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壮大な北海道とちっぽけな俺

 あまり眠れないまま朝を迎えた。

 昨日は聖書とスマホを取り出して、何か出来ないかとあれこれやっていたからな。

 起きて直ぐに聖書とキャロルがいるのを確かめる。ディスティニーが抱き枕になっているおかげなのか、ぐっすり眠っているようだ。

 石化しておいた窓やテープを貼った通気口も確認してみるが変化はない。……後で解除するのを忘れないようにしよう。

 どうやら問題なく一晩を越せたようだ。

 一人と一匹を起こしてレストランに向かう。一人で買い物に行くのも考えたが、いない間に何かあっても困るし、ボディーガードとしてディスティニーに同行してもらいたい。

 指定席となったリュックサックに入り、キャロルに背負われてご満悦な顔をして中へと潜った。

 トカゲを連れていることがバレると問題になりそうだが、今は身の安全を最優先したい。それに言葉も通じて意思疎通が出来るので、問題行動は起こさないだろう。

 レストランも人気がある方を選んで入る。

 ビュッフェ方式なのでキャロルがはしゃいで結構な量の料理を皿に盛っていた。


「何回取ってもいいから、一度にそんなに盛らなくていいんだよ」

『一回だけじゃないの⁉ すっごいね!』


 目をキラキラと輝かせて本気で感動してくれている。

 周りの客は言葉を理解できないが、その大げさなリアクションを見て微笑んでいた。

 お騒がせしたのを謝ってから角の席に着く。

 辺りを見回して安全なのを確認する。昨日の冴えないサラリーマンの姿はないようだが。

 机の下にリュックサックを置くと、ディスティニーがひょこっと顔を出した。


「ここは見えないからいいけど、外には出ないようにな。はい、これ」


 さっき多めに取ってきた、ソースの付いていないローストビーフをそっと差し出す。

 両手で受け取るとリュックサックの中へと戻ってくれた。お利口さんで助かる。

 昨日のサラリーマンもそうだが、この船の乗客に他のプレイヤーがいない保証はない。フェリーは当日券もあったので俺の後を追って、乗り込むのは可能だった。

 それこそ奇跡の力で強引に潜り込むことが出来たかもしれない。


『おいしいね! パパとママ……みんなにも神様の国のご飯食べさせてあげたいな』


 キャロルの満面の笑みが寂しげな笑みへと変わる。

 俺はキャロルとディスティニーと一生一緒に暮らすのも悪くないと思っていたが……彼女たちは本来の世界に戻るべきだ。

 現実と異世界の境界線が曖昧になりつつある現状。だけど、勘違いしてはダメだ。

 一人と一匹の本当の幸せはここにはない。


「何かお土産買っていこうか。向こうに戻ったときに渡してあげたらいいよ」

『うんっ!』


 いつもの笑顔に戻ったキャロルは、慌てて皿に盛られた料理を平らげている。

 直ぐにでもお土産を買いたいのだろう。

 俺も手を付けてなかった朝食を口にする。心配は尽きないけど、まずは体力の補充だ。食欲がなくても食べないと話にならない。



 キャロルが二回おかわりをして、ディスティニーには食後のフルーツも食べさせたので両方満足してくれた。

 売店でお土産をいくつか購入すると、部屋に戻ってからお土産を掲げてニコニコしている。

 そろそろ港へ到着の時刻なのでフェリーに乗る前より厚着をしておく。

 ここはもう北海道。地元とは寒さの桁が違うはずだ。


「すっごく寒いから、気をつけるんだよ」

『はーい!』


