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命運の村での生活と従者っぽく振る舞う俺

 テントの中は思っていた以上に快適で寒さもかなり緩和されていた。

 中心には木の皮を剥いだ巨大な丸太が突き刺さっている。そのてっぺんには布が被さっていて、屋根と壁代わりの布を支えている。

 柱から少し離れた場所に囲炉裏のようなものがあって、そこで火が焚かれていた。

 その火を取り囲むように俺たちは座る。床には絨毯が敷き詰められていて、これもドルドルドが持ってきたものなのだろう。


「改めまして。運命の神の従者ヨシオ様。このたびはキャロルを保護していただき、誠にありがとうございました」


 チェムとガムズが深々と頭を下げる。

 テントの入り口に立つカンとランも同じようにしているが、少し離れた場所に片膝を立てて座っているムルスは会釈した程度。彼女には歓迎されていないみたいだ。


「顔を上げてください。私は神に従い共に過ごしただけですので。それに私の方が礼を言いたいぐらいに楽しい日々でしたからね」


 キャロルと一緒にいたのは一週間程度だったが、あの慌ただしくも楽しかった日々は一生忘れることがないだろう。


「ところで、この住居もそうなのですが商人から無償でこれを譲り受けるには、少々値が張る物だと見受けられるのですが」


 頭をフル回転して語彙力を振り絞っているが、言葉遣いがかなり怪しい気がしてきた。

 神託でこういった堅苦しい口調を多用していたから、まだギリギリで取り繕えている。


「はい。ドルドルドさんはタダでいいと仰ってくださったのですが、そこまで甘えるのは心苦しいとみんなで話し合いまして、前回の襲撃で倒したモンスターの素材を売って代金としました」


 猛猪は食用になるが、他のモンスターは食べたりはしないようだったからな。

 爆弾で倒されたモンスターは破損も多くて売り物にならなそうだが、それ以外で倒されたモンスターだって相当数いる。

 素材の価値については大した値段ではないそうだが、数が物を言ったのか。


「それと埋まってしまった洞窟を少しずつですが掘り起こしていると、その最中に土砂の中から鉱石も見つかりまして」

「つまり爆発させたことで未発掘だった岩盤が崩れ、新たな鉱石が手に入った、と?」

「従者様の仰るとおりです」


 洞窟は元廃坑だという話だったので、まだ鉱石が眠っていたとしても不思議じゃない。


「なるほど、災い転じて福となすといったところですか」


 生活必需品や思い出の品の数々が埋もれてしまったのは正直惜しいけど、鉱石という資金源が増えたのは素直に喜びたい。


「ということは、冬を越せるぐらいの蓄えは確保できそうなのですか?」

「はい、大丈夫です。心配していただき、ありがとうございます」


 村人の数が増えて蓄えもある。俺の心配事がすべて杞憂で終わりほっとした。


「ところで従者様はどれぐらい、こちらにいられるのでしょうか?」

「そのことなのですが、今のところ不明なのですよ。神から何かしらの通達があるとは思うのですが……」


 聖書を開いて何か書かれていないか目を通してみたが、俺が送った神託の文字以外は白紙のままだ。

 スマホを起動させてみると普通に動いた。ただ、ネットは使え……るぞ? 


