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交渉する神と運命の神らしい俺

「この展開はさすがに予想できなかったな……」


 聖書を通じてプレイヤーである俺に語りかけてくるとは。

 向こうがこちらの様子を覗いていて、チェムが聖書をガムズに渡したのを確認して声を掛けてきた、と考えるべきだよな。

 次々と聖書に文字が浮かんでいくのを目で追っていく。


『運命の神よ、我らを疑っているのではないか? だが、主神に属する従神である我らは互いに争い謀ることを禁じられている』


 確かにそういうルールらしい。

 それは掲示板の方でも確認は取れている。ダークエルフが信じる《自然の神》は邪神側ではなく主神側なのも、掲示板の情報を信じるなら間違いはない。

 相手のプレイヤーも村人に配慮して、自分が神であることを装っている文章だ。俺に語りかけてくる内容も、正体がバレないように気遣っているのが伝わってくる。


『こちら側に悪意もなければ裏もない。以前はこの《禁断の森》も今ほど脅威ではなかった。だが数ヶ月前からモンスターの危険度が増してきている。ちょうどそちらの村人が住み着いた頃からだ。何が言いたいかはわかってもらえると思うが』


「……この人、俺の影響で禁断の森に邪神側のプレイヤーが集まってきた可能性がある、とでも言いたいのか?」


 文章から読み取ると、そう言っているとしか思えない。

 心当たりがない! ……なんて言えないよな。

 この村に居座っていた敵勢力の一つは、清掃会社の先輩山本さんだったし、生身で村に滞在中に襲ってきたのは俺に関わりがあったプレイヤー。

 たぶん、その人はまだ禁断の森にいるはずだ。そして、あの勢力からして一人ではなく、他の邪神側プレイヤーと組んでいてもおかしくない。

 俺が直接どうこうした訳じゃないが、もしかしたら俺が原因……かもしれない。


『理解して頂けたかな。とはいえ、信頼できないのであれば村人の一人をここに住まわせよう。皆は不満を覚えるかもしれないが、ここは私の顔を立てて欲しい』


 住むことに不満げだったダークエルフたちだったが、神に頼まれては、と反論の声は聞こえない。


『よりよい返事を期待しているぞ、運命の神よ』


 それで聖書の文章は閉じられていた。

 友好的な相手と考えて間違いはないようだ。こちらの提案も呑んでもらえるみたいだしな。

 ただ、相手がプレイヤーか。そうなると話はガラッと変わってくる。

 ダークエルフを村人として受け入れたら、相手の村の位置もわかり覗き見も可能となる。だけど、向こうもこっちの村を観察できるということにならないか?


「いや、今更か。村に招いたことでここのマップは開放されたよな。あっちは既に覗きたい放題。……なら、決定だ」


 ダークエルフを一人この村に引っ越してもらって、共同で邪神側の拠点を攻める。これでいこう。

 プレイヤー自身が善良なのかどうかは不明だが、このゲームを続けたいなら、少なくとも裏切り行為や騙し討ちはしないはず。

 掲示板のやり取りを見る限りでは、主神側に悪い人はいないように思えた。

 ……はずとか、たぶんとか、思うとか、我ながら判断基準が曖昧で根拠が弱いな。

 でもここは決断する場面だ。

 ここで相手を信頼しないでソロプレイを続けるのもありだろう、でもここで主神側のプレイヤーと組めるチャンスを逃すのは、あまりにも惜しい。


「昔の自分なら明日結論を出そう、なんて先延ばしにするんだろうな。だけどもう、俺は変わったんだ」


 覚悟は決まった。

 あとは神託で伝えるだけなのだが、今日の神託は使ったあとだ。

 ……日をまたぐまで、しばらくお待ちください。


 

 

 深夜に神託を送ろうかとも考えたけど、みんな寝ていたのでやめておいた。

 朝になり昨晩考えておいた神託を伝えようと《enter》キーに触れたが。


『ダークエルフが崇める自然の神との対話を終えた。神の名に誓って心配はいらぬ。あやつらが裏切ることも卑怯な真似もないと誓おう。共にモンスターの拠点を攻め、村への脅威を少しでも軽減するべきだ。ただし、互いの情報を明かし、準備と戦力を揃えるがよい。攻めるのであれば明日以降でどうだろうか』

  

 この文章ってどうなんだ?

