あれからの日々と生活する俺
《邪神の誘惑 終了。本日はもう敵の襲撃はありません》
このゲームを始めてから五度目のファンファーレと、画面に表示される赤い文字を見て安堵の息を吐く。
PC画面には諸手を挙げて喜んでいる村人たちの姿が映っている。
月末に必ずあるイベント《邪神の誘惑》では何度も痛い目を見てきたが、五回目にしてかなり順調に対応できたのではないだろうか。
あっと、村人たちに終わったことを神託で告げないとな。
「あれから、もう二ヶ月か……早いもんだな」
画面に映るゲームの村。実写と見紛うような美麗な映像。
実際の人ではないかと疑ってしまう思考と挙動をするNPCたち。
「まあ、本当に人だったんだけどな」
俺はこのPC画面に映るゲームの世界に行ったことがある。
……大丈夫、ちゃんと正気だ。
ゲームだと思っていた世界は本当に存在する異世界で、ひょんなことからその世界に行ってしまった。
なんとか、元の世界に生還してからも以前と変わらずゲームをやり続けている。
いや、以前と変わった点はいくつもあったな。
まずゲームについてだが。ゲーム内のレベルが3に上がっていた。そのおかげなのか、なんとゲームキャラの台詞がフルボイス仕様に!
『皆さん、神から邪神の誘惑を乗り切ったとの神託がありました』
ブラコンの女性神官が聖書に浮き上がった文字を読んで、村人たちにその内容を公表している。
チェムは今日も澄んだ心地のいい声だな。聞いているだけで癒やされるよ。
『やったー。もうモンスター出てこないんだね!』
それを聞いた小柄で笑顔のかわいい女の子がぴょんぴょんと飛び跳ね、体でうれしさを表現している。
いつもと同じく元気一杯で安心だ。キャロルはこうでないと。
『終わったか。ならば、柵の修復と倒したモンスターの処理をしなければな』
戦いが終わったばかりだというのに、返り血を拭いもせずに休むことなく、修復作業に移る傷だらけの屈強な戦士。
ガムズは相変わらずだな。頼れる存在なのはありがたいが、少しは体も休めてくれよ。
『いやー、今回もなんとか乗り切れましたね。皆さんお疲れ様でした』
この村の村長でもある痩身の男が、戦った村人たちを労っている。
一人一人に言葉を掛けて、戦力外の女性や子供たちへの配慮も怠らない。
ロディスを村長として任命したのは間違いなかったな。
『みんなー、お疲れさん! おいしいご飯作ったから食べておくれ! ガムズも修復は後でいいから、先に飯だよ飯!』
作業に向かおうとしたガムズの肩をがっしりと掴んで笑っているのは、赤毛で肌が健康的に日焼けした女性。
村長の妻でありながら、村長よりも存在感がある女性。この村の肝っ玉母さんだ。
彼女の迫力に負けたガムズは小さく息を吐くと、方向転換をして村の食堂へと向かう。
ライラがいてくれると助かるよ。古参のメンバーは誰も逆らえないからな。
『では、お言葉に甘えてご飯を頂きましょうか』
弓を持った美形の一団を指揮していた中性的な人物。
艶やかな黒髪が風にそよぐだけで絵になる。
エルフの一行を見送る村人たちの何人かは、男女問わず羨望の眼差しを注いでいた。
見惚れるのもわかるぞ。モデルや女優でもここまでの美人はいないもんな。特にムルスは際だって美形だ。
すっとガムズの横に並んで話し掛ける姿を見て、チェムとキャロルが睨むぐらい警戒するのもわかる気がする。
『お腹空いた』
『食べに行こう』
服を着た二足歩行のレッサーパンダが二人揃って食堂へと歩いて行く。
この村のマスコットキャラ兼、木工職人でもある獣人の夫婦。
カンとランにはあの村へ滞在中に、思う存分モフらせて貰うべきだったか。……そこは後悔している。
彼ら八人が古参のメンバーだ。
一番最初はガムズ、チェム、ロディス、ライラ、キャロルの五人だけで、次にムルスが入って出てまた入って、次にカン、ラン夫婦がやってきた。
洞窟を根城として柵だけで覆った、村と呼ぶのもおこがましい拠点だったのが、今では村と名乗っても、とがめられないぐらい立派になった。
改めて上空から村を見下ろす。
元の拠点だった洞窟は爆発後に鉱石を掘る現場となり、村の貴重な収入源の一つになっている。