「あっ」

「どうかされましたか?」

「いえ、お気になさらず」


 急に声を上げた俺を気遣うチェムに笑みを返しておく。

別の世界にいるはずなのにネットも繋がって《命運の村》アプリも使用可能なんて。こんな設定のアニメを二つほど見たことあるな。

 スマホの機能を問題なく使えるのか。ということは……電話もいけそうだ。

 生身で異世界にやって来たが、これは運営――つまり神に何か目的があるのか。

 それともキャロルを元の世界に戻す際に俺が巻き込まれただけなのか。

 どちらにしろ、俺はどうにもできない。

 まずは家族に現状を伝えておこう。電話だとこっちの住民に聞かれると正体がバレそうだから、SNSを利用しよう。文字なら迂闊なことを書き込む前にチェックできるし。

 会社にもしばらく帰れないことを伝えないと。

 ……いや、ちょっと待てよ。もしかして、


「そういえば……。チェムさん、この言葉がわかりますか? 最近、お兄さんとは仲良く過ごせています?」

「え、あの、なんて仰ったのでしょうか?」


 やっぱりそうか。途中から日本語を意識して話してみたのだが、それは自動翻訳されなかった。これなら電話しても村人には内容がバレずにすみそうだ。

 残る問題はスマホの充電方法だけど、それは携帯の太陽光スマホ充電器を持ってきているのでなんとでもなる。

 これは趣味の懸賞で当てたのはいいけど、引きこもりだったために一度も出番のなかった代物だ。一度ぐらいは活躍の場を与えてやりたいと、軽い気持ちで荷物に放り込んだのが功を奏した。

 後で言い訳の台詞を考えて、家族と社長に電話だな。


「積もる話は夜にでもするとして、私に何か手伝えることはありませんか? 力仕事なら少しはお役に立てるかと」


 そこで一旦話を終えて立ち上がる。


「従者様にそんなことをさせられません!」


 血相を変えて止めようとするチェム。

 他の面々も度肝を抜かれたのか、唖然とした表情でこっちを見ている。


「私は神から、村の発展の手助けをするようにと言われています。お客様気取りで過ごしてしまうと、神からお叱りを受けるのですよ。なので、私を助けると思って手伝わせてください」


 神の名を出されると彼らは反論できないようで、恐縮してはいたが村で働くことを認めてくれた。

 《命運の村》のゲームをしている最中は、いつも疎外感を覚えていた。

 神として見守ることはできても、村人の輪に入ることができない自分。

 何度、彼らと共に働き共に喜び共に苦労を分かち合いたいと思ったことか。

 その絶好の機会が与えられたのだ。これを逃すわけがない!

 引きこもり時代だと体力の心配もあったけど、今は改善されている。少しは村人の役に立てるはずだ。

 

 

 そう考えた時もありました……。


「はあはぁはぁ、んぐっ。ぜーーーはーーーー」


 空気を貪りすぎて吐きそうになった。

 疲労困憊とはこのためにある、と断言できるぐらい全身が動かない。

 村人の役に立とうと、柵の補修や土砂の運搬をかれこれ五時間ぐらいやり続けた。清掃業で体が鍛えられたと自負していたが、どうやら勘違いだったようだ。

 バイトとは仕事量が全然違う。

 村人たちは同じ作業量を難なくこなしている。この世界の住民は体のつくりが違うのか?

 それでも無理をして筋力を必要とする作業ばかり手伝ったので、全身の筋肉が悲鳴を上げている。

 異世界に転移するなら、定番のチート能力とか欲しかったな。そしたら、もっと村の役に立てるのに。


「お疲れ様でした、従者様」


 地面にへたり込み、肩で息をしている俺にタオルのような布を手渡してくれたのはチェムだった。

 至近距離から見ても美人だな。画面越しとは違う生身の美しさに圧倒されそうになるが、今の俺には照れる余裕すらない。


「ありがとう、ござい、ます。ふううう……。慣れない力仕事は厳しいですね。皆さん、ご立派ですよ」


 心からそう思う。村人に感化されて働くようになったが、まだまだ彼らの足下にも及ばないようだ。


「ふふっ、ありがとうございます」


 微笑む表情は初めて会ったときと違って、かなり和らいで見える。

 人間臭いところと情けないところを見せたことで、少しは打ち解けてくれたのなら嬉しい。

 これも計算ずくだったのさ! と言えたら格好良いが、頼れて役に立つところをアピールする筈だったのに……結果オーライだと開き直ろう。

 冬場だというのに汗だくで気持ち悪いが、風呂に入りたいなんて贅沢が通るわけもない。以前、木製の風呂をカンとランが作ってくれていたが、あの爆風で粉微塵になったか、無事だったとしても土砂の下。

