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村づくりゲームのNPCが生身の人間としか思えない  作者: 昼熊
三章

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ゲームと現実の差としどろもどろな俺

 キャロルに「大人しくしておいてね」と言い含めてからディスティニーを生け贄に差し出したので、しばらくは安心か。

 人形のように表情の消えた精華を連れて部屋を出ると、一階に戻ってから詳しい説明をすることにした。

 リビングのこたつ前にたどり着くと同時に、流れるような動きで正座している。

 目の前には腕を組んで仁王立ちの精華。

 頭の中で組み立てた設定に真実を混ぜ込みながら、言葉を紡ぐ。


「では、あの子は以前お話に聞いた村おこしを手伝っている村に家族とやって来た、海外からの移住者だと」

「そう、ですね」

「パソコンやスマホで話を何度かしたこともあって、軽い気持ちでこっちに遊びに来てもいい、と言ったのを真に受けて……やって来たと」

「そう、なりますね」


 という設定を咄嗟に考えた自分を褒めてやりたい。


「家族が急用で少しの間、母国に戻らないといけなくなったらしくて、それでこの子の親が一旦ここに寄って娘を預けていったんだよ、海外の人ってそういう大胆なところあるよな。うちには父さんも母さんも妹も居るから大丈夫かなって軽い気持ちで引き受けたんだけどさ、ほら、この時期は家族が実家に帰るのすっかり忘れていて、仕事が忙しいのもあったし、あのストーカーの一件でごたごたしていただろ」


 ここまで早口で伝える。

 妹に指摘された嘘を吐くときの癖を出さないように注意しながら、なんとかうまい具合に話せたんじゃないだろうか。


「別に良夫さんが何をしようと、他人の私には何の関係もありません。ですが、お正月の間をおばさんから任せられた身としては、詳しい事情を知る必要があります」


 過剰に丁寧な口調で堅物生徒会長みたいに話すときは、かなりヤバいことを長年の付き合いで知っている。

 冷静を装ってはいるが頬がぴくぴくと痙攣している。精華の怒りを抑えているときの癖だ。

 女性が怒っている場面で、我が身可愛さに言い訳をすると火に油を注ぐことになる。

 これはニート生活で荒波立てずに過ごす術として覚えた、数少ないテクニックの一つ。


「よっしい、嘘じゃないよね。本当は隠し子とか実は結婚しているとか」


 なんで泣きそうな顔をしているんだ。俺みたいなのに先を越されたのがショックだからか? それとも……都合のいい妄想はやめよう。


「ないない。ニートで結婚もあり得ないけど、引きこもりで深夜以外は家から出なかった俺がどうやって出会うんだよ」

「それは、そうだよね」


 どうやら、かなり説得力のある一言だったようだ。……あんまり嬉しくない。

 まだ若干疑いの眼差しだが、引きこもりでニートだったのを知られていたのが不幸中の幸いか。……本当に幸いか?

 と、ともかく、これでどうにか誤魔化せそうだが問題は今後だ。

 ゲームの世界から来た少女を俺が養っていくのか?

 一番いいのは元の世界に戻してやることだ。だが、その手段は?

 もし戻れたとしても村が壊滅していて独りぼっちになるぐらいなら、こっちで過ごした方が幸せなのではないか?

 いくつもの疑問が頭に浮かぶ。

 俺に財力があって一人暮らしでもしていたら、キャロルを養ってあげられたかもしれない。でも今の俺には何もかも足りない。

 自分のことですら一人前にはほど遠い。俺は居場所を失った一人の少女ですら救ってあげられないのか。


「ねえ、そういや私なんで和室で寝てたの? 頭がまだぼーっとしていて夢も見ていた気がするんだけど、ちゃんと思い出せないの。でもね、夢の中でよっしいが大怪我なのに私を命懸けで――って、よっしい、聞いてる?」

「あっ、すまない。明日からどうしようか考えてた」


 考え込んでいた時に話し掛けられて、つい思っていたことを口にする。

 記憶の混乱か……。前に沙雪のストーカーも警察で同じようなことを言っていたらしい。前後の記憶があやふやだと。

 罪から逃れるための言い訳だと思って気にもしてなかったが、もしかして……。

 ディスティニーの毒霧みたいなのにはそういう効果も含まれているのだろうか?

 精華は顔を舐められただけだけど、舌にその成分が残っていたとか?

 検証した方がいいのかもしれないが、わざわざあの毒霧をくらうのは嫌だな。


「んー、ご両親が迎えに来るまで面倒見てあげるしかないと思うな。子供の面倒を見るのに不安があるなら、私も……手伝うから」

「そりゃ、助かるけどいいのか?」

「うん」

『お話、終わった?』


 不意に聞こえた声に振り返ると、階段の前にキャロルがいた。ディスティニーをぬいぐるみのように抱えている。


「と、と、と、と、と、かっげ‼」


 精華が奇声を上げて壁際まで一気に後退すると、ぷるぷる震えている。


「キャロル。そこのお姉さんはトカゲ苦手だから、ディスティニー持って近づかないように」

『うん、わかった!』


 ディスティニーを抱いたまま俺のところまで歩いてくる。

 距離が開いたことで少し安心したのか、精華が胸を撫で下ろしていた。


「ご、ごめん。飼っているペットを怖がったら気分悪いよね」

「昔からは虫類が苦手なのは知ってるからな。気にすんな」

「ありがとう。でも、すごいね。あの子、何語かはわからないけど、よっしい会話できるんだ」


 感心して尊敬の眼差しを向けてくれるのは嬉しいが、今なんて言った。

 何語かわからないって、普通に日本語じゃないのか?

