主神側のプレイヤーと上位の俺
ハイブリッド車がすーっと発車する。
気持ち悪いぐらい静かでヌルッと動いたな。エンジン音も小さいし、乗り心地も悪くない。父さんがハイブリッド車を欲しがる気持ちが少し理解できた。……って今はそんなことどうでもいいか。
「俺たちも自己紹介しておくべきかな?」
運転席で鼻歌を口ずさんでいる女性――世渡 芹に声を掛ける。
「大丈夫だよー。末長良夫さんと、キャロルちゃんと、トカゲ君は……名前なんて言うの?」
俺たちの名前を知っているのか。
味方らしいが邪神側しか俺の情報が伝わっていない、という話だったはず。
プレイヤーが使える掲示板《交流広場》で調べてみたが主神側のルールはリアル情報を流すのはアウトとなっていた。
「ディスティニーだよ」
「ふむふむ。長いからディーちゃんで」
妹みたいなことを言うな。俺は略して呼ぶ気はないけど好きにすればいい。
キャロルの様子が気になったのでちらっと隣に目を向けると、車の外を流れる銀世界に夢中らしく、窓に張り付いている。
「それで、ここに来て助けてくれた理由を教えてくれると助かるのだけど」
「せっかちねー。目的地までまだまだ距離があるから、のんびりドライブしましょうよ。内地の人はピンとこないみたいだけど北海道って広大でね、端から端までだったら大阪から東京ぐらい距離があるから」
四国がすっぽり収まるのは知っているが、そんなに距離があるのか。
正直、そこまでだとは思っていなかった。
しかし、初対面なのにこの人……何故か安心感がある。ピンチに颯爽と現れる、なんてあまりにもご都合主義な状況だったにもかかわらず、この人に対して不信感を抱かない。
不思議だ。人の恐ろしさに触れる出来事に何度も遭遇して、疑い深くなっているはずなのに。
「でも、気になって当然か。じゃあ、説明するわ」
さっきまでのおどけた口調から改まった感じにがらっと変化した。
真面目に話してくれるみたいだな。背筋を伸ばして聞き逃さないように集中しよう。
「まずは私も良夫さんと同じ《命運の村》ってゲームをしているのだけど、それって疑問に思ったことない?」
いきなり質問から入ってくるのか。疑問って何がだ?
「疑問だらけで何を指しているのかさっぱりなんだけど」
「あっ、そりゃそうか。私が言いたいのはタイトルについてだよ。だってさ、複数の神がいるのになんで命運がついているのかって思わなかった?」
「自分だけがプレイしていると思っていたから、そういうゲームだと思っていたけど……確かに変だ」
運命の神になって遊ぶから《命運の村》だと思い込んでいた。でも、他の神を操作するプレイヤーも《命運の村》で通じていたよな。
「でしょ。たまたまタイトルが運命と似た感じになった、って可能性もあるけど実はちゃんと意味があって、運命の神って従神の中でも上位に位置するのよ」
「……すまないけど、よくわからない」
「えっとね。従神にも階級みたいなのがあるのよ。第一従神、第二従神、第三、第四、第五まであって、それぞれが上位階級の神に従っているみたいな感じ。主神が会長で第一従神が社長、部長、課長、係長、平社員って言った方がわかりやすいかな」
「まあ、なんとなくなら」
従神は横並びなのかと思っていたら階級が存在したのか。
つまり、運命の神は会長に次ぐ……主神の次に偉い存在だという話になる。
「でね、ここまで話したらわかると思うけど運命の神は第一従神になるわけ。そんでもって、私の運の神は運命の神の一個下になる第二従神ってこと」
「主神って七人いたはずだけど、運命の神の主神って誰になるんだ」
確か主神は光、月、火、水、植物、雷、土。そのうちの誰かが会長……違う、直属の上司……上位の神なのか。
「えっとね月の神よ。月は運命や命と関連するらしくてね、その繋がりみたい」
占いで月を重要視するとか聞いたことがあるような。こういうのは妹が詳しかったはずだ。
「なるほど。でも、なんでそんなに詳しいんだ」
「せっかちなのは嫌われるぞー。女の子の話は最後まで聞かないと」
似たようなことを妹から言われたことがある。……質問は後にしよう。
「このゲームのプレイヤーはレベルが上がると色々特典が増えるの。現実世界で発動できる奇跡の種類が増えたり、発動ルールが緩和されたりとかね。あとはレベルが5に達すると、プレイヤーが演じる神と直接チャットできたり、とか」
そこで言葉を句切ったのはわざとだ。
バックミラーを覗き込んでいる世渡と視線が絡み合う。
「まあ、その代わりレベル5になると掲示板に書き込めなくなるのよ。見るのは可能なんだけどね」
今の話を聞いて合点がいった。
掲示板にレベル5のプレイヤーがいないのは、レベル5が存在しないのではなく書き込み禁止になるからだったのか。
「あとね、レベル2だと掲示板は月の神に連なる従神専用の掲示板しか見られないわよ。他の主神の従神はゲームのタイトル別だから。火の神系列だったら《滾れ村人!》だったかな。そんな暑苦しいタイトルだし」
「だから、あの掲示板では《命運の村》で通じたのか。でも、水の神の従神っぽいプレイヤーが書き込んでいたような……」
「あれはレベル3になったら、他の主神側プレイヤーの掲示板を利用できるようになるの。レベル2以下には秘密だから、それに関連する書き込みをすると禁止事項で表示されなくなるけどね」
レベル3未満お断りのスレッドとかには、そういう情報も書き込まれているのだろうな。
「ちなみにプレイヤー同士の交流も基本禁止だから、この状況って特例なんだよ。まあ、邪神側はそういう規定を守ってないみたいだけどね」
