邪神の誘惑前日の俺
「俺はこの村に……残ります」
運営である神に向けて、決断を口にする。
『そうなんだ、うん、わかったよ。良夫君は正式に異世界の住民――』
「いや、ちょっと待って。話は最後まで聞いてください。残りますが、邪神の誘惑が終わるまでこっちにいて、終わったら戻るというのはできませんか?」
『できるけど、それなら始まる前に日本に戻って指示した方が安全だよ?』
「村人たちがこれから苦難に直面するというのに俺だけ逃げるわけにはいきません。ここで逃げて安全な場所から偉そうに指示するなんて……格好悪いじゃないですか」
今まで散々、格好悪い生き様を晒してきた。
虚勢でも見栄でもいいじゃないか。ここでは運命の神(仮)なのだから!
『そっかー。僕はね正直言えば異世界に残るを選択するって思ってたんだよ。ここなら奇跡を活用して神の従者を語れば、ハーレムだって夢じゃない。残るのを選んだら、チート能力の一つぐらい授けてあげるよ?』
「……そんな、心が揺らぎそうな誘惑やめてください。でも、お断りします」
『あはははは。良夫君、いい男になったじゃないか。いや……まだ途中かな。それでも、初めてゲームをした頃から比べたら見違えたよ』
まるで俺をずっと見てきたかのような発言だ。
「こっちが見えていたのですか?」
『そりゃね。良夫君だって村人を覗き見しているでしょ? それと同じことぐらいできるさ、神だもの』
「あの……ちょっとした疑問なのですが、プライベートな時も見ているので?」
『……ノーコメントだよ』
軽い冗談で言ってみただけなのだが、少し間があったのが気になる。
『では、神らしいことも言っておかないとね。汝の望み叶えよう。邪神の誘惑が終わりを告げたその時、汝は日本へと戻ることになる』
声色を変えて語る運営は、確かに神のようだった。
「わがままを聞いていただき、ありがとうございます」
『こんなわがままなら大歓迎だよ。君をプレイヤーに選んで間違いなかったみたいだね』
「そういえば、前々から疑問だったのですがプレイヤーを選ぶ基準ってあるのですか?」
『一応はね。まあ、それは企業秘密だけどさ。いずれ良夫君がこのゲーム屈指のプレイヤーに成長したら教えられるかもしれないよ。じゃあ、明後日の襲撃……ちゃんと生き延びるんだよ』
「はい。やれるだけやります。あっ、それともう一つだけ聞きたいことが。邪神側についてなのですが――」
通話が終わると同時に全身の力が抜ける。
無事会話を終えられたか。気軽に話してくれたとはいえ、相手は神。
ただの人間である俺は会話するだけでも、かなりの精神力を削られる。
「これで逃げ道は完全に無くなった。……やるしかないな!」
俺は追い詰められないと力が発揮できないタイプなのは立証されている。
プレイヤー二人に襲われるという以前にも増して危機的状況。
本気で村を救い生き延びるためには、自分自身を追い込まなければならない。
「もう、油断は無しだ。敵のプレイヤーの一人とは会話も交わしている。何も知らない状況じゃない」
慎重でありながら大胆なところもある人だった。
裏工作や他人を巻き込むことにもためらいはない。
日本では警察の目があるので無謀なことはできなかったが、ここならその枷は存在しない。なんだってやってくるだろう。
「ちょっと相談してくるか」
夜だがまだ寝るには早い時間なので、ある人物の家を訪問して俺の考えを話した。
《邪神の誘惑》前日。
事前の準備は終わっているので細かいチェックが今日の仕事内容だ。
ガムズとムルス、そしてエルフの面々は協力して周囲の探索をしている。
村では今朝やって来たドルドルドから物資を買い取っていた。
「このような日に無理されたのでは?」
「明日はあの日ですからね。今日の昼頃にここを発てば問題ありませんよ。それに、私はこの村に期待をして高額の出資もしております。滅んでしまっては大損なのですよ」
ロディスの問いにそう返して、ふくよかな腹を叩きながら笑うドルドルド。
冗談交じりに言っているが本心も含まれているのだろう。決して悪い人ではないが、やり手の商人であるのも事実だから。
ちなみにドルドルドが今日訪れたのは、奇跡を事前に発動しておいたからだ。
「あなたがドルドルドさんですか。村人がお世話になっております」
俺はテレビで見た貴族の挨拶を真似て、できるだけ丁寧に一礼をする。
「おや、お初にお目に掛かります。どちら様でしょうか?」
一瞬笑みが崩れ、値踏みするような視線が全身を舐める。
「ドルドルドさん。この方は――」
「いいんですよ、ロディスさん。自己紹介しますね。私の名はヨシオと言います。この村を見守っている神の代わりに、この地に遣わされた従者です」
そう言って微笑む俺の肩にディスティニーが登り鎮座する。
神の従者っぽさを演出してくれたのか。気の利くヤツだ。
普通なら頭のおかしい人の発言。ドルドルドもそう取ったようで、珍しく引きつった笑みを浮かべて、ロディスを見る。
ゆっくりと頷くロディスを見て、顔面に大量の汗が浮き出た。
「知らぬとはいえ、とんだご無礼を!」
ずさっと後退り、頭を地面に擦りつけている。
