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決断を迫る村人と決断する俺

 一階に降りて誰もいなかったので、貢ぎ物の肉をさっと炒めて塩コショウで味付けをする。

 いつもは焼き肉のタレをさっと絡めるのだけど、最近はシンプルに塩コショウで食べることが多い。この方が肉の旨味を堪能できるからだ。

 あと……。


「わかってるって。お前の分もあるから」


 俺が一人で肉を焼いていると毎回狙ってくるディスティニーがいるからな。

 今も食卓の隅に置かれた自分専用の座布団の上にちょこんと座って、じっとこっちを見ている。

 前までは床に皿を置いて食べさせていたが、ここまで知恵がある相棒なので同じ立場でいいんじゃないかと思い直して、今のスタイルになった。

 机の上に乗るのはちょっと下品な気もするが、二人きりの時だけの食事方法なので誰にも迷惑は掛けてない。

 自分用の食事の準備が終わり、ディスティニー専用皿にも肉を盛った。


「お前が人間なら大食い選手権に出られるぞ」


 あの体で俺と同じぐらい肉を食べるからな。

 これだけ食べると成長が気になるところだが、少し前に頭の先から尻尾の付け根まで測ってみたら、二十センチを軽く超えていた。

 ……これ以上大きくなるなら庭に専用の小屋を建ててやろうかと思っている。今じゃガラスケースが狭いらしく、寝る時にしか中に入っていない。


「ディスティニーの正体をみんなに話せたら楽なんだけどな」


 トカゲだと思っていたらバジリスクでした。とか言ったら頭疑われるだろうな……。

 石化や毒の息を見せたら納得してくれるとは思うが、そうすると必然的にゲームのことにも触れないといけなくなる。

 他言無用を守れなくなっては元も子もない。母さんに教えたらついうっかり悪気なく他人に話しそうだ。

 ……やっぱり、家族には黙っておこう。

 食事を終えて部屋に戻り、村の様子を眺めながら神託をどうするか真剣に考えている。


「これがただのゲームなら強制イベントだよな。断るという選択肢がそもそも存在しない」


 ゲームと割り切るなら面白そうなクエストだと思う。

 防衛から攻勢に転じる。それもダークエルフと共闘して。

 俺好みの熱い展開じゃないか。

 もしこの襲撃に成功したらこちら側にはメリットしかない。その拠点が邪神側プレイヤーのもので最後の一カ所だとしたら、そのプレイヤーはゲームオーバー。

 そうしたら《邪神の誘惑》への脅威度がかなり下がり、町作りもやりやすくなる。

 ただ、ダークエルフがすべてこちらに押しつける、もしくはこの誘い自体が罠だった場合、甚大な被害を負うのは確実。


「うーん、悩むなあ。絶対に裏切らない保証でもあれば話は別だけど、そんなのわからないよな」


 嘘発見器なんてものは存在しないし、相手の嘘を見抜くなんて都合の良い奇跡も存在しない。

 会話を聞いた感じだと、ダークエルフのスディールは悪いヤツには思えなかった。


「あー、でもなあ。この選択を間違えたら村の命運が……」


 そもそも、今まで逃げに逃げてきた人生だったのに、こんな重要な決断を迫られても困る。

 最高の展開はモンスターの拠点を襲撃。犠牲者を出さずに完勝。

 最悪の展開はこれが罠で襲撃に向かった者が全滅。村も襲われて壊滅。ゲームオーバー。

 となると、ここは何もせずに帰ってもらうのが一番なんだが。

 でも、一時的にこの場をしのげたところであとが困るだけだ。ダークエルフに恩を売れて共存関係になれれば、今後が楽になる。