 ビシッと元気よく手を上げているが、本当にわかっているかは疑問だな。

 《命運の村》の世界には四季っぽいのがあるそうだが、日本と似た設定だとしても北か南かで話が変わってくる。

 忘れ物がないかもう一度部屋のチェックをして、リュックサックにディスティニーがいるのも確認してから部屋を出た。

 船が港に到着して桟橋が下りる。フェリーの出入り口が開くと一斉に寒風が吹き付けてくる。

 暖房に慣れきった体を一気に冷ましてくれる北海道の風。

 寒いも限度を超えると痛い。

 キャロルの手を引いて桟橋を抜けると、そこは一面の銀世界だった。

 白。何もかもが白に染まっている。


『ヨシオすごいよ、真っ白だよ!』


 キャロルがはしゃぐのも無理はない。俺がもっと若ければ同じように雪の上を走ってみたかった。

 今は雪が降っていないがさっきまで降っていたようで、地面を覆う雪には足跡がほとんどない。

 手ですくって見ると、地元の雪と手触りが違う気がする。

 さらさらしているような? 家の周りにたまに積もる雪は、もっとべちょっとした感じなんだが。


『雪人形作っていい?』

「いいけど、あまり離れないようにな」


 雪人形というのがよくわからないが、たぶん雪だるまの異世界バージョンみたいなものだろう。

 フェリー乗り場を出て直ぐの場所なので人も多いから、邪神側もこんなリスクのある場所でちょっかいは掛けてこないよな。警戒を怠る気はないけど。

 道路には絶対に飛び出さないように念を押してからバス停の時刻表を確認する。事前に調べておいたが変わりないようだ。

 ここからはバスで町まで移動して、そこから再びバスに乗り換える。目的地の近くまで行ってからはタクシー移動。それが北海道での移動方法になる。

 レンタカーを借りるのが一番らしいが免許がない。もし免許を持っていたとしても、雪になれていないのに冬の北海道で運転するのは無謀だ。

 初めからタクシーも考えたが北海道は広大すぎる。移動費だけで金が尽きてしまう。

 つまりバス移動しか手段が残されていない。お金って大事。


「次のバスは二十分後か。普通はフェリーの到着時刻にあわせるものだけど、船の到着時刻が遅れていたからこんなもんなのか。……キャロル、バスが来るまで中に入っておこう」

『えー、もうちょっと遊びたい!』


 う、うーん。寒さと安全面を考えるなら待合室がある建物の中で待つべきだけど、ずっと船の中だったから外で遊びたい気持ちもわかる。

 ……正直に言えば、俺もかまくら作ってみたい。

 それにキャロルにはこの世界での楽しい思い出をたくさん作って欲しい。

 辺りを見回して少しならいいだろうと、キャロルに駆け寄る。かまくらを一人では無理があるから、俺は雪だるまを作ろうかな。

 ちょっと気になったのでリュックサックの中を覗くと、バスタオルにくるまってカイロを二つ抱え込んでいるディスティニーと目が合う。


「大丈夫か?」


 ディスティニーは大きく一度頷くと丸まった。

 本当に無理だったら伝えてくるよな。ただのトカゲじゃないから。

 カイロの使い方も一度目の前でやって見せたら、一発で覚えたぐらいだ。

 とはいえ念のための対策はしてある。リュックサックの中にはまだ未開封のカイロが大量にあるので大丈夫だろう。


「寒くなったら言うんだぞ。カイロいくらでも使っていいから」


 返事をするのが面倒なのか軽く手を上げただけだった。

 なんか、オッサンっぽいぞ。

 じゃあ、バスが来るまでキャロルと遊ぼう。謎の円柱を一生懸命作っているが、あれが雪人形なのか?

