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平穏の破壊と現金不足の俺

 家に帰るとまだ居間でテレビを見ている母がいたので、プリンを差し出す。


「あら、買ってきてくれたの。ありがと」

「みんなの分もあるから」


 ニヤニヤと笑う母と顔を合わせているのが辛くなったので、プリンを押し付けると足早に自分の部屋へと戻る。

 何照れてんだ。ダメ人間がほんの少しまともなことをしただけで満ち足りてんじゃねえぞ。

 自分自身に対して内心で毒づく。


「いい年して、何やってんだ俺は」


 顔を挟むように手のひらで叩き、PCの前に座った。

 村人たちは元気に仕事中だ。そんな彼らを前にして俺も買ってきた雑誌と専門書に目を通す。

 本当はすぐに課金して何らかの奇跡を発動したいけど、現金もポイントも無駄遣いはできない。村人の暮らしをもう少し見守って、本当に必要なものを見極めないと。

 こうして彼らが作業している間は勉強の時間に充てよう。少しでも彼らの力になれるように。





 かなり熱中していたようでふと気づくと、太陽が沈みかけている。

 村人たちは作業を終えて晩飯の準備中だ。

 俺は昨日偶然発見した、村人たちの過去の発言を閲覧する方法を利用して、外出と勉強中に見逃していた彼らの会話ログを読む。


「ロディスとガムズの会話はほとんどなしか、ガムズがもう少し社交的だったらいいのにな」


 質実剛健を体現したような男で嫌いじゃないけど、まともに会話が成立しないのでロディスがちょっとかわいそうだ。


「ライラとチェムとキャロルは、どんな話をしてたんだ」


 女性の会話を盗み見するのはちょっとだけ抵抗はあるが、これも村人の望みをかなえるためだ。……と自分を強引に納得させてログを確認する。

 なんてことはない日常会話ばかりなのだが、ちょっとした発言からこの世界についての情報が得られる。村人たちの境遇もある程度は理解できた。


『村を襲った魔物の群れはなんだったのかしらね。あの日にしても、あれは異常だったわ。村人が、あっという間に……』


 あの日? 気になるキーワードがあったがこっちから訊ねるには神託を使うしかない。そんな小さな疑問に神託を使っていいのだろうか。


『決して小さな村ではありませんでした。村を囲む石の防壁も立派で、他の村と比べても堅牢だったはずです。加えて兄のようなハンターも何人かいたというのに、あの有様でしたから』

『隣のおじちゃんとおばちゃん、元気かなぁ』

『この森が危険だとしても、他の場所に移動しようにも馬車の車輪が限界に近いです。もう少しなら大丈夫でしょうが、一日走れるかどうか……』


 それからも三人の会話ログをチェックして、更にいくつかの情報を収集できた。

 彼らの住んでいた村には数百人の村人がいたらしい。この世界の村としては中規模程度だったそうだ。

 そこにモンスターの群れが襲い掛かり、何とか抵抗したのだが蹂躙され命からがら脱出した。馬車で逃げ出した者は他にもいたそうだが、気が付くと自分たちの馬車だけになっていたらしい。

 モンスターから逃げるために森へ逃げ込んだのはいいが、戻る道すら分からず馬車も限界に近い。なので遠距離の移動も厳しい、と。

 なるほど、そういう設定だったのか。だから奇跡の内容に『逃げ延びた村人が合流する』があったと。いつか、この奇跡を実行して再会させてやろう。現状はどう考えても人手不足だ。


「ご飯できたわよー」


 下から母の呼ぶ声がしたので本を閉じて降りていく。

 食卓には珍しく早く帰ってきた父がいる。

 髪型は七三でびしっと整髪料で固め、笑わない顔には黒縁の眼鏡。

 不愛想で言葉が少なく寡黙を絵にかいたような人だ。雰囲気が少しだけガムズに似ているかもしれない。

 俺がニートになってからは、一か月に数回顔を合わせるぐらいだが「最近どうだ」「そうか」「好きにしろ」ぐらいしか言ってこない。一度、大喧嘩をしてからこんな関係が続いている。


「沙雪はどうした」

「あの子は残業で遅いそうよ」

「そうか」


 沙雪……妹は今日も遅いのか。

 年の離れた妹は、俺と違い立派に働いている。自分のやりたかった業種につけたので毎日が楽しいらしく、残業も苦にならないと前に話していたな。

 詳しい仕事内容は知らないが事務だったような?

