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働く村人と働き先を迷う俺

 精華のユートピー社長に対する愚痴を聞いた後は、一緒に昼ご飯を食べて、他愛もない雑談をしてから家に戻った。もちろん、色っぽい展開は何もなかった。

 あんな相談をされたら雑念も一気に吹き飛ぶ。

 それに……色々とありすぎた!

 半年前まで暇を潰して生きているだけだった俺に、この怒濤の展開をそう簡単には受け入れられないんだよ!

 《命運の村》関連は現実離れしていた点が逆によかったみたいで、思ったよりも冷静に事を運べたけど、まず恋愛要素とかどう対応していいのかわからん。


「美人の幼馴染みに決断を迫られるなんて、ゲームかよ!」


 恋愛シミュレーションゲームなら何本かやったことはあるが、リアルになると話が違いすぎる。心が追いつかない!

 ゲームみたいに選択肢が表示されて、そこから選ばせて欲しい!

 恋愛ゲームの経験はリアルでは一切通用しないんだな! ここ重要だぞ!

 ひとしきり取り乱したあと、深呼吸を繰り返して布団に寝転ぶ。 


「はああああぁぁ。また決断を先延ばしにしたけど……これは仕方ないよ」


 聞き手がいる訳でもないのに自分にフォローを入れてみた。

 俺は恵まれているよな、本当に。

 家族も幼馴染みも、こんな俺に優しく接してくれる。引きこもり時代はそれを迷惑、うっとうしいとしか感じなかった。

 この部屋から連れ出そうとするヤツらはすべて敵。

 自分が安心できる場所は自分の部屋という狭い空間だけ。

 そう思って生きてきたんだよな……。引きこもると心の視野が狭くなるのかもしれない。少し広げるだけで見えてくるものはいっぱいあった。


「それに精華を勧誘したあの会社も気になる。妹のこともあるしな」


 精華の引き抜きに熱心だったそうだけど、社会人としての実力よりも精華に惚れているかのような口ぶりに聞こえた。

 昔、精華がナンパされたときも、俺に似たような愚痴をこぼしていた記憶がある。

 つまり、相手の社長は下心ありありってことか。

 ……元ニートのダメ人間に、どんだけ悩み事を増やすつもりだ。

 もし精華が退社して、一緒にカフェを経営できたとしたら、毎日が充実して最高の日々を送れる気がする。

 村から送られてくる貢ぎ物を材料として料理を作れば、大評判になりそうだ。仕入れ代金も不要だから利益率半端ないぞ。

 そんな未来を妄想すると夢が際限なく広がっていく。


「……って、違うだろ。今は他にやるべきことがあるだろうが」


 自分の頬を挟み込むように叩き、気合いを入れてから立ち上がると、いつものようにPC前の椅子に座って画面を眺める。

 ダークエルフの一行は与えられた建物の中にいるのが大半で、何人かは近くを散歩しているようだ。


「そういえば、スディールはもう村人の一員になったのか?」


 マウスを操作して画面の右上にある、運命ポイントを表す聖書マークをクリックする。

 すると村人の名前と説明文も表示された。

 二ヶ月ほど前に気づいた機能の一つで、ここで村人の一覧を確認することが出来る。


「スディール、スディールは……お、あるな」


 本当に《命運の村》の村人となったようだ。

 年齢は……ムルスと同じぐらいか。エルフだからそりゃ高齢だよな。

 村長の娘で弓と短剣が得意と。他には一人っ子ぐらいで他に特筆すべき内容は見当たらないと。


「ということは……」


 マウスホイールを動かすと、まるで体が空に浮かんでいくかのように、村が徐々に小さくなっていく。

 禁断の森の全景が見えてきたが、今まで黒塗りで見えていなかった箇所がいくつか解放されている。


「やっぱり、スディールが見てきた範囲が見えるようになってる」


 危険とされている森の北側も一部が見えるようになっていた。これはかなりありがたい。

 遠すぎてよくわからないので、今度はマップを拡大していく。

 東側の北寄りがほとんど見えてなかったのに、かなり見えるように……ん? これって村じゃないのか。

 数十軒の建物の屋根らしきものが見えたので、もう少し近づいていく。


「木造の小屋が四十から五十ぐらいあるな。畑もあってうちと同じように敷地を丸太の塀でぐるっと取り囲んでいる。で、動いているのはダークエルフか」


 ここがスディールたちの村で間違いないようだ。村の規模からして人口は百人ぐらいか?

