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幼馴染みと妹とトカゲと俺

 警察から解放されて部屋に戻り、速攻でPCの確認……より先にガラスケースの前へ立った。

 おいしそうに食べている果物は妹か父がご飯をあげてくれたのだろう。それはいいんだが、問題は昨晩の一件だ。

 金色のトカゲ――ディスティニー。俺のリュックサックに潜んでいたのは、寒かったから暖かい場所に偶然潜り込んだ、とも考えられる。


「なあ、ディスティニー。昨日のあれはもしかしてお前がやったのか?」


 ガラス越しに目が合ったので尋ねてみる。

 大きく丸い目は一瞬俺を見たが、すぐさま果物へと向いた。


「何やってんだ、俺は。そんなのあり得ないよな。……ディスティニー、確認しなかった俺も悪かったけど、もうどっかに隠れたりするなよ? トカゲは寒い場所がヤバいらしいから」


 黙々と食事中のディスティニーに一応忠告だけして、PC前に座った。

 村人たちは今日も元気に仕事をしている。

 ムルスも表面上はいつもと変わらないように見えるが、時折寂しそうに空や森を眺めるときがあった。

 俺が家に居ない間に何かなかったか過去ログを確認したが、特に問題はないみたいだ。

 ストーカーとのいざこざの印象が強くて、村で何があったのか忘れそうになっていたので改めて昨日の発言を確認しておく。

 ムルスの村に行って商人のドルドルドに出会った。そして生活に必要な物を手に入れられたので冬の備えは完璧だ。

 もし人が増えたとしても余裕で補えるとロディスが言っていた。


 最近は奇跡を頻繁に発動させているが、村人からの感謝の気持ちで運命ポイントが貯まっているので、少しずつ増えてはいる。

 小型の像を《ゴーレム召喚》で操ったが物が小さかったからなのか、二度目以降の発動はお安くなるのか、どちらかは不明だがポイントの消費は前よりかなり少なかった。

 とはいえ決してお安いとはいえない消費量なので滅多なことでは使わないようにしよう。


「俺が大金持ちならもっと奇跡発動できるんだけどな」


 村人よ、すまない。貧乏な神様もどきで。

 課金も大事だけど、せっかく働き始めたからには家にも少しはお金を入れたい。それも考慮すると無駄遣いはできない。そもそも課金が当たり前な仕様はゲームとしてどうかとも思う。

 ……でも、村人が窮地に陥ったら迷わず課金する自信はある。


「だってなあ」


 画面の向こうではキャロルはライラとチェムのお手伝いをして、ロディスは廃村から運んできた日用品や購入した商品の確認。

 ガムズとムルスは周囲の見回りと探索。

 今日も一所懸命働いている。

 こんな姿を見たら課金をしてでも助けたいと思うのが人情だろう。


「数週間後にドルドルドさんがまた来るんだよな。その時に移住希望者を連れてきてくれるみたいだけど、どんな人が加入するのか」


 これがタダのゲームなら美人やかわいいキャラが欲しいが、村の状況を考えると戦力と人手が必須。

 屈強なおっさんや技術職がベストだ。村人たちも移住者の要望としてそう言っていた。

 ただし、ロディスはこうも言っていたな。


『こちらの望みとしてはそうですが、住む場所を失った方で真面目に働いてくれる方ならどなたでも構いません。あと我々の住んでいた村から逃げ出した人がいたら優先してもらえると助かります。もちろん、ムルスさんの村の人もそうです』


 なので言い方は悪いが、足手まといにしかならない人材がやってくる可能性だってある。

 でも、個人的にはその考えに賛成だ。実力も大切だが、この村の和を乱すような輩が来るのだけは避けたい。

 最高の展開としては技術者で美人の力持ちだな! ……いや、それはそれでガムズ絡みの争いの種になるだけか。

 妹もそうだけどモテる人は、モテない人には一生無縁の悩みがあるもんだ。

     

「ちょっと、良夫ー!」


 下から母の呼ぶ声がする。

 今日は心配した家族が休んでいるので、平日なのに全員家に居るという珍しい状況だ。

 時計で時間を確認すると、まだ昼飯には早い時間。


「また小包が届いたのかな」


 一階に降りるとリビングのこたつでお茶を飲んでいる、お菊婆ちゃんと私服姿の精華が居た。

 眼鏡に白いタートルネックのセーターが似合っている。実は結構スタイルがいいから、ぴっちりした服を着ると胸が強調される。

 つい、そこに目がいっていたので慌てて視線を逸らす。

 遊びに来るとは言っていたが、休日に来るとか言ってなかったか?


「どうしたんだ、仕事は?」

「あっ、よっし……お君。事件に巻き込まれたって沙雪ちゃんから聞いて、心配だから様子を見に来たの。仕事はお休みしました」

「そうか。もう話は聞いたと思うけど、全然平気だから」


 精華の対面に座る際に、お菊婆ちゃんに会釈する。

 しわだらけの顔に笑みを浮かべると、すっと飴を俺の方に差し出す。

 お菊婆ちゃんは子供の頃から会うたびに、こうやって飴をくれていた。関西の方では当たり前の習慣らしい。

 ありがたく受け取って口に放り込む。

 俺の好きなべっこう飴なのは、覚えてくれていたのだろうか。


「お菊さん、和室の方で縫い物を教えてもらってもいいですか?」

「ええよー」


 母とお菊婆ちゃんが和室に移動したので、リビングのこたつには俺と精華と沙雪しかいない。


「そういや、父さんは?」

「有給取ったのに、急な案件で呼び出されたみたい」

「大忙しだな」


 と話題を妹に振ったが、あっさり返されて話すことがない。

 今更、精華と何を話せばいいんだ。妹と連絡取りあっている仲なら、二人で会話してもらえると非常に助かる。

 という内心の声が二人に届くわけもなく、黙ってお茶をすする音だけが響く。

 ……沈黙が重い!