 神様はもっと厳かで曖昧な発言が多いよな。というか、今までそんな感じで神様の振りを演出してきた。

 これじゃ、内容が具体的で細かすぎる。

 でもここでちゃんと説明しないと村人も納得してくれないだろうし、意思の疎通ができないと今後の戦い方を伝えることも出来ない。


「困ったぞ。やっぱり、もうちょっと砕けた神を演出するべきだったかな……。今更だけど」


 とはいえ急に『ちーっす、神だよ~。みんな元気にしてるぅ。でさ、相談なんだけど。ちょーっと今から言うこと訊いてくれない?』とかやったら村人は度肝抜かれるぞ。

 ここまで極端じゃなくてもいいから、もう少し砕けた感じで言葉を伝えられたら、俺の考えを正確に向こうに……あっ、そうだ!


「なんで思いつかなかった。はあー、ダメダメだな俺は。他のプレイヤーは無理だけど、俺だけがやれる神託の使い方があるだろ」


 文章をすべて消して新たに打ち込む。

 何度か読み返してから村人たちに送った。

 食事が終わったロディスたち古参のメンバーが神像の前に揃う。そのタイミングで聖書が光り輝く。


『皆さん、神託が下りました!』


 待ち望んでいたようで、全員が一斉に聖書に群がってきた。


『では、読みますね。……ちょっと待ってください。場所を移動しましょう』


 チェムが突然そんなことを口にして、慌てて聖書を閉じる。

 その様子に村人たちは驚いていたが、直ぐさま何か意味があるのだろうと理解してくれたようで、大人しく後に付いていく。

 村の一番西にある丸太の柵近くで足を止めると、チェムが聖書を開いている。


『では、改めまして。……まずは聖書を閉じて村の西の端まで移動してください』


 そう、チェムは神託の指示に従っただけだった。

 この場所ならギリギリ向こうの神託の範囲には入っていないはずだ。相手の会話も見えないが、今回の神託は向こうに見られると後々困ったことになるので、このような策をとった。


『急に妙なことを頼んで申し訳ありませんでした。皆さん、お久しぶりです。今回は運命の神ではなく、以前そちらでお世話になった従者、ヨシオが代筆しています。……えっ、ヨシオ様!?』


 思わず驚きの声が漏れる、チェム。


『ヨシオなの!』


 俺の名を聞いて手を叩いて喜んでいるのは、キャロルだ。

 日本でも異世界でも一緒にいる時間が一番長かったのが、あの子だったからな。

 キャロルは俺の家に数日滞在して、その後は異世界の村に戻った。その際に俺も異世界へ行くはめとなり一ヶ月もの間、一緒に過ごすこととなった。

 ……他人が聞いたら妄想か頭のおかしい人の発言にしか思えないが、事実だったりするんだよなこれが。

 俺はゲームだと思っていた村で実際に過ごし、村人と触れ合った経験がある。

 それが他のプレイヤーにない最大の強み。

 運命の神の従者で神託を代わりに伝えることもやっていた。なので、俺が代わりに神託を伝えても村人は受け入れてくれる、と思いたい。


『つまり、今回の神託は従者様が書いているということか』


 ガムズはあっさりと納得してくれた。


『ヨシオ様は以前も神託を伝えてくださっていましたから』

『そうね。細かい話はこれからヨシオ様が代筆してくれるのかね』

『わーい、ヨシオ、ヨシオ! キャロルも話したい!』


 ロディス一家も問題なしか。

 カンとランは小さく頷いただけだ。

 ムルスは少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに真顔に戻っている。  


『はい、お兄様。そのようです。では、続きを読みますね。ごほんっ……。今回は運命の神が多忙なので、代わりに私が伝えることになりました。今後もたまに私が神託を伝えることがあると思いますので、よろしくお願いします。では、今回の一件についてですが、運命の神が自然の神と話し合った結果、今回の作戦に裏がないことが判明しました』


 村人たちが胸を押さえて大きく息を吐く。

 一番の心配事が消えてほっとしたのだろう。


『自然の神と交渉されて、お疲れになっているかもしれませんね。だからヨシオ様に代筆を頼んだのかも』


 ロディスの呟きを聞いて村人たちは合点がいった顔をしている。

 村人たちよ……都合のいい解釈をしてくれて、とっても助かります。


『ダークエルフに対して思うところはあると思いますが、神を信じてください』


 ムルスの反応が気になったのでズームしてみると、肩をすくめて小さく息を吐いている。

 しぶしぶだけど、一応は納得してくれたのかな?


