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ゲームと俺

 ホテルの一室でくつろいでいる。

 天候が急に悪くなり視界が白で埋め尽くされたので、急遽近くのホテルに逃げ込み一泊することに決まった。

 奇跡の力で天候を操作したら雪をやませることも可能だけど、範囲が決められているので道路全域をカバーするのはどう考えても不可能。

 まあ、それはいい。そんなことより、重大な問題の解決が最優先だ。

 セミダブルのベッドが二つしかない部屋に、俺とキャロルとディスティニーと……世渡芹がいる。


「すみません、何故に同部屋なので?」

「節約と万が一に備えてかな」


 狙われている立場なので世渡さんの言うことは一理ある。

 普通ならあの大雪の中を尾行するのは至難の業だが、プレイヤーは奇跡の力が使える。普通ではあり得ない方法で追ってきても、何ら不思議ではない。

 ……が、ベッドに腰掛けてだらしない顔でキャロルを抱きかかえている姿を見てしまうと、すべての説得力が失われる。


「キャロルと一緒に寝たいだけですよね」

「そうね!」


 子供みたいな無邪気そうに見える笑顔で、あっさり認めたな。

 キャロルが嫌そうにしているなら止めるが、楽しそうに見えるから放っておいても大丈夫か。

 大人の女性と個室で二人きりだったら緊張する場面だが、キャロルに加えてディスティニーもいるからな。妙な空気になることもない……はずだ。信じているぞ、俺の自制心。


「大浴場があるみたいだから、一緒に行こうかキャロルちゃん」

『おっきいお風呂! 行く行く!』


 ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを全身で表現するキャロル。

 本当なら邪神側を警戒して内風呂にしておくべきなのはわかっているが、あの喜びようを見て止められる人がどれだけいるのだろう。

 一番の心配は世渡さんの性癖だったりするが、ただの子供好きだよな、うん。


「……じゃあ、先にお風呂すましてご飯にしよう」


 吹雪で辺りが暗くて時間感覚がずれていたが、もう夕方だ。

 冷え切った体を温めてから夕食としよう。せっかく北海道に来たのだから新鮮な海の幸が食べたい。

 大浴場はもちろん男女別でキャロルと世渡さんとは分かれて脱衣所に入る。

 一応、何かあったら大声で呼ぶように、と言い聞かせておいた。

 かなり大きな脱衣所なのに幸運にも他に客はいないようだ。

 脱いだ服をロッカーに入れて鍵を閉める前に、一緒に放り込んだ鞄を確認する。

 ファスナーを開けるとひょこっとディスティニーが顔を出す。


「ちょっとここで待っていてくれ。ロッカーの鍵は掛けないでおくから」


 鍵を掛けないのは不用心で泥棒の心配もあるが、それよりも邪神側を警戒するべきだと判断した。

 頭を指で撫でながら説得すると、持ち帰ったジンギスカンの肉を満足そうに囓りながら小さく頷く。

 これでいざという時は助けを呼べる。衣服を一切まとわない状況は無防備すぎて、それだけで不安になってしまう。

 裸でガラスの引き戸を開けると、もわっと蒸気が飛び出してきた。

 風呂場も浴槽もかなりの広さで、一人で入るのは贅沢すぎるな。さっと体を洗ってから湯船に浸かる。


「はぁー、雪国の風呂最高」


 今日の疲れが全て湯に溶けそうだ。

 このまま何も考えずにぼーっとしたいが、頭は働かせないとな。

 世渡さんは味方と判断して間違いない、と思う。

 何故か彼女に対して警戒心が湧かないのが自分でも不思議だが、それでも完全に心を許したわけじゃない。

 彼女が何度か一人で行動する場面があって観察していたが、別段怪しい行動はなかった。

 なんでそんなことがわかるのか。それは……スマホで行動を監視していたから。俺の動いた範囲の周辺は《命運の村》アプリで覗き見ができる。聖書が手元にある俺だからこそ出来る、裏技のようなものだ。