鉱山をバックにして半円状に木の杭で柵を作り、その中に村を作っているのだが柵の範囲もかなり広がった。
初期はちょっとした庭程度の敷地しか確保できていなかったのに、今じゃ六十人を超えた村人を全員収容しても余裕がある。
家も当初に活用していたテントは二つぐらいしか残っておらず、この二ヶ月で一気に木造家屋が増えた。
それは新たに大工を生業にしていた住民が増えたのと、エルフ達が木工作業に長けていたことが大きい。
数と早さが重要だったので丸太小屋が多いが、全員に住居が行き渡った現在はちょっと凝った造りの家も建てている最中だ。余裕が出てきたのはいいことだよな。
ちなみにその建築中の建物は運命の神を奉る小さな教会らしい。先に村人たちの生活に必要な施設を建てて欲しかったので、神託で教会は後回しでいいと促したが、どうしてもと村人に押し切られた。
運命の神を演じている身としては、優先順位が高くてうれしいのだけど、もっと自分たちのことを重視してくれよと心配になる。
現在、ゲーム《命運の村》の拠点となる村の総人口は六十七人。百人規模の村もそう遠くはないかもしれない。
割合は人間が四十三人。
エルフが二十二人。
獣人が二人。
となっている。村から現実世界に戻ってからも人口が増え続けた結果だ。
禁断の森にあるこの村は噂になっているらしい。
モンスターからの襲撃の心配はあるが、運命の神に祝福されて食料が豊富で生活環境も整っている、と。
まあ、その噂話を積極的に流してくれているのが、この村に通ってくれている行商人のドルドルドなんだけどな。
ドルドルドからの推薦でやってくる村人は人柄も重視されていて、尚且つ何かしらの技能を持っていたり、ガムズたちが以前住んでいた村の生き残りだったりするので、今のところ大きなもめごともなく村が順調に育っている。
「おっ、ディスティニーも興味津々だな」
PCデスクの上にちょこんと乗って、村の様子を一緒に覗き見しているのは金色のトカゲ。
ごつごつした鎧のような外皮をしているトカゲなのだが、よく見るとなんともいえない愛嬌がある。
今は俺と同じく果物を囓りながら鑑賞中だ。
名はディスティニーでトカゲの種類は……バジリスク。
この世界の生物ではなく、《命運の村》から送られてきた異世界の生物だったりする。 特技は毒のブレスと石化の視線。
これまでディスティニーの能力には何度助けられたことか。俺の頼れる同居人だ。
そんな彼が熱い視線を送っているのは村人……ではなく、一匹のトカゲ。
見た目はほぼ同じなのだが少しスリムで色が銀。
村にいる方のトカゲも同じくバジリスクで、実は《卵ガチャ》で手に入れた新入りのトカゲだったりする。
《卵ガチャ》は月一回無料でやれて、それで当てた卵から孵化した。
村に滞在中と帰ってきてから合計三回ガチャをしたが、他の二回は魚卵と鶏の卵が出たんだよな。
鶏は毎日卵を産んでそこから育ったヒヨコから鶏が増え、今では十羽を超えた。
雌鶏だったのはよろこばしいことだけど、つがいになる雄鶏がいないのに卵を産めるんだな。
鶏たちは村に卵を提供してくれる貴重な家畜として働いている。
もう一つの卵である魚卵はどうしようもないので、近くの川にキャロルが放流した。……立派に育ってくれているといいが。
ディスティニーは俺と一緒にこちらの世界に戻ってきたが、代わりのバジリスクがいるので村の戦力的には何も変わらない。ちなみに《使い魔》設定にしたのでこちらの操作に従ってくれる。
名前はキャロルが命名して……ゴチュピチュと言うらしい。
体がゴツゴツしてかわいらしいから、だそうだ。馬の時も思ったがネーミングセンスが壊滅している。
その名を聞いたディスティニーが俺とキャロルを交互に見て、胸を撫で下ろしていたのが印象的だったな。
村の方はそんな感じでかなり順調だ。不安だった《邪神の誘惑》もこの二回は大人しい。戦力が整ってきたのもあるが前回と比べても楽な戦いだった。
邪神側のプレイヤーがこの村をあきらめてくれたのなら助かるけど……警戒は継続しておこう。
一息ついてから椅子から立ち上がり柔軟をする。
ずっと座っているってのも結構疲れる。デスク脇の時計を確認するともう夕方か。
……あっ、仕事の準備しないと!
