村と俺と
スマホで神像を操りながら同時に俺も走って行く。さっきから怒号と破壊音が響いてくる地点へと。
壊された柵がある地点でガムズたちが戦っている。
近くにあった物見櫓が一つ倒壊しているが、見える範囲に動けなくなっている村人はいない。
戦闘部隊は全員が健在で今も戦闘を続行中だ。
少し離れた後方では傷ついたエルフの一人を癒やすチェムがいる。
俺は彼らの前には出て行かず物陰に隠れながら神像を操作することにした。従者が操っているより、神が降臨したと思わせた方が士気も上がるだろう。
スマホを覗き込むとそこには神像視点の映像が映る。
「これなら隠れたままで操作できるな」
戦場はこちら側が不利で崩壊した柵付近をどうにか死守しているが、それも時間の問題にしか見えないのが現状。
画面をタップしてゴーレムを起動すると、近くに置いてあった予備の武器を拾って神像を突っ込ませる。
「踏ん張れ! ここを抜けられたらおしまいだ!」
奮い立たせようと鼓舞しているガムズの前に神像が滑り込むと、襲いかかろうとしていた黒犬を右の剣、猛猪を左の剣で両断する。
「運命の神!」
ガムズらしからぬ歓喜の叫びを聞いて、傷だらけの村人たちの顔に生気が戻る。
よく頑張ってくれた。後は任せてくれよ。
神像は話せないので右手の剣を掲げてアピールしておく。
そのまま穴の外へと飛び出すと、目の前には無数の魔物の群れ。
黒犬、緑子鬼、猛猪、単眼赤鬼までいるのか。それにライオンにコウモリの翼が生えたような魔獣や、岩が集まって人型となったゴーレムらしきモンスターまでいる。
見慣れたモンスターは少々取りこぼしても、ガムズたちに任せておけば安心だ。俺がメインで狩るのは大物と知らないモンスターだ。
一番近くにいたターゲットが単眼赤鬼だったので、一直線で駆けていく。
緑子鬼が群れをなして進路方向を遮ったので切り捨てながら、走る速度は落とさない。
血煙が舞う中、単眼赤鬼に近接する。
この速度で迫られるとは思ってもいなかったのか、慌てて武器を構えるが……遅い!
悪目立ちしている巨大な目玉に切っ先を埋めると、引き抜くのではなく上に振るう。
頭蓋骨があるはずなのにあっさりと切り裂き、剣が飛び出てきた。
前に操ったときも木像とは思えない強力に驚かされたが、明らかに前よりパワーアップしている。これはレベル2に上がった影響なのか、それとも石になった効果なのか。
どちらにしろ俺には好都合だ。
単眼赤鬼が倒されたことに動揺が走ったのか、モンスターたちの動きが止まる。
その隙を見逃してやる義理はないので次に狙いを定めると、またも一直線に突っ込んでいく。
目の前の邪魔なモンスターは雑草を刈るように切り裂き、ライオンもどきの前へと滑り込んだ。剣を振るうが間一髪で上空へと飛んで逃げやがった。
飛行されると村に被害が及びかねない。
足下に転がっていた緑子鬼の死体を掴むと、上空へと投げつける。
飛び立ったばかりで避ける余裕がなく、見事に命中すると絡み合いながら地面へと墜落した。起き上がる間も与えずに首をはねておく。
大物を仕留めたがモンスターはまだまだいる。全部やるのは骨が折れそうだが、やるしかないよな!
