村での地位と相談に乗る俺
異世界で自分の地位を確保する方法としていくつか挙げられる。
強さを見せつける。もしくは現代日本の知識でよりよい暮らしを提供する、というのが定番中の定番だろう。
この《命運の村》を始めてから俺はそういった参考書物を多数読破した。俗に言う異世界転生、転移小説だ。
無料で読める投稿サイトを活用して、日本人が異世界に行ってから活躍する作品をメインに読んでいった。
そこではいくつかのパターンが確立されていて、多かったのがあの二パターンだ。
まず強さに関してだが、これはあきらめよう。身体能力が上がったわけでも特殊能力があるわけでもない。日本にいたときと何ら変わらない体でモンスター相手に何をしろと。
次に現代知識を披露するだが、使えそうな知識は既に神託で伝えている。といっても、木材加工や生活のちょっとした知恵なんかは現地人である村人たちの方が詳しく、あんまり役に立てなかった。
「手詰まりだ」
と思わず呟いてしまったが、あきらめるのはまだ早い。
参考資料には料理でもてなして評価される、というものもあった。これをお手本にして《命運の村》から送られてきた食材でやれそうな料理をいくつか家で試したことがある。
試作を重ねた結果、ある調味料を使えば抜群においしくなることを知ってしまったのだ。
それをキャロルが村に戻れたときのお土産の一つとして北海道まで持ってきている。
自分用のテントに戻って鞄を開けると、そこには業務用サイズの巨大な缶に入った中華風調味料があった。
鳥と豚の旨味が溶け込んでいて、お湯で溶かしただけで中華スープとなり、他の中華料理にも一匙加えるだけで料理店の味を再現できる優れものだ。
「自分の力が足りなければ商品に頼ればいい!」
……我ながら情けないが気にしないでおこう。
赤い缶を手に調理場へとお邪魔する。
「まだ料理の途中でしたら、私も一品作って構いませんか?」
料理の準備をしていたチェムに話し掛けると、呆れと驚きが入り交じった複雑な表情を浮かべている。
「あの、えーと、従者様が料理を?」
「はい。神の国の特製調味料を持ってきましたので」
缶を見せると、調理担当の村人たちが興味津々で覗き込んでいる。
それでも俺に調理を任せるのは不安らしく、快い返事をもらえない。
「従者様にそこまでしていただくのは……」
「わあー、ヨシオまたご飯作ってくれるの⁉ すっごくおいしいから、楽しみだな~」
話に割り込んできたキャロルが俺の周りを走りながら、喜びを全身で表現している。
それを見てチェムたちは口を噤み、じっと赤い缶を見つめている。
ナイスアシストだ、キャロル!
「米が炊けているようなので、これと肉を使わせてもらいますね」
相手の意見も待たずにさっさと作業を始める。
こういう時は強引に押し切った方が早い。
この世界はヨーロッパ風でありながら和洋折衷入り乱れているので、現代日本の食材や調理器具が普通に存在している。
なので家で料理していた感覚で調理ができるのはありがたい。
「やってみますか」
肉を脂身と切り分けて細かく刻む。中華鍋のように半球状の鉄鍋を借りて、切り分けた脂身をじっくり炒めて油を出す。
そこに肉を放り込んである程度火を通すと、気を利かせてキャロルが取り出しておいてくれた炊きたてのご飯を鉄鍋に投入。本当は冷や飯の方がやりやすいが、今はスピード重視だ。
油をなじませながら炒めて、味付けは中華風調味料と、塩少々。
皿に取り分けてあっという間に炒飯のできあがりだ。
食堂で待つ村人の前に皿が並べられると、謎の米料理を凝視している。
米に味を付けて食べるシーンをゲーム内で一度も見たことがないので、こういった料理はかなり珍しいのかもしれない。
誰もが手を出さずに周りの様子を探っていると、キャロルが匙を手に真っ先に掻き込んだ。
「んんっ、んっ。ヨシオ、おいしいよ!」
満面の笑みで頬張る彼女の姿を見て、村人も意を決して口にした。
「おっ、これは……」
「おいしい! おいしいですよ!」
「今まで味わったことのない変わった風味ですけど、どうやってこのような味を」
「旨いぞこれ!」
大好評なようだ。
全員が勢いよく食べてくれている。
この村にきて初めて異世界転移の主人公っぽいことができたみたいだ。商品化してくれたメーカー、ありがとう!
