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村づくりゲームのNPCが生身の人間としか思えない  作者: 昼熊
二章

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44/120

崩壊と訪問

 俺が山本とやり合っている間に、村が壊滅の危機に瀕していた。

 拠点を守っていた柵は原形を留めておらず、根元からなぎ倒されるか燃やされている。

 洞窟の入り口を塞いでいた木の板は半分以上が破壊され、外気が流れ込んでいた。

 一番奥にあるランとカンの部屋の扉が開いているが、そこにはロディス一家が身を寄せて震えている。

 カンとランの体毛は血で汚れ、ふらつく体を支え合いロディスたちのいる部屋に転がり込む。

 ムルスは片手で短剣を構えているが、もう片方の腕が本来あり得ない方向に曲がっている。

 ガムズは革鎧に傷がついてない場所がないぐらいボロボロで、体中から流れ出た血は既に乾いて肌に張り付いていた。最後まで背後にいる村人を守り続けてくれていたのだろう。

 チェムが兄の背後から必死に回復魔法を唱えている。……目に涙をたたえ、歯を食いしばって。

 そんな満身創痍の彼らの前にはまだ数十体のモンスターがいる。


「ごめん、みんな! 直ぐに助けるからっ!」


 スマホを操作して奇跡の《ゴーレム召喚》をタップする。

 奇跡が発動してゴーレム操作の……。


「なんでだっ! なんで、ゴーレムが起動できない⁉」


 何度押しても、何回見直してもゴーレム起動画面にならない。

 画面内ではムルスとガムズが、じりじりとロディスたちが逃げ込んでいる部屋まで追い詰められている。

 三人は顔を見合わせると、一斉に部屋へ飛び込んで入り口の扉を閉めた。

 モンスターたちが扉を激しく叩く。避難場所と決めていた部屋なので扉も補強されているが、この様子だともっても数分。

 先に入っていたカンとランは既にあきらめたのか、扉に背を向けて部屋の隅に固まっている。


「なんで、なんで動いてくれないんだよ! ポイントは足りているだろ!」


 何度押しても奇跡が発動してくれない。


『もう、ダメかもしれませんね』


 ロディスが苦笑いを浮かべながら呟く。


「やめろよ、そういうこと言うなよ!」

『そうね、残念だけど。みんな、役立たずの私たち一家を最後まで守ってくれてありがとう』


 ライラとロディスが頭を下げる。キャロルはずっと眠っているようで、こんな状態でも起きてこない。


『ムルスさんの眠り薬のおかげで、娘には怖い思いをさせないですみました』


 覚悟を決めたロディスが娘に飲ませたのか。


『運命の神の像が壊れてしまっては、もう奇跡も期待できませんね。神よ、あなたのお側に』


 寂しげな表情のチェムが手に握っているのは指の形をした木片。

 そうか、像が破壊されたからゴーレムが動かせないのか……。って、あきらめないからな!

 何か他に使えそうな奇跡は、何か、何かっ!


『力が及ばずに申し訳ない。みんなを……守り切れなかったっ!』


 拳を握りしめ震えるガムズの噛みしめた口から、血が一滴こぼれ落ちた。


『また私は村を失い、仲間も失うのか。そして、自分自身の命すらも』


 ムルスは悔しそうに弓を握りしめ、地面へと叩きつける。

 ……やめてくれ、やめてくれ!

 そんな全滅する雰囲気を出さないでくれ!

 まだ、方法が、何か方法があるはずだ!

 神託であきらめるな、と書くか?

 そんなの気休めにもならない! 何か起死回生の策を。この追い詰められた状況を打破する手を、何か、何か、何か、何か、何かっ!


『これを使う日が来るとはな。ただでは死んでやるわけにはいかない』


 カンとランが固まっている部屋の隅と、逆の位置に置かれていた木箱をガムズが運んでくる。

 それはこの洞窟に残されていた、岩盤を砕くための爆薬。

 自爆する気なのか……っ。


『この状況でも、たった一人だけですが、助けられるかもしれません』


 チェムの言葉を聞いて俺も村人も息を呑む。それを聞いたランとカンも振り向いた。


『正確には助けるとは違うかも、しれません。ですが、ここで死ぬよりかはいいはずです。助けるとするなら、誰を選びますか』


 村人は一瞬だけ顔を見合わせたが、同時に一人の人物に目をやった。


『そうですよね。運命の神よ、あとはよろしくお願いします。祝福を授かっておきながら、成し遂げられなかった我々をお許しください』


 そう言って微笑むチェムの顔を最後にスマホの画面が真っ暗になった。


「嘘だろ……。おい、映ってくれよ。なあ、冗談だよな? そんなの、こんな終わり方ってあるかよ……」


 全身の力が抜け床に崩れ落ちる。

 真っ暗な画面に変わりはなく、何も映っていない。

 何も考えられない。考えたく、ない。

 このまま、何もしないで……。

 ブーッブーッ!

