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課題だらけの日常と足掻いてみる俺

 村に戻ったみんなを慰めたかったが、今日の神託はもう使えないので明日に伝えるしかないか。

 うちの村人たちも落ち込んでいるが、ダークエルフたちの意気消沈ぶりは見るに堪えない。

 肩を落としてうつむいたままだ。村に戻ってからは与えた一軒家にこもり、重い沈黙に室内が満たされている。

 エルフたちはそんな彼らを見て何も言えず、今までの態度が嘘のように静まりかえっていた。


「まるでお通夜みたいだ」


 気持ちは理解できる。村が滅びるかの瀬戸際で勝負を賭けた戦いに挑み……その結果がこれだからな。

 ダークエルフたちが無謀な突撃をしなかったのは、神の存在の大きさ。

 今回は上手くいかなかったが、今でも起死回生の奇跡や策を授けてくれるのではないか、と淡い期待を抱いているのでは。


「それは、こっちも同じみたいだけど」


 あれだけのモンスターを目の当たりにして、うちの村人も動揺を隠し切れていない。

 ガムズが今回の結末をロディスに伝えると、即座に村の警備が強化された。

 俺だって向こうのプレイヤーに期待したい。……勝ち目がないとあきらめて、無謀な特攻だけは選ばないでくれよ。

 絶望するにはまだ早い。やれることはある。

 せっかく組んだプレイヤーなんだ、こんなことで失いたくはない。

 彼か彼女かは不明だが、今後も協力できれば強力な味方となってくれるはずだから。


「やるべきこと、やりたいことが山積みだな。十年間ろくに使ってこなかった脳がフル回転してオーバーヒート寸前だ」


 この頭で考えるには、時間が全然足りてない。

 無駄に消費した過去の時間を引っ張ってきて使いたいけど、失われた時間も過去も取り戻すことは出来ない。

 そんなのは何度も身につまされて痛いほど理解している。


「今やれることをやる。それだけだ。背伸びしないで一個ずつ片付けるしかないよな」


 まずはダークエルフたちが最悪の結末を選ばないように見張っておく。

 神託は明日まで使えないから、いざという時は三代目神像を動かしてでも止める。


「明日になったらやれることも増えるけど、今はなんにもしてあげられないな。奇跡で何か村人のためになるのあったかな」


 奇跡に項目にざっと目を通してから、少しでも気分が晴れないかと《晴天》にしてみた。

 上空を覆っていた分厚い雲が裂け、温かい陽光が降り注ぐ。


「気休めにしかならないけど」


 暗いと気分が滅入るからな。

 カーテンを閉め切りPC画面から漏れる明かりだけで、一時期は生活していた俺が言うのだから間違いない。

 朝日を浴びるのは結構大事なんだよ、マジで。

 《命運の村》を始めて生活習慣がよくなり、早寝早起きが身についた俺は仕事も始めて、日の光を浴びる機会も増えた。

 それだけだというのに生きているという実感がある。清々しい気持ちになれるのだ。

 ……ハードな仕事が待っている日は若干憂鬱にもなるけど。

 目を細めて天を仰ぐ村人たちも、俺と同じ気持ちだとうれしい。


 村人の負担を減らそうと村周辺の見回りを自主的にしていると、遠くからこちらに向かってくる馬車が見えた。

 獣道に毛が生えた程度の道をゆっくりと北上している。

 あれはドルドルドの荷馬車だな。御者席に座っている恰幅のいい体を見れば一目瞭然だ。

 今日は行商の日だったか。

 村と契約を結んでいて、二週に一度は欠かさずドルドルドが村に物資を持って来る約束になっている。


「もうちょっと余裕が出来たら、道の整備もしないとダメだな」


 上空から見ても車体が大きく揺れているのがわかる。

 あれだけ激しいと尻が痛そうだ。


「馬車ってサスペンションとかバネ入ってないんだよな。車のそういったパーツが普及したら一気に乗り心地がよくなりそうだけど」


 と自分の発見のように呟いてみたが、実はこれラノベで得た知識だ。

 異世界転生した日本人が異世界で流行らせる定番アイテム、といったものが存在する。


 農業なら水車、千歯こき。