「顔を上げてください。神の従者ではありますが、私は村人と対等ですよ。礼儀も必要ありません」
何週間もこのキャラを演じて少しは様になってきた優しい笑みを顔に装着して、ドルドルドの手を取り立たせる。
「村のために尽力していただき、本当にありがとうございます。神に代わり感謝の言葉を」
「め、滅相もございません!」
逆に恐縮させてしまったか。
でも、これって俺が神の従者っぽく見えるってことだよな。成長したもんだ。
「今後ともこの村のことをよろしく頼みますね。神の祝福をあなたに」
それっぽいことを言って、それっぽく祈ってみる。ちなみにこの祈りのポーズはチェムの見よう見まねだ。
俺を拝んではらはらと涙をこぼす、ドルドルド。
この村に来た当初もそうだったが、この反応はちょっと怖い。
日本とは違い神が実在して、その奇跡の恩恵を受けられる世界。過剰にも思える反応だが理解はできる。
「ドルドルドさん、商品を少し見せてもらっても構いませんか?」
「どうぞ、どうぞ! お好きな商品をお持ちください!」
勧められるがままに並べられた商品に目を通していく。少しでも明日の襲撃に使えるような物がないかと。
夕方になるとガムズとムルスたちも帰ってきたので、早めの夕食になったのだが今日の料理はほとんど俺が作った。
今日が彼らと一緒に食べる最後の夕食となる。これは俺が腕を振るうしかないだろ。
できあがった料理は喜んでもらえたようで、全員が満足した顔で食事を終えた。
ゆっくりと温泉に入り、全員が疲れを癒やしたところで村の集会場となっている巨大なテントに集合する。
「明日……日をまたぐと《邪神の誘惑》に入ります。皆さん、生き延びましょう!」
ロディスが強い口調で宣言すると、全員が「おーーうっ!」と応える。
この村の代表者は正式には決めていないが、この様子だとロディスが村長で決定だな。タイミングを見計らって神託で告げるとしよう。
「少しでも英気を養うべきですので、長々と話すのはやめます。ヨシオ様、何か一言いただいてもよろしいでしょうか?」
ロディスに話を振られて、すくっと立ち上がる。
この流れは予想済み。既にそれっぽい文言も一応は考えておいた。
「私から言えることは一つだけです。皆さん、共に生き延びましょう。神はあなた方をいつも見守っています。この村に神の祝福があらんことを!」
声を張って朗々と語ってみた。語るというほど長い文章ではないが、俺にはこれが精一杯だ。
それでも、村人たちは感動に目を潤ませて祈りを捧げている。
頭を下げて熱心に祈る村人の頭に触れて、その名を口にしていく。
全員の名を呼び終わると、顔を上げるように促して微笑みかけた。
解散してテントに戻ると、床に膝を突いて毛布に顔を突っ込んだ。
はっずかしいいいいいいっ‼
誰なんだよ今のは!
俺か? 俺なのか⁉
ああもう、従者に成りきろうと気合い入れて芝居したけど、もおおおおおおう!
羞恥が限界を超えて、もんどり打つ。
頑張ったよ、俺、頑張ったよ!
村人を励ますためにあんな恥ずかしい芝居をやりきった俺に感動した!
最後だからね! 最後だからやったんだからな!
自分自身に対してのフォローを並べ、ひとしきり悶えると少し落ち着いた。
「やるべきことは全てやれたよな。あとは明日……もう残り三時間もないのか」
スマホで時間を確認するともう夜の二十一時を越えていた。
少しでも眠ろうと寝転び毛布を被るが……興奮して眠れない。
上半身を起こして、今晩で最後になるテントの内部を見回してみる。
一ヶ月近くここで暮らしただけだけど、名残惜しいな。
テントの真ん中に立つ支柱代わりの丸太。
壁際には旅行鞄と木製のタンスが置いてある。こっちに来てからは村人たちと同じ服を着て、鞄の中には北海道旅行に着てきた服が畳んで入っている。
防寒着としてコートだけは上から着込んでいるので、村人たちもそれで俺を判断しているようだ。
俺の寝ている側に置かれている籠には丸まったディスティニーが入っていて、気持ちよさそうに眠っている。
他には丸太の横に並んでおいてある運命の神の像。
木彫りの運命の像は一代目よりも彫りが精密なのは、カンとランが手がけたからだ。
《ゴーレム操作》の際に動かす剣も二本添えてある。
スマホでゴーレムを操作する時は少し特殊で、画面の両端に矢印とボタンが表示されて、それをタップすることで操作する仕組みだ。
夜な夜な室内で奇跡を発動して、操作練習をしておいたので心配はない。
「ディスティニー。お前と夜を過ごすのも最後だな。一緒に寝るか?」
冗談交じりに毛布を上げて、中に入るか誘ってみる。
顔を上げて一瞥すると、面倒そうに首を振りまた丸まった。
だよなー。まあいいさ。明日は忙しくなるから、ゆっくり体を休めてくれ。
俺も寝転ぶと目を閉じる。眠れなくても、こうしているだけで少しは疲れが取れるだろう。
しばらくすると、体に重量を感じた。
うっすら目を開けると俺の胸の上でうつ伏せに寝転んでいる……ディスティニー。
「おやすみ」
その重みは不快じゃない。むしろ安心できて、少し眠れそうだ。




