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敵地への進軍と軍師気分の俺

 打ち合わせが終わり家に戻ってから、ずっとあのことが引っかかっていた。

 あまりにも出来過ぎな展開。神様が直接俺に手出しできないようにした、とは言っていたがつまりそれって、


「直接ではなく、間接的には可能だってことだよな」


 そう考えると益々、長宗我部社長が怪しくなってくる。

 あの山本さんとの一件があったからこそ、《命運の村》絡みじゃないようにという気持ちが強く、意識的に考えないようにしてきた。

 悪癖だよな。ただの想像なのに、辛い方から目を背けようとするのは。

 ……油断はしないようにしておこう。もし杞憂だったとしても、それはそれで構わない。

 このゲームと関わってからはあり得ないことの連続だった。疑い深いぐらいが丁度いい。

 気を引き締め直して、改めて長宗我部社長についてネットで調べているときに、ある事実を発見してしまった。


 三本の矢は長宗我部ではなく毛利だということに。


 ……セーーーフッ! 

 今日か明日にでも妹か精華にドヤ顔で「あの社長の名前、長宗我部とか言うらしいな。三本の矢で有名な」とか話を振るつもりにしていたので、先に見つけて助かった。勘違いって怖い。

 あれって一本じゃ折れるけど三本合わせたら折れない、とかだったよな。それで兄弟で力を合わせよう、とかいう話だったはず。

 ……それも間違ってないか、あとでしっかり調べよう。


「力を合わせる、か」


 俺もダークエルフのプレイヤーと協力して、二本の矢になりたいところだ。

 三本には一本足りないから、ちょっと強度に不安はあるけど。

 今回の一件もそうだけど、浅い知識で決めつけて考えるのはやめだ。もっと柔軟に慎重にならないと。




 予定日となった。

 ダークエルフ十名、うちの村人十五名。合わせて二十五名の大所帯で森の中を進軍している。

 これだけの人数が揃うと壮観だな。

 目的地は村から徒歩一時間程度の距離。

 敵の拠点の南側はマップからも確認できる。ダークエルフのリーダーであるスディールが、自ら敵地の偵察に行ったことがあるようだ。


『敵の数は少なくとも二十以上。主に緑小鬼だけど、単眼赤鬼が少なくとも五体はいたわよ』


 スディールがガムズたちに向けて、敵の詳細を説明してくれている。

 既に何度も村の話し合いで聞いた情報だが、再確認は大切だ。


『その数が確定ではないのだな?』

『イケメン兄さんの言う通りよ。何度か偵察に向かったけど敵の拠点は入り口付近までしか、近づけなかったから。黒犬もいたから、どうしようもなくてね。うちのお肌が傷ついたらやだし』