 娯楽ならトランプ、リバーシ、将棋、チェス。

 食品ならプリン、唐揚げ、マヨネーズ。等々。


 といった具合に異世界に存在せず、その世界の物を使って作れるものは大抵小説で見たことがある。

 俺もそれを参考にアドバイスしたいのだが、娯楽方面はその世界で広まっている遊びで十分っぽいし、水車なんて川岸に作ったらモンスターに壊される未来しか見えない。

 俺が邪神側のプレイヤーなら、水車なんて見つけたら命令して壊させる。

 千歯こきなんて、まだ穀類を育ててないから必要ない。農業は最近になって本格的に始めたのだが、主戦力は芋や根菜だ。葉物野菜もそれなりにはある。

 食品はまず卵が貴重なので数少ない鶏を犠牲には出来ない。デザートに回す卵の余裕もないからな。マヨネーズは生卵のサルモネラ菌が繁殖して食中毒になるという危険性があるので、気軽にすすめられない。

 異世界にサルモネラ菌が存在するかは知らないけど。

 ……これがただの高性能ゲームなら、そんな気苦労は必要ない。だけど彼らは生身の人間。プレイヤーはそれを忘れてはダメだ。


「俺は絶対に忘れないけど」


 共に過ごしたあの日々を忘れる訳がない。

 彼らはゲームのキャラではなく、血の通った一人の人間だ。


『ドルドルドさんが来たぞー』


 物見櫓で見張りを担当していた村人の大声が響き、丸太の柵に備え付けられていた門が開く。

 そこから満面の笑みを湛えたドルドルド一行が入ってきた。

 広場で馬車を止めると、中から護衛役のハンター四人組が出てきて、荷下ろしを手伝ってくれている。

 彼らは長期契約で雇われている護衛だ。ガムズも一目置いている程の実力者らしい。

 今のところ戦った場面を一度も見たことがないので、実際の実力は未知数だけど。


『お久しぶりです、皆様。お約束の食材や必需品を取りそろえてきましたよー』


 村人が一斉に馬車を取り囲む。

 大半が家庭を預かっている女性で、注文していた品を手に取っていく。

 どの村人が何を必要としているのかは、あらかじめロディスがまとめて書き留めている。それを渡して確認したドルドルドが街から運ぶ。

 そういう流れが成立している。

 食料は自給自足でなんとかなっているので、注文する品は香辛料や衣類。それに武器防具が多い。

 弓と矢は木工が得意なカン、ラン夫婦とエルフがいるのでお手製でなんとかなっているが、その他の武器防具はドルドルドに任せっきりだ。


「鍛冶が得意な人……ドワーフとか村に招き入れたいところだけど」


 ファンタジーの世界においてドワーフは手先が器用で鍛冶が得意という設定が多い。

 この世界にもドワーフは存在していて鉱石の扱いや鍛冶に長けている。

 そもそも、ガムズたち初期のメンバーが拠点としていた洞窟は、ドワーフたちが鉱石を掘っていた跡だ。


「問題はエルフと仲が悪いんだよなあ」


 これも定番なのだがエルフとドワーフは犬猿の仲というのがお決まりだ。

 エルフとダークエルフほど険悪じゃないが、お互い何か気に食わないという存在らしい。

 ちなみにダークエルフもドワーフが嫌いらしい。

 もちろんドワーフ側も嫌いで、エルフ、ダークエルフと呼ばずに「白いの」「黒いの」と言うそうだ。

 これが地球なら差別問題で大事になるぞ。


『おやおや、どうしたのですか。空気が重いようですが』


 品物が捌けたところでドルドルドがロディスたち古参のメンバーに歩み寄り、社交辞令のあと直ぐさま切り出してきた。


『お気づきになられましたか。実は――』


 ロディスがことのあらましを説明すると、にこやかな顔を一変させて目を細め、自分の顎を撫でている。


『これは困ったことになりましたな。私もその情報は耳に入っていまして。本日はそのことをお知らせしようと思っていたのですよ』


 ドルドルドは既に知っていたのか。

 さすがやり手の商人だ。


『禁断の森にモンスターが次々に集まっているという噂話がありましてね。ご存じだとは思いますが、世界にはモンスター溜まりというものがありまして。その一定の場所でしかモンスターは産まれないと言われています』


