引く勇気とすすむ勇気としんがりの俺
村人たちは相談の結果、大回りして別の方向から侵攻するようだ。
それでも敵の数が想定外だった場合は引く、というのがうちの村人の意見で、ダークエルフたちは納得はしていなかったようだが、こちらの妥協案を受け入れるしか道が残されていなかった。
「同情はするけど、だからといって村人を危険に晒す訳にはいかないからな。助けてあげたい……とは思うんだけど」
ダークエルフたちに指示を出しているプレイヤーのことも考えると、手伝ってやりたくなる。
俺みたいにこのゲームに救われて人生が変わったプレイヤーかもしれない。
だとしたら、ゲームオーバーだけは避けたいと思うはずだ。
「引かないのには、何か秘策でもあるのか? 課金と奇跡のコンボとか」
全滅の危機なら大金を注いで、奇跡の大盤振る舞いをやってくれる可能性だってある。ただ、あの村の現状を見る限り、防衛でポイントをかなり消費していてもおかしくない。
俺も一回目の《邪神の誘惑》でポイントも貯金も使い果たしたからな。
「形勢逆転の手でも隠しているなら、強襲もありなんだけど……」
相手の手の内が読めないから、こちらとしては安全策を取るしかない。
そんなことを考えている間にガムズたちは、敵拠点の西側を目指して大きく迂回していた。
こっち側はスディールも行ったことがないらしく、マップは黒塗りだったが徐々に開けてきている。
「南側に比べたら手薄だけど、それでも多いな」
緑小鬼が一番多いが、黒犬や黄中鬼の姿も頻繁に見かけるようになってきた。一度遠くに単眼赤鬼もいたからな。この拠点の脅威度は事前情報と違いすぎる。
それに西側には他の種類のモンスターもちらほら見かけるようになった。前回の襲撃にもいたキメラっぽいのや、ゴーレムもいる。
この数は想定外だ。
ガムズたちは二度撤退するべきだと意見を口にしたが、ダークエルフたちは聞く耳を持たず独断で仕掛けた。
そのときは問題なく掃討できたが、これ以上は付き合いきれない。
「ここは神託で帰るように伝えるべきだな、うん」
ダークエルフたちとプレイヤーには悪いが、村人たちを犠牲にする訳にはいかない。
神託用の文章を打ち込みあとは《enter》を押すだけになった。そのタイミングでチェムが手にしている聖書ではなく、スディールの聖書が光る。
『ちょっと待ってくれないか。《自然の神》からの神託だ』
その言葉にチェムがはっとした表情になる。
『我々も神に判断を仰ぐべきなのでしょうか』
俺もそう思っていたところだけど、向こうの神託内容による。
今は何を伝えてくるのか、それだけに集中しよう。
『神が周りに教えて構わないと仰っているから、読むよ。……この拠点を落とさなければ、我が祝福を与えし村が滅びるのは明白であろう』
ダークエルフたちが一斉に目を伏せると、苦渋の表情で唇を噛んでいる。
村人たちも神妙な顔つきになっているのは、自分たちに照らし合わせてしまったのだろう。
「みんな優しいからな……」
だからこそ、非情な決断は神である俺からするべきだ。それぐらいは担当しないと。
『続きを読むよ。だからといって運命の神の加護を受けし村人に無理は言えぬ。我が村人たちも村を捨て、別の場所で生きる術を探す道もあることを忘れないで欲しい。決断はそなたらで決めるがいい。我が力は残り僅かなれど可能な限り力を貸そう。……だってさ』
今の話でわかったことがいくつかある。
まず、向こうのプレイヤーは村を捨ててまで、ダークエルフたちを生かしたいと思っている。だけど、彼女たちは頑なに《禁断の森》から離れようとしないのだろう。
それはエルフのムルスと同じ発想だから理解できる。故郷を離れらない人はエルフに限った話じゃない。精華の祖母であるお菊さんも、何があっても最後までこの町で生きて骨を埋めると言っていた。
向こうのプレイヤーはゲームオーバーに俺たちを巻き込もうとしていない。その優しさと冷静な判断が余計に俺を迷わせる。
ガムズもチェムもランもカンも他の村人も、全員黙り込んでいる。
さっきまでは帰ろうと言っていたのに、それを口に出すことすらはばかれる空気になってしまった。
『ってことだから、あんたらは戻ってくれていいよ。ここまで付き合ってくれてありがとうね。エルフの連中も……色々と悪かったね』