自分の実力でもないのに評価が上がったことに後ろめたさはあるが、村人が喜んでいるから悪いことじゃないよな、うん。
こうやって少しずつ関係を構築していくしかないよな。
どんな理由でこっちに来たのかはまだ不明だけど、日本とも連絡はできるし、北海道が悪天候なので不審がられることもない。
きっと、数日したら運営から連絡がきて事態が進展するはず。
そうに決まっている。
――あれから三週間以上が経過した。
村の開発具合は順調で木造の住宅がかなり増え、テントの数が減ってきている。
俺の住居はまだテントだが、これは自ら望んだもので「私はいつ神の国に戻るかわかりませんので、一番最後で構いません」と村人を強引に説得した。
この三週間、期待していた運営からの連絡は一度もなく、今日も今日とて土砂を運んでいる。
家族には毎日何かしらの連絡を入れていて、豪雪と道が復旧しない設定で押し通している。
都合の悪い指摘や質問をされると、電波が途切れた振りをして切り抜けていた。
社長の方は、
「一月はどうせ暇だからな。心配はいらねえぞ。前のバイトは二ヶ月ぐらい海外に行くって休んだこともあったしな」
と言ってはくれたが、バイトとはいえ一ヶ月も休んだらクビにされても文句は言えない立場だ。
こんな俺を雇ってくれた社長には、まだ恩を返しきっていない。
早く日本に戻りたいと思う一方、日に日に居心地が良くなっていく村に滞在していたい、という想いも強くなってきている。
「これがニート時代なら、迷うことすらなかったのにな」
「ヨシオー、何しているの?」
キャロルが俺の顔を覗き込んでいる。
「ちょっと考え事をね」
彼女の頭に手を添えて、笑みを返す。
キャロルは俺の周囲にいることが多いよな。
村の人数は増えたが大人しかおらず、子供はキャロル一人きり。
そんな環境でも空気の読める子なのでわがままの一つも言わずに、いつも笑顔で明るく振る舞っていた。だけど俺は知っている。
一人で寂しそうに遊んでいた姿を。
だから、できるだけキャロルと遊ぶ時間を増やしていたら、想像以上に懐かれて今に至る。
「ヨシオ、今日はお仕事もう終わった?」
「もう少しやることあるから……いつものようにお話ししようか」
「うん!」
肉体労働がメインで同じことを毎日やっているので話す余裕ぐらいはある。
日本で過ごした日々の楽しかったことや、子供向きの童話を語り聞かせるのも俺の日課だ。
「今日はー、えっとー、結婚ってどうやったらできるの?」
予想もしなかった話題の提供に俺の動きが止まる。
「んー? 結婚?」
「うん!」
今日も元気いっぱいだな。
まさか、キャロルは俺に恋心を抱いていて結婚したいと……。最近は一緒にいるのが多かったからな。年上の相手に憧れる、なんてのはよくある話だ。
前まではガムズにぞっこんだったが、対象が代わってしまったのか。子供というのは移り気なもの。悪いなガムズ。
気持ちは嬉しいが、ここは大人として優しく諭してやるべきだ。
「そういうのはもう少し大きくなってか――」
「ガムズお兄ちゃんをゲットする方法教えて!」
……わかっていた。わかっていたとも。
「まずは年齢の問題があるから、大きくなるまで我慢するというのは」
「ダメだよ! ガムズお兄ちゃんモテるもん! 大きくなるまで周りが放っておかないよ」
俺もそう思う。
新たに村にやって来た村人に女性が数名いるが、何人かは本気でガムズを狙っているように見えた。
それに危機感を覚えたチェムとキャロルが組むような非常事態だからな。
「今度、ガムズにどんな女性が好きか聞いてみるよ」