 これは俺も事前に知っていた。

 この世界のモンスターは繁殖して数を増やすのではなく、邪悪な気の塊が世界各地に点在していて、そこの地面から湧き出るようにモンスターが現れる。

 それは地下に封印された邪神の力が漏れ出ている場所で、その影響でモンスターが生み出されている……というのがこの世界の通説だ。

 これをゲーム的に説明すると、その邪悪な気が噴き出る場所はモンスタースポットと呼び、そこが邪神側プレイヤーの本拠地となっている。

 つまり、邪神側プレイヤーはその本拠地でしか、モンスターを呼び出せないシステムになっているのだ。

 なので本拠地から離れた場所を襲いたい場合は、モンスターたちを移動させて仮拠点を作らなければいけない。

 ダークエルフが今回狙っていたのは、その仮拠点だった。


『かなりの数のモンスターが移動していたようで、多くの人々が目撃しています。それも多種多様なモンスターがバラバラな方角から集まってきているらしく』


 これは貴重な情報だ。複数人のプレイヤーが関わっていると考えるのが妥当だろう。

 プレイヤー単独の仕業なら、同じ方角からモンスターがやってこなければ辻褄が合わない。わざわざバラバラに迂回させて、禁断の森に集まる必要性がない。


『その数は百とも二百とも……いや、もっとそれ以上ではないか? と噂されています』

『そんなにもですか……』


 ドルドルドの話を聞いて、ロディスの眉間に刻まれたしわが深くなっていく。


『我々が遭遇したのは鬼の一族がメインだったが、奥には更なる別の種族が控えていたのかもしれないというのか』


 基本無表情なガムズですら、苦虫をかみつぶしたような顔になっている。

 既にそれだけの戦力が揃っているなら、すぐにでも村を襲えばいいと思ってしまうが、邪神側にはそれが出来ない。

 あちらの世界の理ではモンスターたちは集団行動を好まず、他種族の命令は一切受けないとされている。だが、ある日だけは例外となる。

 それは言うまでもなく《邪神の誘惑》だ。邪神から直接モンスターたちに命令が下され、モンスターは邪神の命令に従うだけの存在と化す。


 ゲーム的に考えるなら、邪神側のプレイヤーは《邪神の誘惑》の日だけ細かい命令を全モンスターに実行させられる。そういう仕様。

 だからそれ以外のタイミングで襲ってくるモンスターたちは、多くても四、五体で組む程度で、種族によっては命令を理解する知能もなく、行動には戦略性も何もない。

 ちなみに知能の高い種族は召喚コストが異様に高く、召喚できる数に制限がある。

 前にうちの村で余計なことをしてくれた邪教徒は、かなり高額でレアなキャラだった。

 ――という情報を最近教えてもらった。

 もっと早くこの情報が手に入っていれば、色々とやりようがあったのだが後の祭りだ。


「ここまで防衛機能が働けば《邪神の誘惑》以外はなんとかなりそうだ」


 月に一度の襲撃さえしのげれば、ある程度は安心できるというのは大きい。

 今後に生かしていきたいところだけど……問題は今後があるかだ。

 数百ものモンスターを相手にこの村を守り切れるか。

 更に相手は一人じゃない。複数のプレイヤーが各自の戦力を操って一斉に襲いかかる。

 元ネトゲ廃人だから言えるが、防衛戦を一人で守り切るのは不可能に近い!

 複数人のプレイヤーに狙われている守備側が一人だったら、勝ち目なんかない。ゲーム内で同じような経験をした時は、相手に暴言を吐いてからさっさと尻尾を巻いて、防衛をあきらめた。

 だけど、今回はそういう訳にもいかない。

 守らないとな。俺の人生を救ってくれた村人たちを全力で!

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― 新着の感想 ―
[一言] ピッコマで読んでたら、懐かしい設定のタイトルと内容の漫画あって思い出せた。 前回84まで読んでたんだなあ 続き読んでいきます( ᐛ )و
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