三度目の襲撃と共に挑む俺
スマホのアラームが鳴っている。
たった三時間程度だったが頭がスッキリしていた。
時間を確認すると深夜0時。《邪神の誘惑》の日がやってきたのか。
今までは二度とも日が昇ってから初めての襲撃があったが、今回は相手もこっちの実力を承知した上で仕掛けてくる。
不意を突くために深夜や早朝の襲撃があってもおかしくはない。
ここに住むようになってから譲り受けた服から、北海道旅行で着ていた服に着替える。「やっぱり、こっちの方が落ち着くな」
神の従者を演じる最終日だ、形からしっかり入ろう。
テントで同居している神像には頭から大きな布を被せる。決戦の瞬間まで破損しないように少しでも保護しておかないと。
テントを出て深夜の村をぶらつく。
物見櫓の上には夜行性のカン、ランがいるので見張りは任せておいて大丈夫だろう。
他にも念のために、村の新入りである若い男性三人が一組となって巡回している。
この三週間で全員の顔と名前は完全に把握しているので、歩み寄り声を掛けた。
「ご苦労様です」
「従者様! このような夜更けにどうされたのですか」
「あの日ですからね、少々気持ちが高ぶってしまい眠れずに散歩を」
恥ずかしそうに頭を掻いておく。
こういう普通の人っぽいアピールも大事で、完璧に振る舞うより親しみのあるキャラを演じた方が向こうも話しやすくなる。……と《部下に好かれる上司の立ち振る舞い講座》ってサイトに書いてあった。
「皆さんもご無理なさらないように」
「「「ありがとうございます!」」」
全員が見事にハモったな。
一礼して彼らは柵の方へと向かっていった。
邪神の誘惑の襲撃が開始されると、スマホから音が鳴り響くのでこんなに警戒しなくてもいいのだが、PC前と現場では心の持ちようが違う。
実際に迫る危機感と村人の緊張。それが肌にひしひしと伝わってくる。
とはいえ、することもないので誰もいない炊事場を借りて夜食でも作ることにした。
この場所は村が一望できるので、自分がいたテントの入り口もよく見える。あの中ではまだディスティニーが熟睡しているはずだ。
米を炊いて炒飯もどきを作っておにぎりにすると、カン、ラン、そして見回りの三人に手渡しておいた。
この村の戦闘員はガムズ、ムルス、カン、ラン、エルフ五名、村の新入り五名の総勢十四名。
以前と比べて戦力が倍増どころか三倍以上だ。
エルフは人間と身長は変わらないがかなり細身で、それこそ緑小鬼よりも身長は高いのに手足が細い。
人間の深夜の見回りに参加してなかった残りの二人は結構体格のいい方だ。横も縦もそれなりにある。
初期メンバーの五人とムルスだけだったときは、この世界の住民は全員美形だと思い込んでいたが、新入りの人々はそうではなかった。
……俺だけが肩身の狭い思いをしないで済んで、ほっとしたのはここだけの秘密だ。
特にすることもなくなり、スマホをいじって充電がゼロになっては元も子もないのでぼーっと夜空を眺める。
北海道の夜空も綺麗だったが、こっちはもうワンランク上だな。
満天の星空というのはこのためにある言葉だ。今日で見納めなので目に焼き付けておこう。
日が昇り朝を迎えるとテントや住居から村人たちが出てきた。
あまりに暇すぎて勢いで朝食の下準備も終えていたので、直ぐに皆でご飯を食べて襲撃に備える。
一旦、テントに戻ろうとしたタイミングでスマホからサイレンが鳴り響く。
画面を確認すると、
《邪神の誘惑開始!》
と表示されていた。
「始まったかっ!」
「皆さん、モンスターの襲撃です! 戦えない人は室内に避難してください!」
物見櫓に立っているチェムが大声を張り上げている。
武器を持っていない人々が一斉に家の中へと飛び込んでいく。
俺は四つある物見櫓の内の一つに上り、柵の向こうを見下ろした。
黒犬が……二十匹以上!