 肩をすくめるスディールを半眼で睨むように見るムルスたちエルフ。

 ふざけるなとでも言いたげだ。


『もし敵の戦力が予想外に強力だった場合は即座に撤退する。それで構わないな?』

『わかってるわよ。うちらだって無駄死になんてしたくないし』


 ガムズに軽く返しているが、スディールの目が笑ってなかったのを俺は見逃さなかった。

 追い詰められているダークエルフたちにしてみれば、できるだけ引きたくないというのが本音だろう。

 だけど、いざとなったら村人の命を優先させてもらう。それは俺の中では決定事項だ。


『でさ、ずっと気になっていること、そろそろ突っ込んでもいい?』

『なんだ』


 よく平然と返せるなガムズは。

 俺は向こうが、いつツッコミ入れるのかとドキドキしていたのに。


『なんで……木の像を運んでんの?』


 スディールの視線の先にあるのは、神輿のように寝かせた神像を担ぐ村人四人。

 こっちの村人は全員理解しているので誰もが納得していたが、ダークエルフたちにしてみれば訳のわからない光景だったはず。


『私から説明しますね』


 聖書を胸に抱えたチェムが兄とスディールの間に割り込むように前に出る。

 口を挟むタイミングを窺ってたな。


『この像は運命の神の奇跡を発動するのに必要なのですよ』


 神像を操れることは伏せておくように神託で伝えたので、チェムは従ってくれている。

 前に比べてそんなには警戒していないが、相手を完全に信用するには情報が足りない。念には念を入れて、こっちの奥の手は黙っておいた方がいいと判断してのことだ。


『そんな制約があるんだね、そっちの神は』


 小声で呟きながら腰にぶら下げた袋を撫でるスディール。あの袋の中には、確か聖書が入っているんだよな。

 うちのところは聖書さえあれば発動できる、とか思ってそうだ。

 さっきから、ダークエルフたちはスディール以外ほとんど話さないな。

 チェムが何度か話し掛けてはいるが、頷くか簡単な返事をするのみ。規律がしっかりしているのか、話してボロが出るのを恐れているのか。


『静かに』

『敵』


 先行していたランとカンが素早く木に登り、警戒を促す。

 全員が一斉に武器を構え、身を潜めた。

 何度も襲撃を受け、戦闘経験が豊富なメンツが揃っているので咄嗟の判断が素早い。

 カンが木の上から身振りで敵の場所を教え、指を三本立てて敵の数も伝える。

 ガムズ、ムルスが動こうとしたダークエルフたちを制して身をかがめたまま、雑草をかき分けるようにして進んでいく。

 エルフたちは《植物魔法》で雑草を成長させて仲間の姿を覆い隠し、片膝立ちの体勢で弓を構えた。

 俺は敵のいる地点を上空から観察する。

 緑小鬼が三体だけだな。近くに他のモンスターの姿はない。

 木陰から一気に飛び出したガムズの剣とムルスの短剣が、二体の喉を斬り裂く。

 襲撃に気づいた緑小鬼が声を上げる前に、木の上から飛び降りてきたカンとランの槍が体を貫いた。

 完勝。


「どうよ、我が村人の完璧なコンビネーションは」


 理想的な不意打ちだった。

 手際の見事さにダークエルフたちも驚いているようだ。


『やるじゃないか、あんたら! こりゃ、勝機も出てきたね』


 スディールが素直に称賛してくれている。他のダークエルフたちも感心しているように見える。

 相手の数は少なかったが、こちらの実力は見せつけることが出来た。

 これで彼らの見る目が変わってくれたらいいけど。

 それから三分ぐらい経過すると、またカンとランが敵を発見。

 緑小鬼が五匹いるがさっきと同じ流れで仕留めようとすると、今度はスディールが手で制す。


『次はうちらの番だろ? いくよ、お前ら』

『へい、姉御』


 ガムズたちも出しゃばる必要はないと考えたようで、大人しく出番を譲る。

 ダークエルフたちは手の動きだけですべてを把握しているようだ。戦争映画で観たことのあるハンドシグナルってやつか。

 四人が木に登り、残りの六人が二手に分かれる。

 結構素早い動きなのに、ほとんど音がしないぞ。

 気配を殺して近づいている最中に、何やら呟いているのは魔法の詠唱か。

 数人が手を突き出すと、足下の雑草や木の根が伸びて緑小鬼の下半身に絡みついた。


『今だよ!』


 その言葉を合図に木の上でスタンバイしていた射手から矢が降り注ぎ、接近していたダークエルフたちは短剣を投げつけた。

 全身から短剣の柄と矢を生やした哀れな被害者が地面に突っ伏す。


「接近戦をせずに完封か」


 ダークエルフの実力も十分な戦力になると確認できた。

 これなら比較的楽に倒せるかもしれないな。

 単眼赤鬼はガムズが一人で戦った時はかなりの強敵に思えたが、実はあのときの敵は強力な個体だったらしい。

 山本さんがかなりの金を注いで得たのか、時間を掛けて育てたキャラだったようだ。

 人間にも個人差があるようにモンスターにも個体差が存在する。

 俺たちプレイヤーはゲームとして遊んでいるが、実際にある世界だからゲームみたいに種族別でパラメーターがまったく同じという仕様ではない。


 以前、単眼赤鬼が単独で攻めてきた時があったのだが、仲間の援護があったとはいえガムズが危なげなく倒した。

 それで個体差があることを実感したのだが……。ガムズが戦闘経験を得てレベルアップしたという可能性もある。

 キャラごとのステータスが数値で見えるなら、強くなったかどうかすぐに判断できるけど、ステータス表なんてものは存在しない。


「でも、明らかに強くはなっているよな。やっぱり敵を倒したら力を取り込んで、レベルアップみたいな世界観なのか?」


 こういうゲーム要素を取り込んだ異世界作品ではよくある設定なんだが、この世界ではどうなんだろうな。あとで掲示板で訊いてみよう。

 そこからは数分ごとにモンスターと遭遇するようになってきた。

 基本は緑小鬼だが黒犬も同行しているパターンが増えた。

