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船旅と夢見る俺

『なんとか住めるようにはなりましたね』


 長く茶色い髪の美少女が見るからに聖職者っぽい元は純白な服を着ている。教会で神に祈っているのが似合いそうな恰好なのに、土に汚れながら瓦礫を運んでいた。


『そうだね。洞窟内の瓦礫はほとんど排出できたよ』


 その少女の隣で汗を拭うのは、艶やかな黒髪を束ねた髪型の美形。中性的な顔なので性別の判断は難しいが、俺はその人が女性だと知っている。


『二人とも休憩してはどうだ』


 洞窟を守るように囲んでいる丸太の杭を補修していた男が声を掛ける。

 顔や腕に無数の傷跡があり、どこか無愛想にも見える顔をしているが実は気遣いのできるいい男だ。


『そうですね、お兄様。なんとか柵の穴は塞がりましたから、外敵の心配は減りましたし』

『物見櫓が無事で良かったよ。馬の方は残念だったが』


 洞窟前に土台だけ残っている建造物跡がある。

 一つは夫婦が住んでいた家でもう一つは馬小屋だった。それが今は見る影もない。

 物見櫓だけは奇跡的に無事だったようで、変わらぬ姿を晒している。

 三人が地面に転がっている丸太に腰掛け、一息吐いていると洞窟から人影が二つ歩み寄ってくる。


『カンさん、ランさんお疲れ様です。お二人も休憩されては?』

『うん』

『そうする』


 相変わらず言葉足らずの二人が歩み寄ってくると、土がむき出しの地面に寝転ぶ。

 どう見てもレッサーパンダにしか見えない獣人の二人は夫婦で、木工作業を得意としている。

 水浴び好きな二人の体毛が見る影もないぐらいに汚れているのは、復旧作業を頑張ってくれているからだ。


『ロディスさんたちも一緒に休憩するように伝えてきますね』


 立ち上がろうとした妹の手を兄が掴む。


『いや。二人きりの方がいいだろう。俺たちがいたらいらぬ気を遣わせてしまう』

『そう……ですよね。私は間違っていたのでしょうか。キャロルだけでも助けたいと神へ託したのは』


 落ち込む妹の肩に優しく手を添えて、優しく抱き寄せる兄。

 妹はそっと目を閉じると、その肩に頭を預ける。


『あの時はみんな助かるとは思っていなかったからね。チェムの判断は間違っていない』

『ありがとうございます、ムルスさん』


 獣人二人が何度も頷いて同意している。

 全員の目は崩れた洞窟の方に向いていて、視線の先にいるのは黙々と復旧作業を続ける夫婦だった。

 いつもは頼りない顔つきでおどおどしている印象だったのに、キリッとした表情で使い物にならない道具をまとめている元商人。

 隣で寄り添うように作業をしているのは、肝っ玉母さんとして村人を支えていた女性。……今はその面影もなく、生気の失われた顔で感情を表に出さずに手を動かしていた。


『ライラ、少し休んだほうがいい』

『あなたこそ』


 互いを心配しているが、その声は今にも消え入りそうだ。

 憔悴しきっているのが一目でわかる。二人とも娘の身が心配なのか。

 ここで元気にやっていると伝えてあげたいが、その手段がない。


『ライラ、私は娘にいつか会えると信じている。今は運命の神に預かってもらっているだけだってね』

『でも、あなた。運命の神のいる場所に行けたとしても、どうやって戻ってくるのですか。私たちはもう二度と娘に会えないの……では』


 涙目で訴える妻を強く抱きしめる夫。


『大丈夫、きっと会える。運命の神は今も我々を見守ってくれているはずだよ。僕たちが信じないでどうするんだ。大丈夫、大丈夫』


 いつもは妻が夫を引っ張っているイメージだったが、いざという時は頼りになる。

 みんな、もう少し待っていてくれ。必ず、必ずキャロルを無事に届けるから!





