黒き来訪者と疑う俺
ムルスたちエルフと容姿は似ているが肌の色が違う種族――ダークエルフ。
ファンタジー世界では定番の種族で、よくある設定としては元々はエルフだけど邪神を崇めているとか、闇の種族とかいうのが多い。
それは見た目のイメージも大きいのだと思う。
白い髪に黒い肌。瞳も赤みがかっていて、エルフと比べると、どうしても邪悪なイメージを抱いてしまう。
あと体がダークエルフの方が細い。エルフ自体が細身なのにそれよりも、もう少し細く筋肉質なようだ。なので顔つきが精悍に見える。
「でも、この世界での設定はどうなんだ?」
ムルスたちエルフは想像していた存在に近かったが、だからといってダークエルフもそうだとは限らない。
村の入り口に立つダークエルフの一行は十人。
全員武器は構えていないが武装はしている。……警戒はしておこう。
『もう一度訊ねる。この村に何用だ?』
ガムズがダークエルフの前に進み出て問いかける。
剣の柄に手を掛けてはいるが、今のところ剣は抜いてない。
『そんなに警戒しないでよ。同じ森に住む者同士、仲良くしましょ』
ダークエルフ一行の代表らしき女性が意外にも軽い口調で、茶目っ気のあるウィンクまでしてきた。
その対応に毒気を抜かれたのか、ガムズが大きく息を吐いて柄から手を離す。
「あれ? 意外と友好的な種族なのか」
敵対しないならそれに越したことはないけど、そんなノリでこられると戸惑うな。
『油断をしないでください。ダーク共は狡猾で卑怯な種族ですから』
注意を促したのはムルスか。
相手に対する嫌悪感を隠そうともしないで、渋面で睨み付けている。
他のエルフたちも同じような反応だ。
《命運の村》の世界でもエルフとダークエルフの仲は険悪なのか。覚えておこう。
『あらあら。自称高貴でプライドだけは高いエルフさんが、なんで人間と共存しているのかしら?』
ダークエルフのリーダーらしき女性が、面白い物を発見したとばかりに口元に笑みを浮かべ、からかうような口調でムルスたちを煽っている。
村のレベルが上がって音声が聞こえるようになったおかげで、文字だけでは伝わらない相手を嘲る口調がスピーカーから鮮明に流れてくる。
『我々は邪神側に与しておいて、形勢が不利になった途端に主神側に寝返るような種族ではないからな』
ムルスの発言を聞いてダークエルフ側の顔がしかめ面になった。
険悪ムードの現状はともかく、貴重な情報をゲットできた。
元邪神側だけど今は主神側の種族ってことか。どんな理由があったにしろ寝返りはイメージ悪いから、ムルスたちの嫌悪感も理解できる。
『はっ、相変わらず綺麗事が好きな種族よね。生き延びるために最良の選択をする。それの何が悪いって言うの?』
言いたいことはわかる。戦争で強い方に付くのは当たり前で、そう考えるとダークエルフの選択が間違いとはいえない。
『我々が貴様らの立場なら、神と共に潔く滅びを迎えていた』
ムルスが断言すると、背後でエルフ全員が頷いている。
『口ではなんとでも言えるわよね。そんな潔いエルフ様たちはどうして人間の村に逃げ延びているの? 誇りと一緒に死ぬんじゃないの?』
『くっ、ダークの分際で言わせておけばっ!』
『ダークとかディスるのやめてくれる?』
ムルスとダークエルフの代表が額が触れそうな距離で睨み合っている。
一触即発とはこのことだ。このまま殺し合いに移行しそうな雰囲気すらある。これは神託を使ってでも止めるべきか?
『ムルスさん、そこまでで。そちらも挑発するのはやめていただけますか?』
二人の間に割り込んできたのは――ロディス。
「意外だな。少し前までなら後方で怯えていたイメージなのに」
このゲームを始めてから一番変化があったのはロディスかもしれないな。
何度も死を覚悟する経験をして、村長に任命されて責任感も増したロディスは、昔の頼りなかった面影がほとんどない。
俺も成長したと思ってたけど、ロディスには負けるな。
『ムルスさん、ダークエルフとエルフは何千年も前の神話の時代から因縁があるのは知っていますが、話も聞かずに一方的に責めるのはどうかと思いますよ』
『……そうだな。すまない』
自分の非を認めてムルスが素直に謝罪している。
『冴えない顔しているのにいいこと言うじゃない。反省しなさいよ、反省』
『あなたも無闇に煽らないでください。何か私たちに用があっていらしたのでは? 同胞にそのような態度を取るようなら、即座にお帰り願いますよ?』
おー、言うじゃないかロディス。格好良いぞ!