 単体で行動しているモンスターは存在しないな。少なくとも三体以上の団体行動を心掛けているのか。

 敵と遭遇する頻度が上がってきているが、今のところはスムーズにいっていた。新たなモンスターと遭遇するまでは。

 そいつは唐突に現れた。四体で行動していたのだが、全員が同じ種族に見える。


「んっ、なんだこいつ。緑小鬼っぽいけど、肌色が黄色か。それにデカいな」


 見た目は緑小鬼に似ているが、体型が一回りぐらい大きく筋肉質だ。一番の違いは肌色か。こいつの肌は黄色に近い。


「緑と赤い鬼に続いて黄色か。見た目から予想するなら、間ぐらいの強さか?」


 単眼赤鬼と緑小鬼の実力差にはかなりの開きがあった。その中間ぐらいの強さの種族がいても不思議じゃないよな。ゲームならだけど。


『黄中鬼か。少々厄介だな』


 あれって黄中鬼って名前なのか、そのまんまだな。

 マウスを操作して矢印を黄色い鬼に合わせると、確かに黄中鬼と表示された。


『緑小鬼が進化した種族だといわれている。知能は人間の子供並みにあり、武器や防具を使用する個体もいる』


 確かに錆びた片手剣や槍。と盾を装備しているのもいる。

 見るからに強そうだけどガムズたちの反応を見る限り、そこまで脅威ではないように思える。


『可能なら遠距離から仕留めたいところだが、やれるか?』


 ガムズが振り返って訊ねた相手はエルフとダークエルフ。

 二つの種族が同時に頷くと、シンクロしたのが不快なのか睨み合っている。


『私たちは左の二体を射貫こう。そっちは右のをやってくれ。おっと、無理ならこちらが全員射貫いても構わないが』

『はっ、無理しなくていいのよ。ひ弱なエルフちゃんは、うちらの後ろでブルブル震えても責めやしないから』

『……いけそうだな。仕留め損なった相手は任せてくれ』


 いがみ合うムルスとスディールを見てガムズは苦笑すると、二本の剣を無音で引き抜く。

 もしかして、対抗心を煽るためにわざとやったのか。

 二人は黙って手を挙げると、エルフとダークエルフたちが一斉に弓を構えた。

 ムルスとスディールが呪文の詠唱をして手を振り下ろす。

 すると雑草や木々の枝が伸びて黄中鬼に絡みつき、更に草がまるで意思を持っているかのように自ら地面に倒れ、射線上の視界が確保された。

 無数の弦が弾かれる音と風切り音がする。

 迫り来る無数の矢に気づいた黄中鬼もいたが、その身に草木が絡まっているので防御することも出来ず、恰好の的となった。


『出番はないようだ』


 針鼠のような姿に変貌した黄中鬼の死体を確認すると、ガムズが剣を鞘に収める。

 遠距離で仕留めるのが手っ取り早いけど、これだと相手の強さがわからないな。だからといって「接近戦をしろ」なんて言う気は毛頭ない。

 安全第一でやっていこう。




 あれから三十分ほど経過して、一行の侵攻速度がかなり落ちてきた。

 疲労とかではなく、そこら中で敵を見かけるようになってきたからだ。

 三体程度なら仕留められるが近くに別のグループがいるので、仕留め損なうと仲間を呼ばれてしまう。

 目的地に近づくにつれて敵の密集具合が増していく。

 今なんて進路方向に最低十体はモンスターがいる。


『もう既に三十はモンスターを狩ったはずだが』

『最低でも三十は確認したって話だったでしょ。でも、さすがにこれは多すぎるわね』


 ガムズの苦言にスディールもしかめ面で答える。

 俺は倒したモンスターを数えていたが、さっきの戦闘で合計三十四体だ。

 既に敵の拠点が空になってもおかしくないぐらいの成果を上げている。

 だというのに、視界の先には無数のモンスターが徘徊しているという現状。

 上空から目的地までざっと調べてみたが、まだ三十以上は森の中にいるぞ。話が違いすぎる。

 あれだけ倒したのに減るどころか増えていく一方。少し前までは勝つ気満々だったけど、これは……無理か。

 さすがにこの数は危険なので帰るように神託で伝えるか悩むところだ。

 一日に一回という縛りがあるので、一度神託を発動するといざという時に連絡が取れなくなる。

 非常事態に備えて神託は残しておきたい。ここは村人の判断で引いてほしい場面だ。


『お兄様。これほどの数は想定外です。引くべきではないでしょうか』


 兄の服の袖を引っ張って、チェムが意見を口にする。

 おっ、切り出してくれたか。


『そうだな。この数は無理がある。……どう思う、みんなは』


 ガムズが仲間全員に意見を求めると、顔を見合わせて互いに意見を交わしている。


『今のところはいけてるが、ヤバいんじゃないかこれ以上は』

『俺もそう思う』

『私も』


 何人もの手が上がり、うちの村人たちの大半は引き返すのに賛成のようだ。

 エルフたちはダークエルフをチラチラ見て迷っているみたいだな。

 このままそっちの流れで決まってほしいけど、肝心のダークエルフは誰も手を上げず、引き返すのには反対ってことか。


『この先は命の保証はないぞ?』

『それはわかってるさ。でもね、こっちはギリギリでね。ここで拠点の一つでも潰さないと次の《邪神の誘惑》を乗り越えられるとは思えないんだよ』


 やっとスディールが本音を口にしてくれたか。

 切羽詰まった状況の彼女たちは、ここで引いてしまえば希望が失われる。引くに引けない事情がある。

 だけど、俺たちの村は余力もあり村づくりも順調。ここで無理をする必要は……ない。

 手を貸すべきか、それとも見捨てて帰るべきか。

 重要な決断を前にして俺は……。

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[一言] 先程80話の感想で三本の矢が毛利と申し上げましたがこちらで既に訂正済みでしたね、すみません いらぬお世話でした。
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