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崇められる神と節約する俺

 新たな拠点となった洞窟に引っ越してきてから三日経過した。

 ガムズはすっかり良くなって、今は力仕事や周囲の偵察や見張りを担当している。この世界の住民の回復力が凄いのか、それとも薬草の効き目が抜群なのか。……単純にゲームの仕様と考えるのが妥当か。

 回復の立役者である謎の薬師は名を「ムルス」と言い、あれからずっと村人と共に居る。しばらく、戻るつもりはないそうだ。

 ムルスはかなり優秀な人材で薬草や植物の知識が豊富なのに加え、この森の地理に詳しい。更に弓に長けていて狩りやモンスター退治にも大活躍の万能キャラ。

 前衛のガムズとムルスのコンビは安定した強さを誇っている。


 これだけでも十二分だというのに植物を操作する魔法が使えるらしく、丸太の乾燥もあっという間に終わらせた。……有能すぎないか?

 ただ、すべてがうまく運ぶわけではなく、ムルスはゲストキャラ扱いのようで、矢印でクリックしても名前が確認できるだけであとは『シークレット』となっていた。

 こういう場合はゲームだと条件を満たすと村人として加入してくれたりするのだが、その条件が今のところ不明なのでどうしようもない。


「頼むから定住してくれよー」


 画面の外から頼み込むがムルスには伝わらない。

 あと洞窟内は思ったよりも居心地が良く、家事全般が行える設備が整っているので村人たちはようやく、人らしい生活を営めている。

 洞窟内は明り取りの穴も窓もないので本来は暗闇なのだが、壁際に備え付けられているランタンから煌々と光が漏れ出ていた。

 このランタンの内部には、その名も『光石』という、この世界特有の鉱石が入っていて、それが輝くことで人工の灯りを確保できている。

 他にも鉱員には鍛冶ができるものもいたようで、金属の加工に必要な金敷やハンマーなども一式揃っている。つるはしや武器なんかも無造作に転がっていた。

 ……この充実っぷり、あまりにもご都合主義な展開だがゲームだもんなこれ。

 たぶん、薬師以外を選んでもなんだかんだで、この場所に誘導される救済処置があったんだろう。


「食料も食べられる植物や木の実、それに近くの川には魚も豊富。動物の肉もたまにムルスやガムズが狩ってきてくれるから、どうにかなっていると」


 村から持ち出せた食料は底をついたのだが、自然豊かな森に助けられて今のところ余裕がある。


「ゲームなら畑を作って食料確保ってのが定番だけど、畑をするには……」


 ロディス一家は村では小さな畑を所有していたらしいので、農作業のノウハウはあるようだが肝心かなめの種がなければどうしようもない。

 ここは自然が豊富なので地面も肥えていて、農業には向いている土の質だと話していた。


「う、うーん。となると行商人を呼ぶか?」


 薬師を呼ぶのに運命ポイントを大量消費したので、あれから一度も奇跡を発動しないで貯蓄中だ。

 最近は平和で特に指示することもないので神託を一日だけさぼったのだが、村人たちが見捨てられたのかと想像以上に動揺してしまい、それからは何もなくても一日一回は神託をすることにしている。

 これが意外と厄介で、神の威厳を保ちつつ運命ポイントを得るための話を考えないといけない。最近はネットの動画で法話を探して、パクれそうな話はないかとチェックするのも日課の一つとなった。

 今日の神託もまだなので後でそれっぽい文章を考えなければならない。

 だが今は運命ポイントの使い道を優先しよう。


「食料は自給自足がどうにか成り立っている。でも畑や足りない物資を補給したいよな。調味料が欲しいってライラがこぼしていたし。でもなー、これが欲しいんだよ」


 運命ポイントで実行できる項目の一つから、目を離すことができないでいる。使い魔の下の項目にあったソレ。

 マウスを操作して矢印を合わせると説明が表示される。


《ゴーレム 人型の人形。簡単な命令を理解して行動する。休息を必要とせず一日中働き続けることも可能。プレイヤーがゲームパッドで操作できる》


 とあった。

 ゴーレムはファンタジーでは定番のモンスターだ。ゲーム好きなら一度は目にしたことがあるだろう。岩を組み合わせた巨大な人型。

 戦力としても期待できて、一日中働けるというのは大きい。これで人手不足が一気に解消される。

 そして、何よりも魅力的なのは『プレイヤーがゲームパッドで操作できる』だ。

 今までは傍観することしかできなかったのに、ゴーレムがいれば本格的に介入できる!

 欲しい! どれぐらい欲しいかって、喉から手が出て勝手にクリックしてしまいそうなぐらいだ!

 まあ、ポイントが足りないから、どうしようもないけど。


「ゴーレムに奇跡ポイントを使う前提で考えると、他にポイントをまったく使えなくなるんだよなぁ」


 どうするべきか。村人の今の生活を少しでも改善するには行商人を呼んでやりたい。

 でも、いざという時の保険としてポイントを残しておきたい。

 だけど、ゴーレムがいれば脅威を未然に防げるかもしれない。

 何かもう一つ、後押しというか切っ掛けがあれば割り切れるのだけど。

 という葛藤をここ数日飽きずにやっている。

 運命ポイントを手っ取り早く手に入れたいなら課金だが、俺の貯金はもう……空だっ!