 俺の耳には普通に日本語として伝わっている。


「……キャロル。あのお姉さんは私の友達だから」

『あっ、そうなんだ。初めまして、キャロルです!』


 勢いよく頭を下げて挨拶をする。

 精華は愛想笑いを浮かべているが返事はしない。


「よっしい、その子、なんて言ったの?」


 やっぱり通じてないな。


「初めまして、キャロルです。だよ」

「あっ、キャロルちゃんって言うんだ。今の発音って英語でもないし、スペイン語でも、フランス語でもないような。アジア圏っぽさもないし」


 そういや、精華は挨拶程度なら何カ国語かは話せたんだったか。

 大企業に勤めているので外国人との交流があって、軽い会話と挨拶ぐらいは覚えたとか言ってたな。


「……ヨーロッパの山奥出身で訛りが酷いらしくてな。ほら、俺たちだって東北とか九州の方言を聞き取れなかったりするだろ。そんな感じで、母国の人にも通じなかったりするらしい」


 日本人だって、訛りの強い地方の言葉が聞き取れなかったりする。

 実際、田舎に住んでいる祖父母の話す言葉も訛りが酷く、何を言っているのかわからないときがあって、父に通訳を頼むときが何度かあった。


「あー、なるほど。囓った程度の私じゃ通用しないわけだ。さっきのは咄嗟の言い訳かなって疑っていたんだけど、これだけ流ちょうに話せるなら本当なのね」

「俺も簡単な会話だけだけどな。何年もネットで話をしていると、意外と話せるようになるもんだぞ」


 納得はしてくれたようだ。

 ……このゲームを始めてから、咄嗟の言い訳や嘘が巧みになってきている気がする。

 一つ安心すると、また一つ疑問が浮かぶ。

 キャロルの声が俺にだけ通じるのは、ゲームでふれあっていたからとか、謎パワーで俺だけ翻訳されて聞こえるとか、適当な理由は思いつく。

 だけど、俺の声がキャロルには通じている。日本語を話しているのにだ。


「私が何言っているかわかるのですよね? お姉ちゃんの言うことはわかっているのかい?」

『ヨシオのはわかるけど、お姉ちゃんのはわかんない』


 ふむ。そういう設定か。


「精華は今、俺がキャロルに何を言ったか理解できた?」

「聞いたこともない言葉だから、わからないよ」


 ……俺は普通に日本語で話しているつもりだが、キャロルに話し掛けるときは勝手にゲーム内の言語に変換されていると。

 まず理解したことは《命運の村》の言語が日本語じゃない、ということだ。

 ゲーム中は自動翻訳されていたのか。

 色々思うところはあるけど、言葉が通じて助かった、と楽観的に捉えよう。不思議現象の一つや二つ増えたところで、今更だ。

 ぐううううぅぅ。

 と地鳴りのような音がしたので発生源を探ると、お腹を押さえて赤面しているキャロルがいた。


「お腹空いたのか」

「年越しちゃったけどお蕎麦食べよっか。キャロルちゃんの分も作るね」


 精華が台所に行き、慣れた手つきで料理を始めた。


「俺も手伝うよ」

「気持ちは嬉しいけど、キャロルちゃんと一緒にいてあげて。他人の家に独りぼっちでいるのって不安だと思うから」

「そうだな。じゃあ、料理はお頼み申します」

「任せてくれたまえ」


 ウインクをして茶目っ気のある表情で笑う。

 ちょっとした軽口にも反応して乗ってくれる。そんな関係が心地いい。

 精華は今どういう暮らしで恋人はいるのか。訊いてみたいという気持ちと、知りたくないという気持ち。

 悩み事、心配事が目白押しだな……。


『ヨシオ、この布を被った机。これ何?』


 キャロルが俺の腕を引っ張って、こたつを指さしている。

 今は明るく振る舞っていて不安がないようにも見えるが、知らない場所で突然目覚めて不安がないわけがない。

 安心させてやるためにも常に堂々と、不安なんてみじんも見せないように振る舞わないと。村のことを思い出して落ち込むのは、当分無しだ。


「これは、こたつっていう暖房器具だよ。足を入れてごらん、暖かいぞー」

『わあー、ほんとだー。すっごいね!』


 はしゃぐキャロルを見つめていると、俺の悩みなんてバカらしく思えてくる。

 全力で守ろう。いざとなったら両親に土下座してでも、この子だけは守ってあげないと。

 村を守れなかった情けない運命の神だけど。


「お蕎麦できたから運んでもらえるー」

「あいよっ」


 俺が立ち上がると、後ろからキャロルが付いてきた。


「どうした?」

『キャロルも手伝う』


 こっちの世界でもお利口さんだな。

 さっきまで一緒に遊んでいたディスティニーは、こたつに下半身を突っ込んでくつろいでいた。

 年越し前の一件も含めて、もうただのトカゲには見えない。

 新年を迎えて思うことは……。

 今年はこれまでの十年間を圧縮したものより、濃密な一年になりそうだ。


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