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働く村人と働かない俺

「ふああああっ、もう朝か」


 カーテンの隙間から差し込む陽の光。

 枕もとの時計を確認すると午前九時だった。


「こんな時間に起きたのは、久しぶりだな」


 いつもは早くても昼過ぎだというのに、今日はやけに早く目が覚めた。

 昨日はいつ寝たんだっけ?

 ああ、そうか。村人たちを眺めていたら夜になって、それで……。

 俺は『命運の村』にどっぷりハマって、暗くなるまで村人たちを眺めていた。

 そこで気づいたことがいくつかある。


 彼らは異様に寝るのが早い! 辺りが暗くなると晩御飯を食べてすぐに寝る。ガムズだけは見張りとしてしばらく起きていたが、それでも二十一時前には寝ていた。

 それよりも問題なのが神への依存。信心深いのは俺にとっても都合がいいはずなのだが、昨日の夜の会話を眺めていたら少し考えが変わった。


『ガムズさんも眠ったらどうですか』

『いや、ロディスさん。いつモンスターが襲ってくるかわからない。見張りは必要だ』

『大丈夫ですよ。神様の奇跡を目の当たりにしたじゃないですか。それに神託まで与えてくださるということは、運命の神は我々を見守ってくださっているということです。神のお力でモンスターも寄り付きませんよ』

『……そうだといいのだが』


 すみません、神(俺)にそんな力ありません!

 伐採についても村人は深い意味があって、木材の加工や乾燥も神がどうにかしてくれると思っている節があるが、浅はかな考えで命令しました。


「はぁ、このままだと神がなんでもやってくれて安全だと思い込みそうだよな。俺の力に制約があって万能じゃないのを伝えたほうがいいのか? でも、そうすると神への感謝が薄くなってポイントが貯まらなくなりそうなんだよな」


 本当にどうしよう。

 昨日の晩は村人からのプレッシャーに促されて、木材の加工についてネットで調べていたら寝落ちしていた。

 もう十年近く毎日だらだらと動画を見るか、ネットのまとめサイトを覗くか、掲示板で罵り合うぐらいしかしてこなかった無駄な時間を別のことに費やしていたら、もう少しまともな助言を村人にしてあげられたのだろうか。


「なんで、ゲームやって過去を後悔してんだよ。ゲームは娯楽だろ……」


 いつものように現実から目を背け、ゲームに没頭したい。

 でも、画面には村人たちが懸命に働く姿が映っている。俺と違い生きるために毎日を一所懸命に生きていた。

 まだ幼いキャロルですら、母親の手伝いを頑張っている。


『あんまり、無理しちゃダメよ』

『うん。でも、今は頑張らないとダメなんだよね? まだちっちゃいから、全然役に立たないけど……お手伝いする!』

『キャロル。困った時や力仕事はお父さんを呼ぶんだぞ』

『うん、でも大丈夫!』


 娘が心配で自分の作業中も、何度も振り返っては様子をうかがっているロディス。時折、手助けをしようと歩み寄りそうになるが、なんとか踏みとどまっていた。

 そんな父親の心配もどこ吹く風で、少しずつ物を運び文句の一つも言わずにずっと動いている少女。

 プログラミングされた架空の世界とはいえ生きているんだ。日々を怠惰に過ごしているだけの俺なんかよりも、立派に。

 相手はゲームのキャラだとわかっているのに、見ているだけで胸が締め付けられてしまう。

 映像が精密であればあるほど、その光景は俺の濁った心を切り裂いていく。

 部屋を見渡して目につくのは転がっているお菓子の袋。母が買いだめしていたものを勝手に拝借して食べ散らかした跡。

 俺が昨日やったことなんて、ゴミを増やしたぐらいだ。


「無能な神に過剰な期待をしないように釘を刺しておこうか」


 神が万能だと思い込んでいると村人が全滅しかねない。コンテニュー不可能のゲームらしいのでそれだけは避けないと。





 神の尊厳を失わずに村人を納得させる文章に苦心したが、どうにか完成した。

 たぶんこれで大丈夫……だと信じたい。

 一日一回の神託を実行して村人の反応を見守る。


『皆さん、今日も神からの神託が!』


 チェムの叫び声に応じて村人が作業の手を止めて集まってくる。


『読みますね。……我は今、力の大半を失ってしまっている。今はわずかばかりの奇跡と、こうして見守ることしかできぬ。敬虔なる信徒たちよ、隣人と力を合わせ生き抜いてほしい。それが我の切なる願いだ。皆に祝福を』