一回目にしては多いが、この数なら。
風を切る音がしたかと思えば、無数の矢が黒犬に向かって降り注ぐ。
矢は狙いを違わず黒犬に突き刺さり、次々と倒れていった。
撃ったのはムルスたちエルフ組で、その矢の命中率と威力には目を見張る物がある。
結局、黒犬は一匹たりとも柵に触れることもできずに息絶えた。
「圧巻だな」
矢はカンとランが大量生産してくれたので潤沢にある。
それとエルフの弓の腕があれば、あの程度の敵は何の問題もない。
更に三十分後。
黒犬の数が三十以上に増えたが、やっぱり矢だけで殲滅できた。
三十分、一時間、一時間半、二時間。
昼を挟んだがまだ襲撃はない。
この展開は嫌でも二回目の襲撃を思い出してしまう。
あの時は直接妨害をしてきたから対応ができなかった。だが、今回は村にいるのだから手の出しようがない……はずだ。
「じゃあ、単純に戦力を温存して一気に攻めるパターンか?」
あれだけちょっかい出してきたサラリーマン……名前なんだっけ。茶畑……羽畑だったか? そんな感じの名前のあいつが正攻法でくるとは考えにくい。
スマホを取り出して、村を上空から見下ろした画面をチェックした。
何度かこうやって村全体を見回すのが癖になっているな。
村人は今何を……柵の外に何かいるぞ。
かなり上空から覗き見していたので森の様子も見えていたのが幸いして、少し離れた場所の森に何かが見えた。
物見櫓からは木々が邪魔で見えていないようだけど、上からなら問題なく見える。
正確な数は確認できないが相当数いる。
「ムルスさん! 森の奥の方に何かいるようです!」
俺が大声を張り上げて、一番近くの物見櫓の上にいたムルスに呼びかける。
額に手を当てて目を細め遠くを凝視している。
直ぐに訝しげな表情から驚愕へと変わり、天井から吊り下がっている鐘を激しく鳴らす。
「敵襲! 大群がこちらに押し寄せてくる! 全員警戒態勢を!」
戦闘員が一斉に物見櫓や柵の近くに集まる。
エルフは全員弓を構え、ガムズは村の若者に槍を配り、柵を乗り越えられたときの準備中。
そして、このタイミングで《邪神の誘惑 最後の襲撃‼》の文字がスマホに。
俺はそれを確認すると一人、自分のテントへ向かう。
テントの入り口には二人の村人がいて、丁度俺のテントに入ろうとしているところだった。
「おや、私を呼びに来てくれたのですか?」
背後から声を掛けると、二人は飛び上がりそうになるぐらい驚いている。
「従者様。……え、ええ、そうなのですよ。大規模モンスターの襲撃をお知らせに」
「そうですか。でもおかしいですね。そもそも襲撃を知らせたのは私ですよ? もしかして、私の声が届きませんでしたか」
俺が首を傾げて、眉根を寄せる。
「そうだったのですか。申し訳ありません、聞こえ――」
「ところで何故、お二人は昼間だというのに火の付いた松明を? その手にしている水袋の中身は何ですか? もしかして……油とか」
すっと目を細めて二人を睨むと、村人たちは顔を見合わせてから剣を抜く。
「いつから気づいた俺たちに」
村で何度か言葉を交わしたときは大人しいイメージの好青年だったが、今はその面影はどこにもなく、鋭い目つきで俺を睨んでいる。
「初めからですよ」
とは言ってみたが、この二人の怪しさに気づいたのは今日、というかついさっきだ。
運営とスマホ越しに言葉を交わしたあの日。通話を切る直前、俺はあることを訊ねた。
「邪神側というのはモンスターだけなのですか。人間の信者は存在しないのでしょうか?」
と。結論は少数だが人間の信者も存在する、とのことだった。
そこで考えられるのは、邪神側の信者を村に潜り込ませて内部から崩すという戦略。
戦略としては基本中の基本だ。やらない理由がない。
じゃあ、村に潜り込ませた信者に何をやらせるのが効果的か。
