異世界でも現実でも頼られる俺
「今日は気合入ってんじゃねえか」
「はい。なんかもう頑張らないといけないなって!」
清掃中に社長が褒めてくれたので、元気に返事をする。
昨日はあれこれ考えすぎて寝付きは悪かったが、仕事が夕方からだったので睡眠は十分に取れた。
色々と行き詰まっていたので、仕事で体を動かすのはいい気分転換になる。
それに昨日の彼との会話で、自分がいかに恵まれた環境だったのかを実感できた。感謝の気持ちも込めて、張り切って仕事をしていた。
「そういや、ユートピーの定期清掃が入ってな。これは俺とヤマと良夫でやろうと思っているんだが」
「水曜日の昼間なんですよね? その日は別の仕事があって私無理なんで、そうしてもらえると助かります。ごめんね、良夫君」
うちの紅一点である岬さんが、申し訳なさそうに頭を下げている。
「いえ、仕事が増えるのはうれしいですから」
俺としては渡りに舟だ。少しでも長宗我部社長についての情報が欲しい。
「良夫は社畜の才能がありそうだな……」
山本さんが信じられない、といった顔で俺を見ている。
「お前と違って真面目なんだよ、良夫は」
今は少しでも金を稼いで課金用の資金を貯めたい。
俺の村はポイントが貯まる一方で余裕はあるけど、組むことになった自然の神でもある彼の分の課金も俺が出す予定だから、お金はいくらあっても足りない。
ゲームの課金のために働く。
同じプレイヤーに貢ぐために働く。
……こう考えると、かなりのダメ人間っぽい。
しかし、自然の神でもあるプレイヤーの彼は放っておけないタイプだったな。
内気で大人しく、それでいて真面目で優しい性格なのがスマホ越しに伝わってきた。
ニートは、だらけ癖がある不真面目な人間がなる、と思われがちだが一概にそうとは言えないんだ。
将来に不安を覚えているけど、踏み出す勇気が出ない。
きっかけさえあれば立ち直れる人は多いと、思っている。……俺みたいに。
自分がニートの先輩なので余計に気になるのは認めるけど、それを抜きにしても庇護欲を掻き立てられるタイプなのは間違いない。
今の自分より立場の弱い相手を見つけて優しくすることで、自己満足を覚えているだけ……なのかもしれないけど。
自分では気づかない打算があったとしても、俺の第一目標は村人の幸せ。それだけは曲げるつもりはない。
「もうちょいで終わるから、最後まで手は抜くんじゃないぞ」
「ヤマさんじゃあるまいし。ねえ、良夫君」
「そうですね」
「良夫、言うようになったじゃねえか」
怒った振りをしながらも、山本さんの顔は笑っていた。
その笑顔を見ているだけで心が温かくなる。
色々あったけど、山本さんが立ち直った姿を見ていると、自分の選択が間違ってなかったのだと勇気づけられた気がした。
「ただいまー」
「おかえりー」
リビングに繋がる扉を開けると、カメレオン柄のパジャマを着た沙雪がクッションを抱えてテレビを見ていた。
「父さんと母さんは?」
「もう寝たんじゃないかな」
まだ十一時前なのに早いな。
「ご飯はそこにあるよ」
テレビから目を逸らさずに妹が指さした先には、ラップに包まれたオムライスがあった。
ところどころ包んでいる卵が破れているが、おいしそうに見える。
「先に風呂入ってから食うかな」
「じゃあ、温めておいてあげる」
兄妹のごくありふれた普通の会話。
今では当たり前の光景だがやっぱうれしいな。昔は一ヶ月ぐらい口を利かないなんてざらだったから。
風呂から上がるとリビングの机の上にオムライスとケチャップが置かれていた。
ラップを外すと湯気がふわりと浮かぶ。
「お兄ちゃん、ケチャップ掛けてあげようか?」
「すまないが、お小遣いを上げられる余裕はないんだ……」
妹は幼い頃、こうやって俺のオムライスにケチャップで文字や絵を描くのが好きで、勝手にやったくせに何故か恩を売ったことになっていて、あとで何か要求してくることがあった。
「違うわよ、いつの話よ!」
怒っている妹の顔が赤い。昔のことを思い出したのか。
「じゃあ、ご主人様ラブで」
「えっ、キモい」
軽いジョークなのに、本当にキモいって書きやがった。
黙ってケチャップ文字を伸ばして食べていると、妹がじっとこっちを見ている。これは話を聞いて欲しいときの合図だ。