 見たところ村人の全員がダークエルフで、住民に人間や獣人が混ざってはいない。

 特に野蛮な感じもしないし、普通に働いているだけのように見える。

 うちの村とやっていることに変わりはない。同じように懸命に生きているだけだ。

 聖書が近くにないと声が聞こえないので会話内容はわからないが、聞こえたところでただの日常会話だろうな。

 そう思えるぐらい、のどかな村の風景だった。


「なんか、疑っていたのが申し訳ない気持ちになるな」


 俺が呟くと、いつの間にかPC机に登っていたディスティニーが、大きく頷いて同意を表している。

 それでも念のために村をつぶさに観察してみたが、やはり怪しいものや妙な行動をしている連中も見当たらない。

 うちの村と比べて木造一軒家も造りがしっかりしている。村としての年期の差か。

 丸太の柵はうちと似たような……いや、結構ボロボロだな。そこら中に補修の跡がある。


「民家の数の割に人口が少なくないか?」


 空は晴れていて働くには絶好の日和だというのに、畑仕事や作業をしている人は十数名。

 それに全員がうちの村人より痩せている。エルフは元々痩せ型だが、頬骨が浮き出ている住民がそこら中にいる。

 もう少し念入りに村を観察してみると、のどかどころか、この村が壊滅の危機にあることがわかった。

 ダークエルフをアップにしてみると全員に覇気がなく、穀物庫らしき場所は扉が開け放たれていて、中を覗くと食料がほとんど残っていない。

 村の北側には墓地があり、丸太を削っただけの粗末な墓標が並んでいる。

 つい最近設置されたようで大半が真新しい。


「大規模な襲撃を受けて甚大な被害を受けたのか?」


 彼らは組んで戦いたい、のではなく、戦うしか術がないぐらい追い詰められている可能性が高い。


「この村にもプレイヤーが神として存在しているんだよな」


 プレイヤーがいるなら掲示板で連絡を取り合うことも可能なんだが、自分の村を詳しく話すことはルールで禁じられている。

 自分の村がある場所を正確に伝えるのも禁止。「〇〇国にいる」ぐらいならセーフだが、《禁断の森に住んでいる》という書き込みは禁止事項で表示されない仕様だ。

 こうやって聖書で意見を交わすのも、グレーな行為なのかもしれない。


「ここまで大きな村となると、たぶん先輩プレイヤーだよな。それか、俺と違って初めからある程度人口も村も出来上がった状態から始まったとか?」


 そういや、他のプレイヤーのゲーム開始時ってどんな状態だったんだろう。

 俺は五人で資材もない状態で始まったけど、他のプレイヤーも同じなのか?

 ……気になるな。ちょっと掲示板で訊いてみるか。

 このゲーム専用のネット掲示板《交流広場》を開いてスレを立ててみる。


「《みんなゲームの始まりはどうだった?》ぐらいでいいか。禁止事項なら表示されないだけだしな」


 ダメで元々、スレッドを立ててみたが問題なく表示されている。


1:俺は滅びた村から逃げのびた村人五人から始まったけど、みんな同じなのか?

 

 それだけ書き込むと席を立つ。

 すぐに人は来ないだろうと、一階に降りておやつと飲み物を確保して戻る。

 席に着くと既にいくつかの書き込みがあった。

 

2:スレ立て乙

3:乙乙

  うちは八人開始だったね。子供が三人いる家族とハンターが二人

4:八人は羨ましいな。こっちは三人スタートだぞ。爺さんと若い姉ちゃん二人だった

5:>>4

  なんだそのメンツ。そんなので村づくりできるのか?力仕事どうすんだよ

6:始まりって共通じゃないんだな。こっちは十人スタートだったぞ。家族二組と元兵士

7:>>5

  それがさ、爺さんは元剣士で凄腕だったんだよ。で、姉ちゃん二人はその弟子。建築とか農作業とかはからっきしだったけど、腕が立つからモンスターの拠点襲って奪ってやったぜ

8:>>7

  やだ、ワイルドで素敵

9:お前だけ別ゲーやってないか?

