神への貢物と疑われる俺
「命運の村って、なんの懸賞に応募したのよ」
母が何か言っているが、それどころじゃない。
あまりに動揺しすぎて頭が軽くパニックだ。
命運の村って、あの命運の村だよな。ゲームの世界から贈り物が届いた?
いやいやいやいや! 馬鹿か、あり得ないにも限度があるだろ。
普通に考えるなら命運の村を制作した会社から、更に何か送ってきたと考えるべきだ。たぶん、参考資料とか送り損ねていた説明書とか。
「ふう、焦らせやがって」
「何、ぶつくさ言ってんの。あらっ、果物じゃないの。でも、変な形ね。洋梨みたいだけど色がリンゴみたい。こんな果物見たことないわ」
勝手にダンボールを開いて中身を母が取り出している。
その手に握られているのは、PCの画面の中で見たことのあるゲーム内の果物にそっくりだった。
「嘘、だろ……」
「どこかの名産品でも当てたの? やるじゃないの、今日の食後に出していいわよね」
「あ、うん」
母は握っていた謎の果物を一個俺に渡すと、軽い足取りで台所に消えていった。
手の中の果物をまじまじと見つめる。
作り物ではない。確かに果実だ。
鼻に近づけるといい香りがする。リンゴっぽいけど仄かに柑橘系のような香りも混じっている気がした。
「最近は果物も進化しているからなー、新種のリンゴなんだろうなー」
と大きな独り言を口にしてみたが、自分自身が納得しきれていない。
「かじってみるか」
怪しげな小包の中身を食べるなんて無謀だとは思うが、何故か毒とかそういった心配はしなかった。
あり得ないとわかっているのに、そんなことを思うことすら村人たちに失礼だと思ってしまう。
一口かじると口内にみずみずしい果汁と芳醇な香りが満ちる。
酸味と甘味がちょうどいい割合で、飲み込むと喉がすっとした。
「うまいな、これ」
そのまま、食べきったが体に異変はない。それどころか呼吸をするたびに香りがして気分は爽快。
これなら家族が食べても喜んでくれそうだ。
台所に運ばれたダンボールはもう空っぽでゴミ箱の前に置いてあった。宛名や住所の書いてあるラベルを剥がして自室へと上がっていく。
何度見ても差出人は命運の村。
そこはまあいいとして、問題は住所だ、住所。
実はゲームのディスクが送られてきた時に、後で冷静になって探したのだが小包にラベルがついてなかった。
今回はしっかりと住所が記載してある。
「ええと、北海道なのか。一応、住所打ち込んで探ってみるか」
ネットで検索すると上空写真からは小さな雑居ビルが写っていた。確かに存在はするようだけど、ここから北海道まで確かめに行く旅費も度胸もない。
「これって、製作者の粋な計らいというかドッキリのつもりなんだろうな」
だとしたら相手の思うつぼだ。見事に驚かされた。
一人プレイなのにネットを繋がないとできないのは課金要素のためだけだと思っていたが、こうやって常にプレイヤーの情報を収集しているのかもしれない。
忘れがちになるけど、このゲームはテストプレイだからな。
「どっちにしろ、美味しい果物がもらえたんだから、文句を言うことはないよな」
お得だったってことで万事解決だ。
次の日。
「ちょっ、ちょっと降りてきなさい! 早く!」
叫ぶ母の声に嫌な予感しかしなかったが下に降りると、玄関の扉を開けた状態で俺を手招きしていた。
「あんた、また命運の村ってところから届いてるわよ! どうすんのよこれ!」
母が指さす扉の向こうには――丸太が置かれていた。
……見覚えのある丸太だ。心当たりがないと言ったら嘘になる。
今日の昼前ぐらいに昨日もらった果物の礼も兼ねた神託を書いたら、今度は丸太の中でも良質なものを貢物に選んでくれた。
正直、ちょっとは昨日のことが頭に浮かんだよ。でもさ、まさか、丸太が届くなんて思いもしないよね。うん。
……正気なのか、このゲームの開発者は⁉
何考えてんだ、本気で。昨日のはドッキリとして最高の出来だったが、まさか二日連続でやってくれるとは。それも丸太を。
「とりあえず、庭に運んでおくよ」
「そうね。無駄に筋トレして鍛えた体でなんとかしてよ」
母はそう言い残して扉を閉めた。
