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邪神側と主神側の俺

「ここ日本……だよな」


 フェリーの甲板に佇む一体のモンスター。

 緑色の肌をした鬼。ゲーム内で何度も見た姿にそっくりだ。


『あれ、緑小鬼だよ!』


 ……うん、そうだね。お利口さんだな。

 そう言って強がろうとしたが、こわばって声が出ない。

 画面越しだと恐怖を感じることはなかったが、生身で見るとそこにいるだけで尋常ではない迫力がある。

 人ではない化け物が現実世界にいることの違和感。

 現実から乖離した空間。

 冷や汗が一気に噴き出て、シャツが背中に張り付く。

 こんなのを相手にしていたのか村人たちは。体験して初めて気づく恐怖。

 逃げ出したい。今すぐにでも走って逃げたい。

 でも――


『ヨシオ……』


 服の裾をぎゅっと握りしめて怯える、か弱い存在が背後にいる。

 守らないと。


「大丈夫、守ってみせるから」


 キャロルの頭に手を乗せて、無理にでも笑ってみせる。

 緑小鬼は甲板に繋がる扉の前に陣取っている。数は一体。

 見える範囲に人影はない。どこかに隠れているなら別だが。

 ガムズなら楽勝な相手だけど、俺には戦うという選択肢すら浮かばない。

 相手の身長は俺より少し低いぐらいか。腕と足は筋肉質で全体的に大柄でゲーム内より小太りで大きい。でも、体格は俺の方が上だ。

 だが、相手は人ではない化け物。それだけで勇気が覆されそうになる。


 助けを求めるにしても、辺りに人影はない。

 頼りになるディスティニーは船室に置いてきてしまった。

 まだ相手に動きはないが船内へと繋がる階段の前から離れてくれない限り、どうしようもないのが現状だ。

 せめて棒きれでもいいから武器の一つでもあれば少しはマシだが何もない。

 他のプレイヤーがちょっかいをかけてくることは予想していたが、船まで追っかけてきて、こんな直接的なアプローチをしてくるとは思いもしなかった。


「本を渡せ」


 予想外に滑舌の良い声で語りかけてくる緑子鬼。

 こいつ、話せたのか?

