれば、立派な塀で囲われた古民家もあって、少し心が弾む。
学生時代は工業高校で建築を学んでいたので、少し変わった建造物を見ると嬉しくなる。
「ええと、この古民家の近所みたいだな」
車を止めてもう一度住所を確認するが間違いない。
そこは隣の古民家と違って特に変わったところもない一般的な住宅のようだ。庭が広めなのがうらやましいけど。
受け渡しの荷物を手に取る。
小さなダンボールでかなり軽い。中を確認しなくても経験で中身がある程度は予想がつく。たぶん、本かCD。もしくはゲームといったところだな。
荷札を確認すると《PCゲーム在中》と書いてあった。送り主は……命運の村?
「場所は北海道か。なんだろう、今流行の地方納税で返礼品でも貰ったのかな。でも、なんでPCゲームなんだ?」
その村を舞台にした村おこしのゲームとかなのか?
だとしたら、かなり画期的な取り組みだ。
っと、余計な詮索はこれぐらいにしよう。深呼吸をしてからドアホンに手を伸ばし、笑顔を作る。
「お荷物をお持ちしました」
この時間の自宅となると出てくるのは十中八九、奥様だろう。
若い子はあまり気にしないようだが、この年代のお客様は礼儀を重んじる。愛想と丁寧さを忘れずに対応しよう。
『ちょっと待ってください。今行きます』
ドアホンから流れてきた声は予想外に若く、男性だった。
自分みたいに平日が休みの仕事をしているのかな。
そう思いながら待っていると、ゆっくりと目の前の扉が開いた。
出てきた男性の姿を見て思わずぎょっとする。
少しも整えていない伸び放題の髪と無精髭。それに上下同じ色のスウェット。覇気のない顔の虚ろな目は視線を合わそうとしない。
一目でわかった。この人はおそらく無職だ。
おっと、もしそうだとしても私には何も関係ない。お客様に違いはないのだから、自分の仕事をこなすだけ。
「ハンコかサインお願いします」
他の宅配業者は機械の画面を指でなぞるだけの電子サインを採用しているので、ハンコが無用になっているのだが、うちはまだ取り入れていない。
「サインでいいですか」
大抵の人がハンコを選ばないのだから、うちもそうすればいいのに。
そんなことを思いながらサインを受け取り、荷物を渡した。
少し動揺してしまったのはプロとして失格だったな。お客様に対しても失礼な行為だった。
車に戻ってから一人反省する。
再び行くこともあるだろう。次は失礼のないようにちゃんと覚えておこう。
次の機会は意外にも早く訪れた。
数日後、再びあのお宅の前に立っている。
今度は前よりも少し重い荷物だ。荷札を確認すると《果物》と書いてあった。
そして送り主は北海道の……《命運の村》
やっぱり、地方納税の返礼品だな。今回の荷物で確信が持てた。
今日は主婦らしき方が受け取りに出てきた。こう言ってはなんだが、前の男性と違い愛想のいい人だ。
荷物を手渡し、車に戻る。
プロのサービスドライバーとしての勘だが、このお宅には頻繁に通うような気がしてならない。
次の日、またもあのお宅の前に到着した。
「はあーーーっ」
元気と愛想の良さを褒められることが自慢の一つだったが、今日ばかりはしかめ面で、ため息が漏れてしまう。
今朝、出発前に積み荷を確認して呆然としてしまった。
「えっ、ええええええ!」
この仕事を始めて数年は経つが、こんな荷物見たことがない。
「丸太が一本……」
何の包装もしていない丸太に荷札がバンッと貼られただけ。
驚きはしたが、荷物に違いはない。プロとして職務をまっとうするのみ。
気合いを入れて丸太を掴んだのだが、重い!
とある漫画で丸太を豪快に振り回して戦っていたキャラがいたが、どんだけ尋常じゃない怪力をしてるんだ。こんなの運ぶだけで一苦労だぞ!
全力を振り絞り、なんとか荷台に丸太を運ぶ。前にスポーツ用品店からダンベルを運んだとき以来の重労働だ。
そして、その荷物をどうにか、このお宅へ運んだわけだが。
先に在宅を確認すると、またも奥様が出てきたので気合いを入れてから荷物を玄関前まで運ぶ。
それを見て向こうも驚愕していた。
ちなみに送り主はまたも《命運の村》だ。
何考えているんだろう、この村は。
それからは、ほぼ毎日といってもいい頻度で荷物を運ぶようになった。
送り主は毎回《命運の村》。そして送り先はあのお宅。
最近では奥様や男性とも顔見知りとなり、軽く雑談をすることもある。
以前と比べてお二人の顔つきがかなり変わってきているのを実感していた。
お二人とも表情が明るくなり、男性の方は髭も剃るようになり態度も堂々としてきたように感じる。
何か好ましい心境の変化があったようだ。
愛想のいい対応をしていただけるので、個人的にはとてもやりやすいのだが……定期的に丸太を運ばされるのは勘弁して欲しい。
もう、何本運んだのか数える気も失せた。
同時に三本運ばされたときは絶望したもんだ。あれ以来、ジムに通うようになって筋力も上がり、他の荷運びも楽になってきている。
こういうのを災い転じて福と成す、というのだろうか。
肉体を酷使する日々だが、運送する場所の変更を願ったことは一度もない。
受け取るときに見せる男性の表情を見ていると、やる気が出てくる。
私の運んでいる荷物は、あの人にとって待ち望んでいた宝物なのではないだろうか。そう思えるぐらい彼の顔は……嬉しそうだった。
「今日の荷物もいつものところだな。気合い入れて頑張るぞ!」