 

 かなり盛り上がっているな。

 他人の序盤のプレイを読んでいるだけでかなり面白い。

 こうやって見てみるとうちの五人はバランスが取れていたんだな。三人スタートのプレイヤーなんて俺とは同じゲームをやっているとは思えないぞ。

 しばらく眺めていると気になる書き込みがあった。


34:みんな初めは少人数スタートなのか。私は初めからそれなりの村だったよ?

35:>>34

   マジか、詳しく!

36:村スタートなんてずるいだろ! あれか、重課金か!

37:おいおい、三人スタートの俺に喧嘩売ってんのか?

38:お前ら落ち着け。強いて言うなら……日頃の行いがよかったからじゃないの

39:>>38

   村の場所教えてくれ。襲ってやるぜええええええ!

40:気持ちはわかるが、どうどう

41:>>39

   村の場所を教えるのも、主神側のプレイヤーで争うのも御法度だぞ


 話が脱線しているけど村から始まるプレイヤーもいるのか。

 そこを詳しく聞きたいから話の筋を戻さないとな。


48:>>38

   それで村の始まりって人口とか村の状態どうだったんだ?

49:んー、人口は三十人ぐらいだったかな。食糧難で村人が続々と村を離れているような過疎の村だったわ。ガリガリの老人や子供ばっかでさ、まともに働けそうなのが十人程度で更に疫病が蔓延して酷い有様よ

50:お、おう……あれだ、すまん

51:めっちゃハードモードやん

52:これっぽっちも、うらやましくねえ

53:そこから持ち直したのか、すげえなあんた

 

 詳しく聞かないとわからないもんだな。

 自分の村も結構厳しいと思っていたが、他と比べるとマシだったのかもしれない。

 話の流れをハードモードのプレイヤーに持っていかれたな。続きも興味があるから聞き役に徹するか。


54:持ち直したっていうか、切り捨てたっていうか。まず疫病の村人を追い出したのよ。治療法もないから、これ以上広まると村壊滅だし

55:…………

56:そ、それはちょっと……

57:鬼が、鬼がおるでええええ

58:仕方ないでしょ! その時はただのゲームだと思っていたから。あとあとめっちゃ後悔して、今でも思い出しただけで吐きそうなぐらい罪悪感が残ってるわよ!

59:あー、序盤はゲームだと思っていたから俺も結構非情な命令とかしたな。マップを見やすくするために、モンスターがうろついているかもしれないのに辺りを散策しろとか

60:村人に対する行いで、後悔がない者だけ58に石を投げつけなさい

61:……今日は良い天気だな

62:んー、肩の調子がよくないからやめとくか

63:あのー、資金と食料を得るために山賊まがいのことをやったのはセーフだよな? 人は殺してないし

64:アウト

65:アウチ

65:外道、クズ、カス

66:ひでえ! 俺が命令したんじゃないぞ。村人が勝手にやったんだって! ちゃんとあとで神託で叱っておいたよ!

   

 みんなスタート地点がバラバラだから、進み方が俺とは全然違う。

 それに結構非道な行いもプレイとして許容してもらえるのか。まあ、うちの村人は絶対にやらないだろうけど。

 実際に初めはただのゲームだと思って、切り捨てるような判断も軽い気持ちで出来たんだろうな。でも今は本当の家族のように大切に接している人がほとんどだ。

 軽いノリで書き込んでいる人もいるけど、心の優しい人なら過去の選択を58のように、死ぬほど後悔している人がいてもおかしくない。

 ……ゲームだと思って無茶振りしなくて本当によかった。心からそう思う。

 そこからは各プレイヤーの苦労話が始まったので、ディスティニーとおやつを奪い合いながら眺めておく。

 一旦、PCから目を逸らして天井を仰ぐ。

 村の心配と妹の心配。精華の問題。それと俺の今後の就職先。

 引きこもり時代は逃げているだけでよかった。

 問題と向き合うことすらしなかった。

 そんな俺が自分のことだけじゃなく、妹や精華や村人のことで悩んでいる。


「これも成長なのかな」


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