 その性能を利用して初めて行く場所は、好奇心が抑えきれないキャロルに付き合う振りをして見える範囲を広げておいた。

 このホテルもキャロルが見物したがるように誘導して、大半が覗き見できるようになっている。

 まあ、女風呂は俺の視界の外にあるのでスマホ使っても見えないが。……別に惜しいとは思っていない。それに私利私欲のためにゲームを悪用するのはルールとしてアウトだ。


「明日の昼頃には到着予定だけど、それまで何もないといいな」


 湯船に顎まで浸かり、天井を眺める。

 無事到着して一人と一匹を元の世界に返してやりたい、という気持ちとそれに反する、このままずっと一緒にいたいという想い。


「でも、それは俺のわがままだよな」


 情が湧いてしまっている自分の迷いを吹き飛ばそうと、手ですくったお湯で顔を洗い頭を左右に振る。

 ……今視界の端にあり得ない物が映ったような?

 一瞬、浴槽に相応しくないモノが見えた気がしたので、恐る恐るゆっくりと首を右へとひねる。

 そこには湯船にぷかぷかと浮かんでいる――金色のトカゲがいた。


「ばっ⁉ なにやってんだ!」


 思わず叫んでしまった口を押さえる。

 今は風呂場に俺しかいないからセーフだが、他の客が入ってきたらとんでもないことになるぞ。


「さすがにこれはダメだろ。大きな風呂に入りたい気持ちはわかるが、そこは自重してくれよ」


 近くの手桶にディスティニーを乗せると、もう一つ手桶を重ねて周囲から見えないようにして風呂場を出る。

 脱衣所にも人影がなかったので、急いで体を拭いて鞄に戻した。


「不満そうだな」


 くつろいでいたところを強制終了させたのは悪かったが、目を半分だけ閉じてじっとこっち見るのをやめてくれ。

 俺も手早く着替えると脱衣所を出て、入り口付近のベンチに座って待つことにした。

 自然体を装ってはみるものの人が通る度に、こいつは邪神側ではないかと警戒して身構えてしまう。

 気分転換にスマホを取り出して《命運の村》を起動した。

 自分のいる場所を上空から見下ろしている映像が画面に映る。

 黒い部分は視界に入れていない場所なので、女風呂は黒一色で何も見えない。

 このフロアの廊下はあらかじめ視界に入れておいたので、見えない場所はないので監視も楽だ。


 今のところ邪神側の羽畑や三人のチンピラ。それにワゴンに乗る際にちらっと見た、白髪交じりの壮年サラリーマン風の姿もない。

 今更だけど確かに便利な機能だと思う。高性能な監視カメラをいつどこでも見られるようなものだ。これは聖書を手にしている俺だけに与えられたもの。

 奪おうとしている何者かが、この聖書を手に入れたら俺と同じようにマップを見ることができるのだろうか。それとも何か別の価値があるとか?

 俺にとってはかけがえのないものだけど、この機能が俺にしか利用できないとなれば、他人が一千万も出して欲しがる理由がわからない。これも運営に聞けば解決する疑問なのだろうか。


「悩んだところで正解に到達できるわけでもないしな」


 推理力があるわけでもなく、答えに到達する情報が出揃っているわけでもない。この状況で悩むだけ時間の無駄だ。


「疑問は全部運営っていうか、神様に聞いた方が早いわよ」

「うおっ!」


 キンキンに冷えたペットボトルを頬に当てられて思わず声が出る。

 見上げると浴衣姿の世渡さんとキャロルがいた。おかっぱっぽい髪型をしているので世渡さんは浴衣姿がよく似合う。

 隣のキャロルだって負けてない。金髪で外国人のようにしか見えないが、日本大好きな観光客のようでミスマッチな浴衣姿が逆にかわいらしい。俺は断然、キャロル派だ。変な意味ではなく。


