邪神の誘惑再びと愚考する俺
朝日を浴びた俺は大きく伸びをしてから、優雅に朝食をいただく。
精華は夜にまた来ると言っていたので、今から夜までは誰の邪魔もなく……《命運の村》ができる!
今日は《邪神の誘惑》当日。
前回の始まりは昼からだったが、だからといって油断はしていない。
食事中もスマホでゲームを起動させて、何かあったら直ぐに対応できるようにしている。
腹ごしらえも終わったので、昼食分のお菓子や果物、飲み物を手に二階に戻った。
当たり前のように机の上にディスティニーがいるけど、今日ばかりは注意しないよ。
「一緒に乗り越えような」
果物を一つ渡して語りかけると、囓りながら頭を縦に振る。
昼にはまだ二時間ほど早いが村人は何をしているかな。
ゲーム内の天気はこちらと同じく晴天。雪も降っていないようなので視界も良好。
物見櫓の上にはムルスがいるのか。目がいいらしく弓で先制攻撃もできるから、最適な人選と言える。
今までは見張りをガムズに任せっきりで、たまにロディスが担当していたときは見ているこっちが心配になるぐらい、おどおどしていた。
ガムズの負担が一つ減っただけでも、ムルスの存在はありがたい。
戦力といえば獣人のカンとランもいるが就寝中だ。
今朝、日が照るまで見張りをやってくれていたので、昼までゆっくり体を休めて欲しい。
ガムズは洞窟の中で大人しくしている。一緒に見張りに立つと言っていたが、全員に反対されて休息中だ。
出番はモンスターが現れてからなので、今は我慢してもらおう。
ロディス一家は洞窟内で談笑している。キャロルを怖がらせないように、いつもと変わらない日常を演じている。
チェムは朝から木彫りの運命の像を磨いたり、お供え物や掃除を熱心にやっていた。体を動かして気を紛らわしたいのだろう。気持ちはよくわかるよ。
俺と同じぐらい熱心にPCの画面を見つめているのはディスティニー。
「何か思うところがあるのかね」
ディスティニーは《命運の村》からやってきたことになっている。なので設定上の生まれ故郷はあっちだ。
これはただの妄想であり得ないとは思うが、もし、もしも、あの世界から本当にやって来たとしたら……ディスティニーは向こうの世界に帰りたいと思っているのだろうか。
真剣な横顔を見ていると、少しだけ不安になった。
だとしても、返してやる方法なんて存在しないんだけどな……。
頭を人差し指で撫でると、気持ち良さそうに目を細めた。
あれから特にこれといった異変もなく昼になる。と同時にPCから警報が鳴り響いた。
《邪神の誘惑開始!》
画面に表示される赤い文字。
ちょうど一ヶ月前と同じ展開だ。こっからが本番だ、気合い入れるぞ!
前回と違って準備万端だが何があるかなんてわからない。
それにもし山本さんが絡んでいるとしたら、今回の襲撃は前回とは比べものにならないだろう。
色々と思うところはあるが、それは乗り越えてから考えよう。今は集中するのみ。
物見櫓のムルスがいち早く発見して、尺八のような笛を鳴らす。
それを聞いたガムズたちが洞窟から飛び出してきた。
『黒犬五、猛猪五が迫っている!』
敵襲を告げながら矢を放つムルス。
黒犬の脳天に突き刺さり一匹が倒れるが、その間に一気に柵まで迫っていた。
『みんなを頼む』
『はい、お兄様。皆さん中へ!』
チェムは素直に従うとロディス一家と共に洞窟内へ引っ込み、扉に備え付けた覗き穴から外の様子を窺っている。
柵内部にはムルス、ガムズ、カン、ラン。
不安しかなかった前回と比べて安心感が半端ない。
猛猪が突進してくるが、柵に触れる直前その姿が消えた。
巧妙に隠してあった落とし穴にはまり、穴の底に設置していた木の杭にその身を串刺しにされている。
まだ息があるようでぴくぴく痙攣している姿は残酷だが、これも生きるためだ成仏してくれ。
黒犬は落とし穴に引っかからず、前回と同様に柵を跳び越えようとしたが、二体が空中で射落とされた。
なんとか柵の内側に降り立った三体は狙い澄ましていたガムズ、カン、ランの槍に貫かれる。
「完璧だな」
危ういところが一つもない完勝。
事前の計画通りに事が運んでいる。
まだモンスターが潜んでいないか周辺のマップを確認するが、今のところ敵の姿はない。
