期待する村人とプレッシャーに弱い俺
チェムがとんでもない提案をした。
この重大な決定権を俺に託すだと?
「いやいやいや、それはないだろ。こういうのは信頼の置ける相手に……ああ、うん。俺って運命の神(仮)だもんな」
そもそも俺がデキる神を演じて神託に書き込んできたのだから、自業自得の展開だともいえる。
『それはいい考えだね。運命の神ならば正しい道を示してくれるはずだよ』
『神の決断であるなら異論はない』
『私も神の神託に従おう』
『は、はい。問題ないです』
全員が同意した。運命の神に対する全幅の信頼が辛い。
……遠慮せずに誰か反論してもいいんだよ?
信頼はうれしいがプレッシャーに対する耐性がないから、胃がキリキリする。
「どうしよう。今日の神託はまだだから、今日中に返事しないと」
件のダークエルフたちの様子を観察すると、リーダーのスディール以外は大人しく建物の中で座っている。
雑談もこれといって変わったことは言っていない。思ったより発展しているやら、エルフを生で初めて見たとか、他愛のない内容ばかりだ。
で、肝心のリーダーは窓際に立って物珍しそうに村を眺めていた。
画面を拡大してみると……にこにこと笑顔で、働く村人を目で追っているな。ここだけ見るなら悪い人には思えない。
でもなあ、ムルスの話を聞いて協力するのは危険な感じがする。
「まずは神託で明日結論を出すとでも言って、お茶を濁しておこうか」
とりあえず少しでも時間が欲しかったので、村人が納得しそうな言い訳を考えて神託を実行した。
『運命の選択を委ねたいという、そなたらの想いしかと受け取った。明日の神託で進むべき道を示そう』
まあ、こんなもんか。
村人たちはほっとした表情で各自の仕事に戻ってくれたか。
さてと、どうするか。俺としては一緒に敵の拠点を襲うのはゲーム的には賛成だ。だけど、攻めるのは守るより数倍難しい。
それはこの村の防衛で実感している。モンスターの拠点はつまり邪神側のプレイヤーの拠点。
前に山本さんの拠点を攻めた時は粗末な家があるだけで柵も何もなく、攻める側としてはやりやすかった。
だが、今回も同じように行くとは限らない。
俺が邪神側なら襲われることも考慮して、拠点をそれなりに整備しようとするだろう。ということは同じ考えのプレイヤーがいて当然だ。
更にダークエルフを信用して大丈夫なのかという不安要素。
このゲームのダークエルフがどういった存在なのか詳しく知るには……やっぱ、あそこしかないよな。
毎日一度は覗くことにしている、このゲーム専用の掲示板《交流広場》で情報収集をすることにした。
まずはざっと掲示板のスレッドをチェックする。
「古すぎる過去ログは消えてるんだよな。ぱっと見た感じだとダークエルフに関するスレはないか。これなら自分で立ち上げた方が情報が集まりやすそうだ」
ニート時代に培ったネットの知識があるのでぱぱっと、新たなスレッドを追加した。
《ダークエルフについて至急情報求む》
こういのはシンプルでわかりやすいのがいいだろう。このスレの住民は親切な人が多く、至急と書き込むと反応が早い。
「おっと、もうきたのか」
2:スレ乙。ダークエルフかー、俺は見たことないや
3:俺もないな。てか、このゲームにダークエルフいるのか。見てみてえ
4:じゃあ俺もない……と言いたいところだけど、一回うちの村人が遭遇したことあるぞ。禁断の森の近くで三人組の黒いエルフを見たとか言ってたな
おっ、目撃者を発見。もう少し情報を引き出せないだろうか。
しかし、禁断の森近くの村にもプレイヤーがいるのか。どこかで接触する機会があるかもしれない。
6:>>5
詳しい情報求む
7:詳しいも何もそれで終わりだぞ。村人が発見して向こうもこっちに気づいたら直ぐさま森の中に消えたんだってよ
8:役に立たねえー
9:まったくキミには失望させられたよ、出直してきたまえ
10:情報なかったヤツが偉そうに言うな!
俺も正直がっかりだったが言わないでおこう。
それからしばらくは、関係のない雑談をしているだけだったが、一時間ぐらいしてから有用な書き込みがあった。
187:ダークエルフと聞いて。俺の村にダークエルフの家族いるぞ。
キター! これは期待できるか。
188:詳しい情報プリーズ
189:詳しいって何が聞きたいんだ?