 フェリー乗り場の近くで雪遊びはこの年だと若干恥ずかしいが、童心に返って遊ばないとな。



 俺もキャロルも雪を堪能すると建物内に戻る。


『楽しかったね、ヨシオ!』

「そうだね」


 お互いの雪を払って、温かい飲み物を自販機で購入する。

 極寒の地なのに動きすぎて暑いぐらいだったが、体を動かさなくなると一気に冷えた。

 こうやって無防備に遊んでいる姿を晒せば、また邪神側がちょっかいを掛けてくるかと思ったのだが杞憂に終わったな。

 あと五分ぐらいでバスが出発する時間なので建物内部から覗き見すると、既にバスが止まっていた。

 運転手の姿しか見えないが扉は開いている。


「バスが来たみたいだから行こうか」

『うん。バスって馬がないのに走る馬車のおーっきいのだよね』


 円を描くように腕を振ってバスの大きさを表現している。

 ただでさえかわいい顔をしているのに、そんな動きをしたら頬が勝手に緩んでしまう。

 子供がいる父親の心境ってこんな感じなのかな。


「そう、それだよ。乗り遅れると次が一時間後になるから早めに乗っておこうか」


 天気予報は晴れだったが、万が一にでも吹雪いたりしたら交通止めになりそうだしな。

 バス停に向かおうとフェリー乗り場から出る。一度暖房の心地良さを知ってから、外に出るのは勇気がいるな。

 この寒さから逃れるために足早にバス停へ向かおうとして……立ち止まった。

 周りには俺たち以外の客がいない。


 一時間に一本しか来ないバスに乗る客が一人もいない。


 フェリーから下りた客は結構いた。車で迎えに来てくれた人もいれば、タクシーを呼んだ人もいただろう。

 でも、それだけで乗客の全てが捌けた訳じゃない。実際、建物の内のベンチに腰掛けている乗客が数十人はいる。

 だというのに誰もバスに乗らない。全員が慌てる様子もなく、くつろいでいるだけだ。

 ……いや、目を閉じてないか? もしかして、居眠りしているのか。

 何人かはベンチで荷物を枕にして熟睡している。動く気がまったくないようにしか見えない。……怪しいどころの騒ぎじゃないな。

 じっとバス周辺を観察するが妙な点はない、と思う。何か別の理由でこのバスに乗らないだけとも考えられるけど、それが何かはわからない。


『どうしたの、ヨシオ。早く乗らないと寒いよ』


 不安そうにこっちを見るキャロルの頭に手を添えて思案する。

 スマホを取り出して今日の天候を確認。時刻表も見てみるが時間に間違いはない。

 更にスマホを操作してから、もう一度バス周辺を注視する。

 空からはらはらと雪が降り始め、周囲の温度も下がってきた。早く決断しないと凍えてしまう。

 一度建物内に戻るのが安全かもしれないが、乗客の様子も妙に思える。

 雪をじっと見つめて俺は決断をした。


「一旦、中に戻ろう」


 中も危険かもしれないが、プレイヤーが直接危害を与えられないというルールがある。

 あの見るからに怪しいバスに乗るよりかはマシだと、割り切るしかない。


『乗らないの?』

「あのバスには乗らないよ」


 キャロルの手を引いて建物に戻ろうと振り返ると、建物の入り口が消えていた。

 これは比喩でも何でもなく、さっきまで俺たちが出入りしていた自動扉が綺麗さっぱり無くなって、コンクリートの壁があるだけだ。


『あれっ⁉ ないよ! ヨシオ、扉ないよ!』


 慌てふためいているキャロルを抱き寄せる。

 俺は驚きよりも納得の方が強い。考えは間違っていなかったようだ。


「羽畑さん、出てきたらどうですか」


 昨日、サラリーマンが置いていった名刺に書いてあった名を口にする。


「おや、お気づきでしたか」


 バスから降りてきた運転手は服装は違うが、昨日の冴えないサラリーマン――羽畑に間違いなかった。


「そのバスも幻覚ですよね。実はワゴンぐらいの大きさとか?」

「意外とめざといのですね。正解ですよ」


 右手を掲げ指を鳴らすとバスの姿が消え、代わりに現れたのは一台のワゴン車。

 窓に目隠し用のカーテンをしているので中がどうなっているのか、外からではわからない。

 昨日の緑小鬼と同じように幻覚で包んでいたようだ。


「建物の中の客にも何かしただろ。もう一人仲間がいるのか?」

「おやおや、どうしてそう思ったのです」

「プレイヤーには直接奇跡で危害を与えてはいけない。だから、俺とキャロルが外で遊んでいる間に建物内の客になんらかの奇跡を発動させた。違うか?」


 こういう輩に弱気は禁物だ。強い語気で堂々とした態度を意識しないと。

 奇跡の内容はわからない。目的を忘れるとか記憶の改ざんかもしれないし、ストレートに眠らせる能力なのかもしれない。

 どちらにしろ、乗客の今の状態は正常ではないはず。


「ご名答ですよ。引きこもりでニートと聞いていたのに頭は悪くないようですね」


 褒めながらも、その見下した口調と目線は慣れっこだよ。

 相手の言っている事が真実だと仮定した場合、認める理由はバレたところでどうとでもなるという自信があるからだ。

 この流れはあれだな。ストーカーの一件と同じくまだ仲間がいる。

 見た目も口調も違うのに、吉永の姿がダブって見えるな。

 リュックサックのジッパーを開いて、ディスティニーに目配せをした。

 いざという時は頼りにしているぞ。


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