迫るあの日とそこにいる俺
最近、村の様子がおかしい。
村人の表情に余裕がなく、空気もピリピリしている。
その理由はわかっている。今、村の中心にある一番大きなテントに呼ばれているが、そこで話し合いがあるはずだ。
俺がテントに入ると村人が既に全員集まっていて、中心部には初期メンバーである四人とムルスが机を囲んでいた。
他の村人とキャロルは壁際に座っていて傍聴する体勢のようだ。
話し合いは基本この五人と俺で進めるのか。
「お待ちしておりました、ヨシオ様」
チェムに促されるままに机の脇に立つ。
机の上には、この周辺の地図が描かれた大きな紙が置かれている。
「全員が集まったようなので、始めさせていただきます」
司会進行役はロディスがやるのか。
「今日の議題は、あと三日に迫ってきている《邪神の誘惑》についてです」
やっぱり、それか。
この《命運の村》を始めてから三度目の《邪神の誘惑》。その日が刻一刻と近づいている。
今まではPCの前に座って見守っていただけだが、まさか生身で参加する日が来るとは誰が想像できただろうか。
この場にいる全員の視線を一身に受け、平静を装って余裕の笑みを浮かべている……つもりだ。
実際は鼓動を抑えるのに必死で足下もおぼつかない。
注目されるのに慣れていないのもあるけど、それよりも三日後の脅威。
一度目、二度目共に簡単にはいかなかった。特に二度目の被害が甚大だったのは今更言うまでもない。
画面越しにでも伝わってきた危機感や恐怖。それを今度は実体験することになる。
……怖い。ストーカーや山本さんとのやり取りでも命の危機はあった。だけど実際のモンスターに対する恐怖はその比ではない。
一度、討伐メンバーに同行してモンスターとの戦いを近くで見物させてもらったのだが、本気の殺し合いの空気は俺の想像を遙かに超えていた。
息苦しくなるような緊張感。
飛び散る鮮やかな血よりも鉄分を含んだ濃厚な血の臭いが何よりもダメだった。
俺も武器を手に何か手伝えるのではないかと考えていたが、完全に腰が引けて立っているので精一杯だった。
あれよりもっと多くのモンスターが襲撃してくる。それを考えるだけで萎縮してしまう。
「……ヨシオ様、何かご意見はありますか?」
ロディスに問いかけられ、ハッとする。
冷静さを装うのに必死で話が上の空だった。
落ち着け、落ち着け。俺はこれでも運命の神の従者なのだから。
「すみません。今、神と交信できないかと意識を集中していて話を聞き逃してしまいました」
これが日本ならただの危ない人だが、ここでは怪しまれることすらない。
「神はなんと?」
「まだ、力が回復していないようで直接言葉を賜ることはできませんでした。ですが、安心してください。来たる日には神の助力を得られるそうですので」
俺の言葉を聞いてほっと安堵の息を吐く村人たち。
今の発言は詭弁ではない。実際にこの世界でも奇跡が行使できるか試してみたのだが、発動は可能だった。
新たに彫られた運命の神の像も《ゴーレム操作》で操れるのは確認済みだ。
万が一のためにスマホで操作する練習もしておいたので、そっちの心配もない。
村人が増えたことで毎日のポイント増加量が増え、更にキャロルを連れてきた日に大量のポイントをゲットできた。
課金をしなくても運命ポイントは十分にある。
「少し話が逸れてしまいますが、皆さんに伺いたいことがあります」
「なんでしょうか?」
突然、そんなことを口にした俺を訝しげに見つめる村人たち。
運命ポイントを消費して村を守ることにためらいは微塵もないが、前々から気になっていたことがあった。全員が集まっているこの機会に質問させてもらおう。
「ここは二度《邪神の誘惑》により襲撃を受けています。決して安全な場所とは言えません。他の場所に移ろうとは思わないのですか?」
以前は移動手段がなかったのと、神の祝福を得たから居続けるという話だったが、その頃とは状況が違う。
一度滅びかけたこの村に執着する必要はないはずだ。
「私たち夫婦はキャロルが戻ってくるまで、ここで暮らすことに決めました」
「この子がきっと帰ってきてくれると、信じていましたから」
駆け寄ってきたキャロルを抱きしめ、ロディス夫婦が見つめ合い頷く。
「私も兄も同じ気持ちで、ここに残ることを決めました」
「そうだな。付け加えるとすれば……洞窟を爆破して再び移動手段も何もかも失ったところに、ドルドルドさんがやって来て物資と新たな村人が増えたので、やっていけると判断しました」
初期メンバーはみんなキャロルを待っていたのか。
「我々は村が滅び、住む場所を求めて各地を渡り歩いているときに、神の祝福を与えられた村があるとドルドルドさんに教えてもらって、この地にやって来ました」
壁際にいた新入りの若者が発言をする。
「ライオットさん、他の町や村に住もうとは思わなかったのですか?」
彼の名前は知っている。それどころか村人全員の名を記憶している。
従者らしさを出そうと、ここに来た日の夜にスマホで全員の名前を確認して、必死に覚えておいた成果だ。
「近くの村や町もモンスターの襲撃に遭い疲弊していました。新たな住民を受け入れる余裕はなく、我々は爪弾きにされていましたので」
各地でモンスターの被害が大きいとは聞いていた。
前はそういう世界設定だと思っていたが、今は違う。邪神側のプレイヤーが精力的に活動しているということなのだろう。
金に困っている人にゲームで金を儲ける手段を提供する。……邪神側の勢力を広げるには有効的な手段だよな。
ここまでの話を聞くと新たな疑問が生まれる。他の村や町には主神側のプレイヤーはいないのか?
