すっかり忘れていた奇跡と複雑な日常
奥から現れた連中を細かく観察する。
一瞬だけ生き残りかとも思ったが外見からそれは違うと判断した。耳の先端が丸くお世辞にも美形とはいえない小太りな中年。
他の連中は武装しているのに、その男だけはこの世界の旅装のようだ。
分厚めのコートに革のブーツ。服装はシンプルでありながら、粗末な印象を受けない。結構高級な服なのか?
険しい表情をしているのは村の現状を目の当たりにしたからだろう。
小太りの男以外はガムズと似た革鎧を装着しているのが二人。動きやすそうな軽装だが短剣と小さめの弓を持っている女性が一人。
あとフード付きのマントを被った小柄な人がいる。フードを目深に被っているので顔は見えないが大きな杖を持っているので、ファンタジー定番の魔法使いだよな。
「あの中年以外はファンタジー定番の冒険者って感じだよな。この世界だとハンターになるのか」
最近のファンタジー作品でよく見かける《冒険者》という謎の職業。
モンスターを倒す依頼をこなしたり、その素材を売って金儲けをする、というのが基本業務らしい。この世界ではハンターがそれにあたるようだ。
前々から疑問だったのだが、命がけで凶悪なモンスターを倒す職業ってもっと儲からないとおかしくないか?
危険手当を含めてモンスター一匹倒したら一ヶ月は楽に暮らせるぐらいの収入が得られないとおかしい。それこそ初心者冒険者なんて辛いだけで儲からないとわかったら、誰もこんな仕事なんてやりたくないだろ。
……と、どうでもいい俺の疑問はさておき、問題はこの怪しげな団体だ。
マウスを操作してキャラをクリックしてみるが《???》が表示されるだけで情報は得られない。
会話が聞き取れないかとマップを拡大してみるが、口パクは見えても会話文は表示されない。
「まあ、そうだよな」
以前から会話文が表示される時とされない時の違いが気になって調べたことがあるので、ある程度は想像がついている。
おそらくだが、聖書がある程度近くにないと会話が表示されない。
モンスターの拠点を襲った際はガムズたちの会話は見ることができたが、拠点に残してきたロディス一家の会話は過去ログにも載ってなかった。
それ以外でも試してみたのだが、小さい木彫りの像は動かせたのに拠点に置いてきた像は起動不可。
つまり、聖書を起点としてゲームが進行している。と考えられる。奇跡も神託も聖書が近くにないと実行できない。これを覚えておかないと、いつか痛い目をみそうだ。
とまあ、この結論に到達したからこそ、ロディス一家を連れて行くことにしたんだが。
像さえ置いておけば拠点で起動させて守れる、なんて甘い考えは消え失せた。
「じゃなくて、こいつらだ」
さっきから考えがとっちらかっているな。
この怪しい団体は何者か。考えられるのは偶然ここに立ち寄ったハンターグループ。
あの小太り中年は弱そうに見えて、実は武術の達人なのかもしれない。ラノベや漫画では、凡人に見えて実は達人なんてありがちな設定だし。
ただ、行動で推測するに……雇い主とハンターっぽい感じがする。小太り中年が何やら指示を出してハンターらしきメンバーが行動している。
他の家を調べるときも先に軽装の女性が家を覗き込んで、何やら調べてから他の連中が入った。
雇い主っぽいのには常に一人、武装した男が寄り添っている。
「となると、こいつらは商人と護衛ってのはどうだ」
背中に大きなリュックサックを背負っているのが、いかにもって感じだ。
だとしたら、行商の途中で立ち寄ったムルスの村が滅んでいたから調べている最中、と考えるのが妥当かな。
アップにして顔を見てみると人の良さそうな顔をしている。家に入る前は一度手を合わせて祈ってから入るところを見ても悪い人とは思えない。
これを芝居だと疑う人もいるかもしれないが、俺が覗いていることなんて彼らは知らない。他人の目がない状況でそんな芝居をする必要は皆無だ。
「ガムズたちに神託でそれっぽく伝えた方がいいのかな。でもなー、やってしまうといざという時に危険を伝えられない」
相手が危険そうなら迷わず神託を発動するけど、悪い人には思えない。
……一応、神託をすぐに発動できるように文章だけ打ち込んでおくか。
《enter》を押さない限りは実行しないので、その状態で待機しておこう。
どっちも互いの存在にまだ気づかない距離なので、自分だけが緊張している状態で距離が縮まっていく。
『ここが私の住んでいた村です。ロディスさんたちはここで待っていた方が』
村の入り口で足を止めて、ムルスが判断を求める。
村人の死体は埋葬済みで、モンスターの死体も処理が終わっているとはいえ廃墟と化した村を、同じく村を追われた彼らに見せるのはどうかと思ったのだろう。
『気遣いは無用ですよ。キャロルには酷かもしれませんが、この世界で生きていれば避けては通れない道ですから』
