仕事納めとぼっちの俺
「お疲れさん。来年もよろしくな!」
「お疲れ様ー、良いお年をー」
「……お疲れ」
車を降りて振り返り、深々と頭を下げる。
「ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。良いお年を!」
なんとか今年最後の仕事を終えて、いつものようにコンビニ前で降ろしてもらった。
家にはもう誰もいないので飲み物やお菓子を大量購入して帰る予定だ。念のためにカップラーメンも確保しておこう。
遠ざかる車に手を振ってから、ゆっくり手を下ろす。
今年の仕事をなんとか無事終えたが心配事が残っている。さっきも別れ際に元気がなかった山本さんのことだ。
ここ数日本当に様子がおかしかった。目の下に隈があって日に日に目つきが悪くなっていた。元気がないのも気になっていたが、それよりも気になったのが視線だ。
それも一度や二度ではなくて仕事中に何回も視線を感じた。俺と目が合うと顔を背けるが、睨んでいるようにしか見えなかった。
恨まれるような覚えはないが、知らないところで反感を買っていたのかもしれない。手際が悪くて足を引っ張っていたのは間違いないから。
何度か話をしようとしたのだが避けられてしまい、まともに会話ができなかった。
あの視線を感じるようになったのは……記憶が確かなら、俺がスマホで《命運の村》をやっていたのを山本さんが覗いたあの日以来。
夜空を眺めていると、余計なことばかり考えてしまう。
「そういう、ことなのかな……」
俺の呟きは白い吐息となって闇夜に溶ける。
ずっと引っかかってはいた。山本さんのやっているゲームが俺のゲームと――関連があるのではないかと。
今思えば共通点はいくつもあった。
人に内容を話せない、テスト期間中のゲーム。
課金要素が重要。
村を滅ぼす内容。……これが真逆の要素だったので、つい最近までピンとこなかった。
山本さんは拠点を襲って村を滅ぼしたらポイントを得られると言っていた。それに自分の拠点を一つ堕とされたとも。
そこで思ったのが滅ぼした村というのがムルスの村で、堕とされた拠点というのが単眼赤鬼のいたあの場所とは考えられないだろうか。
話を聞いた時期はすべて重なる。
山本さんはそれにいち早く気づいて、あんな態度を取った。そう考えるとすべてが合致してしまう。
《命運の村》はオンライン専用のゲームなので、他にプレイヤーがいたとしても何ら不思議じゃない。むしろ、いて当然とも言える。
あまりに現実離れしたゲームで気になる点が多すぎて、山本さんのゲームにまでは考えが及ばなかった。
もし、俺の仮定があっていたとしたら、《命運の村》と対になるゲームも存在していて、それが――山本さんのやっているゲーム。
「そうなると、山本さん以外の人もプレイしていると考えるべきだよな……」
俺のように主神と呼ばれている七人の神に属する従神になりきっているプレイヤー。
山本さんのように邪神側のプレイヤー。
二つの陣営が存在してゲーム内で争っている。もし、これが正解だとしたらこれからの対策がガラッと変わってくるぞ。
「ゲームとしては面白いシステムだと思うけど、山本さんと争うのは嫌だな」
知らなかったとはいえ拠点を堕としてしまったことを恨まれているのなら、話し合いで解決……はできないか。ゲームの内容を人に話すのは禁止だからな。
お互いに感づいている程度なら問題はないだろうけど、ネットでバラすと一発アウト。
「でも、二人で話し合ったとしても運営は知りようがないはずだ」
だけど、あまりに不可解なことが多すぎるこのゲームだと、何があったとしても不思議じゃない。ルールを破ってゲームを取り上げられることだけは避けたい。
それに大金が絡んでいる。話し合いでスピード解決……と簡単にはいかないと予想がつく。
「となると、お互いに関わらない方がいいのか。ただいま」
考えがまとまらない内に家にたどり着いた。
いつもの癖で言ってしまったが、もう誰も家にはいない。
「おかえりー」
「えっ?」
予想もしていない声が返ってきた。
誰だ⁉ 女性の声だったが油断していてたから誰の声だったのか聞き取れなかった。
まだ出発してなかったのか。父さんがギリギリまで仕事をして遅れたのかもしれないな。
「家にまだいたんだ」
リビングの扉を開けて声を掛けると、室内を見回す。
台所で俺に背を向けて何かしている女性が一人いた。
「もうすぐご飯できるからちょっと待ってね」
「なんで、いるんだ?」
曇った眼鏡を指でこすりつつ振り返ったのは、エプロン姿の精華だった。
「あれ? 聞いてなかったんだ。おばさんに良夫のご飯よろしくねー、って頼まれたんだけど」
「母さん……。余計なことを」
昔から母と精華は仲が良かったから、関係を修復させようと気を回したつもりなんだろうな。
「ご飯を作ってくれるのはありがたいけど、お菊婆ちゃんはいいのか?」
「お婆ちゃんは年末年始は実家に帰ってるよ。私も毎年同行してたんだけど、ほら足を怪我しちゃったでしょ。もう完治しているけど無理はするなって言われてね」
久しぶりに再会したときはギプスをしていたが、今はもう外されていて松葉杖も突かずに歩いている。