「確かにそうだよな。はあ、うじうじ悩むのはやめだ。まずは無事、たどり着くことだけを考えよう!」

「そうそう、それでいいのよ。じゃあ、お待ちかねの晩ご飯にするぞー」

『おーっ!』


 拳を上げてテンションを上げる世渡さんにキャロルが呼応している。

 まだ会ってから半日が過ぎた程度なのにすっかり仲良しだな。世渡さんの人当たりの良さと、同性の安心感があるのかもしれない。

 しっかりしているように見えてまだ子供だ。母が恋しくなって当然だからな。

 一緒に手を繋いでレストランに向かう二人の後を追うために腰を上げる。

 これがキャロルと一緒に食べる最後の晩餐になるかもしれないのか。そう思うと、また寂しさがこみ上げてくる。

 手渡されたペットボトルの蓋を開けて、俺は中身の水と共に迷いを呑み込んだ。

 

 

 

 

 次の日。特に何もなく朝を迎えチェックアウト。

 今日は晴天で天気予報でも雪が降る可能性はない、とのことだった。

 車に乗り込み目的地まで順調なドライブを楽しんでいる最中にそれは起こった。


「あーもう、しつこいな! まだ雪の残っている道でカーチェイスするなんて馬鹿じゃないの!」


 憤りを隠そうともせずに怒鳴る世渡さん。

 俺とキャロルは声を出す余裕もなく、シートベルトを掴むので精一杯だ。

 雪が積もった平原を貫くように延びた道は平常時なら、目を奪われるような美しい光景なのだろうが、今は風景を楽しむ余裕なんて微塵もない。

 数分前に隣に並んだワゴン車が体当たりを仕掛けてきたのだ。


「まだローンが五年残っているのに!」


 と叫ぶ世渡さんがアクセルを踏んで距離を取ったかと思えば、進路方向に割り込むもう一台の見るからに頑丈で高級そうな外国車。

 さっきぶつけてきたワゴン車と挟まれるような状況になり、なんとか振り切ろうと苦戦している現状。


「直接危害を加えたらアウトって話じゃ!」


 衝突音とエンジン音に負けないよう大声を張り上げる。


「ワゴン車の方がチンピラで前のがプレイヤーなんじゃないの!」


 前の車は一切こっちに触れてないので、確かにそうかもしれない。

 自分は手を汚さずに人を使う、というのが羽畑という男だ。

 二車線の道路なので上手くやれば振り切れそうな気もするが、まだ雪の残る道でアスファルトを少しでもはみ出たら、一気に足を取られるらしく強気の攻めができないらしい。

 ディスティニーの力を使ってタイヤの一つでも石化させれば逃げ切れるが、それをすると怪我では済まない大事故を招きかねない。

 今の状態は危険だが、だからといって相手を殺すかもしれない決断をする勇気が俺には……。

 もう少し穏やかに退ける方法があれば……。あるな、直ぐに気づけよ俺!