 変な音がする。スマホを見るが俺のからじゃない。

 ぼーっとする頭のまま室内を見回すと、その音は山本のスマホからだった。

 画面を覗くとそこには、


《ゲームオーバーです。よってゲームの権利が失われます》


 と赤い文字で書いてあった。

 そうか、最後にあの爆弾を使って道連れにしたんだな。

 村人を失ったことに対する山本への恨みが、ほんのわずかだが薄れた。

 文章にはまだ続きがあったので読み進める。


《同時にこのゲームに関する記憶がすべて消去されます》


「えっ?」


 そんなの聞いてない! 

 ゲームオーバーになるとゲームの記憶を失う、のか。

 だが「あり得ないそんなこと」なんて、今更言う気はない。

 ディスティニーの力と俺が飲んだ回復薬。これを経験した今なら、どんな超常現象でも荒唐無稽な話でも受け入れられる。

 ゲームの記憶を失うとなると、山本は今日やらかしたことも全部忘れてしまうのか。

 ……村人の敵に対して恨みがない、なんて口が裂けても言えない。俺だって逆上したあげくに酷い目に遭った。

 でも、あの独白を聞いた後では心の底から恨むことできなくなってしまっている。山本……さんがおかしくなったのも元はといえば、このゲームが原因。

 記憶ごと失えばきっと明日から、いつもの明るい山本さんに戻れる。

 俺が感情の赴くままに怒りをぶつけたとしても、記憶を失った後では怒鳴られる意味もわからない……のか。


 それでも犯罪は犯罪だと警察に突き出すか?

 体に一切怪我が残ってないから暴行すら立証されない。

 ゲームの記憶も今日やったことも何も覚えていないのに、訴えられ刑務所に入ったとしたらきっと俺を恨むだろう。

 この状況で刑務所に放り込まれるとしても何年だ? そんなに長くはないはずだ。そして釈放された後に……。

 俺に危害が加えられるだけならまだいい。でも、これ以上は両親や妹の心配事を増やしたくない。

 何よりも……仕事でミスをしても足を引っ張っても「気にすんなって。さっさと片付けてあとで一緒に社長に怒られようぜ」と気さくに接してくれた山本さんの姿が頭をちらついてしまう。