190:特徴とか性格とか他の村人とうまくやっているかとか
191:そういうのか。うーん、見た目はエルフを黒くしただけで他は変わりないかな。木工の技術に長けていて植物を操る魔法が使えるぞ。能力はたぶんエルフと似たり寄ったりだと思う。あと夜目が利くな
なるほど。見た目に関しても間違いはないし、能力についてはほぼエルフと同じか。一つだけ違うのは夜目が利くという点か。
普通のネット掲示板だと情報を鵜呑みにするのは危険だけど、このゲームの掲示板には嘘が書き込めない仕様になっている。なので勘違いはあっても嘘はない。
192:性格はどうなんだ?ファンタジーのダークエルフって悪役ってイメージだよな。あと巨乳
193:俺もそこが気になる。特に胸
194:そうだな。ちょっと口が悪いところもあるけど明るくて社交的だよ。でも、うちのダークエルフ家族って自分たちは変わり者だって言ってたな。普通のダークエルフは自己中心的らしいぞ。特にエルフが大っ嫌いで直接手を出したりはしないが、困っていたらざまーみろって思うらしい。……スタイルはエルフと同じぐらいだ。
195:はい、解散
196:お疲れ様でした~
スタイルも含めて当てはまるな。仲が悪いのはこの目で目の当たりにした。エルフ相手にだけなら、人間が多いこの村なら大丈夫のような気もするが、自己中か。
ムルスもそんなこと言ってたな。
197:解散すんな。さっき思い出したんだけどさ。種族名の頭にダークって付く連中って、元は主神側だったのに邪神側に寝返ったパターンか、逆に邪神側から主神側に寝返ったかの二択じゃなかったっけ?
198:俺もそんな話、どっかで聞いたな。村にやって来た吟遊詩人がそんなの歌っていたような?
199:教会の神父がそんな神話を子供に語ってたぞ
「へー、そういう設定なのか。これは覚えておかないと」
ムルスが邪神側から寝返った裏切り者とか言ってたからな。あれは真実だったと。
200:マジか。で、ダークエルフってどっちなんだ?今は邪神側?主神側?
201:村のエルフが元邪神側で主神側に寝返ったって言ってた
俺からも情報を出しておかないとな。
202:闇堕ちからの復活か。ありだな
203:元邪神側ってのがかなりの不安材料じゃね?
204:でもよ、主神側ってことはもしかしてダークエルフの村でやっているプレイヤーとかいたりしてな
……そうか! 考えもしなかったが、あのダークエルフの村でプレイしている人がいるかもしれない。そう考えるとダークエルフの崇める神……か。
それ以上は掲示板では有益な情報を得られなかったので、礼だけ伝えて閉じておいた。あとでまた覗かないとな。
プレイヤーの存在か。今回の行動だって神からの指示で動いている可能性だってあるのか。
掲示板に集中していた間の過去ログをチェックしていると、チェムとスディールの会話に注目すべき内容があった。
『スディールさんはどうしてモンスターの拠点を襲おうと思ったのですか? 理屈はわかるのですが危険だと、ためらわなかったのですか?』
『あー、それね。毎回の襲撃にかなりピンチでさ、いっそのこと村捨てて禁断の森から出ていこうかって話にもなってたんだけど、駄々をこねる連中が多くてさ。そんなときに神からのお告げがあったんだよ。他の村と協力して敵の拠点を討て、みたいな』
『神からのお告げ⁉ スディールさんの村も神に祝福された村なのですか!』
『お、おう、そうだよ。うちの村は《自然の神》を信仰していてね。自然を大切にするのは当たり前だけど、自然体で生きるってのも教義に含まれてんだよ。柔軟に力まず、ありのまま、心の赴くままに生きろってね』
信仰対象は《自然の神》ときたか。
お告げもあるそうだから、これは当たりだな。ダークエルフの村を操作するプレイヤーの存在。
こうなると話が変わってくる。
「主神側同士の裏切り行為は禁止。これは掲示板にも書かれていた。ダークエルフたちが信用できない存在だとしても、プレイヤーがそんなことはさせないはずだ」
代表者のスディールとの会話でチェムがうっかりこぼした『皆と神に相談して』という言葉に対して『神か……やっぱりそうか』って反応もしていた。
つまり向こうはこの村に神……プレイヤーがいると予想していたということだ。
どうやってこの村の情報を得たのかはわからないが、プレイヤーがいると知った上での共同戦線なら引き受けても問題はない……ような気がする。
少なくとも裏切りの警戒はしないでもいいはずだ。……いいはずだよな?
俺が頭を悩ませていると、すっと目の前に果物が差し出された。
「お前……くれるのか?」
俺の問いに対してこくこくと頷く金色のトカゲ。
いつの間にかPC机にちょこんと座っていたディスティニーが、自分のご飯である果物を一つ分けてくれた。
「はー、糖分が脳にしみるうぅぅ」
まだ時間はあるんだ。飯食って気分転換してからもう一度考えよう。
ダークエルフの行動を見張りつつ、会話にも気をつけないとな。
共同で戦うとしたら誰を連れて行くか。どう戦うかも考えないと……って、気分転換だろ、気分転換。
よっし、まずは腹ごしらえだ。




