エピローグ
闇が晴れると、そこはベンチの上だった。
辺りを見回すと見覚えのある光景が広がっている。
大きなガラス窓の向こうには巨大なフェリー。待合室のようなロビーには多くの人が行き交っている。
鼻につく潮の香りがするのは、そこが海だから。
電光掲示板を確認すると北海道行きのフェリーが何時に出発するか表示されている。
「北海道じゃなくて、地元なのか」
隣の席には北海道旅行に持って行った鞄。
着ているコートのポケットに手を突っ込むと、そこにはスマホがあった。
時間と日にちを確認すると、二月一日。
つまり《邪神の誘惑》が終わって北海道からここまで戻ってきたところ、ということになる。
旅行鞄の隣には北海道土産が入った紙袋がある。買った覚えはないが、神様が気を利かせて持たせてくれたのだろう。
この一ヶ月近くは夢のような日々だった。
ゲームだと思っていた村が実在して、そこで一緒に暮らした。こんなの他の人に話したら正気を疑われてしまう。
でも、事実なのだ。
スマホの《命運の村》アプリを起動させると、村人が襲撃でボロボロになった村の柵を復旧中だった。
神像は村の外から中へと運び終わっているようだ。
俺がいなくなったことに不信感を持っているかもしれないので、あとで神託で告げないとな。
共同生活は終わってしまったが、こうしてゲーム内でまた会える。まだ、彼らとの繋がりは切れていない。
石像だった神像は木製に戻っていて、新しい祭壇が設けられている。
作業の手を休めて村人たちが祭壇に貢ぎ物を置いてくれているな。
俺が村にいるときも貢ぎ物をやってくれていたので、俺や家族が好きな物を無理しない程度に送ってもらっていた。
今日は何を送ってくれるのだろうか。
村人たちが果物を祭壇に並べ、みんなが揃って祈るシーンを眺めながら微笑む。
いつものように光を発して貢ぎ物が消える直前――何かが貢ぎ物を弾き飛ばしたかのように見えた。
光が消えると果物が地面に散らばっていて、祭壇の上には何もない。
「何だったんだ今のは。ちょっと、引っ張るなって」
俺の隣の席にちょこんと座って服を引っ張っているトカゲ。
またお腹空いてい、る、の……あああん⁉
「お、お、お前……」
異世界に残っているはずのディスティニーが上目遣いでこっちを見ている。
さっきの貢ぎ物を押しのけたのは、こいつだったのか。
神様が人間を送れないようにするとか言ってなかったか? いや、待てよ。……人間臭い行動が目立つが、お前はトカゲだったな。
「来ちまったのか。仕方のないヤツだ……またよろしくな、相棒」
俺が手を伸ばすと指をがっちりと掴んでくれた。
現実は異世界よりも理不尽なことが多いかもしれない。
命の危機にまた遭遇する羽目になるかもしれない。
また引きこもりたくなるような目に遭遇するかもしれない。
村に戻りたいと思う日がくるかもしれない。
でもそんなのは誰だって生きていれば、あり得る話なのだ。
画面の向こうでは今日も村人たちが忙しそうに働いている。
「俺も働かないとな」
ディスティニーにはお土産用の予備の紙袋に入ってもらい席を立つ。
まずは社長にお土産を渡して謝って、家族にお土産を渡して謝って、精華にお土産を渡して告……まあ、それは誠意努力だ。
自分で選んだ道なのだ、もう二度と立ち止まらずに歩み続けよう。
ゆっくりでも迷ってもいい、道を間違えたっていい。暗闇の道でも前に進むことをやめなければ……道の先に素晴らしい景色が広がっているかもしれないのだから。
これにて三章終了となります。
一章から三章までを一塊の物語としてプロットを組み立てていましたので、第一部完といったところでしょうか。作品についての語りは活動報告の方で書きますので、興味のある方はそちらも覗いてください。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。
四章からの展開もある程度はまとまっていますが、少し時間が掛かるかもしれません。
その日が来たら、またよろしくお願いします。