 俺と父は黙々と食事をしているが、母さんの一方的な会話が止まらない。

 適当に相槌を打つだけで、基本ずっと母がしゃべっていた。

 自分の環境が恵まれている自覚はある。家は裕福な方で都会から離れた場所に購入した一軒家には大きすぎる庭まである。今はただの空き地みたいになっているけど、父はいずれ庭園を造りたいらしい。

 未来の庭園は現在、父が趣味としている日曜大工の賜物である木製の棚や椅子が転がっているだけだが。


 母は口うるさく働けと言ってくるが、なんだかんだ見捨てずにいてくれている。

 父は大喧嘩してから俺を放任している、ように見えた。

 妹は……あれだけど。

 我が家が貧乏で俺を養う金の余裕がなければ、とっくの昔に見放されていただろう。毎日食べられて寝床もありネット環境も充実している。

 ゲームとはいえ村人の環境と比べると、この状況でわがままなんて口にしたら罰が当たる。

 誰よりも先に食べ終わった俺が部屋に戻ろうとしたら、母が呼び止めてきた。


「戻るならプリン持っていったら。お父さんも食後にどう。この子が買ってきてくれたのよ」

「そう、なのか。いただくとしよう」


 父の声は相変わらずぶっきらぼうで、怒っているのか喜んでいるのかもわからない。

 俺はプリンを受け取ると足早に部屋へと戻る。

 父を待っていたから少し遅めの夕食だったので、村人たちはガムズを残して馬車の中に引っ込んでいるようだ。

 焚火の明かりに照らされたガムズの横顔は凛々しく頼りがいがある。

 彼はこの村……どころか集落とすら呼べないありさまだが、ここの(かなめ)だ。

 圧倒的な人手不足な状況で唯一の戦力。妹のチェムは回復魔法を使えるので傷は癒せるようだが、戦闘力はほとんどない。


 もう一人の男手であるロディスは悪い人ではないが、戦いには向いてないと断言できる。

 昨晩と違い、神の力が万能ではないと知った村人は順番で見張りを立てることに決めた。深夜を主な活動時間とするモンスターが多いらしく、まずはガムズが担当している。

 彼が立っているだけで安心感があるのは、見た目の影響が大きい。

 黒髪に黒い瞳。正確な身長は不明だけど、全員の身長から予想するなら百八十センチは軽く超えている。

 鍛え上げられた肉体に長剣、短剣の二刀流。この世界にはモンスターを狩ることを生業としたハンターという職業があるらしく、ガムズとチェムはハンター兄妹として暮らしていたそうだ。

 ここまでの情報はチェムとライラの日常会話から得た。

 他の特徴は寡黙だがどんな仕事も嫌な顔一つせずにこなす真面目さ。この村で一番頼りになる男だと断言できる。


「俺も村人もガムズに頼り切っているよな。もう少し人手が欲しいところだけど」


 そもそも五人で村づくりをすること自体が無茶なのだ。

 運命ポイントを使用すれば、村に人を呼ぶことができるのは重々承知している。

 ただ、人を招くのはポイントが高い!