「次、後ろからぶつけられたら速度上げて!」

「何か考えがあるんだよね!」


 バックミラーに映るように親指を立てて掲げる。

 ガンッ、という衝突音と体が吹き飛ばされそうになる衝撃。

 それを合図に車が加速した。

 俺はスマホを取り出して奇跡を発動する。自分たちの乗っている車に重なるように範囲を指定して《吹雪》を発動。

 これだと俺たちも巻き込まれそうに思えるが、現在車はかなりの速度で走っている――吹雪が俺たちに届くよりも速く。

 ぶつかった衝撃と加速で引き離された後方の車は吹雪に直面することになった。

 突如真っ白に染まる視界。

 道路を覆う雪。

 そんなところに今の速度で突っ込めばどうなるか。更にそこがカーブだったら。


「よっしゃあ! 後ろの車が道から逸れた!」


 横滑りで平原に突っ込んでいくワゴン車。なんとかブレーキを踏んだようだが、コマのようにくるくると回っている。


「スリップしたときの対応が下手だねー。そこで急ブレーキはダメだよ」


 サイドミラーで確認し世渡さんが鼻で笑い呆れている。

 地元民にしてみれば、雪道での対応がなってないようだ。

 これであいつらが俺たちに追いつくことはない。残りは目の前で進路妨害をしている一台のみ。


「少し速度を落としていいんじゃ?」


 障害の一つが排除されたので、少しだけスピードを落として欲しい。

 キャロルが怯えきってしまい、俺にしがみついて震えている。


「あっそうね。ちょっと落としてもいいかな。もう妨害手段もないみたいだし」


 こちらが少し遅くなると、前方の外国車も速度を合わせてくる。


「このまま、もっと速度落として二十キロぐらいまで」

「いいけど」


 疑問に思いながらも従ってくれたようで、徐々に速度が落ちていく。

 前の車も同じく二十キロになったところで、


「ディスティニー、俺の合図と同時にあの後ろの回っている黒いのわかるか? あれを石にしてくれ」


 とお願いをした。

 じっとタイヤを見つめて大きく頷いたので、あとはタイミングだけだ。

 ここは片道二車線の道路で対向車線も入れたら四車線ある。

 見える範囲の対向車線に車はない。


「世渡さん、一気に右へ曲げてください。対向車線に飛び出してもいいから!」

「どうなっても知らないわよ!」


 体が車の側面に引っ張られるように揺れる。キャロルの体をしっかり抱いて踏ん張りながら叫ぶ。


「頼んだ!」


 ディスティニーがかっと目を見開くと、外国車のタイヤの回転が止まり車体がぶれる。

 その横を通り過ぎる際に車内を覗き見ると、驚きながらも悔しそうに顔を歪める羽畑と目が合う。

 怒鳴るよりも効果的だろうと笑顔で手を振ると、後方からクラクションが鳴り響いてきた。


「やるじゃない。キャロルちゃん、もう大丈夫よ。後はのんびり風景をお楽しみくださいませ」


 おどけた感じで微笑みかける世渡さんを見て安心したのか、ぎゅっと掴んでいた俺の腕を放して窓に張り付いている。

 切り替えが早いのは子供の特権か。

 俺も全身の力が抜けて、車のシートに体重を預ける。

 これであとは目的の雑居ビルに着けば……キャロルとも、ディスティニーとも……。なんだ、異様に眠い。

 安心して気が抜けたら眠気がやって来た。昨日は様々な理由であんまり眠れなかったからな。

 やましい心がなくても、同室で女性と一緒ってのはきついんだよ。

 自分自身に言い訳しつつ、少しだけ眠らせてもらおうと目を閉じる。



 ――頑張りましたね。テストプレイ期間中のゲームとはいえ、こちらのミスで迷惑を掛けてしまったお詫びも兼ねて、あなたにはこの体験をプレゼントしましょう――

 

 ゆらゆらと意識が揺れ、心地よい眠りに落ちる直前に誰かの声が頭に響く。

 それは優しく慈愛あふれる声で頭と心にすっと入り込む。

 言葉の内容に疑問を抱くことすら失礼に感じてしまい、ただ「ありがとうございます」と口にしていた。





「ヨシオ、起きて! 起きて!」


 キャロルの声がする。

 もう、目的地に到着したのだろうか。


「ふあああっ、おはよう。もう、つい……た……」


 目を開けると視界の先に広がるのは、何本もの丸太の柵。

 ゆっくりと辺りを見回すと、柵の反対側に広がるのは巨大な木々が立ち並ぶ森。

 もう一度正面に顔を戻すと、その柵の隅に取り付けられていた扉が開く。中から見覚えのある顔をした面々が現れる。


「えっ?」


 彼らはどこからどう見ても……命運の村の住民にしか見えなかった。

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[一言] ちょっと予想してたけど現実が上手く周り始めてたしむしろ罰ゲームでは…
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