慌てて作業着に着替えて、財布をポケットに放り込む。
一階に駆け下りると、母が俺の分の料理だけを食卓に並べていた。
「やっと下りてきたのね。呼びに行こうかと思っていたわよ」
「大丈夫。思い出したから」
苦笑いしている母に言葉を返す俺。
一般家庭の当たり前の光景。……そう見えるが数ヶ月前からは予想も出来ない進歩だったりする。
あのゲーム《命運の村》に出会うまでは、三十路の引きこもりニートだった俺。
それが今ではバイトとはいえ清掃業で働くようになっている。
家族との絆は急速に修復されていき、昔のように……とまではいかないが、ニート時代とは雲泥の差がある。
「今日はどこの仕事なの?」
「新しい現場らしいよ。最近建ったばかりのビルだって社長が言ってた」
「そうなんだ。じゃあ、向こうの人に気に入られるように綺麗に掃除しないと」
「だね。ごちそうさま、行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
仕事に行くことを伝え「いってらっしゃい」と言われるうれしさ。
ニート時代は『働くヤツはバカだ』とネットに書き込んでる人を見て、同意したこともあったが、実際に働いてみると口が裂けてもそんなことは言えない。
家を出て目の前の畑と田んぼを眺めながら道路脇で待っていると、一台のワゴンが停車した。
「おいっす。待ったか?」
窓ガラスを下げて声を掛けてきたのは、山で猟師をしている方が似合いそうな風貌の社長。
「いえ、今家を出たところでした」
ワゴンの扉を開けて乗り込むと、既に二人の社員が座っていた。
岬さんと山本さん。
山本さんは清掃の仕事だけではなく、《命運の村》でも関わりがあったのだが、今はその記憶を失っている。
「三月の山場を越えて、しばらくはのんびり出来そうだな」
いつものように山本さんが気軽に話を振ってくる。
コミュ障の俺にはとてもありがたい相手だ。
「そうですね。ほんと、三月は仕事忙しかったですから」
思い出しただけでゾッとする。三月はどこも四月に新入社員を迎え入れるので、少しでも社内を綺麗にしようと、清掃の依頼が重なってしまう。一日三件現場を回るなんてのも珍しくなく、バイトの俺ですらフル稼働していた。
「三月はみんな助かったぞ。その分、金は期待してくれ」
社長の耳にも届いていたようで、運転しながらそんなことを言っている。
「この時期は臨時ボーナス出るんだよ。バイトの良夫にも出るから安心しろよ」
バイトにまで出してくれるのか。三月や年末の仕事は忙しいが、人間関係や給与形態はしっかりしていて、尚且つバイトのシフトの都合も付けやすい。
もしかして、噂に聞くホワイト企業というやつではないだろうか。ブラックで働いた経験がないので比べられないけど。
村も順調、仕事の方も順調と言っていい。こんな毎日が続けばいいな。
車窓の外を眺めながら、ワゴンは俺達を乗せて目的地へと向かっていた。
皆様お待たせしました。四章の始まりです。
二日に一回のペースで投稿する予定ですので、よろしくお願いします。
あと、四章は既に最後まで書き上がっていますので、途中で投稿が滞る心配はございません。ご安心ください