「ダメだ、思考が同じところをぐるぐる回ってる」


 考えても答えの出ない流れだな、これは。

 もう一度ダークエルフたちを観察してみるが、好奇心旺盛のスディールは落ち着きなく村をうろちょろしていて、他のメンツは大人しく待っている。

 マップの倍率を下げて広い範囲を見られるように操作してみるが、ダークエルフの村らしき場所が見当たらない。

 このゲームのマップで見える範囲は村人が過去に行き来した場所のみ。


「相手の村の様子がわかれば、判断材料を得られるのにな」


 エルフの村人が増えて禁断の森をかなり把握できたが、それでも見えない範囲はまだまだある。

 何か手はないだろうか。

 有効な情報を得る方法か、抜け道みたいな奇策がぱっと思いついてくれないかな。

 頭を使うと脳が糖分を欲しがると、どこかで見たような記憶があるので、食後のデザートとして持ってきたブドウのような果物を手に取る。


「あれっ、もうほとんどないぞ」


 結構な数を持ってきたはずなのに残りはわずかだ。

 すっと皿の脇に目をやると、自分の背後に果物を大量に隠しているディスティニーと目が合った。


「それは欲張りすぎだろ。半分返してくれ」


 首を左右に振って拒否している。


「いやいやじゃないだろ。ほら、お前のはちゃんと分けて皿に置いてあっただろ」


 すっと手を伸ばすと、尻尾で払いやがった。

 なんて強欲なトカゲだ。正直、そんなに食べたい訳じゃないが、このまま全部奪われたままなのはしゃくに障る。

 甘やかすのは優しさじゃない。ちゃんと躾ないと。


「いいか。この皿にあったのは俺ので、お前のはこっちの皿にあったやつだ。だから、それは俺のだから返しなさい」


 舌をちょろちょろだして、都合の悪い時だけ普通のトカゲの振りをするんじゃない。

 俺が引かずにじっとディスティニーの目を見つめていると、さすがに反省したのか背後にあった果物を一つ手に取ると、俺の皿に戻した。


「よーし偉いぞ。って、一つだけか。……まあ、いっか一つだけで……も?」


 今、何かひらめきそうになった。

 なんだ、何が引っかかったんだ。果物を……ああっ、そうか!

 その条件を出せばうまくいくかもしれない。


「この条件さえ呑ませたら、面白いことになりそうだ」


 あとは神託でうまく村人に伝えられるか。

 明日の早朝にでも神託を打ち込んで、相手の反応によってどうするか決定しよう。


「って、仕事だ仕事! 熱中しすぎた!」


 急いで着替えると階段を駆け下りて、玄関から飛び出した。


 

 

 昼過ぎから仕事だったが、晩ご飯に間に合うぐらい早く仕事が終わった。

 たまにあるんだよな、二時間ぐらいで終わる現場。

 家に帰ると両親が晩ご飯を食べている最中だったので、作業着のまま一緒に食べて風呂に入る。そのあとは部屋に戻ると、そのまま寝ることにした。

 いつもなら余裕で起きている時間だけど今日は早めの就寝だ。

 ちらっとPC画面を見ると、村人のほとんどがまだ起きている。

 辺りは暗くなってきたが、灯りの付いている民家が多い。

 それは元洞窟の発掘現場から大量の光石が取れて、夜に十分な明かりが確保できるようになったから。


「いつもとは逆だよな。ちょっと早いけどお休み」


 スマホのタイマーだけ入れておいて、布団に入って目を閉じる。

 昔は寝付きが悪かったけど仕事をするようになってから、すぐに眠れるようになった。

 真人間っぽくなってきたな。と自分を褒めながら意識を手放した。


 

 