ただ……後ろに組んだ手がぷるぷる震えてなかったら最高だった!
それに気づいたライラがそっと背後に近づいて手を握る。
「夫婦仲を見せつけてくれる……。よくよく考えると、ロディスってライラと結婚できた時点で勝ち組だよな」
きれいで気づかいもできて性格もさっぱりしている嫁と、無邪気でかわいい娘。
俺のないものをすべて持っている。くそっ、男として完敗だ。
「……今はそんなことどうでもいいな」
うらやましがっている場合じゃない。ここからどうなるか見守らないと。
『あーごめんね。どうにもエルフを見るとむかっ腹がね。ええと、あなたがこの村の代表者?』
『はい。この村の村長、ロディスと申します』
『うちはこの禁断の森に住むダークエルフの族長の娘、スディールよ』
向こうの代表は族長の娘なのか。
ショートカットの白い髪に腹や太ももがむき出しになった、露出度の高い恰好。
他のダークエルフはエルフと同じような服装なので、スディールのセンスなんだろうな。
『それではご用件をうかがいましょうか』
『最近、禁断の森が騒がしいのは知ってるでしょ。モンスターたちの拠点が森の至る所に増えちゃっていて、《邪神の誘惑》を凌ぐのも怪しくなってきてるのよ。被害も大きいし』
口調は相変わらずだが、額に手を当てて呟く顔は真剣だ。
禁断の森にモンスターが増えているのはゲームの仕様ではなく、たぶん邪神側プレイヤーのせいだろう。
主神側のプレイヤーと邪神側のプレイヤー。
主神側は村を繁栄させるのが目的。邪神側は村を滅ぼすのが目的。
互いに異世界という同じ舞台を使ったゲームをしている。
今まで遭遇した邪神側のプレイヤーは金に困っていて、金を得るためなら犯罪行為にすら手を出す連中だった。
……全員に会ったわけじゃないので、邪神側すべてのプレイヤーがそうだとは言い切れないが、金に執着している可能性は高いと考察している。
その邪神側のプレイヤーはモンスターを召喚して操ることができる。禁断の森に増えているモンスターたちはその影響だろう。
『我々も一度壊滅しかけましたからね』
当時のことを知っている古参のメンバーが、顔を見合わせて小さく頷いた。
『滅んでないだけでも立派よ。この森には三つの村があったんだけどさ、ここ数年の内にうちを除いて滅んじゃったし』
スディールがちらっとムルスたちエルフに目をやると、辛そうに目を伏せた。
《禁断の森》にはエルフの村以外にもダークエルフの村ともう一つあったのか。
『そこで相談なんだけど、うちらと一緒にモンスターの拠点を一つ潰さない?』
軽いノリの申し出に、一瞬頭が理解できなかった。
村人たちも同じようで、無言で相手の顔を見つめているだけだ。
『邪神の誘惑が終わったばかりのときって、モンスターの凶暴性が治まってたり、モンスターが結構やられて戦力ダウンしてるっしょ。だったら、今がチャンスじゃない。うちらだけで挑むよりも、協力した方が勝率も上がるし』
これは一考どころか、今にも飛びつきたくなる提案だ。
ガムズたちは一度敵の本拠地を潰した実績がある。あの時のように敵の拠点を潰して事前に戦力を削るのは、ありだ。
それに同じ村に住む者同士の親睦を深められるチャンスでもある。
俺としては喜んで協力したいところだが……。
心底嫌そうな顔をしているエルフたちを見ていると、一筋縄ではいかないなこれは。
『皆と神に相談して決めなければなりませんので、今日は我が村で過ごしていただき、明日返事をするというのはどうでしょうか?』
『神……やっぱそうか。うん、それでいいわよ。でも、うちらが村に滞在して大丈夫なの?』
今も嫌そうな顔を崩さないエルフたちを眺め、鼻で笑うスディール。
『皆さん大人ですからね。大丈夫ですよ』
そう言ってロディスがエルフたちに顔を向けると、すっと目を逸らされた。
……やっぱり、いざとなったら神託で仲良くするように言おう。
ロディスが村で一番新しい建物にスディールたちを連れて行く。来客用宿舎と会議室を兼ね備えた建物なので、民家と比べると立派な造りになっている。
『ほえー、立派じゃない。人間はやるもんだね。ここに来てからまだ数ヶ月なんでしょ?』
『そうですね。五ヶ月でしょうか。ですが、ここまで村が成長したのは獣人であるカンさんランさん、それにエルフの皆さんの協力があってのことです』
『ふーん』
