敵対する陣営と逃避行する俺
はらはらと雪が舞い降りる中、俺は羽畑とにらみ合っている。
まだ車からは誰も降りてこないが、あの中には誰かが確実にいるはずだ。一人での犯行だとしたら、俺達を車の中へ誘導するのは可能かもしれないが……その後はどうする。
俺たちの見張りや身動きを封じる人が最低一人は必要なはず。
「甲板で幻影を見せたのは失敗でしたね。ここで気づかれるとは」
「初見だったら確実に騙されていただろうな」
警戒していたから違和感に気づけた。それは間違いない。
とはいえ確信がない俺は幻影かどうか見極めるために――雪を降らせた。
俺もレベル2となったことで現実世界での奇跡の発動が可能となっている。そこで、雪を降らせてバスに雪が積もるか確かめたのだ。
その結果、雪は幻のバスの天井を通過した。
「で、ネタもばれた状態でどうする気だ?」
ニヤリと口元に笑みを浮かべて強気な対応をする。隣で不安顔のキャロルを勇気づけるためにも動揺は表に出さない。
それにいざという時は頼れる家族がいる。
一瞬だけリュックサックに視線を向けると手だけをちょこっと出して、任してくれと指を一本立てていた。
心強いよ、ディスティニー。
「んー、どうしましょうかね。実際、どの程度危害を加えたらゲームオーバーかわからないので、手の出しようがないのですよ」
そうだよな。ゲームの掲示板内でもゲームオーバーになるとプレイヤーの記憶が無くなるから、違反行為の線引きが難しいとこぼしていた。
「ただ、そもそもプレイヤーが他の人に頼んで悪巧みをした場合、それも違反行為として見なされるのか。良夫さんはどう思います?」
そう言って指を鳴らすと、ワゴンの中から三人の男が現れた。
見た目はチャラそうな若者で吉永との一件を彷彿とさせるメンツだ。
「プレイヤー以外に話すのはアウトじゃなかったのか?」
「詳しい話はしていませんよ。ただ割のいいバイトがあると伝えただけです。人も殺さない、傷つけない。ちょっと拉致して本を奪ったら解放する。捕まったところで、そんなに罪は重くなりませんからね」
金で雇ったチンピラか。
これなら奇跡を発動させたわけでもなく、直接危害を与えたわけでもない。ルールの穴を突いた方法だ。
ワゴンにカーテンをしていたのは外からの目隠しではなく、中にいるこいつらにバスの幻影を見せないためだったのか。
「おいおい、変な事を言わないでくれよ。俺たちはあんたのお友達が本を返さないから、一緒に返して貰えるように説得するだけ。そういう話だよなー?」
「そうでしたね。これは失言でした」
耳障りが不快な粘り気のある話し方をする男だ。
あの三人も犯罪行為なのは知ったうえで、知らなかったを通すつもりか。
「ということで、大人しく同行するか、本を渡すか、抵抗してみるか。どれでも好きなのをお選びください」
前までなら絶体絶命のピンチに焦る場面だが、こっちにはディスティニーがいる。
遠慮なく抵抗させてもらおう。
俺がキャロルの背負っているリュックサックに触れようと手を伸ばす。
「おっと、そのトカゲは出さないでくださいね」
「……何のことだ?」
どういうことだ。なんでディスティニーのことを知っている。
「驚かれた顔をしていらっしゃる。そのトカゲがあなたを襲った彼を、どのような手段かは不明ですが倒したのは知っていますよ。だからこそトカゲのいないタイミングを見計らって、甲板で声を掛けたのですから」
こっちの秘密兵器を知った状態で仕掛けてきているのか。