 着替えとタオルは俺と一緒に異世界にきた旅行鞄のなかにあるから、体を拭いて着替えるだけで我慢するしかない。


「あの、よろしければ入浴は如何でしょう?」


 今、あきらめたばかりの話題を振られて、思わずチェムの顔をまじまじと見つめてしまう。

 嘘や冗談といった感じではない。ということは、また風呂を作ったのか。


「浴槽は爆発に巻き込まれて壊れたのでは?」

「はい、確かに浴槽は壊れたのですが、その代わりに爆発の衝撃で温泉が湧き出まして、今では村の憩いの場として重宝しています」


 これこそ不幸中の幸いだ。

 鉱山を掘っている最中に温泉を掘り当てたという話は聞いたことがある。そこから温泉街になった日本の町も存在するらしい。

 ……にしても運が良すぎないか。


「運すらも操る運命の神のお導きだと、村の人たちと話していたのですよ」


 手を合わせて祈りを捧げてくれているが、そんな奇跡は知らないです。

 ただの偶然が運命の神を演じている俺の手柄になるのは少々後ろめたいが、村人が喜んでいるなら良しとしよう。


「そうでしたか。では温泉に遠慮なく入らせていただきますね」


 チェムの案内で元洞窟近くに案内されると、そこには村を囲う柵よりも細い丸太が並べられ、丸太小屋も設置されていた。


「ここが温泉ですか」


 光を失い始めた空へと昇っていく湯気が見える。

 入り口が二つあり、男女で分けられているようだ。当たり前だが。

 中に入ると棚とかごが並び、こういうところは西洋というよりも日本の銭湯っぽい。

 脱衣所と温泉を隔てる壁が存在しないので、温泉を観察しながら服を脱いでいく。大小様々な石を組み合わせて囲いを作り、その中になみなみと温泉をたたえている。

 ファンタジーゲームあるあるなのだが、中世ヨーロッパ風でありながら随所に日本っぽさがある。

 日本風の要素を入れるなら江戸時代の混浴文化を取り入れるというのは……やめた方がいいか。R指定のゲームになってしまう。

 脱いだ服をかごに入れて棚に戻して、湯船へと近づく。

 木の桶もあったのでお湯を被って、汗とほこりを流してから湯船に浸かる。


「ふあああぁぁ。最高だな……。異世界で温泉を楽しめるとは、思いもしなかったよ」


 この状況は北海道旅行の続きみたいだな。

 秘境の温泉宿に泊まりに来た、と家族に説明しても信じてもらえそうだ。


「あっ、今の状況ってみんなに言ったとおりなのか」


 前から交流があった村おこしを手伝っている北海道の村に旅行に行ってくる。と家族と社長には言ってある。

 ……何も間違ってないな。


「嘘から出たまこと、か」


 これで元の世界に戻れるなら、なんの問題もない。

 でも、ここに来た理由も方法も不明。

 なので戻る手段も皆目見当が付かない。

 流行っている異世界転生のアニメを観て、原作の小説を読んで「俺も異世界転生して人生やり直したい」と思ったことはある。

 ニート時代なんて、この腐った現実から逃げ出したいと、ほぼ毎日願っていた。


「夢にまで見た異世界転生。それも神の従者としてみんなから敬われている」


 チート能力はないけど恵まれている現状。

 村で会った人々は俺を見るたびに手を止めて祈り、感謝の言葉を捧げていた。

 人生でこんなにも尊敬されて丁寧に扱われたことがあっただろうか。

 このままここで暮らした方が幸せな未来が待っているのかもしれない。

 ネットも何故か繋がっていて、温泉もあって食料もある。

 モンスターの襲撃という一番の問題点はあるが、スマホを使って奇跡が発動できるのは試しておいた。

 神託を使わなくても直接指示ができる分、こっちにいた方が何かと融通が利く。

 そして何よりも、ここには俺を必要としてくれる人たちがいる。


「でも、それでも……」


 俺は言葉にはできない胸の不快感を少しでも癒やせないかと、温泉に鼻下まで沈んでいった。

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[一言] ディスティニーさん泣いてるよ
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