謝罪を口にしたスディールの態度が予想外だったのか、エルフたちは驚いた表情で戸惑いを隠せないでいる。
「ああもう、これなら裏があって俺たちを利用しようと思っていた方がマシだった」
それなら容赦なく切り捨てて、見捨てることが出来た。
村人も俺と似たような気持ちなんだろうな。誰も来た道を戻ろうとしていない。
ほんと、優しい村人ばかりで俺は……うれしいよ。
「だからこそ、責任は俺が取らないと!」
おかげで吹っ切れた。
文字を書き直し《enter》キーを押して神託を発動した。
『運命の神からの神託です。……こちらの内容も皆さんに聞かせて構わないと書いていますので、音読しますね』
うつむいていた人々が顔を上げた。
視線がチェムに集中している。
『では……。神の名において撤退を命じる。それは我が村人だけではなく、自然の神の祝福を受けし者たちも含まれる。我が命に従うのであれば、汝らに進むべき道を示そう。此度、我が力の片鱗を見せる。それでも信じられぬのであれば滅びの道を進むがいい。……とあります』
神託の内容に言葉もないようで、誰も声を発しようとしない。
俺は悩んだ挙げ句、誰も見捨てない方針を固めた。
一番大事なのは《命運の村》で間違いないが、スディールも今はうちの村人だ。
村人の悲しむ顔はもう見たくない。だったら、答えは初めから決まっていたも同然。
『その言葉はありがたいけど、どうやって戦うつもりなんだ、あんたのところ神は。それに力の片鱗ってなんだい?』
スディールの疑問は当然だ。
問われたチェムは回答に困るかと思えば、にっこり笑って口を開いた。
『それはすぐにわかりますわ』
ためらいもしない絶対の信頼に応えられなければ、神じゃ……男じゃないよな!
俺は奇跡の項目から《ゴーレム召喚》をクリックした。
光を放ち神輿の荷台から立ち上がる神の像。
その姿に息を呑むダークエルフと祈りを捧げる村人たち。
進むか戻るかで悩んでいる間に多くのモンスターがこちらに向かってきていたのだが、今の光がダメ押しになったようで、無数のモンスターが敵拠点の方角から押し寄せてきた。
十メートル近くある巨木をへし折り、口から蒸気のような息を吐く単眼赤鬼が二体。
黄中鬼が五体に黒犬七頭、更に緑小鬼が十体ってところか。
「久々のゴーレム無双の肩慣らしに丁度いい」
なんて、それっぽい決め台詞を口にしている間にもポイントが急速に減っていく。
格好付けている場合じゃないな。
最近は課金しなくてもポイントが結構貯まるようになってきたけど、だからといって無駄づかいは禁物だ。
神像が荷台から跳び、モンスターの群れの前に着地する。
先鋒の緑小鬼が四体同時に粗末な槍を突き出すが、そのすべての穂先を切り落とし、軽く飛び越えて背後に着地する。
と同時にその首が四つ宙に舞った。
近くにいた黄中鬼二体の胸を二本の剣で貫き、突き刺さったまま単眼赤鬼に向けて剣を振るう。
飛来する黄中鬼を単眼赤鬼が煩わしそうに腕で弾くが、視界を遮られた隙に懐へ飛び込んでいた俺は、相手に実力を見せつけるためにあえて、頭から剣を振り下ろし一刀両断した。
その光景を目の当たりにしたモンスターたちの戦意が明らかに薄れている。特に下っ端の緑小鬼は今にも逃げ出しそうなぐらいに怯えている。
これが《邪神の誘惑》の日なら相手は恐怖を忘れて特攻してくるところだが、今日はそういう訳にはいかないようだ。
怯んでいる相手を容赦なく切り捨てていくと、もう一体の単眼赤鬼が逃げようとしていた緑小鬼を掴んで投げつけてきた。
避けたら背後にいる村人たちに当たりそうだったので、剣の腹で横に弾き飛ばす。
それを見て緑小鬼が背を向けて一斉に逃げだそうとしたが、急に動きが止まると方向転換をして一斉に襲いかかってきた。
さっきまでと違い動きにためらいがなく、その瞳は血のように赤い。
「まるで《邪神の誘惑》のときみたいだな」
一時的に似たような精神状態に持ち込む、邪神側の奇跡でもあるのだろうか。
次々と迫り来る緑小鬼を一振りで切断。
更に黒犬、黄中鬼もすべて一撃で葬り去っていく。
血の雨を浴びながら神像は歩みを止めることなく、前へ前へと進む。
遮るものがなくなった単眼赤鬼の前に立つ神像は、ペンキを頭から被ったかのように赤く赤く染まっている。