もし、いるとしたら何故村人を受け入れない。
「住人を生かす食料しかなく、難民の我々に回す蓄えがないそうです。それならばモンスターが多くても食料に困らないこの村に託そうと」
俺の疑問は青年の説明で氷解した。そもそもの物資が足りないのか。
運命の神の奇跡には《行商人を呼ぶ》といった食糧確保の手段も存在するし、そもそもこの地は食料が豊富だ。俺に貢ぎ物として贈れるぐらい余裕がある。
危険度に目を瞑れば悪くない場所ということか。
ものを食べなければ人は生きていけない。当然のことだ。
「そうだったのですね。話の腰を折ってしまい申し訳ありません」
聞きたいことは聞けたので、しばらくは口を挟まないでおこう。
それから一時間ぐらい話し合いは続き、その内容をざっとまとめるとこんな感じだ。
村の柵を強化。
ランとカンは矢の大量生産に取りかかる。
《邪神の誘惑》までに洞窟を掘り起こして避難所にしたかったが、それは叶わなかったので非戦闘員の避難場所とする小屋を補強。
戦闘員の合同訓練開始。
妥当なところだろう。
村人を安心させるために、今回はいざという時には神が像に降臨して戦う、と伝えるとガムズたちは歓声を上げた。
前回はリアルの対応に手一杯で村を救えなかったが、今度こそは守ってみせる。
そう腹を括ると全身の緊張がほぐれていた。
自分のためとなると未だにダメダメだが、村人のためとなるとこの体はやる気を出してくれるらしい。
会議が終わり自分のテントへと戻る。
まだ日は落ちていないが明日から本格的に活動するので、今日は英気を養おうと、仕事はここまでという流れになった。
テントの中に入ると同時に自分の顔を手で揉みほぐす。
「薄っぺらい笑顔が地顔になりそうだ……」
常に余裕がある表情を心掛けて、笑顔を絶やさぬように気を張っていたので表情筋が固まってしまった。
がさっ、という物音と視線を感じたので足下に向けると、ディスティニーが俺を真似して自分の頬をモミモミしている。
……くっ、ちょっとかわいいと思ってしまった。
この村に来てからというものディスティニーは悠々自適な暮らしをしている。
村をぶらついているだけで食べ物がもらえることを学び、毎日町中をうろちょろして何か食べている。
ここに来てから一回りほど大きくなっているような。
前までは手のひらサイズでかわいかったのに、今では結構な大きさに育ってしまった。
「小さかった頃の方がかわいかったな……。はっ⁉」
ディスティニーが恨みがましい目つきで、じっとこっちを見ている。
「ち、違うんだ。今はほら、かわいいというより、格好良いだろ?」
かがみ込んで言い訳を口にすると、頭をポリポリと小さな手で掻いている。
もしかして照れているのか? ちょろいな。
機嫌も直ったようなので俺も少しくつろごうと床に寝そべる。
すると頭上から音楽が流れてきた。
「電話か。誰からだろう」
今日は晴天だったから太陽光発電でスマホの充電は満タン。長電話にも対応できる。
手に取って画面を確認すると、そこには――《運営》と表示されていた。