 スマホのアラームが鳴っているので目を覚ます。

 時間を確認するとまだ深夜三時。夜の見張りと夜行性のカン、ラン以外は寝ている時間帯だ。

 この時間に起きた理由は単純明快で、ダークエルフを見張るためだ。

 今までの経験上、警戒はするに越したことはない。もしこれで何もなかったとしても、それはそれで構わない。

 取り越し苦労、上等じゃないか。

 掲示板で知った情報の一つに、ダークエルフは夜目が利くというのがあった。

 もし裏切りや罠だとしたら、村人が寝静まってから動く可能性が高い。……と警戒していたが動きがないな。

 来客用の建物を覗くと全員気持ち良さそうに眠っていた。人数を数えてみたが全員揃っている。


「何もなければそれでいいんだけどね」


 もう一度寝てもいいけど、このまま村を観察してみるか。

 こんな時間帯に村をまじまじと見ることなんて滅多にないから、深夜徘徊しているのような開放感と罪悪感を少しだけ感じる。

 まずは村の敷地内をざっと見回してみると、物見櫓にいるのはエルフだけだ。


「極端だな」


 いつもはエルフ一人に人間が三人ぐらいの割合で、町の四隅にある物見櫓に上っているというのに。


「あれか。エルフたちも俺と同じでダークエルフを警戒しているのか」


 その証拠にエルフたちの視線は柵の外ではなく、ダークエルフのいる建物に集中している。

 これなら俺が見張る必要もなかったか。

 じゃあ、代わりにと柵の外にモンスターがいないか調べてみたが大丈夫そうだ。


「見るところなくなった。たまには家を覗いてみようかな」


 寝姿を見るのは悪趣味な気もするけど、この時間なら夜の営み中で気まずい思いをすることもないだろう。


「それに夜中に咳き込んで健康を損なっている村人がいたら、対応策を考える必要があるからな。これは神として大事なことであって、悪趣味な覗きではない」


 本当に後ろめたいことは何もないのに、深夜に一人で何を言い訳してんだ。

 そーっと静かにマウスを操作して、まずはガムズとチェムの家をクリックする。

 家の中は何回か見たことはあるけど、相変わらず質素な内装だ。ベッドが二つに椅子が二つに机が一つ。机の上に置かれた花瓶に白い花が生けてある。

 あとはランお手製のタンスがあるぐらいか。

 チェムはベッドで熟睡中。ガムズはベッドの上ではなく壁際に座り込んで、剣を抱えて眠っている。

 これは《邪神の誘惑》前日や、警戒している時の睡眠方法だ。


「ガムズならこうするよな」


 結局、俺が心配する必要はなかったってことか。

 これ以上二人を見ていても仕方がないので、今度はロディス一家の住宅へ視点を移す。

 キングサイズのベッドに家族全員で川の字になって眠っている。

 三人ともぐっすり眠っているようなので、特に見るべきところもないか。

 その後、何軒か覗いてから最後にムルスの家を見てみる。

 窓際に立ち、じっとあの建物を睨んでいた。やっぱり、彼女も信用してないようだ。


『私たちの村が滅んだ時、あいつらに仲間は助けを求めたはずなのに……何もしてくれなかった。なのに、なんで私たちが手伝いを……』


 忌々しげに呟く声が室内に響く。

 そういうことか。ただ、仲が悪かっただけではなく、そんな因縁が。

 今までは昔の禍根は捨てて、共に手を取って欲しいという気持ちの方が強かったけど、考えを改めた方がいいな。

 もし共同で敵地を襲うとしても、エルフは村に残ってもらった方がいいかもしれない。戦力ダウンは否めないが強制だけは絶対にしないでおこう。

 空が明らみ始めたので、そろそろ神託に何を書くか考えないと。




 朝ご飯を食べ終わってPC前に戻ると、村の人も食事を終えたところだった。

 今日はバイトも入ってないのでまったり休みを満喫するつもりだったけど、この問題は解決しないと。

 村の重要人物が集会場代わりの建物に集まっていたので、丁度いいと神託を発動させた。


『みなさん、神託が!』


 待っていたとばかりに、その場にいる全員が聖書の回りに集まる。

 いつものようにチェムが神託を読んでくれるようだ。


『読みますね。……汝らの迷い、願い、受け入れた。モンスターの拠点を叩き後顧の憂いを減らしておくという考え、間違いではない。だが、ダークエルフに対して抱く、不信感が拭えない者も多くいるのではないか。そこで一つ向こうへ提案をし、その結果如何によって結論を出す、という手段を提案しようではないか』


 長ったらしい説明文だけど、神様っぽく聞こえるかな。

 そもそも神様から提案するってのが神様っぽくないイメージだけど、どうなんだろう。

 内心の動揺を抑えながら、神託を読むチェムに集中する。


『その提案とはダークエルフを一人、この村の住民にすること……えっ』


 思わず驚きの声を漏らすチェム。

 他の面々も予想外だったようで、大きく目を見開いたまま声も出ない。


「さて、村人はどうするかな」


 神託の続きに『命令ではなく提案の一つで従う必要はない』と書き加えておいたが、村人たち……特にエルフたちはどうするのか。

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