 どうだろうか。神の力が使えないことをうまく誤魔化せていたらいいのだけど。

 神託の内容を知った村人たちは誰も話さない。スピーカーからは環境音のみが流れてくる。

 あーっ、もう少しうまい言い訳を考えるべきだったか。


『皆さん、なんと素晴らしいことなのでしょうか! 神は我々を見守ってくださっています! ああ、神よ、感謝します』


 感極まったチェムが膝を突いて祈りを捧げている。


『神に祝福されるなんて……とんでもないことですよ! 力を失っているのは邪神との戦いの影響なのでしょう。そのような状態だというのに、昨日は奇跡を与えてくださいました。我々も神に頼り切るのではなく、もっとしっかりしないとダメですね』


 ロディスまでも都合よく解釈してくれた! 

 説明口調なのが気になるけど、ゲームだから当然と言えば当然か。

 キャロルだけがよくわかっていないらしくニコニコと笑っているだけだが、他の人には納得してもらえたようだ。

 ちょっと強引だったけど、なんとかなった。

 俺の神託を鵜呑みにした村人が次々と感謝の祈りを捧げたので、今日も運命ポイントが加算される。


「やっぱり、神託の内容で運命ポイントの量が左右されるんだな」


 今回は村人が感動してくれたので結構な量のポイントが増えた。それでも使い魔を購入するには全然足りない。

 正直、もっと運命ポイントが欲しい。

 彼らの話を盗み聞き……この場合は文字だから盗み見と言うべきか。まあ、どっちでもいいけど、会話内容から察するに足りないものが多すぎる。

 さっきも女性陣がこんなことを話していた。


『馬車で寝るのにも無理がありますよね。それにモンスターの襲撃に備えて塀か、せめて柵があれば安心できるのですが。そうすれば、兄も守りやすくなると思うのですよ』

『そうねー。あの丸太は家を作るのに必要だから使えないし、あと食料よりも調味料が心配だわ。塩がもう少しあればいいのだけど』


 洗濯や料理の準備をしながら話す内容の大半が、今後の生活への不安だった。

 運命ポイントがもっとあれば、ある程度の不安は払拭できる。だけど、今はポイントを無駄遣いできない。


「となると、増やす方法は……課金だよな」


 懸賞で手に入れた封を開けていない物品は残らずネットオークションに出した。いずれ買い手がついたとしても、二、三万いけばいい方だろう。

 他に売れるものはないか。

 部屋を見まわして目についたのは、漫画、ゲーム。

 これなら古本屋にでも持っていけば手っ取り早く現金になる。大した額にならないかもしれないが、それでもないよりはマシだ。

 問題はこれを売るには外に出る必要がある。

 もう数か月……いや、そんなもんじゃないな。深夜を除いて、二年近く外に出ていない。

 ちらっと画面に目をやる。そこでは生きるために懸命に働く村人の姿があった。まだゲームの序盤もいいところだが、このゲームは後半もっと面白くなっていくという確信に近い予感がある。

