復興作業と全力で働く俺
この村にやって来て初めての夜が明けた。
カーンカーンカーンと鐘の音が響く。
昨晩は夢を見ることもなく熟睡したので目覚めは悪くない。
目が覚めたら北海道に戻っているのではないかという、期待と不安があったが視界に映るのはテントの内側。
「夢オチじゃなかったか」
俺の隣でもぞもぞ動く気配がしたので視線を向けると、毛布の下から顔を出したのはディスティニー。色気のない展開だ。
「皆さーん、ご飯ですよー」
まだ村として発展途上中なので食料は一括でロディスが管理して、朝昼晩と食堂で全員の料理を提供する形になっているらしい。
さっきの鐘の音は朝食の準備ができた合図か。俺が見ていた頃にあんな鐘は存在していなかったので、ドルドルドから買ったかもらったかしたのだろうな。
「朝ご飯だって。一緒に行くか」
眠たそうに目元をこすっていたディスティニーだったが、俺の足からよじ登ると肩に乗っかる。
そして大あくびをすると俺の肩に全身を投げ出して、うつ伏せに寝転んでいる。
「運んでくれってか」
右手を軽く挙げて手を振っているのが若干ムカつく。
ディスティニーは従者の僕だと村人に認識されているそうで、昨日はお供えと称した食べ物を貢がれて満足そうだった、とキャロルが言っていた。
お前の生まれはこの世界だが、育ちは日本だからな。誰も知り合いがいない者同士、仲良くしようぜ。
肩でだらけているディスティニーの頭を一撫でしてテントを出た。
丸太の柱と屋根だけがある建造物が村の食堂なので、俺もそこに行って人の少ないテーブルの端の席に座る。
村人の近くに行くと相手が緊張してしまうので、気を遣って離れておく。
朝食を配っているのは女性や肉体労働が苦手な人が担当しているようだ。キャロルもニコニコと楽しそうに料理を運ぶのを手伝っている。
「ヨシオ、おはよーう」
俺の前に料理を置くと同時にキャロルが元気に挨拶してくれた。
服はこっちの世界のに着替えたみたいだ。妹のお古も似合っていたが、こっちの方がしっくりくるな。
「おはよう。今日も元気いっぱいだね」
「うん! キャロルも一緒に食べていい?」
「もちろん。一緒に食べよう」
こちらからお願いしたいぐらいだよ。
他の村人は俺を特別扱いして話し掛けてはくれないが、キャロルが気軽に接するのを目の当たりにすれば、いずれは距離感が縮まって……くれたらいいな。
「ヨシオは今日何するの?」
「うーん、洞窟の土運びかな」
建築や木材の加工はエルフの面々とカン、ランの仕事らしく俺の出番はない。
村の周囲のモンスター狩り兼、食料収集はガムズ、ムルスと新たに加わった村の青年三人の合計五人が担当している。モンスターが多いときはカンとラン、それにエルフの面々も加わるそうだ。
戦闘できる人材が倍増しているので村の守りはかなり強固になっている。
この村の周辺の景色を見てみたい、という願望はあるがモンスターと遭遇したら足を引っ張るだけなので自重した。
結果、俺にできることは限られてくる。
「本当はごゆっくりしていただきたいのですが」
キャロルの隣、俺の斜め前の席に座ったのはチェム。
「何もしないで食べるご飯は……あまり、おいしくありませんから」
昔はむしろ一人で食べた方がガミガミ言われずに済むから落ち着けて、誰かと食べたいなんて思いもしなかったけど。
「あっ、そうでした。キャロルさんと一緒にやってきた聖書なのですが、私がここに滞在中は持っていても構いませんか?」
「はい、もちろんです」
チェムが大切にしていた物だから返してやりたいとは思っているが、俺がこの世界にいる間は手放したくない。
「神託についてなのですが、何か告げることがあれば直接私に伝えてくださるそうです。今は私とキャロルをこの世界に送るのにお力を使われたようで、体を休めるためにもしばらくは神託の頻度が減る、と考えてください」
という設定にしておこう。……決して、毎回神託を考えるのが面倒になったわけじゃない。
それに、ここだと直接言った方が話も早いしな。
食後、少し休憩してから村人たちと一緒に働き始め……ようとしたが、その前に行くところがある。
「お邪魔しても構いませんか?」
木造の小屋の前で一声掛ける。
「どうぞ」
「いいよ」
中から返ってきた二人の声。
扉を開けると木を削っている二匹……二人のレッサーパンダがいた。
カンとランは木工作業中のようだ。
ここは二人に割り当てられた住居兼作業部屋。人が増えて家具や道具の生産が追いつかないそうで、毎日ここに籠もって働いている。
二人が暇ならあのもふもふの毛並みを撫でさせて欲しいところだが、ここはぐっと我慢しよう。
「従者様、何か用?」
振り返って小首を傾げる姿を見ると、自然と頬が緩みそうになる。
くっ、生で見ると魅力倍増だな。
「カンさんとランさんは金属の加工もできるとお聞きしたのですが」
「うん。ドワーフに教えてもらった」
「複雑すぎなかったら大丈夫」
二人が指さす先には炉と金床のようなものがあった。
近くには剣や鏃がいくつも置かれている。あれは彼らが制作した物か。
「では、このような物を作れませんか?」
スマホであらかじめ調べておいたある物を見せる。
「長い槍?」
「でも先端が変」
「神の使う武器のようなものです。どうでしょう?」
二人はじっとスマホの画面を見つめていたが、不意にこっちを向くと小さく頷く。
