もう一人のプレイヤーと親近感がある俺
日をまたいだ深夜。
食事以外はずっと村を見張っているが、今のところ大きな変化はない。
ダークエルフたちは建物から一歩も出ないで、座り込むか寝転んでいるかのどっちかだ。
半数以上が目を閉じているが、開いている者の目には生気が感じられない。
……ただ一人、族長の娘スディールだけは床に置いた聖書の前に座り、何も言わずじっと見つめていた。
「向こうは神からの指示待ちか」
他人事のように口にしたが、うちの主要メンバーたちも同じように机の上に置かれた聖書を取り囲んでじっとしている。
ロディスの家に集まって今後の話し合いをしていたが、日をまたぐと自然と聖書の前に集まってこの状況だ。
いつもならとっくに眠っている時間だというのに。……キャロルは熟睡しているな。
向こうもこっちも現状の危うさを察しているようだ。
「すぐに神託で安心させたいけど、向こうの反応を見てから判断したいんだけどな」
相手の神託内容によってこっちは文章を変更する可能性が高い。
もし自暴自棄になって無謀な突撃を命令するなら、全力で止めなければならない。
何か向こうが提案してきたなら、それについて回答をしなければならない。
いくつか書くべき内容は決めているが、それも相手次第だ。
とはいえ待つとしてもあと一時間ぐらいか。不安な村人を置き去りにしたまま寝る訳にもいかない。
向こうのプレイヤーに関してはずっと疑問があった。自然の神が使える奇跡にどんなものがあるのかは知らないが、俺が相手の立場なら貯金を全部費やしてでも自分の村人を助けようとする。
でも、敵地を襲おうとした時も奇跡が発動した形跡はなかった。
考えるのが苦手で猪突猛進タイプという可能性も考慮したが、神託で俺に語りかける機転。ダークエルフたちを諭すような文章から察するに、頭は悪くないと思う。
そこから予想できることはいくつかある。
一つ、前回の《邪神の誘惑》でポイントの大半を使って奇跡を発動させた。
共闘を申し込んでくるぐらいだから、先月の襲撃はかなりの規模で守り切るのにポイントを使い果たしたので、もう残りがない。
一つ、そもそも村に対してそんなに愛着がない。
自分の貯金をすべて使うほどではないと、あくまでゲームとして楽しんでいるプレイヤー。これはプレイスタイルとしては正しいんだよな。
ゲームに大金を注いでガチャやって後悔している連中を何人もネットで見てきた。
でも、これはそういうゲームじゃない。それにプレイヤーにもメリットがある。
俺のように貢ぎ物が送られてきたり、村のレベルが上がると自分の演じる神に応じた奇跡が、この現実世界でも使えるようになる。これは誰もが手放したくない恩恵だろう。
ちなみに俺も運命の神の奇跡をこの世界でも発動できる。レベル2の頃は天気の変更ぐらいしか出来なかったが、レベル3になってからは奇跡の項目が増えた。
「少しは運命の神っぽいことがこっちでも出来るようになったんだよな」
改めて奇跡の項目を確認しようとしていると、PC画面の方で動きがあった。
ダークエルフたちの聖書が光り輝いている。
一斉に群がるダークエルフ。
俺はマップを拡大して、開かれた聖書の文字を画面一杯に映し出した。
『皆、今回の襲撃は残念だった。すまないが私にできることはもうないようだ。以前から提案しているように村を捨てて別の場所に移り住むことも考えて欲しい。あの村を捨てたくないという気持ちは理解しているが、滅びの道を歩むよりは苦難の道を選択して欲しい。無謀な真似だけはしないでくれ。それが神である私からの願いだ。そして、これを見ているであろう運命の神よ。我が子たちを救う手立てがあるのであれば、改めて力を貸して欲しい』
……相手のプレイヤーは村人を見捨てる気はないようだな。
そのことにまずは安堵した。
この流れだと、こちらが提案したら話を聞いてくれるのは間違いない。だとしたら、俺からの神託はこうだ!