それはついさっき体験したので知っている。
やはり、あれは主神側のルールでは違反行為なのか。邪神だけあって、主神と比べて色々規制が緩い仕様のようだ。
「ずっと気になっていたんだけど、芹さんはレベルいくつ?」
これまでの会話で察してはいるがハッキリさせるために質問した。
バックミラーに映る目元が嬉しそうに緩んでいる。
「よくぞ訊いてくれました! レベル5だよ」
自慢したくてうずうずしてたのか声が弾んでいる。
やっぱり、レベル5のプレイヤーか。
「……つまんないなー。もうちょっと驚くとか賞賛するとかあるでしょ」
「凄いですねー。ちなみにどれぐらいこのゲームを?」
「うっわ、心こもってないの丸わかり。えっと、ゲーム期間だっけ。かれこれ二年ぐらいかな」
二年か。これが長いか短いかは判断がつかない。
「このゲームって何年前から始まったかは知ってます?」
「うーん、掲示板で集めた情報によると十年前らしいけど、定かではないよ」
俺が引きこもりを始めた頃か。そこはただの偶然だろうけどネットゲームとして考えるなら、かなり長続きしているタイトルだ。
「話戻すけどさ、私はレベル5だから運の神とチャットできるの。月一で文字数も決められているけどね。詳しい内容は禁止事項だから話せないけど、うちの神さんが、運命の神から直接頼まれたらしいのよ。今日の日時と迎えに行って欲しいってのを伝えられて、やって来たってわけ」
「そうだったのか。改めて助けてくれて、ありがとう」
俺が頭を下げると、キャロルも俺を真似てぺこりとお辞儀した。リュックサックから顔を出したディスティニーも頭を上下に振っている。
「抜群のチームワークじゃないの、羨ましい。神様から仕様ミスであっちから人と聖書が送られた、って聞いたときは耳を疑ったけど本当だったのね」
バックミラーを調整してキャロルをまじまじと見ている。
この人は当たり前のように神様と口にした。やはり、このゲームを運営しているのは神ということなのだろうか。
覚悟も予想もしていたが、それでも……動揺してしまう。
くいくいと服の袖を引っ張られたので隣に顔を向けると、大きな目でじっと見つめるキャロルがいた。
『ヨシオ、なんて言ってるの?』
「キャロルちゃんかわいいねーって言ったのよ」
俺が答えるよりも先に世渡さんが口を挟んできた。
キャロルの言葉が通じているのか。
『えへへ。ありがとう、お姉ちゃん』
照れながらもお礼を口にしている。
「……キャロル、そこのお姉さんの言葉わかったのかい?」
『うん。さっきまで何を言っているのかわからなかったけど、今のはわかったよ』
同じゲームをしているプレイヤーだから意識してキャロルに話し掛けると、俺と同じように自動翻訳してくれるのか。
「ちょっと相談なんだけど、キャロルちゃんを私の妹として譲るってのはどう?」
「お断りします」
即答した。
真面目な顔して何言ってんだ。
「この純粋無垢な笑顔だけで、ご飯三杯はいけるわ!」
「キャロル。あのお姉ちゃんに近づいたらダメだぞ」
危ない発言をする危険人物に気をつけるように釘を刺しておく。
「酷い! ちょっと子供が好きなだけなのに。特に幼女ってかわいいよね。男のガキはうるさくて生意気でムカつくけど」
やけに実感がこもっている。昔、男子に嫌なことでもされたのだろうか。
この話を広げても良いことは何もないみたいだ。他に話題は……。
「さっきのは半分冗談だけど、本当に聖書を返すつもりなの?」
俺より先に向こうが切り出してきた。
「そのつもりだけど」
「そっか。欲がないんだね。売れば大金が転がり込んでくるし、それに聖書があったら自分が行ったところを覗き見し放題だよ? 他にも奇跡を発動させるのに場所指定も出来るし。すさまじく便利なの理解してる?」
何を言いたいのかはわかっている。
俺もそれを考えなかったと言えば嘘だ。五百万の金があれば親に半分渡しても、乗用車を買えるぐらいの金額は手元に残る。
売らないとしても聖書と《命運の村》のアプリを併用すれば、高性能のマップ機能に加え建物の中ですら覗くことが可能。
これにどれほどの価値があるのか、想像もつかない。
「わかっているよ。でも聖書がないと村の様子がわからないから、手助けも出来ないで全滅するかもしれない。それに村人の価値はお金には換えられない。俺をどん底から救ってくれた村人は家族と同じぐらい……大切な人たちだから」
そう言ってキャロルの頭を撫でた。
運命ポイントは毎日少しずつだが増えている。これがキャロルの感謝する気持ちなのか、村が存在していて村人の感謝なのか判別する方法はない。
でも村人は生き延びていると……俺は信じている。
「うん、いいね! 主神側でも村人をゲームのキャラ扱いする連中がたまにいるけど、そうじゃないみたいだね。キャロルちゃんもそうだけど、別の世界でみんな一所懸命生きている。私もそう思っているよ」
赤信号で車が止まると世渡が振り返り、満面の笑みを浮かべた。
「よっし、わかり合えたということで、ご飯にしようか。キャロルちゃんもお腹空いたよね?」
『うんっ、お腹空いた!』
話に夢中で気づいていなかったが、もう昼か。
「北海道名物の一つ、ジンギスカンのおいしいお店に連れて行ってあげましょう!」
おっ、北海道に来たら食べてみたかった料理の一つだ。
今は運営に会うのを最優先にするべきなのはわかっているが、目的地に到達するまでまだ距離も時間もある。
腹ごしらえは必要だろう。
さっきから俺の服を引っ張っているキャロルとディスティニーが限界みたいだし。