「まあ、そうだよな」


 目が覚めると村人の姿はどこにもなく、船室の天井が広がっている。

 夢――そんなのはわかっていた。こうあって欲しいという俺の願望が見せた都合の良い夢。

 それでも、久しぶりに村人と会えて嬉しかったな。

 時間を確認すると夕方の四時。ちょっと昼寝をするつもりが二時間近く眠っていたのか。

 キャロルとディスティニーは隣のベッドの上で熟睡している。

 起こす前に部屋に置かれていた船内マップを確認しておく。

 ここは個室がずらっとあって、廊下の先にレストランが四つもあるのか。和室と洋食でゲームコーナーもあるんだな。

 キッズルームにカラオケボックスと大浴場もあると。結構充実している。

 新幹線と飛行機に比べたら移動速度に雲泥の差があるけど、快適さは船旅が一番優れていると思う。

 ただ、船旅には大きな問題が一つある。


『ヨシオ……なんか、頭がくらくらするよぉ』


 ベッドの上に身を起こしたキャロルの顔色が悪い。

 あー、船酔いだな。心配が的中してしまった。俺は平気だけどダメだったか。

 酔い止めの薬も飲ませたんだが、個人差があるから仕方ない。


「よっし、オープンデッキに上がって新鮮な空気吸ってみようか。狭い場所にいると余計に気分悪くなるらしいから」

『お外? うん、行きたい』


 念のためにエチケット袋をポケットに突っ込んでから、キャロルの手を引いて部屋を出る。

 甲板に繋がる扉を開けると、潮風が吹き付けてくる。

 この独特の香りが苦手な人もいるようだが、俺は嫌いじゃない。

 遮蔽物が何もない水平線の見える風景を眺めているだけで爽快な気分になる。

 キャロルの不快感が少しでも安らいでくれたらいい、そう思って左を確認すると誰もいない。


『ヨシオ、ヨシオ! すっごいよ⁉ 水がいっぱいでなーんにもないよ!』


 語彙力の違いはあるけど、俺と同じ感想のようだ。

 さっきまで弱々しく俺の手を握っていたというのに、甲板を元気に走り回っている。好奇心と驚きが船酔いを上回ったのか。


「危ないから、そんなに走ったらダメだぞー」


 とは言ったものの見える範囲に俺たち以外の姿はない。

 俺はベンチに腰掛けて海をぼーっと眺める。

 我が家を離れて北海道に向かう自分。十年も家からほとんど出なかった人間とは思えない行動力だよな。

 自分のことだというのに他人事のように感じてしまうときがある。

 一日の大半をPCの前で過ごし、家族とすら触れ合いを拒絶していた。それがこんなにも活動的になれるとは、誰が想像できただろうか。

 ……誰よりも俺がこの現状に驚いている。


 少し勇気を出して一歩前に進むだけ。でも、この一歩があまりにも重く踏み出せない人が多い。

 だけど一歩前に出れさえすれば、自然と前へ前へと足が動き歩くことができる。

 踏み出すまで十年掛かったけど、もう二度と立ち止まりたくない。

 ゆっくりでもいい、悩んでもいい、でも歩みだけは止めたくない。


「これもみんなのおかげだよな」


 スマホを取り出して、連絡が来てないか確認する。

 清掃のアルバイトの方は社長に連絡して北海道に旅行だと伝えている。仕事の方は問題ないから楽しんでこい、と言ってもらえた。

 それとなく山本さんのことを尋ねると、年明けから妙に元気になって仕事へのやる気が半端ないらしい。なので俺が手伝わないでもなんとかなるそうだ。

 社長の話を聞いて安心すると同時に、自分がいなくても支障がないことに少しだけ寂しさを覚える。


「これが社畜の心境かっ」


 ……本物の社畜に聞かれたら殴られそうだ。

 一月四日はまだ帰宅ラッシュらしいが、船でのんびり帰る人は少ないようでフェリーは比較的空いている。

 他の客も家族連れは少なく、一人客や高齢の夫婦ばかりだった。

 今更なんだが、端から見たら俺とキャロルはどう見えるのだろう?

 金髪のかわいい子供を連れた、冴えない男。

 外国人の嫁をもらった旦那? 年齢は問題ないが俺の遺伝子が混ざってこんなかわいい子供が産まれるとは思えない。嫁が余程の美人だったら可能性は少しあるけど。

 妥当なところは、美人な外国人の嫁が再婚で連れ子。これだな!

 キャロルが懐いてくれているので、周りから変な目で見られることはないが違和感しかない子連れだ。

 いざという時の言い訳を頭で組み立てていると、スマホの着信履歴に気づいた。


「誰からだ、こんなにも」


 調べてみると母、父、妹、精華から。

 メールとSNSにもあるな……。

 スマホを使い始めて間もないこともあって、着信の通知を見逃すことが多い。

 全員に電話するのも面倒なので、家族と精華がグループになっているSNSに書き込んでおく。


「今、フェリーに乗っています。ディスティニーも元気です。これでいいな」


 北海道にある村に向かっているのは家族にも話している。ただ、キャロルのことは精華に頼んで秘密にしてもらっていた。家族の余計な詮索が面倒だからと。

 家族は旅行も兼ねてディスティニーの現状を村に伝えに行くだけ、と信じている。本当のことを知ったら後で怒られるんだろうな……。

 家に帰った後のことを考えると憂鬱になるが、今は村とキャロル優先だ。


『ヨシオも一緒に海を見ようよ!』


 駆け寄ってきたキャロルに手を掴まれて引っ張られる。

 重い腰を上げて甲板の手すりに近づく。

 広大な海を眺めているだけで、俺の迷いも吹っ飛びそうだ。


『ここで見たことママとパパとみんなに教えてあげるんだ!』

「そっか。じゃあ、いっぱい色んなところを見て回らないとな」

『うん!』


 この数日でキャロルとの距離がかなり縮まった。

 当初はお互いによそよそしさもあったが、今じゃ仲良しで言葉遣いもフレンドリーになっている。


『ねえ、ヨシオ! あれ、あれ!』


 さっきまで無邪気に笑っていたキャロルが急に怯えた顔で、俺の服の袖を掴むと俺の背後を指さす。

 振り返ると甲板の上に見慣れた――モンスターがいた。

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