主要人物を暗殺、というのも考えたが腕利きのガムズを襲うのは危険を伴う。他の人を狙って生き残りに警戒されては元も子もない。
そこで考えついたのが、俺の奇跡を向こうが把握しているという状況だ。
となると切り札である《ゴーレム操作》を妨害できれば、勝利する可能性が格段に上がる、と考えないか。いっそのこと木製の像を燃やせば、村人も動揺して容易に村を堕とせる、と。
火を放つのは戦略ゲームの基本中の基本。ついでに村にまで火が回れば邪神側としては一挙両得となる。
それを危惧して警戒を怠らなかった結果、今に至るというわけだ。
「ところで、あなたたち……本物の村人はどうしましたか?」
新たな村人は全員ロディスたちの住んでいた村人か、ムルスの村のエルフ。全員が顔見知りだった。なのに偶然この村を襲う邪神の信者だった、というのはあまりにも無理がある。
別人が入れ替わったと考えるべきだろう。
そして、幻覚で体を包み別人になることができる奇跡を発動可能なプレイヤーを俺は知っている。
「そこまでバレてんのか」
俺の知っている村人の姿が消え、代わりに黒いローブを着た見知らぬ男が二人。
こいつらが邪神側の信者か。いかにもって服装だな。
「これも初めから見抜いていたというのか」
「もちろん」
有能だと誤解させるために、堂々と嘘を吐く。
気づけたのは以前その奇跡を目の当たりにしたからだ。幻覚でコーティングする場合、実体よりも小さいものはカバーできない。
大人一人をすっぽりと包み込めるぐらい体格のいい村人となるとこの二人ぐらい。
更に言うなら深夜の見回りをしていた三人の村人には、夜食を手渡しする際に幻覚かどうか至近距離で確認しておいた。
こちらの奇跡を知られているように、俺だって羽畑の奇跡は目にしている。手口がバレているのはお互い様だ。
俺がこんなやり取りをしている間に、後方からは激突音やモンスターの雄叫びが響いてくる。
本格的な戦闘が始まったようだ。こっちに時間を掛けている場合じゃない。
「まあ、知られていたところで、ここであなたを葬れば済む話ですね。従者様は人間と変わらぬ身体能力しかないと、神が教えてくださいました」
ローブの中からくねくねと波打つように歪に曲がった短剣を取り出す。
「それに少し遅かったようですよ。もう油はテントに撒き終わっています。なのでこうやって、火を放てば」
俺が止める間もなく松明を後ろに投げ捨てると、テントに落ちた。
一気にテントが燃え上がり、巨大な火柱が立ち上がる。
「これで像さえ燃やしてしまえば、あの襲撃を抑え込む術はありませんよね」
勝ち誇っている信者を無視してスマホを取り出して操作する。
「おやおや、そのような板を取り出していったい、ごっ」
鈍い音が二度響くと、信者の二人がうつ伏せに地面へ倒れた。
その背後には炎をバックに立つ、神の像。
不謹慎かもしれないが、このシチュエーション燃えるな。
あの炎の中から出てきたというのに、像が燃えていないのには理由がある。
俺のコートの中からひょこっと顔を出した、今回の功労者の頭を撫でた。
「ありがとうな、ディスティニー。お前には頼りっぱなしだ」
そう。石化の力であらかじめ木の像を石に変えてもらっていたのだ。
石像となってしまえば燃やされる心配もない。なので、俺はこの状況下でも余裕を保っていられた。
肉体労働の面ではろくに役に立てなかったが、考える時間は山ほどあった。そのおかげでなんとか相手の考えを先読みすることができたようだ。
と、のんきに構えている場合じゃない。石像を操って周りに火が移らないようにテントを崩し消火する。
俺のプライバシーを尊重して、他の建物から少し離れた場所に建ててくれたので延焼の心配はなさそうだ。
「よっし、じゃあ、今度こそ……村を助けるぞ!」
あとはモンスターを蹴散らすのみだ。もう、誰にも邪魔されずに、この手で、この手で救ってみせる!