「一人でご飯食べるのも味気ないから、一緒にいていい?」
「そりゃ、もちろん。こちらからお願いするよ」
仲違いする前はこうやって一緒に食べるのは、ただの日常だった。
懐かしさもあるが、数年ぶりに見るエプロン姿は新鮮でもある。夫婦のような状況に頬が緩みそうになるが……勘違いはするな。
精華は昔から優しかった。俺たちは家族のような関係だったから、できの悪い家族の面倒を見ている程度の感覚なんだろう。
それで、十分だ。こうして話せるようになっただけでも満足しないと。
「ちなみに、晩ご飯はな……にっ⁉」
精華の足下からじっと見上げているディスティニーを発見して駆け寄る。
滑り込むようにしてキャッチすると、抱え込むようにして隠す。
「ど、どうしたの! 料理中に危ないよ」
「あ、ええとな。棚から物が落ちたから拾ったんだよ。割れたら危ないからな」
は虫類が苦手な精華に見えないように背を向けて、そのまま部屋に戻る。
部屋の扉を閉めたのを確認してから机の上にディスティニーを置く。
「焦ったああぁ。精華はトカゲとか苦手なんだよ、だから大人しくしてくれ。頼むからさ」
俺が頼み込むと、とぼけた顔をして顔を手で掻いている。
普通なら言葉が通じなくて当然なんだが、ディスティニーの場合わかって誤魔化しているようにしか見えない。
「この部屋から出なかったら、ご飯いつもの倍。更にお前の好きな果物を優先的にやろうじゃないか。どうだ?」
「…………」
俺の提案をじっと黙って聞いていたディスティニーは一度頷くと、すっと手を前に伸ばしてきた。
その手に人差し指を添えるとぎゅっと掴んできたので、握手するように上下に振っておく。
「やっぱ、言葉理解してないか?」
俺が問いかけると、わざとらしく舌をちょろちょろさせてトカゲらしさをアピールしている。
「正月はお前と二人っきりになるかと思ってたんだけどな」
家族と一緒に田舎に行かなかった理由の一つが、ディスティニーの存在。大食いのこいつの面倒を誰かが見ないといけない。
ついでに妹の飼っているは虫類の面倒も見ようか? と提案したんだが、あっちのは冬眠しているらしくて手間いらずだそうだ。
「ご飯できたよー」
「今、降りるから」
返事をしてからガラスケースの中を見ると、囓った痕のある果物があった。出発する前に家族の誰かがやってくれたのか。
「後で一番いい肉持ってきてやるから、約束は守ってくれよ」
もう一度頼むと、ディスティニーは自分でガラスケースの天板を開けて中に戻って行った。
……こいつについては深く考えるのはやめよう。
階段を足早に降り、準備の整った食卓に座る。
全部任せたのは悪かったな。食器を運ぶぐらいはするべきだった。洗い物はちゃんと自分でやろう。
「冷蔵庫のお肉とか勝手に使ったけど」
「いいよ、何でも使ってくれ。何なら食材なんでも持って帰ってくれていいぞ」
「余るぐらいお裾分けもらっているから、大丈夫だよ」
最近は貢ぎ物の供給過多でご近所に結構配っているそうだ。
それでも肉はまだまだある。
「でも、このお肉本当においしいよね。味もすごいけど、食べたら疲れも吹っ飛んで元気になるんだよ。お婆ちゃんなんて、このお肉食べるようになってから更にパワーアップしちゃって」
「お菊婆ちゃんって十年前と全然変わってないんだよな……」
年齢は知らないけど、俺の十年前の記憶と現在のお婆ちゃんの姿が完全に一致する。
小さい頃から、ずっとお婆ちゃんだったような……。
「私にも年を教えてくれないからね。えっと、味はどう?」
「相変わらず、うまいよ。特に味噌汁がほっとするうまさだ。今度妹にも教えてやってくれ」
「ふふ、ありがとう。でも沙雪ちゃんも料理上達していると思うなー。前に私に料理習いに来たし。特に玉子焼きとか上達しているかもね」
そうなのか? 全然知らなかった。あいつは昔から料理がダメダメで、休日に親がいないときは俺が料理を担当していたぐらいだ。
それからはたわいない話をして、一緒に洗い物をしてから家まで送った。
「また、明日も来ていい?」
「ありがたいけど、無理はしないでくれよ。暇で暇でたまらなかったら、お願いします」
「うん。暇を持て余しているから、一緒に年越しそば食べよっか」
精華の家の扉が閉まり、一人になった。
迂闊にも最後の台詞でキュンとしてしまった。両方三十代だというのに。
夜の大人の会話ってオシャレでバーとかで酒を飲みながらベッドイン、みたいなのが学生時代は普通かと思っていたが、三十になった俺は十年前と思考に大差がない。
十年という月日で、俺は人付き合いの経験もなくただ時間だけが経過した。精華と疎遠になる前の学生時代の方がまだ大人の対応ができたんじゃないか。そう思ってしまうほどに心が未熟なのを痛感する。
とはいえ、恋人になりたいなんて身の程知らずな考えは抱いていない。これ以上を望む権利なんて俺には……。
家に帰り浴槽に浸かってまったりしている最中に、あることを思いだして風呂場から飛び出す。
まだ水分が残っている体で準備すると、階段を駆け上がる。
自室の扉を開けると、PC正面に座って物言いたげにじっとこっちを見ているディスティニー。
正座をして平謝りをしてから、いつもよりも豪勢な食事を提供した。




