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働く妹と元働かない俺

「あっ、それそれ! なんで写真なんか持ってるの?」


 妹が俺のスマホを覗き込んで目を丸くしている。


「今日の清掃で行った現場がこの会社だったんだよ。動かした物の配置を確認するために、清掃前と後に写真撮る必要があってな」

「へえー、偶然にしても凄いね。噂の社長には会った?」

「挨拶もしてもらったけど、ちょっとキザっぽい好青年ってイメージだったな。ただ……」


 あの社員の怯えっぷりが未だに引っかかっている。


「いや、悪いイメージはなかったよ」

「そうなんだ。私はあの人苦手なんだ。なんかもう、絵に描いたような意識高い系の発言するのよ。会話するのも苦痛だったんだから」


 妹が自分の肩を抱いてぶるっと震えた。

 本気で苦手にしているようだ。


「そうなのか……。あれ? 商売敵なのに会ったことがあるんだ」

「一度だけね。あそこって敵対する会社から有能な社員を引き抜きまくって成長したらしくて、私にまで声かけてきたのよ。あーもう、思い出しただけで気持ち悪い」


 妹にここまで嫌われるヤツも珍しい。

 しかし、引き抜きか。妹を優秀だと見抜いたのは称賛してもいいが、若く見た目もいい妹を狙ったのは別の目的もあるんじゃないかと……勘ぐってしまう。


「会社のイメージはどうなんだ?」

「んー、企業としては優秀らしいけど、業界ではよくない噂も聞くかな。色々と手広くやっているみたいで、新たな業種に手を出す時は、優秀な社員を引き抜いて成功するってパターンだから」

「沙雪もそうだけど、引き抜きってやっぱ金払いがいいとか?」


 まったく経験のない世界なのであまり想像できないが、優秀な社員をそう簡単に引き抜ける物なのだろうか。

 俺の貧困な想像力だと、金を積んで誘惑するぐらいの方法しか思いつかない。


「そうだね。お給料は今の倍、まではいかないけどかなりいい感じだったよ。週休二日で有給も問題なし、って熱く語っていたけど……なーんか、胡散臭かった」


 妹って人を見る目があるんだよな。あのストーカーも学校で初めて会った時から、なんか苦手だったって言ってたぐらいだ。

 勘が鋭いのか、観察力に優れているのかはわからないけど。


「それに、うちの会社から二人がいきなり退職しちゃって話を聞いてみると、どうやらそこに引き抜かれたっぽいの」

「だから、最近かなり忙しいんだな」

「もう穴埋めに必死なの! 転職を非難する気はないんだけど、前もって言ってくれてたら楽にフォローできたのに、いきなりだもん。そんな無責任なことをする人たちじゃないと思ってたんだけどなぁ。がっかりだよ」


 頬を膨らまして怒っているが、童顔なので子供がすねているように見える。

 昔なら頭を撫でて慰めるところだが、今やると怒られるだろうな。幼く見えるがもう二十歳を超えているのだから。


「なるほどな、頑張ってんだな沙雪も」

「そうだよ。頑張ってんだから、私」


 胸を張って自慢気な妹に「偉い、偉い」と返しておく。

 あの会社、ユートピーだったか。今回の清掃で気に入られたら定期清掃になるって社長が言ってたな。また行く機会があるかもしれない。

 そのときはちょっと意識して観察してみようか。




 家に帰り着くと同時にじゃんけんで負けて風呂を譲り、その間にPCで村の様子を眺めていたが、この時間に起きている村人はほとんどいない。

 夜行性のカン、ランと、物見櫓で見張りをしている今日の担当ぐらいか。

 過去ログで仕事中に見られなかった村人の会話を確認しているが、人数がこれだけ増えると読み返すだけで結構な時間が掛かる。


「ガムズとか主要人物以外のは流し見でいいか」


 全部ちゃんと読んでたら、寝る時間がかなり削られてしまいそうだ。

 といってもガムズは「ああ」「そうだな」「わかった」ぐらいしか話してない。

 ガムズが長文を喋らないときは村が平和だという証でもあるので、もう少し会話しようぜと思う反面、安心もできる。

 チェムとキャロルは文字だけ見ると仲良くしているように見えるが、実際はガムズに声を掛ける村の女性を協力して遠ざけているだけだ。


 俺が一ヶ月住んでいたときに、ガムズがモテる理由を実感させられたんだよな。

 生で見るガムズは画面越しよりも迫力のある顔をしていたが、モンスターが来た時の安心感は半端なかった。

 あれはモテる。そう断言できるぐらいの男だ。

 ロディスは村長となってからは忙しさに拍車がかかったようで、何かしらの書類を書いたり、村を回って住民たちから意見や要望を聞いている。

 一見頼りなく見えるけど、しっかり村のリーダーをやってくれている。頼んだよ、村長。


 ライラは朝は家族の家事、昼からは村の食堂で働き、その後は村に増えた子供や赤子の相手をしてくれている。肝っ玉母さんっぷりを思う存分発揮しているな。

 ムルスはエルフの一員を引き連れてモンスターの討伐、木材の加工や建築を担当。

 この世界は人間側のエルフや獣人に対しての偏見は薄いようだが、それでも人間と相容れない部分があるのはどうしようもないことで、ムルスはその橋渡しとしても役立っている。今のところ異種族間で目に見える対立や騒動がないのは、ムルスの存在が大きい。