 これは俺が切り出すべきなのか。話題、話題なんかあったか。


「ええと、精華は昨日の話どこまで聞いたんだ?」

「沙雪ちゃんにほとんど聞いたかな。元ストーカーなんでしょ。それが更に悪化して誘拐しようと計画していたところに、偶然よっしい……お君が遭遇した」

「もう、よっしいでいいよ。その方が呼びやすいんだろ」


 三十過ぎてその呼び名はどうかとも思うが、もうあきらめた。


「そう? 良かった。呼び慣れないから困ってたの」


 はにかんで首を傾げる姿に思わず見惚れる。

 三十とは思えない可愛さだな。年の割に若く見えるのもあるが、昔から俺は精華のちょっとした仕草が好きだった。


「いい空気のところ邪魔して悪いんだけどさ、もうストーカーは解決したんだよね?」


 こたつの上ににゅっと上半身を伸ばして、妹が視線に割り込んできた。

 ちょっと不機嫌に見えるのは、大事な話題から逸れたからだろう。ストーカー問題でずっと胸を痛めていたんだ。まずは、そこをハッキリさせておかないとな。


「ああ、もう大丈夫だと思う。今は入院中で、退院したら逮捕するそうだ。あいつらのスマホに計画のやりとりが残っていたらしい。それに俺の録音データだけでも証拠としては十分らしい」


 俺を刺した時は十三歳以下で刑事裁判はなかった。なので前科はないが全員が少年院を出た連中だそうで、今回は確実に刑罰が与えられるそうだ。

 ただ、どの程度の罪状になるのかは未だ不明。それでも、しばらくは危害を加えられることはない。


「今度ばかりは警察も頑張ってくれるだろ」


 警察署で話を聞いているときに一人の若い刑事が親身になって話をしてくれた。その人も身内がストーカー被害に遭ったそうなので、他人事とは思えないらしい。

 何か動きがあったら連絡すると言ってくれたので期待させてもらう。


「そっかー、良かったー」


 沙雪がこたつの天板に体を投げ出して、脱力している。

 明るく振る舞っているがストーカーに気づいてから、初めて緊張が解かれたのかもしれない。


「万が一、また何かあったら直ぐに相談してくれ」

「うん、わかった。ありがとう……お兄ちゃん」

「ふふっ、二人とも仲が戻ったんだね」


 妹とのやりとりを眺めて精華が微笑んでいる。

 昔から三人で遊ぶことが多く、彼女にとっても妹のような存在なので心から喜んでくれているように見えた。


「そう、かな」


 沙雪がちらちらこっちを見ている。


「そうだといいんだが」

「うん、そうだね。うん」


 自分自身を納得させるように沙雪が二度頷く。

 その反応に内心でそっと安堵の息を吐いた。俺だけじゃなくて、妹にそう思ってもらえていると確認が取れただけでも、俺にとっては大きな進歩だ。

 ここまでの関係を修復するのにあまりにも長い年月が流れてしまったが、もう後悔はしないと決めたんだ。少しでもいいから前に一歩ずつ進まないとな。


「よっしいは、私ともまた仲良くしてくれる?」


 くいっ、と袖を引っ張られたので視線を向けると、上目遣いで精華がじっと見つめてくる。

 この顔でこんな頼み方をされて断れる男がどれだけいるのか。


「当たり前だろ。むしろ、俺の方からお願いしないとな。あの時はお前を拒絶するようなことを言ってすまなかった。また良かったら昔みたいに接してくれると嬉しい」


 天板に手をついて頭を下げる。

 あの日、就活に失敗し続けていた俺は就活をあっさり成功させて、大企業で働き出した精華に嫉妬して、酷いことを言ってしまった。

 ……ほんと、後悔ばかりの人生だ。


「うん、許してあげましょう!」


 意外にも明るい声でそんなことを言われて、俺は頭を上げる。

 胸を張ってわざとらしく偉そうな態度の精華は、俺と目が合うとにっこりと笑う。


「まったく、よっしいは素直じゃないんだから」

「悪かったな。もう完全に嫌われたと思っていたよ」

「そんなわけないよ。私もあれから転勤で家を離れたし、こっちに戻ってこれても出張とかで離れることが多かったから。それに、私はずっと……んっ、あっと」


 何を言い淀んだのかは気になるが、この年で家族が居る場で仲直りするのは結構恥ずかしい。今もじっと妹が見つめているし。

 もう手の届かない距離まで心が離れてしまったと思っていたが、こんな俺に精華は歩み寄ってくれるのか。

 家族もそうだが、周りにこれだけ恵まれていたというのに、俺はそのことに気づこうとすらしてこなかった。

 これからも失敗の多い人生が待っているかもしれないが、後悔だけはしないように生きていきたい、な。


「じゃあ、また一緒に出かけたり……ひいいっ!」


 いきなり悲鳴を上げた精華が、座ったまま窓際まで一気に後退る。

 顔面蒼白で怯える視線の先を追うと、そこには……ディスティニーがいた。


「お前、また抜け出したのか」


 そっと両手で包み込むように掴むと、こたつの上に置く。

 精華が頭を左右に激しく揺らして涙目になった。

 ……そういや、は虫類とか苦手だったな。

 ちょっとしたいたずら心でディスティニーを掴んで精華の方に持って行くと、


「ひいいいっ、子供みたいな真似やめてよ! そういうところは、昔から大っ嫌い!」


 と本気で怒られた。


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