あれから何匹倒したのか。
石像の手にあった剣は既になく、今はモンスターが使っていた棍棒や素手で対処している。石像だけあって素手でもかなりの破壊力を有していて、一撃で相手の頭を粉砕する威力があった。
戦い始めは晴天だったが、今はかなりの雨に打たれている。
村を囲う柵の外側はちょっとした窪地になっているので、そこに水がたまりお世辞にも足場の状態は良くない。
だが、石像の怪力と石の体が水をはじくので問題はほとんどない。むしろ、モンスター側の方が戦いづらそうだ。
このまま時間さえ掛ければ勝つのはこちらだろう。
だが、敵は俺から少し距離を置いて逃げてばかりで積極的に戦おうとしない。
俺が追うと村へ入り込もうとするので、柵から一定の距離以上離れられずじり貧な状況になってしまっている。
「運命ポイントがなくなるのを待つつもりか……」
敵の狙いは明確だ。勝てないのであれば時間切れを待てばいい。
潤沢にあったはずの運命ポイントは見る見るうちに減っていき、あと五分持つかどうか。
モンスターは見える範囲だけでも残り、五十……それ以上はいる。
大物とゴーレム系は全て倒したが、残った敵を満身創痍の村人たちが対応できるとは思えない。
時間の許す限りモンスターを少しでも倒し、一緒に村を守るしかないと思われたが、
「持ってきました!」
破壊された柵の切れ目から飛び出してきた村人の声を聞いて、口元に笑みが浮かぶ。
非戦闘員の村人が総出で運んできたのは一本の長い長い、数メートルある金属の棒。
俺は石像を操作して村人たちに駆け寄ると、その金属の棒を受け取り再び奴らの前に飛び出した。
いくら石像が怪力でもこの重量を手に今までの機敏な動きは不可能。振り回すとしても範囲外に逃げられてしまえばおしまい。
それをモンスター側も理解しているのか、嘲るような笑みを浮かべている。
肩に担いでいた金属の棒を地面に突き刺すと、石像が拳を掲げた。
俺が視線を逸らすと同時にスマホの画面が白に染まり、鼓膜を激しく震わせる轟音が鳴り響く。
村の奥へと避難していた村人たちが耳を押さえてうずくまっている。
叫んでいるようだが落雷の音にかき消されて何も聞こえない。
光も音も消えると、静寂だけがあった。
村人たちが立ち上がると、全員がゆっくりと柵に開いた大穴へと歩み寄る。
俺もスマホをポケットに戻して、彼らの後を追う。
柵の向こう側に広がる光景を見て、思わず息を呑んだ。
豪雨がやみ上空から降り注ぐ太陽の光に晒されているのは、一体の神像。
地面に転がるのは無数のモンスターの死体。全てが黒焦げで煙が立ち昇っていた。
村人たちが神像に駆け寄ると、泥で汚れるのもいとわずに両膝を突き神への感謝の言葉を口にする。
金属の棒を槍のように掲げ雄々しく立つ神像を取り囲み、祈りを捧げる村人の光景はまるで一枚の宗教画のようだ。
「良かった……」
俺は感動よりもどっと疲労が押し寄せて、立っているのも精一杯だったので柵に背中を預けることにした。
スマホを確認すると《邪神の誘惑 終了。本日はもう敵の襲撃はありません》の文字。
終わった。やった……守り切れたんだ。
ゆっくりと強く拳を握りしめ、天を仰ぐ。
何も知らなければ、それこそ奇跡が起こって助かったように見えるのだろう。でもこの豪雨も雷も偶然なんかじゃない。
俺が《天候操作》でやったことだ。
まず村の外にだけ雨を降らし、モンスターと辺りを水浸しにする。
そして俺が三週間前から村人と共に制作していた避雷針を設置。天候を《雷雨》にして範囲を絞り雷を落として一網打尽とした。
今回の戦いは今までの総決算。俺の行使できる奇跡《ゴーレム操作》《天候操作》をフルに活用して、自分にしかできない戦い方を模索した結果がこれだ。
「やり遂げた。やればできるじゃないか、こんな俺でも」
今日を乗り越えたことで、少し、自分に自信が持てた気がする。
まだ神に感謝している村人たちに歩み寄り、共に今日の苦労をねぎらおうと踏み出した足を見て愕然となる。
つま先から足首辺りまでが半透明となって、地面が透けて見えた。