 カン、ラン夫婦は木工担当としても活躍してくれているが、なんといってもその存在が癒やしだ。毎日、二人を眺めているだけで仕事の疲れが霧散していく。


「っと、そうじゃない。まずは過去ログだ」


 増えた村人たちの中に不穏な人間が紛れ込んでいる可能性だってある。流し見するといっても、妙な発言をする村人がいないかのチェックだけは欠かす訳にはいかない。


「……特になしか。ガムズ人気が村の若い女性だけじゃなくて、既婚の女性にも広まっているのはどうなんだろう……」


 ガムズなら心配は無用だと思うけど、狭い村という世界で不貞を働けばすぐに広まる。

 男性アイドルに夢中になる追っかけみたいな憧れだとは思うけど、神託で軽く忠告した方がいいのだろうか。悩みどころだ。


「お風呂上がったよー」


 下から妹の声が響いてきたので、着替えを持って一階に下りる。

 風呂から上がったばかりの妹と交代で浴室に入って体を洗っていると、湯船に浮かぶ物体が一つ。


「おまえ……。また付いてきたのか」


 ディスティニーが先に風呂に入っていた。

 命運の村へ滞在中に温泉の素晴らしさを覚えてしまったディスティニーは、こうやって俺と一緒に風呂に入ることが増えている。

 深夜に帰ることが多いので家族にバレる心配はあまりないけど、トカゲが風呂に入るのはどう考えてもおかしいからな。


「今日は妹が起きているから、気をつけろよ」


 俺が頭を洗いながら忠告すると、尻尾を上下に振った。

 あれが、わかったという返事のつもりらしい。

 人間並みに頭がいいから大丈夫だとは思うが、結構大胆なんだよな。

 仕事で家にいない時もケージから抜け出しているらしく、母も家の中を歩くディスティニーに何度か遭遇している。

 初めの頃は悲鳴を上げて驚いていたそうだが、今では「あっ、いたの。果物食べる?」ぐらいの対応をして一緒にワイドショーを観ているらしい。

 人間の適応能力って凄い。

 さっぱりした状態でリビングに行くと妹がぼーっとテレビを眺めていた。


「明日も早いんだろ、寝た方がいいんじゃないか?」

「あーうーん。もう少ししたら寝るからー」

「そうか、俺は部屋に戻るよ。おやすみ」

「おやすみ」


 自然におやすみと言える関係っていいよな。

 家族で一人浮いた存在だった俺にとって、何気ない日常の一コマが何よりうれしかったりする。

 夜食代わりの果物を手にして部屋に戻り、定位置のPC前に座ってもう一度村の様子を観察しておく。

 大あくびをしている見張りと、木工作業場で椅子を作っているカンとラン。

 他の村人はぐっすり眠っているな。

 平和な村を眺めていると心が安らぐ。数ヶ月前、あそこに自分が実際にいたのかと思うと、今でも信じられない。

 前からゲームのキャラだと割り切れずに感情移入してきたが、あの経験をしたらもう身内としか思えないよ。

 村に新規でやって来た若夫婦が子供を出産した日なんて、一日中PCの前で応援して産声を聞いた時には涙したぐらいだ。

 最近じゃゲームとしての面白さなんていらないから、毎日平穏無事に過ぎてくれたらいい、とまで思うようになってきた。


「《命運の村》はゲームだけどゲームじゃないんだよな」


 村人はこことは違う世界で確かに生きている。

 神様代わりをしている俺なんかを敬ってくれているんだ。少しは貢献しないとな。

 運命ポイントを消費して発動できる奇跡一覧に目を通す。

 レベル3になってからまた項目が増えているが、優柔不断なところがある俺にとってそれは迷惑な点でもある。


「う、うーん。目移りするな」


 毎回、奇跡の種類を眺めるだけでどれも発動していない。

 こっちに戻ってきてからやったのは天候を操る奇跡と、村で生まれた赤ちゃん用の商品を求めて行商人を呼んだぐらいか。

 村が順調なので余計な手出しを必要としていないというのもあるけど、万が一に備えてポイントは一定数確保しておきたい。

 最低限、ゴーレムを操るポイントは残しておかないと。

 結局、今日も悩むだけ悩んで奇跡は発動しないで眠ることにした。

 明日も清掃の仕事があるから、体を休めないとな。


「おやすみ、みんな。ディスティニーもおやすみ」


 村人と俺の足下で丸まっている相棒に声を掛けてから、まぶたを閉じる。

 疲れもあってあっという間に意識を手放した。




 次の日、目が覚めるといつものようにPC前に座る。


「なんだ。何かあったのか?」


 村人たちが丸太の柵に備え付けられている扉の近くに集まっている。

 戦えない人々は後ろの方に下がって、ガムズたち戦闘員は武器を手に扉の方を警戒していた。


「モンスターの襲撃か? でも、それにしては」


 今更、モンスターが襲撃してきたぐらいで村人たちが騒ぐようなことはない。

 それに《邪神の誘惑》も終わったばかりで比較的モンスターが大人しい時期だ。


『なんの用だ』


 ガムズが誰かに向かって厳しい口調で詰問している。

 画面をスクロールしてその周辺が見えるようにすると、扉付近に数名の見知らぬ人々がいた。


「移民希望……。いや、この外見は」


 村の人々との違いが一目でわかる肌の色。

 黒い肌にムルスたちと似た美貌。

 これって……。


「ダークエルフだよな?」

 


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