 それに人によって消費されるポイントに違いがあって、商人、戦士、弓手、村人、木工職人、等々、呼べる人も職業も多岐にわたる。

 あと、びっくりするほどポイントが少ない項目もあるのだが、それは《ランダム》となっていて博打要素が強い。運悪く犯罪者でもやってきたら、滅亡待ったなしだ。

 こういうガチャ要素はハマると底なし沼だ。手を出さない方が利口に決まっている。

 それに今は人が増えたところで住む場所がない。馬車にはこれ以上は入れないから、最悪野宿になってしまう。


「家かー、家ねー」


 今日手に入れた金をすべて注いで大工でもやってくるようにしたら、少しは早く建築できるかもしれない。

 空き地に並べられている丸太は十数本。そのうちの皮が剥かれているのが五本。伐り倒すのをガムズが担当して、加工はロディスがやっている。

 結構太い丸太なので板にすればそれなりの量になりそうだけど、乾くには時間が必要なんだよな。

 使い魔は欲しい。住居も用意してやりたい。

 でも、いざという時のためにポイントは残しておいた方がいいような気もする。


「あーっ、たかがゲームにどんだけ悩んでんだよ」


 頭をぼりぼりと掻くが、考えがまとまるわけでもない。


「明日考えるか」


 今のところ切羽詰まった状況でもないので、焦らなくてもいい。

 明日になれば、また運命ポイントも増えるからな。

 ガムズが焚火に当たっているだけの姿を見続けても仕方ないので、彼には悪いが先に眠ろうと布団にもぐろうとした、その時。

 ピーッ!

 と異様な音がスピーカーから発せられた。

 慌てて振り返ると画面に赤い文字で大きく《襲撃》と表示されている。


「な、なんだ⁉」


 画面の両端を掴んで額が付きそうなぐらい顔を近づけると、しかめ面ガムズが二本の剣を抜いて構えたところだった。


『みんな、起きるんだ!』


 ガムズが珍しく大声を張り上げると、馬車の中から村人が顔を出す。


『どうかしたのですか、お兄様!』

『モンスターの襲撃だ! チェムはみんなを守ってくれ。馬車から出るんじゃないぞ』

『わ、私も戦い……』

『ダメだ、癒しの魔法を使えるのはチェムだけだろ。みんなを頼むぞ』


 チェムは小さく頷くと馬車の中に戻った。

 中の様子は見えないがきっとロディス家族は怯えて震えている。

 村人が周辺を散策していたのでマップ上の見える範囲は広がっているが、深夜なので焚火周辺から離れると何も見えない。

 そんな暗闇の中から、ぬるりと姿を現したのは二匹の黒い犬。


「野犬か? それともモンスターなのか……」


 俺はマウスで矢印を操作して黒い犬をクリックする。


《黒犬。野犬がモンスター化したともいわれているが詳細は不明。凶暴で肉食。犬よりも身体能力が高く、牙に毒が含まれている個体も稀にいる》


「モンスターなのか。ガムズは強いらしいけど、二対一だろ……」


 じりじりとにじり寄る黒犬。

 ガムズは馬車を背にかばい、その場から動かない。

 先に攻撃を仕掛けて一頭でも倒せれば楽になりそうだけど、馬車の前から移動して中の人が襲われるのを危惧しているのか。

 馬は近くの木に繋いでいるが、襲われた形跡はない。

 黒犬も馬鹿ではないようで、右と左に分かれてガムズを挟み撃ちにするようだ。


「頼む、頼むぞ、ガムズ!」


 手を合わせて祈るしかできない。

 偽の神である俺には祈る以外の手段が思い浮かばなか……。


「じゃねえ! 俺は神だろ。奇跡、なんか奇跡!」


 自分の役割を思い出して、奇跡の項目を立ち上げて内容をざっと確認していると、ガムズの動きに変化があった。

 黒犬が同時に飛び掛かってくると、その場にかがみ同時に両手の剣を振るう。

 ゲームにしては地味な斬撃の音が響き、ドサッと黒犬二匹が地面に倒れた。


「お、おおおっ! やるな、ガムズ!」


 一撃で斬り倒したというのに誇るでもなく、淡々と倒れた黒犬にとどめを刺している。

 いらぬ心配だったか。くううっ、格好良いなガムズは。


『お兄様、大丈夫でしたか』


 馬車から飛び出してきたチェムが兄のもとに駆けていく。

 そんな妹の頭に手を置いたガムズが優しく微笑むと、


『すまん。後は……頼む』


 と言って、倒れ伏した。


「ガムズ……ガムズっ⁉ えっ、圧勝だったろ!」


 実は大怪我でもしているのかとガムズをクリックすると、説明文に追加で『毒』という文字が赤々と点滅していた。


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