「本当に! ありがとう、ヨシオ!」
かなり嬉しかったのか、俺の手を強く握って激しく上下に振ってくる。
少しでも力になれたのなら、俺も嬉しいよ。
お手伝いの時間だからとキャロルが手を振りながら去っていったので、俺は作業を開始する。
「あのー、今、お時間よろしいでしょうか」
小さな声で遠慮がちに掛けられた声に振り返ると、もじもじしているチェムがいた。
上気した頬に潤んだ瞳。キョロキョロと辺りを気にするような仕草。
これはもしかして……。
「はい、大丈夫ですよ。どうしました?」
平静を装って優しく返す。
「実は……ご相談したいことがありまして。仮に、仮にですが、兄と妹の愛というのは教義に反する行いなのでしょうか」
知ってた。この展開は予想していた。
だから、これっぽっちもガッカリなんてしていない。
「家族愛は尊いものです。神は否定などしませんよ」
法的にとか倫理的にとかは度外視して言っておく。
日本じゃアウトだけど、ここは異世界だからこちらの価値観を押しつける必要はない。
別に「さっきからガムズばっかモテやがって、勝手にいちゃこらしておけ!」と嫉妬して適当に返しているわけではない。
それから当たり障りのないことを口にして励ますと、憑き物が取れたような顔になり立ち去った。
今後、チェムが積極的に兄へアピールするようになったら……ガムズには優しくしておこう。
「今日は全然働いてないな。遅れを取り戻さないと」
ツルハシを大きく振りかぶって、全力で土砂に叩きつけようとしたタイミングで、
「すまない、ヨシオ殿。少し話をする時間はあるだろうか」
また背後から声がした。
ツルハシを土砂に突き刺す。今日の仕事はあきらめた方がいいかな。
出てもいない汗を拭く振りをしながら、振り返るとムルスがいた。
この先の展開は……読めた!
「どのようなお話でしょうか」
こうなったらムルスも煽って三つ巴の戦いへ誘導するのもありか。
あまりにモテるガムズに対して嫉妬を通り越して、この状況を楽しんでやれ、というドス黒い気持ちがふつふつと沸き上がる。
「ヨシオ殿は神の国から、やってこられたのですよね」
あれっ、恋愛相談といった浮ついた雰囲気じゃないぞ。
襟を正して真面目に聞こう。
「ええ、そうです」
「ならば、薬の神をご存じありませんか?」
薬の神。確かムルスが住んでいた村の住民が信じていた神だ。
ゲーム中にその名を口にしたムルスを覗き見したことがある。
「すみません、神については他言無用でして。それに我が主神である月の神に連なる従神であれば接点もありますが、他の神となると。申し訳ありません」
「そう、でしたか。不躾な質問をしてすみませんでした」
露骨に落ち込むムルス。
たぶん、薬の神というのはプレイヤーだ。
そして、ムルスの故郷は邪神側だった山本さんが滅ぼした村。
「多くは語れませんが……何かしらの理由があって、この世界に手を出せない状況もあり得ます。それは信仰心が足りなかったわけでもなく、神が信じる者を見捨てたわけでもありません」
「……はい、ありがとうございます」
一礼をしてムルスが立ち去った。
何か力になれないかと思いついた言葉を並べたが、もっと口が達者なら彼女の苦しみも少しは和らげてあげられたのにな。
この世界で村人と共に過ごし、ますます彼らのことが好きになり感情移入どころか、自分のことのように悩みを背負い込んでしまう。
「村の一員になったってことなのか」
昔は自分のことすらどうでもよくて、人の悩みなんて考えようともしなかった。
少しは父のような……昔憧れていた理想の大人像に近づけているのだろうか。