 倒れたままの山本さんを見ると、一瞬だが黒いモヤのようなものが体から抜け出て消えたように見えた。

 目を擦ると、そこには山本さんが転がっているだけ。

 石のようになっていた腕は元に戻り、苦しそうだった呼吸も穏やかになっている。


「今のは……。いや、それよりも、お前がやって戻したのか」


 それは尋ねるというより、確認だった。

 ディスティニーは小さく一度頷く。

 現実世界ではあり得ない超常の力を操るトカゲ。普通は怯えて怖がる場面なのかもしれないが、助けてくれた家族に対して怯えるなんて、あり得ないよな。


「ありがとうな、ディスティニー」


 お礼を言って頭を撫でると、いつものように目を細めた。

 まだ気絶している精華は和室に敷いた布団の上に寝かせておく。

 山本さんはソファーに転がす。

 もう何もしたくなかったが、体を動かしている方がまだ気が紛れる。

 目元を拭って台所に行くと父の缶ビールを二本取り出し、中身を流しに捨てて空き缶を机に置く。空になった皿や口の開いた袋菓子もセットしておいた。

 どの程度記憶が残っているのか。それを知ってから決断しても遅くはないはずだ。


「ディスティニー隠れていてくれ。もし何かあったときは、また頼むな。……山本さん、山本さん。もういい時間ですよ」


 肩を激し目に揺さぶると、頭を抱えた状態で山本さんが目を覚ました。


「あ、なんだ? ここどこだ? あれ、良夫じゃねえか……あれ?」

「まだ酔っ払っているんですか。酔った勢いで急に来て、酒飲んで騒ぐだけ騒いで寝ちゃったんですよ。覚えてないんですか」

「なんか、頭がぼーっとしててよ、よく思い出せないんだよ。今日、昼間に誰かに会って……」


 あれだけのことをやっておきながら、この態度。

 これが芝居ならたいしたものだけど、本気で記憶を失っているとしか思えない。それに、これぐらいの演技力があるなら俺を騙すなりして、もっと上手くやれたはずだ。

 あの激情の面影すらない。呆けた顔で辺りを見回している。

 まるで憑き物が取れたかのように……。


「記憶が飛ぶまで酒飲んだらダメですって。年越しまでに家に帰ってすることがある、って言ってましたけど大丈夫なんですか?」

「あ、あー、そうだっけ。なんかすることがあった気はするんだけど。……あれだ、悪かったな。酔った勢いで騒いじまったようで」


 恥ずかしそうに頭を掻く姿に、思うところはある。

 あれだけのことをやっておいて、何言ってんだ! と怒鳴りつけたい。

 その横っ面を張り倒したい。

 今も怒りが胸の奥で渦巻いていて、それをどうにか抑え込んでいる状態だ。


「今後、気をつけてくださいね」

「ああ、こんな時間に騒いで本当に悪かったな。じゃあ、帰るわ」

「はい……良いお年を」


 玄関まで送って扉を閉める。

 その状態で数秒待ってから、拳を壁にぶつける。

 痛い……。

 でも痛みよりも怒りよりも、ただただ虚しい。


「これで、終わりなのか。あっけないもんだ。ははっ、結局村人を幸せにしてあげられなかった、な」


 扉に背を預けたまま玄関に座り込む。

 何もかも失ってしまった……。

 ずっと握ったままのスマホをもう一度確認するが画面は黒いままだ。


「俺もゲームオーバーか。山本さんみたいに村のことを全部忘れて…………ない、ぞ!」


 ちょっと待て。俺はゲームオーバーの画面も見ていないし、記憶も残っている。


「ど、どういうことだ。落ち着け、落ち着け。冷静になって考えろ」


 ゲームオーバーになったら音が鳴って赤い文字で《ゲームオーバーです。よってゲームの権利が失われます》と表示されていた。

 だけど、俺のスマホにはそんな通知はない。

 放心状態で見逃していたとしても、俺には村の記憶が完全に残っている。


「ガムズ、チェム、ロディス、ライラ、キャロル、ムルス、カン、ラン。全員の名前も顔も性格も……覚えている」


 つまりこれは、まだ村が滅んでなくてゲームオーバーになっていない、ということじゃないのか!

 なら、どうして画面が暗いままなんだ。

 スマホの画面にそっと触れると、赤い文字が現れた。


《現在、マップ上に聖書が存在していません》


「それは、爆発で消滅したから……。だったら、なんでゲームオーバーにならないんだ?」


 わからない。謎は深まるばかりだ。

 ピンポーン


「わっ⁉ えっ、痛っ」


 突然鳴り響くチャイムの音に驚きすぎて、ドアノブで頭を打った。

 こんな夜中にチャイムが鳴るなんて、山本さんが忘れ物でもしたのか?

 立ち上がって扉を開けると、家の前に巨大な段ボールが置いてあった。送り主は、命運の村となっている。


「はあっ?」


 訳のわからない展開が続きすぎて、頭がパニック状態だ。

 今日は《邪神の誘惑》に集中したいから貢ぎ物はいらないと神託で告げていた。

 だから、一度も祭壇に何かを捧げている場面を見ていない。なので、贈り物がくるわけがない。


「でも、命運の村からだよな」


 今までで一番大きな段ボールが送られてきた。

 大きさだけなら丸太が一番だが、あれは段ボールに入ってなかった。

 何かわからないので開けてみるしかない。

 室内に家の中に運ぼうと思ったが想像以上に重く、なんとか引きずって玄関に入れる。

 意を決して開封すると中には――見覚えのある本を抱えた少女がいた。

 金髪の長いくせっ毛に愛らしい顔。いつも元気に走り回り眩しい笑顔を見せてくれていた少女は、今ぐっすりと眠っている。


「…………キャロル⁉」





 終わったはずの物語にはまだ続きがあり、それは現実なのかそれとも幻なのか。

 ゲームと現実が交差したことで、新たな物語が始まる。

 彼女が目を覚ましたとき、一体どのような物語が幕を上げるのか。それは運命の神も……知らない。





はい、ということで二章終了です。

怒濤の展開でしたがいかがでしたでしょうか?

「もっとまったりのんびり村づくりの話が見たい」という要望があるのも承知していますが飽きの来ない面白さを重視して書いています。

今後の展開について一つ。三章は二章までと違った展開になるはずです。また賛否飛び交う感想欄になりそうですが、三章の最後まで読んだときに「昼熊はこれが書きたかったのか」と納得してもらえる内容にします。

一章から三章までが一塊のストーリーのつもりで書いていますので。


三章もできるだけ早く再開できるように頑張りますので(予定では一週間~二週間後に投稿です)今後ともよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
漫画から入ってきたから展開違くてびっくりした。
[一言] 再度読んでも泣けます。この作品大好きです。
[一言] えっ?…ガムズが好きなロリが主人公の元に…?誰得?|ूᐕ) なんでそんな世間の目が厳しくなりそうな事すんのよぉぉぉ!!( 、・ω・)、バァン!! ニートだけでいいじゃない!(ノシ 'ω')ノ…
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