『そうね。いつかもっと酷い場面に遭遇するかもしれないものね……』
画面の向こうの世界は平和な日本とは違う。子供にこういった場面を見せたくない、と思うのは親として当然だ。
でも、《命運の村》の世界観はシビアだ。こういった場面に慣れておかなければ、いざという時の判断でためらい、それが命に関わってくる。
『キャロルは強い子だから大丈夫だよ!』
元気に答えてはいるが震える手をぎゅっと握りしめていた。
それに気づいたガムズが手を握ると、キャロルの顔に安堵の表情が生まれる。
少し気になったのでチェムの方を見ると、さすがにこの状況で嫉妬するのは大人げないと判断したのか、優しい目をして二人を見つめていた。
……聖書を掴む手に力が入りすぎて、ミシミシ音がするのは聞かなかったことにする。
全員で村の中に入っていったので、俺はキーの上に指を添えておく。
ガムズたちは南側、連中は北東。そんな二組が導かれるように村の中心に移動中だ。
もう少しでお互いが視認できる距離に達する……。
『チェム、あの家の陰に隠れろ! ムルス!』
『わかっています。誰かいるようですね。モンスターか火事場泥棒か。どちらにしろ、タダでは帰しませんが』
警戒を発して剣を抜くガムズ。ムルスも弓を構えている。
チェムは何も言わずに馬を引いて、ロディス一家と崩れかけている家の裏に隠れた。
向こうもほぼ同時に気づいたようで、前衛らしき男女二人が先に前に出る。続いて残りの三人が姿を現す。
『我が村に何用だ! ……ドルドルドさん?』
『おおっ、ムルスさん。無事だったのですね! 皆さん、剣を納めてください』
小太り中年を見てムルスが弓を下ろす。
二人の反応で察したガムズと相手が構えを解く。
どしどしどしと音がしそうな跳ねるような歩みで、ドルドルドと呼ばれた男が近づいてくると、ムルスの手を力強く握る。
『村がこのような有様になっていたので心配していたのですよ。ムルスさんがご無事で本当に良かった』
目元の涙を拭うドルドルド。
これだけのやりとりだけでわかる。これが芝居でなければ間違いなくいい人だ。
『私だけはなんとか。……皆さん、安心してください。この方は私の村へ定期的にやってきて商売をしていた、行商人のドルドルドさんです』
話を聞いて廃屋の裏からチェムたちが出てきた。
やっぱり、商人だったのか。珍しく予想が当たったな。
ここに来て行商人との遭遇は助かる。モンスターを倒して得た皮や骨は素材として売れるらしいし、あの洞窟にあった鉱石だって買い取ってくれるかもしれない。
それに、この村に行商に来たのであれば当然商品があるはずだ。それを売ってもらえたら冬の備えは完璧になる、といいな。
「じゃあ、神託は消しておいていいか」
間違えて発動したら恥ずかしいので、入力しておいた文章は全部消しておく。
この上から読んでも下から読んでもドルドルドという商人は、口調が穏やかで涙もろい性格のようだ。
『皆様ご苦労なさったのですね。先ほどの件ですが喜んで買い取りさせていただきます。皆様のご用件がお済み次第、その洞窟へと同行させていただいて、よろしいでしょうか?』
『もちろんです。こちらこそ、よろしくお願いします』
ロディスさんも商人だったので話があったらしく、交渉ごとのすべてを任せることにした。
今からこの村で使えそうな物資を持ち帰る。そして、洞窟までドルドルドさんを連れて行ってモンスターの素材や鉱石を売る、という流れだ。
ここに残っている物で売り物になる物があれば買い取ってくれるらしいので、ムルスさんの許可を得て必需品と売り物を探している。
残っていた何台もの馬車はどこかしら破損していたが、無事だった部品を組み合わせたら一台分にはなったので、それを持って帰ることになった。
それで、今更なんだが思い当たる節がある。
ムルスが村に加入してから、俺は一つの奇跡を発動させていた。
《行商人が訪れる》
つまり、これは俺が奇跡を発動させた結果のようだ。奇跡も内容によっては直ぐに実行されないで今回みたいに三日かかる場合もあるのか。
……勉強になった。覚えておこう。
数時間が経過して、村でやるべきことは終了したようだ。
『安らかにお眠りください』
最後にチェムが即席の墓の前で死者のために祈る。
キャロルは護衛の人と一緒に花を摘みに行き、墓の前に花を添えた。
全員が祈りを捧げるシーンを見て、俺も神として何かできないかと奇跡を発動させる。墓の範囲だけを《晴れ》にすると、天空から一条の光が差し込む。
大気中の砂埃が日光に照らされキラキラと舞っている様子は、まるで死者が天に召されているかのようだった。
「不謹慎だけど、きれいだな……」
その光景を目の当たりにしたムルスの目から――大粒の涙がこぼれ落ちた。