「知られたところで、どうということはないけどな」
半分強がりで半分本音だ。
相手に毒の息や石化を使えば、容易に形勢逆転が出来る。
だが、既に情報を得ている相手は警戒をして、何かしらの対策もしていると考えるべきだろう。
「どうやって、知ったんだ?」
「その答えは単純明快。あの売れないバンドマンをそそのかしたのは私ですから。掲示板で貴方の住処を書き込んで誘導したわけです。上手くやれば、それを私が奪えばいいだけですし。失敗しても、こうやって有益な情報が得られる。私には得しかありませんので」
冴えない見た目に反してずる賢いというか、腹黒だなこいつ。
これだけ悪知恵があって手回しもできるなら、サラリーマンとしても意外と優秀なんじゃないか。
「それって矛盾してないか? 甲板で会ったときに、俺がレベル1だとか情報が間違っているとか言ってたよな」
「言いましたね。でも、貴方に本当のことを言わないといけないルールがあるとでも? 言葉遣いで頭のいい振りを装いながらも、抜けたところもある方があなたも油断するでしょ? この発言だって全部嘘かもしれませんよ?」
「こいつ……」
男が小首を傾げても腹立たしいだけだな。
スマホを取り出して画面を確認する。
《命運の村》を起動中の画面には上空からこの場所を覗き見た、リアルタイムの映像が流れていた。
聖書がここにあることによって、周辺の映像を見ることが出来る。
とはいえ、俺が見たことのある場所だけが明るくなっているのでフェリーと乗り場、そしてこの周辺しか見えない。
「何か奇跡を発動するつもりですか? 余計なことをされるのであれば、こちらも強硬手段を取らねばなりません」
じりじりとにじり寄ってくる三人のチンピラ。
サラリーマン羽畑は一歩も動かず、自ら手を汚すことはしないのか。
相手は風上にいるのでディスティニーが毒息を吐いても届かない可能性が高い。石化の能力を使うには目視する必要がある。
リュックでぬくぬくしているところ悪いが、一度外に出てもらうとするか。
「三人とも距離を取って、全員が一度に視界へ入らないようにしてください」
石化の能力はバンドマンとの戦いで見物済みか。
これは……ヤバいぞ。実はこの石化の力、一つの対象にしか効果がないのだ。
なので相手がバラバラになろうがなるまいが、一人しか石化できない。解除したらまた別の対象を石にできるが。
……迷っている時間がない。一気に詰め寄ってくる男の一人へディスティニーの顔を向けさせる。
瞬く間に首から下が石になり動きが止まった。
「な、なんだ⁉ 体が動かねえ!」
動揺する男の声に反応して、残りの二人が怖じ気づく。
「先に本を奪った人に、倍額支払いますよ!」
男たちが戸惑う隙を打ち消す羽畑の一言。
大金に釣られた男たちが顔を見合わせると、再び接近する。
凄いなこいつら。超常現象を目の当たりにしたのに向かってきやがった。何も考えていないバカなのか金の力の偉大さか。
右と左から挟み込まれている状況で、石化を解除してどちらかに向けたとしても片方は俺たちに届いてしまう。
毒の息――は風下にキャロルがいるので下手したらそっちに流れる。悩んでいる時間はない!
「石化解除して、あっちを石化してくれ!」
ディスティニーが俺の指示した方に向き直り、そっちを石化させる。
動けるようになった方は急に解放されて体勢を崩しているから、直ぐにはこっちにこない。
だけど、問題のもう一人が目の前に迫っていた。
体当たりして弾き飛ばすしかない!