『村人たちよ、恐れるなかれ。我に考えがある。まずは戦力を整え、英気を養うがいい。来たるべき日に備え、日々を有効に過ごして欲しい。そして、ここからは自然の神へ向けた言葉だ。我と共に本気でこの困難を乗り越える気があるのであれば……〇〇〇-〇〇〇〇-〇〇〇〇へ。これは神の契約に違反する行為ではないことを告げておこう。本当に村人を救いたいと思うのであれば、決断を』
と書いて発動させた。
自分のスマホの番号を記載したのは賭けだ。
プレイヤー同士が連絡を取るのは違反じゃないのは、直接確認したのでゲームオーバーになる問題行為ではない。
あとは向こうのプレイヤーがどうするか。それだけだ。
俺もこの結論を出すには悩みに悩んだが、この窮地を乗り越えるには互いの情報の共有と戦略が大事になる。
一日一回の神託でのやり取りでは、次の《邪神の誘惑》には間に合わない。
起死回生の策を練るにしても、相手との意思疎通ができなければ意味がない。だから、この無謀とも思える賭に出た。
「ネットで個人情報を晒すなんて危険極まりない行為だけどな」
引きこもり時代の俺なら、電話番号を晒すなんて真似は絶対にしなかったと断言できる。
「さて、向こうのプレイヤーはどうするか」
見知らぬ相手との電話に緊張はするが、これは珍しくネット時代の経験がプラスになっていた。
ネットでは無料で通話する方法がいくつもあり、ネトゲでも知らない相手とボイスチャットを何度もして仲良くなった経験がある。
なので見知らぬ相手との通話にもそんなに抵抗がない。ただ、リアルが絡んでくる電話はまだ苦手だったりするけど。
家に掛かってくる電話とか、社長からの電話は未だに緊張してしまう。
なんてことを考えながら待っていたが、スマホへの着信はまだない。
「まあ、すぐには決められないよな。今夜はあきらめて明日に託すか。ふああああっ」
緊張が解けた途端に睡魔が襲ってきた。
いつ電話が掛かってきても起きられるように、スマホの音量を最大にして枕元に置く。
布団に入って目を閉じた直前――着信音がけたたましく鳴る。
慌てて飛び起きて液晶を確認すると、名前は表示されていない。
相手が切る前にと慌てて通話状態にして耳に当てた。
「もしもし」
『あ、あのー。夜分遅くすみません。運命の神様でしょうか?』
おどおどした今にも消え入りそうな小さな声。
男女どっちでも通用しそうな声色で、何よりも声が若い。
十代半ばぐらいか? 声だけが若い二十代かもしれないが、直感的に中高生では無いかと思った。
「ええ、そうですよ。そちらは自然の神で間違いないかな?」
相手を安心させるために、大人の落ち着いた声をイメージして話す。
この口調も態度も《命運の村》滞在中に身についた技だ。
一ヶ月もの間、従者の振りをして毎日を過ごしていたので、このモードへの切り替えもスムーズに出来た。
『は、はい、そうです』
どうやら話すのが得意じゃないタイプみたいだ。
……俺も他人のことは言えないけど、この数ヶ月で鍛えられたからな。ここは頑張って進行役を務めないと。
「連絡してくれてありがとう。うれしいよ」
『こ、こちらこそ!』
まだ話し始めたばかりだけど悪い子ではない気がする。
それは、ダークエルフの身を心配する神託からも伝わってきた。
「そんなに緊張しないでいいから。連絡を取ろうと思ったのは今後の方針についてなんだよ。俺はどうしても自分の村を守りたい。村人たちの悲しむ姿は見たくないんだ」
『ぼ、僕もそうです。まだ始めて二ヶ月ですけど、村人たちが他人だとは思えなくて』
俺よりも最近プレイヤーになった新人だったのか。
二ヶ月ならまだこのゲームについてそんなに知らない時期か。
「ちなみに村のレベルは?」
『えっと、2です。すみません』
2だと掲示板は使えるのか。って、そりゃそうだよな。
そうじゃないと、このゲームに自分以外のプレイヤーが存在することは知らないはずだ。
「謝ることはないよ。えっと、言いたくなかったら答えなくていいけど、もしかして学生さんかな?」
『あ、あの、その……元学生です。一年前に高校を中退して……今はずっと家にいます』
ただでさえ小さな声が、最後の方は消え入りそうなぐらい小さくなった。
悪いこと訊いちゃったな。
でも、これで一つの謎が判明した。ニートで引きこもりだと課金出来ないよな。うんうん、よーーく、わかるよ!