森の中に潜んでいたら見抜けないが、柵の周辺の木は切り倒されているので視界は開けている。物見櫓から確認できなければ周辺には潜んでいないということだ。
一旦、柵から外に出て落とし穴の猛猪を数体引き上げる。そしてもう一度薄い板と土と枯れ葉でカモフラージュしておく。
モンスターを完全に操れるなら、こんな落とし穴には二度と引っかからないが、たぶん、向こうも俺と同じように簡単な指示ができる程度。
山本さんが仕事の休憩時間に熱心にゲーム画面を見ている場面を何度も目撃したが、複雑な操作をしている素振りは一度もなかった。
いつも眺めているだけで、たまに画面をタップする程度。
……これも山本さんが邪神側のプレイヤーだったらという仮定であって、見当違いの予想かもしれない。むしろ、間違いであって欲しいというのが本音だ。
それでも俺は村人のために最悪の展開を考慮して動かなければならない。感情や願望で村を滅ぼすわけにはいかないのだから。
一回目の襲撃からきっちり三十分後、また同じ規模のモンスターがリプレイ映像かと疑うような動きで襲いかかってきた。当然あっさりと掃討される。
「俺の勘違いか……? それとも事前に攻撃パターンを指示してあとは放置?」
こっちの神託のように一日一回だけ、敵を配置できて襲うモンスターの種類も選べる。ただし、一回の襲撃に上限があってこれ以上は無理、とか?
だとしたら、完全にこっちが有利だ。この調子なら今回も村を守り切れる。
三十分間隔の襲撃が三度続く。モンスターの数が増えるどころか、回数を追うごとに一体、また一体と減っていく。
そして、五度目の襲撃が終わった三十分後の襲撃はなかった。
「このパターンは前もあったな。三十分か一時間間隔で一時間の時は敵が増量していた、よな」
となると、次の襲撃に戦力を温存していたと考えるべきか。
次に備えてトイレを済ますと、顔洗って身も心も引き締める。
ディスティニーと一緒に食べる果物を追加で持ってきて、食べながら次の襲撃を待ち構えていた。
前の襲撃から一時間後。
敵の攻撃は……ない。
「どういうことだ?」
前回は一時間か三十分のどちらかで襲撃があった。というのに一時間過ぎてもない。
嫌な予感がする。というより、嫌な予感しかしない。
更に二時間が経過。もう、夕方で辺りも暗くなっている。
前回だと次が最後の襲撃だった。となると、今まで温存していた戦力を一気にぶつける気か。
妥当な作戦だと思う。ポイントを課金で補ったとしても有限だ。敵の数が少ないなら物量で一気に押し込むのが正しい選択。
数は力だと昔の偉い軍師も言っていた。……漫画の中でだけど。
それとも、単純にお金が尽きたとも考えられる。かなりの額をつぎ込んでお金がないって言ってたからな。モンスターを召喚するポイントも尽きた、とか。
時計を確認すると、残り十分ちょい。
「耐えきったら山本さんに連絡してみようかな」
でも、なんて言えばいいんだ? 何を言っても煽っていると思われないか。
全部勘違いで何も関わっていない。それなら何も問題はない。
「はあ、リアルが絡むのだけは勘弁してくれ」
椅子の背もたれに体を預けて、天井を仰ぐ。
ゲームのおかげで現実の生活が改善されて、ゲームが原因で現実に障害が生じる。
「いいことばかりじゃない、ってことか。現実と一緒……ん?」
今、一階から物音がした。
もう精華が来たのか?
田舎の習性というか家の鍵は夜しか閉めない。そのまま入ったみたいだな。
俺の部屋は二階なのでチャイムを鳴らされても聞こえないときがある。特に集中していると聞き逃すときが何度もあった。
まだ時間があるので、しばらくは放っておいてくれとだけ伝えておくか。
階段を駆け下りながら声を掛ける。
「来るの早くないか? ちょっと用事があるから、もうちょい待っていて……」
リビングに気配を感じたので、そっちに向くと黒ずくめの男がいた。
上下共に真っ黒で、頭には強盗みたいな目出し帽を被っている。手には金属製の鉄の棒……バールのような物を握っている。
恐怖で悲鳴が出そうになったがなんとか堪えると、代わりに別の言葉が口から漏れた。
「……山本、さん?」