 ガキの頃からの貯金や、親父がご機嫌な時にもらったお小遣いを使い切らないように節約していたのだが、この『命運の村』に全部注ぎ込んじまったよ……。


「村人からもっと運命ポイントを得る方法ってないのかね」


 そんなことを考えながら村人を眺めていると、全員が集まって何やらやっている。丸太を運んできて加工しているようだが、何やってんだ?


『一応完成しました。お兄様、このような出来では失礼ではありませんか?』

『大事なのは気持ちだ。我々を見守ってくださる神だぞ。思いは伝わるはずだ』


 心配そうなチェムの頭をポンポンと優しく叩く、兄のガムズ。

 相変わらず仲良しで何よりだ。たまに妹の兄を見つめる目に兄弟愛とは違う何かを感じるが、気にしないでおこう。


『これは……祭壇と神の像ですか?』

『はい、ムルスさん。このような粗末な出来で神様には申し訳ないのですが。それでも礼拝やお供えをする場所が私たちには必要でしたので』


 ああ、なるほど。祭壇だったのか。

 木製の大きな箱の後ろには元は丸太の木彫りの……人形? が置いてある。これはガムズが担当していたのだが、なかなか味わいのある豪快な作品だ。

 全長はガムズより頭一つ大きい。荒く彫ってあるので辛うじて人型とわかる程度だが、完成度はともかくその気持ちが嬉しい。


『わずかばかりですが、お納めください』


 そう言ってチェムが山で採れた果実を祭壇にお供えした。

 それは村人が好んで食べる果実で、洋梨のような形をしているが色はリンゴのように真っ赤。美味しそうに食べているから気にはなっていたんだよな。

 ムルスを除いた全員が祭壇に向かって祈りを捧げると、突然お供えが光り始める。

 何事かと注視していると光が徐々に弱まり、光が消えるとお供え物も消えていた。


「え?」


 予想しなかった光景に間抜けな声が出た。


『神よ、感謝します』


 村人に驚いた様子がない。

 目の前で物質が光って消えたというのに。


「この世界では神がいるのも当たり前だから、お供え物が消えるのも当たり前の現象なのか?」


 国が違えば価値観も異なる。世界が違えば物理法則や現象に違いがあっても不思議じゃ……ない、のかもしれない。

 そもそも、ゲームなのだからわかりやすく表現しただけか。

 映像がリアルなせいで、たまに別の世界をカメラで隠し撮りしているような錯覚に陥ってしまう。


「おっと、お供え物の効果かな」


 今、運命ポイントがかなり増えたぞ。こういう時はいつもの流れだとあれがくるな。

 俺がそう予想していると画面に文字が浮かび上がってきた。


《運命ポイントは感謝の気持ちだけではなく、お供え物によっても上昇します。価値のあるものであればあるほどポイントは上昇します。頑張って村人に貢がせましょう!》


 言い方! ホストじゃないんだから。

 でも、お供えでもポイントが上昇するとわかったのは大きい。

 そうなると、何でもいいから村人から不要なものをお供えしてもらうように話を持っていくか。神託はまだだったからちょうどいい。

 村人たちの負担にはなりたくないから、強要するような物言いはやめておこう。


『皆からの貢物は受け取った。感謝の気持ち嬉しく思う。だが、そなたらの負担にならぬ程度でよい。我は物質の価値もそうだが想いも受け取っておる。余ったものや生活に必要のない余り物でも構わぬ。我は物質や人々の想いを奇跡の力に成す術を得ている』


 ど、どうだろうな、この文章は。

 謙遜しながら物乞いしているように見えないか?

 いや、大丈夫だよな。ここの村人はみんな純粋でいい人だし。

 ちょっと不安はあったが神託を下すと、村人は『なんて、謙虚なお方だ』『我々を気遣って……』と納得してくれた。

 純粋すぎて、ちょっと村人が心配になる。現代日本だったら詐欺か胡散臭い宗教に騙されそうだ。

 実際、胡散臭い宗教に騙されている最中か。

 ともかく、これで余った丸太やゴミでもポイントになるなら何でも受け入れるぞ。

 それからは木材加工の勉強や異世界で役に立ちそうな知識はないかネットで調べものをする。……気が付くと結構な時間が経過していた。

 目が疲れてきたので窓の外に目をやると、辺りが赤く染まっていた。といっても不吉な感じではなく、夕日の温かい色合いだ。


「もう、こんな時間か。命運の村やっていると時間がぶっ飛ぶな」


 ずっと画面を見ていたので、一旦ゲームをやめて休憩しようとすると、


「良夫ーっ! あんた宛に荷物届いたわよ!」


 下の階から母の呼ぶ声がする。

 また懸賞が当たったのか。最近何かとついているな。

 こまめに懸賞が当たるよりも、どーんと宝くじが当たった方が嬉しいけど、それは贅沢すぎる望みか。

 階段を降りると母が段ボールを抱えていた。


「結構重いんだけど、中身なんなの?」

「さあ、宛名は……はあああっ⁉」


 段ボールに張り付けられていた小包ラベルの差出人は、命運の村となっていた。


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