 ゲーム内では一度も会話しているところを見たことがない。奇声を上げているシーンはあったが、村人と会話が成り立っていなかった。

 ……この緑小鬼はなんなのか。あり得そうなパターンだとプレイヤーが奇跡の力を使って召喚した。

 そういう奇跡を使える神なのか、レベルが上がれば邪神側はそういうことが出来るようになるのか、それはわからないが。

 もしそうだとしたら、どうしようもない。自由にモンスターを呼べる相手なんてどうすればいいんだ。


「本ってなんのことだ?」


 《命運の村》に出てくるモンスターが求めている物なんて、聖書しかないのはわかりきっていたが一応とぼけてみる。


「しらばっくれるな、聖書だ。素直に渡すのであれば危害は加えない」


 やっぱりな。この状況で別の物を求められたら驚いていた。


「あんた、緑小鬼だよな。邪神側の奇跡で召喚されて操られているのか?」

「余計な詮索に応える義理はない。聖書を渡せ」


 あのバンドマンと違って無用なお喋りはしないタイプか。

 見た目は異様だが会話が成り立つことで緊張がほぐれてきた。


「嫌だ、と言ったら?」

「強引に奪うまでだ」

「それはルール違反なんだろ。プレイヤーに直接危害を与えたらアウトなのは知ってる」

「……レベル1の初心者と聞いていたが、情報に齟齬があるな」


 俺の情報ってどこまで知られているんだ。内情を知っているからレベル2以上だと瞬時に理解したようだけど。

 ズボンをぎゅっと掴んでいるキャロルに囁くと、少し考えてから俺に耳打ちをした。


「余計な真似はよせ。直接危害を加えなくとも奪う手段はある」

「じゃあ、ゲームオーバー覚悟で奪ってみたらどうだ?」


 俺が肌身離さず持っている聖書を内ポケットから一瞬だけ出して、元に戻す。

 一瞬、ピクリと反応したがそれだけで迫る様子もない。

 山本さんの行動、バンドマンから聞き出した内容。そして掲示板で集めた情報。

 その全てを踏まえた上での結論は、プレイヤーに奇跡を行使して直接危害を加えるとゲームオーバーになる、というのはほぼ間違いないということだ。

 なら手段はある。相手が強引に何かしようとしたら、避けずにあえて食らえばいい。大怪我も死ぬのも勘弁してもらいたいから防御はするけど。

 でもそれは最終手段だ。穏便に相手を引かせるには……。


「その姿、作り物だろ。幻覚か変装かそういった奇跡を使用しているんだよな?」


 一つの可能性を口にしてみた。

 奇跡の内容は神によって異なる。奇跡の種類は多種多様らしいが、特殊能力の類いなんて漫画やアニメやゲームで何度見てきたか。

 十年間、そういった知識だけは貯まっていったからな。奇跡の種類ならある程度の予想ぐらいはできる。


「何故わかった」

「えっ、当たり?」

「何か言ったか」

「いや、別に」


 まさか的中するとは。言ってみるもんだな。

 緑小鬼の姿が乱れたかと思うと、その姿は掻き消える。代わりにそこに立っているのは、一人の男だった。

 髪の毛がかなり後退している、くたびれたスーツ姿の中肉中背の中年男性。一言で言うなら、どこにでもいそうな冴えないサラリーマン風。


「緑小鬼にしては身長が高い。ゲーム内で見たのはさっきよりもっと低かったから」


 幻覚や変身の能力でありがちな弱点が、自分の体より小さい物にはなれない、だ。

 幻覚で自分を包み込まないと、本体の姿が見えてしまうから。

 ゲームの緑子鬼は人間の子供ぐらいの身長だった。さっきのは明らかに体格が良すぎる。

 それに見抜けたポイントはそれだけじゃない。

 滑舌の良さだ。向こうの世界の住民にとってこの世界の言葉は発音が難しい。それはキャロルを見ていればわかる。

 異世界の言葉を自動翻訳しているのではないかと疑いもしたが、キャロルに確認したら「聞き取れない」と言っていたので日本語を話していたのは確かだ。

 まあ、それも可能性の一つであって外れている可能性も考慮していたが、相手が認めてくれたので良しとしよう。


「バレてしまったらしょうがありませんね。では、その聖書を売ってくれませんか?」


 温和に見える表情を顔に貼り付けて、営業マンのような口調に変化した。


「強引に奪うんじゃなかったのか?」

「ただで手に入れば儲けが増えますからね。そりゃ、そっちの方が望ましいでしょ。でもこうなってしまったら、お互いに儲かる方向で交渉すべきかなと」


 身の危険はなくなったようだが、これはこれで面倒な話になりそうな予感がする。

 とはいえ、油断はしないでおこう。


「ちなみにいくら出すつもりなんだ?」

「そうですね半額の五百万ではどうですか?」


 つまり一千万で売れると言うことだ。バンドマンが嘘を吐いておらず、この中年サラリーマンも金額を誤魔化さなかった、ということになる。


「あなた、長い間ニートでしたからお金必要なんじゃないですか」

「……ニートだったことまで知っているのか」

「ええもちろん。営業ついでに、ご近所で情報収集してましたから。まさか外国の子供と一緒に北海道へ旅行に行くほど、活動的になっているとは思いもしませんでしたが」


 近所での聞き取り。……そんなことまでやっていたのか。

 早めに決断をして家を出たのは間違いじゃなかった。

 唯一安心できる点は、キャロルの正体を知られていないことだ。もし異世界の住人だと知ったら、こいつらはどういった反応を見せるのだろう。


「私はね、お金に困っているのですよ。昔っからゲームと博打だけが生きがいで、気がつけば借金の山。嫁や娘は呆れて家を出て行きました。仕事は借金を返すためだけにやっているようなものです。そんな私に幸運が舞い降りたのですよ。このゲームで稼ぎ、更に臨時ボーナスとしてあなたの聖書を売れば借金が完済できるのです」


 もしかして……邪神側のゲームをやっている人は金に困っている人が多いのか?

 山本さんも、バンドマンも、目の前のサラリーマンも金に困っていた。そして、邪神側はゲームで金を得られるシステム。

 これを偶然と言うには、あまりにも出来過ぎている。

 俺も金に困っている側だけど主神側だよな。何か判断基準があるのか?


「お金が必要なのはわかったけど、俺は聖書を売る気がない。これは俺にとって必要で大切な物だから」

「交渉決裂ですか。残念ですが引き下がるとしますよ。あっと、もし気が変わったらいつでもご連絡ください。ここに名刺置いておきますね」


 やけにあっさり諦めると、足下に名刺を置いて階段を下りていった。

 警戒しながらも名刺を拾うと、会社名と携帯電話番号。それに名前も書いてある。


『ヨシオ、もう大丈夫なの?』


 俺の足にしがみついて、見上げるキャロル。


「ああ、ちゃんと話し合いしたからね。でも、さっきの人もそうだけど他の人について行ったり、一人で行動はしないように。わかった?」

『うん!』


 キャロルの酔いも治まったようなので、手を繋いで食堂へと向かう。……その前に一旦部屋に戻ってディスティニーを連れてこよう。

 食事中も警戒を緩めず、常に注意を払っていたので料理を味わう余裕がなかった。

 自室に戻って部屋の鍵を閉めて、部屋に何か変わりがないか調べる。何もないのを確認して、ようやく一息つけた。

 ベッドに腰掛けると、いつの間にか隣に座っていたディスティニーが、何かを訴えかけるようにじっと俺を見つめている。


「ちゃんとお前のご飯も買ってるよ」


 果物やデザートを置いている売店があったので、そこで買ってきたカットフルーツを渡すと、満足そうに頬張っている。


「あれで諦めてくれたらいいけど、どうだろうなあ」


 お金に困っている人が一千万を手に入れるチャンスを目の前にぶら下げられたら、少々の無茶をしても不思議じゃない。

 俺を傷つけられないルールだとしても、脅迫や盗むという手段だってある。

 あのサラリーマン以外にも、この船に邪神側のプレイヤーが乗り込んでいる可能性だって残されているのだ。

 部屋を解錠するのに使える奇跡だってあるかもしれない。


「ディスティニー、食後でいいから頼み事一つしたいんだけど」


 一心不乱に食べている最中に話し掛けると、カットされたリンゴを囓りながら小首を傾げる。


「窓の鍵を石化ってできるか?」


 こくこくと頷いてくれたので、後でやってもらおう。

 扉の鍵はカードキーによる電子ロックなので大丈夫だとは思うが、窓から侵入されないように鍵ごと石化しておけば侵入は難しいはず。

 あとは通気口とかがゲームとかでは定番の侵入手段なので、簡単に取り外しされないように枠をガムテープとかで貼り付けておこう。

 数日ならこの緊張感にも耐えられるが、これが毎日続くとなると精神が先にまいりそうだ。


「運営がなんとかしてくれるのを祈るしかないよな……」


 電話で交わした運営とのやり取りを信じるしかない。

 静かになったと思ったら既に眠っていたキャロルに毛布を被せて、俺も少し眠ることにした。


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― 新着の感想 ―
[一言] 村の住人に生き残りが居るのが判って涙が出た。 良かった。久々に感情移入できる作品が読めている事に感謝。
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