「そっか……。終わったもんな」
約束の期限が来たようだ。
神に《邪神の誘惑》までここにいさせて欲しいと頼んだのだ。それが終わったのだから当然のこと。
あの輪に入ってもう一度みんなと笑い合いたかったが、そこまで望むのは贅沢な話か。
村人たちに向かって伸ばした手はもう肘辺りまで消えかかっている。
元の世界に戻って、またプレイヤーとゲームのキャラという関係に戻るだけ。
寂しいけど、これでいいんだ。
俺はもう現実から逃げないと決めたのだから。また遠くから見守る立場になってしまうが、心から村の幸せを祈っているよ。
「課金もできるように仕事も頑張るからさ、みんな元気で」
村人を眺めながらこの体が完全に消えるのを待っていると、視界の下の方に何かが見えた。
視線を落とすとディスティニーがぴょんぴょん跳ねている。
俺と視線が合うと跳ねるのをやめて、じっとこっちを見た。
「色々と世話になったな。今日まで本当に楽しかったよ……相棒」
俺が屈んで拳を突き出すと、消えかかっている拳に小さな前足をぶつけた。
するとディスティニーは大きな目からボロボロと涙をこぼした。
泣くのはずるいぞ。俺だって……我慢していたのに。
もう触れることはできないが、ディスティニーを抱きしめるように覆い被さる。
「ありがとう。本当にありがとうな……。元気に暮らすんだぞ、変なもん食べるなよ? 村人と仲良くするように。あと、あと……」
声に詰まって言葉にならない。
最後に見た顔は、トカゲなのに泣きながら笑っているように見えた。
白い光の中を浮かんでいる。
自分以外は何も存在しない空間。
まるで羽毛の上に全身を投げ出しているかのような心地の良い浮遊感。
『良夫君、異世界はどうだったかい』
突如響く声に驚きはしない。昨年末から今日までの経験でいい加減耐性がついた。
この程度なら平然と受け入れられる。
「運命の神様ですよね。ありがとうございました。とても、楽しい日々でした」
それは心からの言葉だ。
日本と違って不便な点はいくつもあったが、それを差し引いても充実した日々だったと胸を張って言える。
『そっか、それは何よりだよ。異世界に渡ると大半の人は元の世界に戻りたがらないんだけどね。君は違ったようだ』
「以前の自分なら戻らなかったと思います。でも今は違う。まだやり残したことも、やるべきことも山積みですから。それに待ってくれている人もいますし」
今まで散々世話になっておいて、全てを捨てて異世界に逃げるなんて不義理な真似はできない。
俺の戦うべき場所は異世界じゃない。元の世界だ。
これから何度も異世界から戻ったことを悔やむ日があるかもしれない。でも、それでも、この選択をした自分を誇りたい。
逃げ続けていた男が逃げないことを選んだのだから。
『村人たちに実際に触れてみた感想は?』
「もう、村づくりゲームのNPCとして扱えませんよ。俺と同じ生身の人間としか思えませんから」
『それが聞けて良かったよ。これからも村人たちをよろしく頼むね』
「はい! 本当にありがとうございました。……あと、車の運転も。世渡さん」
今思えば不思議な点はいくつもあった。あの状況下で彼女を疑う気が起こらずに信用していたこと。
スマホで現在地を確認していたはずなのに、気づかずに直ぐ近くまで接近されたこと等々。
『あれー、バレてたのか。ふふっ』
ちょっと嬉しそうな声を最後に今度は視界が黒一色に染まる。
でも嫌な感じはしない。むしろ落ち着く。
闇の中でふと思い出したのはチェムから聞いた運命の神についての話。
「運命の神は最も人に近い神と言われています。こそっと人間界に下りて人々と暮らしたりもするそうですよ。人との間に子を成した、なんて物語もあるぐらいですから。運命の神は誰よりも人を愛し慈しみ、困った者がいればそっと手を差し伸べ、共に笑い共に泣く人間味のあるお方です」
そんな神に偶然なのかどうなのかはわからないが選んでもらえたのだ。
恥を掻かせるような真似はできない……よな。