その姿に怖じ気づいたのか、背を見せて逃げようとしたところを袈裟斬りにした。
『これが《運命の神》の奇跡なの……』
目を見開き唖然とした表情のダークエルフたち。
村人たちは見慣れた光景なので何も言わずに、ただ祈ってくれている。
『す、凄いじゃないか! これだけの力があるなら、このまま拠点に乗り込んで――』
興奮が抑えられないのか、唾をまき散らしながら熱く語るスディールに向けて血で染まった手を向けた。
その姿に怯えたのか『ひうっ』と息を呑んで黙る。
別に脅すつもりはなかったのだけど今は緊急事態だ。長話を聞いている暇はない。
俺は両手の剣を天に向けて突き上げ、その刃が重なり×の形になるようにした。
『この合図は……みんな、引くぞ! これ以上ここにいては危険だ。撤退! 撤退!』
ガムズが叫び、村人たちは一斉に踵を返す。
そして一瞬のためらいも見せずに走り去っていく。
『ど、どういうことだい。このまま』
『あれは神からの合図だ! あの動作をした時は迷わず逃げるように言われている。無駄死にしたくなければ付いてこい!』
ガムズの迫力に圧されて、ダークエルフたちは戸惑いながらも村人の跡を追う。
何度も神像を振り返っていたが、あるものを目にした途端に全速力で駆けていった。
それは神像の前から迫ってくるさっきとは比べものにならないモンスターの群れ。その数は五十、いやそれ以上か。
単眼赤鬼を倒し、一度マップ画面に切り替えて周囲を確認したのだが、その際にとんでもない数のモンスターが押し寄せてくるのが見えた。
それも多種多様なモンスターの種類。敵拠点の南側は鬼系しかいなかったが、それ以外の方角には異なる種類のモンスターが馬鹿げた数で存在している。
なので直ぐさま村人たちに撤退の合図を送ったのだ。
神像は言葉を発することが出来ないので、万が一の際に備えて事前にいくつかの合図を決めておいて正解だった。
「しかし、この数尋常じゃないな……。だけど、村人たちが逃げる時間は稼がせてもらうよ」
聖書の範囲から外れてしまえば神像は動きが止まる。
それが早いか壊されるのが早いか。時間ギリギリまで殺らせてもらうよ!
あの後、何体まで倒したか覚えていない。数えるのもうんざりするぐらいは倒したと思う。途中で武器が折れ、右腕が吹き飛び、左足の膝から下が粉砕されて、それでもなんとか倒し続けて……最終的に動かなくなった。
「ご苦労様でした。今までありがとう」
原形を留めていない神像に向かって手を合わせる。
初代の神像は燃え尽きて、二代目はここで村人を逃がすために犠牲となった。
三代目以降の神像は村に予備として置かれているので、壊れても問題はないのだが共に戦ってくれた戦友に感謝の言葉を述べる。
二代目の踏ん張りもあって村人たちは全員安全圏まで逃げ切れた。
無事でよかったが、問題は何も解決していない。
拠点の敵戦力が想像を遙かに上回っていたこと。
今まで無双状態だった《ゴーレム操作》でも押し切れなかったこと。
その結果を知って村人やダークエルフたちが、しおれた花のように意気消沈していること。
――圧倒的な戦力差。
ダークエルフだけの話ではなくなってきた。向こうの村が滅びたら間違いなく次はこっちの番だ。
……でもあれだけの戦力を単独で維持することは可能なのか?
山本さんは戦力の補強を課金でやっていたと言っていた。つまり、邪神側のプレイヤーが大金を注いだか、もしくは一人や二人ではない複数のプレイヤーが組んでいるか。
どっちの可能性も捨てがたい。
いや、両方もあり得るのか。
……最悪な予想が真実味を帯びてきた。
今のところ証拠は何もないので、決めつけるわけにはいかないが、可能性の一つとして覚えておこう。
でだ、どうする。あの戦力相手に今の戦力で太刀打ち出来るとは思えない。
頭を抱え、ない頭を振り絞って答えを探す。
「相手がもし複数人で最悪の予想が当たっているなら、奥の手が一つあるにはあるけど……」
一つ、たった一つだけ妙案が浮かんだ。
「三本目の矢か」
今、俺ともう一人のプレイヤーという二本しかない矢に、三本目の矢を加えられるかもしれない。
だけどそれは鏃に猛毒が塗ってある、漆黒の矢だ。
それに頼るのは危険どころの騒ぎではない。
だけど……。
俺は机の脇に置いてあったスマホを手に取り、登録している電話番号を調べ――