 全滅して二度とゲームがやれなくなるのはもったいない、よな。


「行く、か」


 村人の人間臭い言動の数々を見ていると……ゲームだと割り切れなくなる。

 スマホゲーにハマって課金しまくる人と同じように、俺も彼らにどっぷりハマってしまったようだ。

 スウェットを脱いで久しぶりに来た外着は、少し窮屈な感じがした。

 自分が太ったとかではなく、着慣れない服に包まれている違和感が半端ない。

 鏡に映った自分の姿を確認すると、生気の感じられない目をした野暮ったいオッサンがいる。

 俺が子供のころ思い描いていた三十代はもっと立派な大人だった。自分も当然そうなるものだと信じていたのに、実際はこうだ。


 不健康を絵に描いたような覇気のない……見た目だけは大人。でも中身は学生時代から一歩も前進していない精神のまま。

 いや、学生時代の方がまだまともだった。この十年で得たものはオンラインゲームの腕と、他人を罵倒する文章力ぐらい。

 ただ外出するだけの行為なのに「無理をするな」「この服を脱いで布団にくるまって何もするな」と俺の弱い心が囁く。

 今までなら甘い誘惑に負けて「明日から頑張る」と言い訳をして、やりもしない明日に全てを託していただろう。


 でも、今日ばかりは違う。

 もう一度、村人たちを見た。

 ロディスとガムズは伐り倒した木の皮を黙々と剥いている。男二人は誰よりも働いているが、辛そうな素振りを一切見せない。

 チェムは食べられるものはないかと辺りを散策している。妹は肉体労働が苦手だと兄のガムズが言っていたが、ずっと動き続けている。

 ライラは近くに流れる川で洗濯をしている。水がかなり冷たいらしく、自分の手に何度も息を吹きかけていた。

 キャロルは空腹をごまかすように元気いっぱいに返事をして周りを気遣い、文句の一つも言わずに手伝いをしている。


 ……俺も頑張ろう。ゲームのキャラに励まされるなんて末期かもしれないが、何でもいいから切っ掛けが欲しかった。自分を奮起させる理由が。

 部屋を出て階段を下りると、居間にいた母と目が合う。


「あんた、出かけるの? えっ、珍しいどうしたの」

「ちょっと行ってくる」

「そう。……行ってらっしゃい」


 驚いた顔をした母だったが、意外にもあっさり言葉を返しただけだった。

 ほんの少しだけ笑っていたように見えたのは、気のせいじゃない。久しぶりに外出する俺を見て、何か思うところがあるのだろう、な。


「行ってきます」


 こんな当たり前の会話をしたのは何か月ぶりか。

 扉を開けると想像以上に冷たい外気が俺をなぶる。

 そうか、もう肌寒い季節なのか。

 ずっと部屋にいて、暑い日は冷房、寒くなれば暖房と、ほぼ一定の気温で過ごしてきたので外の世界がどうなっているのかにも気づいていなかった。

 ……違うな。知ろうともせずに、外の世界から目を背けて生きてきたんだ。

 自転車のロックを外し、サドルに跨る。

 久しぶりの運転に少し不安があったが体で覚えたことは、そう簡単には忘れないようだ。

 順調に漕ぎ出すと、近所の住民がこっちを見て何やら話しているのが目の隅に入った。


 ――俺を見て笑っているのではないか?

 ――いい年して働きもしない俺を罵倒しているのではないか?


 そんな被害妄想が頭を埋め尽くす。

 怖い。俺を嘲笑する人の幻聴が頭から離れない。

 何もかも投げ捨ててUターンしたい。だけど、家のPCで今も懸命に働いているであろう村人たちの姿が頭に浮かぶ。

 そんな彼らの暮らしを少しでもいいから楽させてあげたい。

 俺は……ペダルを踏みしめて一気に駆け抜けた。

 


 荒い呼吸を整えてから古本屋に入る。

 自分のことを誰も知らない場所は、近所と比べてなんでこんなにも落ち着くのか。

 俺は紙袋二つに限界まで詰め込んだ漫画を全部売った。ゲームも『命運の村』があればいいのですべて処分する。

 持っていた漫画がアニメ化するらしく思ったより高く売れたので、予想以上の臨時収入となった。

 久しぶりにファストフードでも食べて帰りたいところだが、やめておこう。

 俺は古本屋で丸太小屋とログハウスについての雑誌と、木造建築関連の専門書を購入する。

 ネットでも知識は得られるけど、平然と嘘が書いてあることも珍しくはない。専門的な知識は本で学ぶほうが確実だ。

 そのまま脇目も振らずに速攻で帰る予定だったが、気まぐれでケーキ屋に立ち寄ると、家族が好きなプリンを四つ買って帰ることにした。


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