それからは室内をきょろきょろと見回して、落ち着かない様子のダークエルフたちに料理を運びもてなしている。
村人のいつもの食事よりは少し豪華にした料理を提供すると、過剰に驚いて貪るようにして平らげているな。そんなにお腹減っていたのか。
この村に到着するまで飯を抜いていたのかもしれない。
その間に村の主要メンバーは神像と祭壇のある建物に集合して、今後の相談をしていた。
ガムズ、チェム、ロディス、ムルス、それと新規で村にやって来たフォドムという青年の男性だ。
フォドムはガムズより一回り大きな巨体で筋骨隆々。ボディービルダーの世界大会にいてもおかしくないぐらいの体をしている。
おまけにスキンヘッドでどう見ても厳つい。正直近寄りがたい見た目だ。
彼は禁断の森近くの村出身で、五人の村人と共にこの村へとやってきた。
見た目に反して穏やかで大人しい性格をしていて、草木を愛し、甘味が大好きという乙女のような内面をしている。
『では進行役を務めさせていただきますね。まずは今現在どちらの意見の方が多いか調べておきましょうか。ダークエルフの方々と協力してモンスターの拠点を襲うのに賛成の方は挙手を』
ロディスの質問に応じて次々と手が上がる。
ガムズ、チェム、ロディスは賛成と。
『ムルスさんとフォドムさんは反対なのですね。まずはフォドムさん、意見を聞かせてもらってもいいですか?』
『あ、あの、そのですね。襲撃で皆さんが傷ついたりしないか心配で』
声が低くて見た目もあんな感じなのに、おどおどしながら話す姿に何故かほっこりしてしまう。
内面の人の良さがにじみ出ているからだろうな。
『心配してくれるのはうれしいが、モンスターを減らさなければ村人が危険に晒されることになる。それを少しでも排除しておきたい』
『戦闘するガムズさんがそう仰るなら、僕は異論ないです』
フォドムがあっさりと意見を引っ込めた。
ちなみに怪力で見た目は戦闘系の彼だが、戦う度胸があるわけもなく、村での力仕事を担当している。
柵の丸太を軽々と引っこ抜いて、一人で運べるぐらいの怪力を戦闘にいかせないのはもったいないけど、本人が望まないことを強制させられない。
それに建築や農作業で十二分に活躍してもらっているから、このままでいいよな。
『最終的には村人全員の意見も聞きたいところですが、ここで残りの反対はムルスさんだけですね』
全員の視線がムルスに集中する。
ムルスは壁に背を預けてムスッとした顔のまま、ゆっくりと口を開く。
『昔からの因縁でダークエルフが苦手なのは認めるが、そもそもダークエルフの連中は信用ならないんだ』
新しくやって来た村人たちは《禁断の森》の事情には詳しくないが、何百年もこの森に住むムルスがそう言うのなら理由はあるのだろう。
『例えば、どういうところがなのでしょうか?』
控えめに質問したチェムに、ムルスが大きく息を吐いてから語り始めた。
『昔のことだが「モンスターに襲われて食料が底を突いたから、いくらか融通して欲しい」と懇願されたことがあってね。毛嫌いする我々に頭を下げるぐらい追い詰められているのかと、哀れんだ同胞が結構な量を渡したんだよ』
ここだけならいい話なんだが。
『その翌年、今度はこちらが食糧不足に陥って、ダークエルフの連中に助力を願ったら……「えっ、そんなの知らないわよ」とか言う始末。前に与えた食料の話を振ったら「それはそれ、これはこれでしょ」としれっと言う連中だ。他にも我々の狩り場に手を出す、肌を白く塗って行商人を騙したりと、やりたい放題なのだ』
自己中でいたずらっ子みたいな連中だ。
こっちの世界でもそういう人っているよな。人を頼るけど恩を返そうともしない人とか。ご近所付き合いをしたくないタイプだ。
こうやって聞くと信用してもいいのか心配になってきた。
ロディスたちも同じ意見のようで、賛成側も腕組みをして唸っている。
『正直、いざという時に裏切りかねないと思っている。もしくはモンスターとの戦闘を押しつけて自分たちは楽しようとしているか。だけど、皆さんが賛成するなら従うが』
そう言われるとますます賛成とは言えない状況になってきた。
誰も意見を言わないで顔を突きあわせているだけだ。
困ったな。裏切らない保証があるなら話に乗りたいけど、う、うーん。
『では、こうしてはどうでしょうか』
パンと手を打ち合わせて微笑むチェムに注目する。
『運命の神に判断を委ねるというのは』
…………えっ?