村を助けたいけど、お金がないならどうしようもない。
俺はその状況でバイトを始めたけど、あれは父の助けがあったからこそ。自分だけだったら、あの後ちゃんとバイトを探せたかどうか。
「そうなのか。ごめんな、言いにくいことを遠慮なしに訊ねて。でも安心してくれ、俺も元ニートで引きこもりだったから!」
自虐ネタをわざと陽気な声で伝えてみる。
『えっ、そうなんですか?』
ちょっと声に力が戻ったな。
同じような境遇だったと知ってもらうことで、少しは話しやすくなってくれるといいけど。
「ああ、そうだよ。このゲームと出逢うまではニートでね。って、それは今話すことじゃないか。本命の話なんだけど、この窮地を乗り越えるために協力して欲しい」
『そ、それはもちろんです。僕もこのゲームのおかげで……なんとか生きていけてますから』
それは心の支えという意味なのか、それとも俺のように貢ぎ物をもらって物資的な意味なのか。少し気になったけど、そこは触れないでおこう。
あと、さっきから僕と言っているから、この子はたぶん男の子だ。運命の神は女性なのに一人称は僕だったけど、まさか同じパターンじゃない……よな?
「それを聞いて安心したよ。お互い力を合わせて、この窮地を乗り越えよう!」
『は、はい。よろしくお願いします』
素直ないい子じゃないか。
これが芝居だとしたら相当な役者だけど、そこまで疑っていたら話が前に進まない。
「キミを助けたいのもあるけど、そっちが滅びたら次のターゲットは間違いなく俺になる。いや、むしろ次の襲撃ではそっちを放置してこっちの村を襲ってくるかもしれない」
昨日、敵の拠点を襲った時に、ダークエルフと俺の村人たちが一緒にいるのを敵側に知られた。
相手がよほどのバカでない限り、主神側のプレイヤーが組んだと気づくだろう。
だとしたら、壊滅直前の村は後回しにして、今のうちにこっちを叩こうと考えてもおかしくない。
……たぶん、そうなる。そんな確信じみた予感がする。
「そこで俺からいくつか提案があるんだ。いや、条件と言ってもいいかな」
『な、なんでしょうか。僕に出来ることならなんだってやります。もう、村人が死ぬのは見たくないんです……』
ああ、そうか。そうだよな。あの村の状態からして何人もの村人が犠牲になっているはずだ。彼は虐殺されている光景を目の当たりにしてしまったのか……。
幸いなことに俺の村では犠牲者の数が少ない。ゼロではないけど、まだ数人だけだ。
殺された場面は直接見てないが、それでもショックだったし、村人たちと一緒に落ち込んだりもした。
……力になってあげたいな。
「まずは自然の神が実行できる奇跡の種類を教えて欲しい。それに必要なポイントも」
『教えるのはいいんですけど、その……前回の《邪神の誘惑》でポイントを使い切ってしまって。その、えっと、それにお金ないから課金も出来なくて。ごめんなさい……』
俺の予想は当たっていたのか。
辛いよな金が無くて力になれない惨めさは、よくわかるよ。
自分の無力さに情けなさに打ちのめされそうになるよな。自分が働いて貯金していれば、村人たちを救えたという現実。
彼は昔の俺に似ている。そこで勇気を振り絞って一歩踏み出し、周りの助けもあって立ち直ったのが俺で、まだその機会に恵まれていないのが彼だ。
だったら、及ばずながら彼を導く大人に俺がなればいい。
偉そうなことを言える立場じゃないけど、だけど、それでも見栄を張って彼に手を伸ばそう。
散々誰かに助けてもらうだけの人生を歩んできたんだ。今度は同じような境遇の彼の手を取って引っ張り、一緒に歩むぐらいのことはしてやりたい。
おこがましい考えかもしれないけど、自分の幸運や縁を少しでも分けてあげたい。俺みたいに貴重な十年を無駄にしないで済むように。
「大丈夫、それもなんとかするよ。だから、俺を信じる……というのは無茶か。今日話したばかりの相手だからね。だったら、そのゲームを信じて欲しい。俺やキミを救ってくれているゲームの同じ主神側プレイヤーとして」
その言葉が心に響いてくれたのか、自然の神の奇跡やそれに必要なポイントをすべて明かしてくれた。
俺も代わりに自分の使える奇跡を教えて、力を合わせることに決まった。
明日また連絡するという約束をして通話を終えた。
「これでなんとかなる……といいな」
事態は好転している。
まだやるべきことは山積みだけどまずは……明日の仕事に備えて寝るとしようか。
同じように眠りにつこうとしている村人と、ケースの中で寝ているディスティニーへ「おやすみ」と声を掛けて。