意を決して突っ込もうとすると、男が真横に吹っ飛んだ。
飛び出すタイミングを失い前のめりになるが、どうにか踏み留まる。
「あんた、運命の神のプレイヤーで間違いないよね。悪いわね、寝坊して遅れちゃった」
頭を小突いて舌を出している顔はかわいいが、蹴りを繰り出したポーズのままされても……。
目の前の女性が迫っていた男に蹴りをかまして吹っ飛ばしてくれたのか。
前髪をまっすぐに揃えたおかっぱのような髪型に女性用のスーツ。短めのスカートからすらりと伸びた足は黒のタイツをはいている。
年齢は二十台前半、沙雪と同じぐらいに見えた。
「あら、私の美脚に見とれちゃった?」
この状況で軽口が叩けるのか。俺より肝っ玉が据わってそうだ。
「誰だ?」
言いたいことは山ほどあったが、一番の疑問が口からこぼれる。
「説明は後で。主神側とだけ言っておくわね。まずはこの状況を打破するべきでしょ」
そうだった。謎の女性について考えるのも驚くのも後回しだ。
驚きすぎて存在を忘れそうになっていた羽畑に目を向けると、目を細めてじっとこっちを見ている。
「まさかの主神側のお味方ですか。ふむ、我々も組んでいるのですから当然と言えば当然ですね」
こちらの会話が聞こえていたようで、何度も頷いて一人で納得している。
敵側で無事なのは羽畑とチンピラ一人。もう一人は出来損ないの石像になり、もう一人は白目をむいて痙攣している。
想像以上に女性の不意打ち蹴りの威力があったのか。
二対二になったことで数の不利はなくなった……が、フェリー乗り場の客を眠らせた邪神側の人間が最低あと一人は潜んでいるはず。
「てめえ、よくもやりやがったな!」
頭に血が上ったチンピラの残りが、肩を怒らせて謎の女性に向かってくる。
あの蹴りは見事だったが女性に全て任せる訳にはいかない。
チンピラと女性の間に入り、腰を落として構える。
「あれ? かばってくれるんだ。私の方が強いのに」
「……プライドを捨てた人生を送ってきたから、少しでも取り戻したいんだよ」
見据えている相手が懐からナイフを取り出すのを見て、腰が引けそうになるが凶器を向けられるのは、この一ヶ月で三度目。腹も据わるってもんだ。
こっちの世界も暴力的なイベント目白押しだな。
「やめなさい。ここは引きますよ」
「俺に命令すんな!」
雇い主である羽畑に逆らってチンピラが叫ぶ。
「冷静になってください。そろそろ、眠らせた人々も起きてしまいますし、フェリーの乗客を迎えに来た車も到着したようです」
対応に集中していて気づいていなかったが、少し離れた場所に二台の車が今停まった。
人目がある状況でこれ以上やるのは危険だと判断したのか。
「警察に捕まりたいなら止めませんが?」
「……ちっ!」
舌打ちすると男が倒れている男をワゴンに引きずっていく。
「石化を解除してやってくれ」
リュックサックに戻っていたディスティニーに頼むと、小さく頷き実行してくれた。
このまま石像を放置しておくと大事になるのは目に見えている。それに解除しておかないと次の石化を瞬時に発動できない。
「惜しかったのに残念ですよ。では、今日はここまでということで」
芝居がかった仕草で肩をすくめ頭を左右に振る羽畑の隣に、同じくスーツ姿の男性が一人。白髪交じりの髪をオールバックにした渋めの男性。
執事とか喫茶店の店主に似合いそうな外見だ。おそらく、そいつが客を眠らせたプレイヤーだろう。
「では、またお会いしましょう」
一礼をしてワゴンに乗る羽畑たち。
予想外にあっさり引いたな。甲板でもそうだが引き際が潔い。
ゲームの世界と違って暴力だけで突破しようとしても、こっちには国家権力があるからな。
ワゴンが視界から完全に消えるのを確認すると、体の力を抜く。
「なん、とかなったか」
気を抜くと一気に寒くなってきた。
俺の隣にいるキャロルもよく見ると小刻みに震えていた。
「ごめん! 建物に戻って温かい物でも飲もうか。あんたも一杯どうだ? 礼もしたいし事情も聞きたい」
「それは魅力的な提案だけど、私の車に乗らない? まずはここから離れるのが優先だと思うけど」
女性の言い分はもっともだ。
これで彼女が邪神側で実は俺たちを油断させる役割というのも考えられるが、さっきは助けてもらわなかったら聖書を奪われていた。
そこを疑うのはやめよう。
「じゃあ、遠慮なく。寒いし」
少し離れた場所に止めていた黒いハイブリッド車に乗り込む。
俺とキャロルは後部座席で運転手はもちろん彼女だ。
「ドライブしながら説明するわね。まずは、自己紹介だけしておくわ。私は、世渡 芹って言うの。主神側のプレイヤーで……運を司る神をやっているわ」
運か。運命の神と何か繋がりがあると考えるのが妥当。
彼女の話は一言も聞き逃すわけにはいかない。手渡された温かい飲み物を握りながら発言に耳を傾けた。