取り残された俺は庭の倉庫からロープを取り出して丸太に括り付けると、全力で庭まで引っ張っていく。
丸太は俺と同じぐらいの大きさだったので何とか運ぶことができそうだ。
ロープを輪にしてから体を通し、全力で引っ張っていく。
「ぐおおおっ、重いっ! 木ってこんなに重いのかよ!」
それでも何とか引っ張っていけている。仕事をしない後ろめたさを少しでも和らげようと始めた筋トレが、思わぬところで役に立ってくれた。
どうにか庭に運んだところで一息つく。そんなに距離はなかったのに汗だくだぞ。
無駄に庭が広いので丸太の一本置いたところで何も困らないが、どうしようこれ。
「丸太って売れるのか? っていうか、販売には許可とか必要だったり?」
考えたところで知識のないことはわからないので、後で調べておこう。
父は輸入業関係の仕事だったはずだから、そういうコネで売れないだろうか。
いっそのこと日曜大工が趣味の父にあげるのもありだな。その方が喜んでくれそうだし。
二度目のサプライズにも驚かされたが、さすがにこれで終わりだろう。
またも次の日。
「やりやがったな、こんちくしょう!」
三日連続、命運の村から贈り物がきやがった。
今度は新鮮なお肉。それもモンスターのな!
朝にガムズとムルスがイノシシのようなモンスターを仕留めた時、正直に言えば嫌な予感はしていた。
肉を祭壇に捧げられた時は若干の冷や汗が流れていたのも認めよう。でもさ、まさか肉が送られてくるなんて思わないだろ。
「ねえ、あんたと命運の村との関係って何? このお肉、量もあるし肉質もいいみたいなんだけど、なんの肉か書いてないわね。豚っぽいけど」
部位ごとに切り分けられた肉を、まじまじと見つめていた母が首をかしげている。
肉はしっかりと密封パックされているな。
「あーうん、それイノシシの肉らしいよ。ネットで応募していた村おこしのアイデアがさ、認められてさ、それでさ、今も村の人とやり取りしてさ、お礼に名産品をちょくちょく送ってくれるって話になったんだよ」
「あらまあ、そうなの。すごいじゃない!」
咄嗟の出まかせを母が手を叩いて喜んでくれている。
これはもう、引くに引けないな。
実際の話、村おこしをやっているのも嘘じゃない。アイデアも出している。一応ゲームのテスターとして働いているとも言える。
……これはちょっと無理があるか。
どちらにしろ、もらえるものはもらっておこう。モンスターの肉という設定のイノシシ肉で間違いないだろう。最近はジビエとかも流行っているらしいし。
たぶん、ゲーム内の貢物は予め何種類か決まっていて、それを村人がランダムで決定したのをゲーム会社が確認してから送ってきてくれている。そうとしか考えられない。
この『命運の村』は村人のAIがあまりにも優れているので、一部の富裕層に向けたゲームなのではないか、と最近疑っている。
――製品版はかなり高額で月額一万円以上の基本プレイ料金が必要になり、課金はもっと高額になる仕様。その代わり村人の貢物という名の物品配送システムを実装。
『ゲーム内の品物が実際にあなたのもとへ!』
とかいうキャッチフレーズで売り出せば、宣伝効果抜群で集客力もアップするに違いない。それこそ食品メーカーとタイアップした商品を出すという手もある。
そして客は戦略にまんまと乗せられてゲームにハマってしまい散財する。
――という悪魔のようなゲームなのでは!
今、適当に思いついたことだけど意外と真に迫っているような気がしてきた。
もしそうなら、この高性能AIも貢物にも一応は納得がいく。
画面の向こうは異世界で実際の人間が動いているという夢物語よりかは現実味がある。
「テストプレイも実は金持ちの別人と間違えられただけとか」
だとしたら遊べるうちに思う存分楽しまないと。
自分を強引に納得させて二階に戻ってPCの前に座る。
今日も村人たちが元気に働いていた。
ゲームのキャラは頻繁に会話しているというのに内容が被ることはなく、服の汚れも細かい。
表情も豊かでキャラの動きは滑らか。不自然な動きは一切ない。
「高性能なだけ……だよな?」
さっきまで確信に近い自信があったのに、実際に動く村人を見ているとその自信は急速にしぼんでいった。