「あー、あれから仕事はどうなんだ? まだ引き抜きとかされてんのか?」
「ううん。引き抜きはもうないんだけど、向こうに転職した人たちがこっちに戻りたいって愚痴こぼしているって、先輩が言ってた」
「かなり条件のいい引き抜きとか言ってなかったか?」
「そうらしいんだけど、いざ働いてみたら労働環境が酷いらしくて後悔しているんだって」
俺が清掃中に目撃した覇気のない社員たちの中に、妹の元同僚がいたかもしれないな。
「働いてみないとわからないことって、あるんだろうな。あー、転職した社員ってどんな人なんだ?」
「えっとね、二人いるんだけど一人はいつもオシャレな服を着ている先輩だよ。香水プンプンで有名なブランド品をいつも身に付けてたなー」
「沙雪、その人嫌いだろ」
「よくわかったね」
顔をしかめて嫌そうに語れば誰だってわかる。
「あとは小さなかわいい娘さんがいる、お父さん。お金が入り用だから、転職したんだって。辞めるときにみんなにむっちゃ謝ってたよ。頼れるいい人だったんだけどね。あっ、写真見る? ほら、社員旅行で撮った写真」
妹がスマホを操作して俺に画面を突き出してきた。
真っ白な砂浜と青く透き通った海をバックに、三十人ぐらいの社員が笑顔で映っている。
「この人と、この人だよ。そういや、二人ともゲームが好きみたいで、休憩時間になったらスマホでゲームしてたっけ」
「へえーそうなんだ」
そんなに興味が無い振りを演じているが、俺の目は二人の顔を凝視している。
特徴を覚えておこう。あの会社を清掃中に出会えるかもしれないからな。
……んんっ⁉ ちょっとまて。この人たちの顔どこかで見たぞ。
女性の方は直ぐに思い出せた。
本格的な床清掃が決まって、会議室で打ち合わせした女性だ。妙に派手な服装だったからしっかりと覚えている。
ただ、もう一人の男性。……もう少しで思い出せそうなんだけどな、この満面の笑みを浮かべる男性を。
「そんなに真剣に見て、好みの人でもいたの? 精華さんに言いつけるよ?」
「冗談でもやめてくれ。うーん、この転職した二人どっかで見た記憶があるんだけど、笑顔が邪魔して思い出せないんだよ」
「真面目な顔をしたのもあるよ?」
妹がスマホを操作して別の写真を見せてくれた。
今度は社内での集合写真で、さっきの男性はきりっとした表情だ……。あっ、ああ、そうか! 思い出した!
初めてユートピーの社内清掃に行ったときに、遭遇した人だ!
あのときは疲れ切って頬が痩けていたから気づかなかったけど、間違いない。
妹には気のせいだと伝え、それからは雑談を続けながら、引き抜かれた二人の話をいくつか引き出せた。
眠くなった妹が部屋に戻り、俺も食器を片付けてから自室に戻った。
村の様子を確認しながら、さっきの妹との会話を反芻する。
「引き抜かれた二人の共通点は……金に困っていた。そしてゲーム好き」
一人の先輩は金遣いが荒く、いつもお金がないとこぼしていたそうだ。噂によると借金にまで手を出してブランド品を買いあさっていたらしい。
もう一人は最近、新築一戸建てを購入したばかりで、更に奥さんが娘を私立の中高一貫のところに入れたいらしく、節約生活をしていると愚痴っていたのを妹が聞いている。
そして、二人とはユートピーの社内で遭遇済み。
「これは偶然でなく、確定か」
あまりにも出来過ぎた展開に頭を抱えたくなる。
金に困っている人から、俺は何を連想してしまうか。
それは――邪神側のプレイヤーだ。
山本さんも、変なバンドマンも、北海道でカーチェイスをした連中も金に困っていた。
「最近の問題がすべて繋がっていたと仮定したらどうなる?」
……待てよ。運命の神の超常的な力でこうなった、じゃなくてこうなるのが必然だった。何らかの意図があってこの結果にたどり着いた、というのは可能性の一つとして考えられないだろうか。
全部、繋がっているのは偶然、じゃなくてそれが意図されたものだとしたら?
なんのために?
邪神側のプレイヤーが社長だと仮定して、主神側のプレイヤーである俺の村を手に入れるために、こんな大掛かりなことを仕掛ける必要性があるのか?
そもそも、金も地位もあって充実している男が、元ニートの俺にこんなことしてどうなる……。長宗我部社長の動機が薄くないか?