あっ、ぎゅっとしたい。
「お暇なときで構いませんので、制作をお願いしていいですか?」
「いいよ」
あっさりと承諾をもらえた。
神の使者という立場の強みだな。
名残惜しかったがこれ以上作業の邪魔をするわけにもいかず、自分の作業場へと向かう。
洞窟跡をツルハシで懸命に掘っているが、終わりが見えない作業だな。
近くにあった木箱を引き寄せてその上にスマホと充電器を置いておく。太陽光発電なので、晴天の今やっておかないと。
「自分で望んだこととはいえ……地味だ」
異世界転移や転生ってモンスターをばったばったとなぎ払い、異世界の住民に感謝されてモテまくるイメージが強い。
……もしや、気づいていないだけで俺も転移した際に魔法や特別な力に目覚めているのでは⁉
周りに誰もいないのを確認してから、土砂に向けて右手を前に伸ばす。
「ふおおおっ、ぐおおおっ、はっはっ!」
気を溜めて飛ばす映像を頭に思い浮かべながら、相撲の張り手のように手を何度も突き出すが、何も出ない。
実は身体能力が上がっている可能性はないかと、その場でジャンプしてみたがいつもと変わらない。
「よっし、真面目に作業しよう!」
無双やチートハーレム系の展開は期待しないでおく。
二時間ぐらいだろうか休憩を挟みつつ真面目に働いていると、また鐘の音が響く。
朝食の合図よりも激しく間隔も短い。不安になる音だ。
「モンスターが柵の近くに来ています。皆さん、柵付近から離れてください!」
あれはチェムの声だ。音の源を探ると物見櫓の上にいた。
そこに人の頭ぐらいの大きさがある鐘が設置されている。
「物見櫓、立派になってるな。作り直したのか」
前は何とか二人が並べる程度のスペースしかなかったが、今は五人ぐらいは軽く入れそうだ。
改めて辺りを見回すと、似たような物見櫓が丸太の柵付近に四本建っていた。
あの《邪神の誘惑》で襲ってきたモンスターの数は尋常じゃなかった。洞窟内もそうだが外にあった建造物も大半が壊されたと、村人から聞いている。
モンスターの襲撃にざわつく村人たちを眺めながら物見櫓まで移動すると、ハシゴを登った。
「チェムさん、敵はどちらから?」
「あっヨシオ様! 北東方向の森です」
見張りはチェムと新規入村者のエルフが担当していたので、両者に会釈してから指さす方に視線を向ける。
柵の周辺の木々は倒されていて視界が確保されているが、その先は鬱蒼と生い茂る森が広がっている。木々の切れ間からちらちら見えるのは黒犬の群れ。
ガムズたち討伐組は既に戻ってきていて、柵の前で構えている。
ここのエルフだけではなく、他のエルフたちも別の物見櫓の上に陣取り弓を構えているな。
じっと目を凝らして彼らの戦いぶりを見物させてもらおう。
森が途切れた境界線から、六匹の黒犬が飛び出してきた。
その内の三匹はエルフの遠距離射撃によりその身を貫かれ絶命。エルフたちが弓の達人というファンタジー設定はこの世界でも通じるようだ。
残りの三匹の内、ガムズが左右の剣で切り裂いたのが二体。
最後の一体は残りの村人が槍で仕留めた。
「圧巻ですね」
《命運の村》を始めた頃はあれだけの数の黒犬に襲われたら絶望しかなかったが、今では余裕で対応できる。
防衛機能があの頃とは雲泥の差だ。
「皆さん頑張ってくださっているので」
そう言って微笑むチェムの顔は誇らしげだ。
「皆さんが勇気を出して戦えるのは、治癒魔法の使い手であるあなたが後方に控えているからですよ。いつも村人を癒やし支えてくださって、ありがとうございます」
チェムは前々から自分を過小評価して、戦闘面で役に立ててないのを危惧しているところが見受けられたので、この機会にと村人に代わって礼を口にして頭を下げる。
本当は神託で神から称える文章を送ろうかとも思ったのだが、村人一人を贔屓するのはどうなのかとためらい自重していた。
「そ、そんな! 頭をお上げください!」
取り乱して手と頭を左右に激しく振っているチェムを見て、思わず微笑んでしまう。
「ヨシオ様、ありがとうございます。そう言っていただけて、心の重荷が一つとれたようです」
「あなたもそうですが、すべての村人を神は評価されていましたよ。もちろん、私も神と同じ気持ちです」
自画自賛だけど、今回の会話は神の従者っぽくなかったか!
意外と芝居の才能があるんじゃないか。
ネットではある時は儲かっている自営業者。またある時はFXで儲けて悠々自適な生活をしている振りを。家族には《命運の村》について誤魔化し、キャロルには神の従者として振る舞ってきた。
その嘘の積み重ねが、今ここで花開いたのかもしれない! ……嘘の才能って、自慢することじゃないな、反省しよう。
それから互いにお礼を言いつつ雑談をしていると、
「あっ、お昼の用意しないと」
急にぱんっと手を打ち鳴らして、チェムがハシゴを慌てて下りていく。
もう昼食の時間なのか。この村にいるとあっという間に時間が過ぎる。ニート時代は毎日、動画やゲームやネットで時間を潰すしかすることがなかった。
毎日が憂鬱で多くの人が働いている日の当たる時間帯が嫌いだったな。
今は太陽の光も吹き抜ける風も心地良い。気の持ちようで世界はこんなにも変わるのか。
俺も下りると炊事場で働いているライラに駆け寄り、何か手伝わせてもらうことにした。