『とはいえ、戦力と準備は万端でお願いします。拠点の情報もできるだけ細かく教えてもらうように。そして勝てないと判断した場合は受ける必要はありません。無理だと感じたら即座に撤退するように』


 これはゲームだけどゲームじゃない。

 安全に戦え、というのは無茶だとしてもできるだけ被害は出して欲しくない。というのが正直な気持ちだから。


『ちなみに実行日は三日後、七日後のどちらかがおすすめだそうです』


 その日はバイト休みだから。

 神託をすべて読んだ村人たちは揃って、ダークエルフたちの元へと向かっている。

 向こうも来るのを予期していたようで、建物の扉を開ける前に中から出てきた。


『来たわね。それで結論は出たのかしら? こっちは条件を呑むって決めたんだけど。この村に住ませてもらうわよ。う、ち、がね』


 スディールがニヤリと笑って、自分自身を指さしている。

 マジか。リーダーらしき彼女が住むことになるとは。


『えっ、姐さん!?』

『そんな話、聞いてませんよ!』


 驚いたのはこっちらだけではなく、ダークエルフたちまでざわついている。

 ……仲間に相談してなかったのか。


『バカだね。相手に信頼してもらいたかったら、ある程度立場が上の人間が行くべきだろ。あとさ楽しそうじゃん、ここって』


 後半が本音のような気がしてならない。


『あなたが新たな村人になるのですね、歓迎いたしますよ。さて、共闘についてですが……よろしくお願いします。我々も共に戦います』

『おおっ、そうなんだ。よろしく。じゃあ、今後のことについて、ちょい真面目に話し合おっか。よろしくね、村長さん』


 ロディスが差し出した手を両手で包み込むように掴んだスディールが、吐息が届くぐらい顔を近づけて妖艶に笑う。

 急に迫られて驚いたロディスが慌てふためくのを見て、ライラのこめかみに血管が浮き出てる。

 こういうのは大人の女性の余裕でドンと構えているのかと思えば……意外と嫉妬するタイプなのか。

 後の話し合いは村人たちに任せるとしよう。神託はもう使えないし。

 俺は使えそうな奇跡のチェックと戦力の確認でもしておくか。その前に飯食おう。

 朝ご飯も食べずにずっと見守っていたので、緊張が解けたら一気に空腹が襲ってきた。

 一応スマホで話し合いを観察しようと手に取ると、誰からか着信があったようだ。


「スマホ持ち慣れてないから、《命運の村》を起動するとき以外、滅多に見ないんだよなあ」


 それで家族に度々怒られている。


「あっ、精華だ」


 そしてもう一人、精華にもこまめに確認してと何度も言われていた。

 履歴は……昨日の晩か。風呂に入っていた時間帯だな。それも二回かけ直していたのか。

 また小言を言われそうだけど仕方がない。

 でも、今はまだ仕事中だよな。

 時間を確認すると午前十時。間違いなく就業時間帯だ。

 昼休みの時間帯に一回かけてみるか。そう思ってスマホを手に取ると着信音が響いてきた。

 画面を確認すると精華の文字。


「仕事中じゃないのか?」


 と思いながらもスマホを耳に当てる。


「もしもし」

『あっ、やっと出たのね。今大丈夫?』

「いけるけど、そっちは仕事中じゃないのか?」

『よっしい、何言ってるの。今日は日曜日でしょ』


 ……カレンダーを確認すると確かに日曜だ。

 清掃の仕事って休日とか関係ないからな。それとニート時代の弊害で曜日感覚が少しおかしくなっている。リハビリが必要だなこれは。


「それで、何か用か」

『ちょっと相談したいことがあって、今からいける?』

「ああ、いいぞ。俺も今日はバイト休みだから」

『じゃあ、いつでもいいからうちに来てくれるかな』

「わかったよ。あとでな」


 通話を終えて寝間着のままだったから着替えていると……母と交わした昨晩の何気ない会話を思い出した。


「お菊さん、三日間老人会の旅行に行っているそうよ」


 もしかして、今……精華は一人なのか?

 女が一人の家に男を招き入れる。

 ……い、いや、他意はないよな。それに昔は何度も普通に通っていた場所だ。今更何を意識してんだよ。


「あーっと、ちょっと寝汗掻いたからシャワー浴びてから行こうかな」


 そう、この行動に深い意味は何もない。

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― 新着の感想 ―
[一言] >そう、この行動に深い意味は何もない。 お互いに好意を抱いていることを確認してしまっているから、期待してしまっても仕方ないだろw
[良い点] 青春ラブコメの神様が奇跡を発動したかなw
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