う、うーん。憶測や適当な推理ならいくらでも可能だけど情報が不足している。もう少し、肝となるデータや情報が欲しい。
「うおっ、なんだ⁉」
考え込んでいると不意に着信音が響き、飛び上がりそうになった。
相手は……自然の神と表示されている。
「あっ、今日電話するって約束だった!」
考えることが多すぎてすっかり忘れてた。悪いことしたな。
『もしもし、運命の神様でしょうか』
その名で呼ばれるとちょっと笑いそうになる。他人に神様なんて言われた経験がある人って滅多にいないよな。
互いの名前を名乗ってもいいんだけど、あまりリアルに踏み込むのもどうかと思い、お互い名前は知らないままだ。
「あー、ごめんな。俺から電話するべきだったのに」
『い、いえ、ご迷惑ではなかったですか?』
「全然。それで昨日の話の続きだけど。神託どうしようか」
それなんだよ。
一応いくつか計画していることがあるけど、まだ確定じゃないので詳細は明かせない。だけど彼にしてみれば期待できる話をして、村人を一刻も早く安心させたいと思っているはずだ。
「ダークエルフの村人たちに、運命の神と本格的に協力体制になった、みたいな話をして欲しい。数日は敵の拠点から離れてうろついているモンスターの駆除に専念。少しでも相手の戦力を減らすことだけ考えていく。っていうのはどうだい?」
『は、はい。大丈夫です』
「邪神側のプレイヤーはモンスターを呼ぶのに金が掛かるからね。地道に見える作業でも相手にとっては痛手になると思うんだ」
『そ、そうなんですね。わかりました』
簡単に了承してくれるのは話が早くて助かるけど、少しは疑ったり自分の考えを口にしてくれてもいいんだが。
「それとキミの村の食料が足りないなら、うちから融通するよ。ありがたいことに食料には余裕があるからね」
『ありがとうございます! ほ、本当に助かります!』
今日一番の大きな声で返してきた。
心から喜んでくれているみたいだな。
「どういたしまして。それで本格的な反撃はしないで、守りを固めようと考えている。攻めるよりも守る方が楽だっていうからね」
と、戦国時代を描いた漫画で軍師が語っていた。
一ヶ月や二ヶ月の籠城とかになると守り切れるとは思えないが、このゲームでは《邪神の誘惑》一日だけを耐えきればいい。
勝ち目のない本拠地襲撃よりも、慣れた防衛の方がまだ勝算がある。
『そ、そうですよね。でもそうなると、僕の村は……』
再び声が消え入りそうになる。
あの村の有様で次の襲撃に耐えられそうにないのは重々承知している。
「そこで提案なんだが、俺の村に引っ越さないか? 村人全員受け入れる準備も蓄えもあるから」
ずっと考えていたことだ。
あの滅びかけの村を守り続けるより、俺の村で共に暮らして防衛した方が生き延びられる可能性は高い。というより、あの村と共に滅ぶか捨てるかしか選択肢はないと思う。
『それは……とてもうれしい提案なんですけど、村人たちが納得してくれるかどうか』
「そこは説得頑張ってもらうしかないかな。でも、彼らだってわかっているんじゃないかな。そうすることでしか、仲間を生かせないと」
『ですよね……』
彼自身も理解はしているが納得はしていない、といった感じか。
二ヶ月の間とはいえ、ずっと守ってきた村を捨てろと言われたら俺だってためらう。
エルフたちも故郷に対する想いはかなり強い。口には出さないが、いつか自分たちの村を復興させたいと思っているはずだ。
「こう考えてはどうかな。今は無理だけど、いつか禁断の森から敵の脅威が消えたらまた村に戻れる。それまでは一時的に一緒に暮らすだけだってね」
『そうですよね。わ、わかりました。そういう感じで説得してみます』
「お願いできるかな。すぐにじゃなくてもいいから。《邪神の誘惑》の前日までに決断してくれると助かる。まあ、こっちも……エルフ説得しないとダメなんだけどね」
『あー、仲悪いですもんね。うちの村人とエルフたちって』
「お互い苦労するな。ははっ」
『ふっ、ですね』
スマホ越しに苦笑する声が聞こえた。
少しだけ緊張も解けたかな。
「じゃあ、そういうことでよろしく。あっと、それから一日一回は電話かSNSで連絡することにしようか。アドレスは――」
これで彼と気軽に連絡が取れるようになった。
さーて、やるべきことはまだまだあるけど……寝よう。明日も仕事だ仕事。




