ゲーム内の神と現実の俺
それっぽい文言が思いついたので結構な長文を書き連ねる。AIが十分の一も理解出来たら、それだけで神ゲーに認定したいぐらいだが、どうだろう。
『命を拾いし者たちよ、我は運命の神。我が奇跡により魔物からの追撃を退けたようで何よりだ。これからは一日に一度だけ神託を授ける。我が命に従い、健やかに過ごすことを願う。まずは木々を伐採し、住む場所を確保するのだ』
偉そうな口調だが神だからこれぐらいでいいよな。誤字脱字もないと思う。
どうせ、文章の内容を理解できるわけがないので適当でもよかったのに、つい真面目に考え込んでしまった。
自分の律義さに苦笑しながら『enter』キーを押す。
『皆さん! 聖書に運命の神からの神託が』
大袈裟に神官のチェムが驚いている。
全員が一斉に聖書をのぞき込んでいるが、ここからどんなリアクションを見せてくれるのか。
『あのー、すみません。私もキャロルも文字が読めません』
恥ずかしそうにライラが手を挙げると、続いてキャロルが元気よくびしっと腕を伸ばす。
『俺も簡単な文字はいけるが、難しいのは無理だ。読んでくれるか』
『兄さんは読め……そうですね。では、読みます』
今のやり取りから察するに、識字率がそれほど高くないということか。
ガムズの口ぶりだと本当は文字を読めるようだったが、ライラたちに恥をかかせないように苦手なふりをしたっぽいな。
寡黙だが気配りのできるいいやつじゃないか、ガムズ。
妬みの対象でしかなかったが、好感度がちょっとだけ上がった。
それにしても、ゲームの演出が細かい。そのせいでテンポが少し悪い気もするが、人間味があるやり取りは嫌いじゃない。
チェムは深呼吸をしてから俺の打ち込んだ文章をそのまま話す。
まあ、これは文字をそのまま張り付けるだけだから、そんなに難しくないよな。問題はこの後だ。
『神が救ってくださったのですか! それどころか我々の心配まで……』
『感謝いたします、神よ!』
感極まったロディス夫婦とチェムが膝を突き、天に向かって祈りを捧げている。
キャロルは意味がわかってないようで笑っているだけだ。ガムズは表情を変えないで黙祷するように目を閉じて小さく頭を下げた。
「……嘘だろ」
まるで文章の中身を完全に理解したかのような言動。
「おいおい、マジか。キャラが理解して発言しているとしたらとんでもないぞ。こんなのまだまだ何十年も先の技術じゃないのか?」
最近のPCやスマホにはこっちの言葉を理解してアシスタントをしてくれるAIもあるにはあるが、あれは簡単な命令や言葉に対して反応しているだけだ。
複雑な長文を理解する機能はない。そうなると、あらかじめインプットされていた行動パターンの一つに当てはまっただけなのかもしれない。
『運命の神は木材を確保して寝床を確保しろと仰っています。なので皆さんで手分けして木を切り倒しましょう』
……俺の書いた文字を完全に理解しているかのような発言に見えるが。
『ここは森の中だから木は豊富ですが、伐り倒したところですぐに木材としては使えませんよ。加工しなければならないのは当然として、伐り倒してから乾燥の時間も必要となりますね』
腕組みをして意見を口にしたのはロディスか。……ん? 加工に乾燥時間?
えっ、こういうゲームは木を伐り倒したらすぐさま木材になって家の建造が始まるものだよな。このゲームどこまでリアル志向なんだ……。
『木材って乾かさないとダメなのですか?』
いい指摘だチェム。俺も同じことを思っていた。
『木はかなり水分を含んでいますので、乾かして使わないと形が変化したりするのですよ。なので、乾く前に加工して何かを作ると完成後に不具合が生じたりします』
『そうなのですか、不勉強でした』
画面の向こうで頷くチェムとシンクロしてしまった。
そんなの初めて知ったぞ。万能の存在っぽいアピールをしておいて、この失態はちょっと恥ずかしい。
『神の考えは人々の及ぶところではありません。何かお考えがあるのですよ。まずは木を伐り倒しておくのはどうでしょうか。すぐに使えなくても確保しておいて損はないですから』
フォローありがとう、ロディス。
全員が同意してくれたようで馬車に積んでいた木箱から斧やノコギリを取り出す。男手のロディスとガムズが伐採を担当するようだ。
女性陣は辺りを散策して何か食べられるものを探すらしい。
マウスのホイールボタンを動かして画面の縮小拡大が可能なので、現在地を確認しよう。
地上から離れていくとキャラのいる場所以外が真っ暗で何も見えない。拠点にしている場所とそこからグネグネと線のように伸びている場所しか詳細がわからないのは、バグではなく仕様なのか。
この細く伸びているところは馬車で逃げてきたルートだよな。
「これは、キャラが動いて未開マップを探索して見える範囲を広げていくタイプか。こういう設定だと偵察担当のキャラがいて周囲を調べるのが定番だけど、もう神託はできないんだよな」
キャラをクリックしても設定が表示されるのみで自分では操れない。
ゲーム内の時間を早めようとしたが、早送り操作のやり方が不明ときた。
「もしかして、ゲーム内時間ってリアルと一緒なのか。えっ、神託を毎日一回やったらあとは放置プレイ⁉ いやいやいや、それはないだろ」
正気か? こんなのゲームとして成り立ってない。キャラクターたちに個性があって眺めているだけでも楽しいのは楽しいけど、こんなのゲームじゃないぞ。
何とかならないかとキーボードを適当に叩いていると、不意に画面に文字が現れた。
《運命の神として行えることはもう一つあります。運命ポイントを使って数々の奇跡を行使できます》
急に出てきて唐突に説明が始まった。運命ポイントってなんだ?
《運命ポイントとは何ぞ? と思ったのではありませんか。運命ポイントとは村人が運命の神――つまり、あなたに対して感謝の念を抱けば抱くほど与えられるポイントです。画面右上の数字をご覧ください》
言われるがままに右上に視線を移動させると、聖書らしき絵柄と数字が書いてあった。
《それがあなたの運命ポイントです。住民が感謝すればするほどポイントは増えます。住民が増えれば必然的に量は増え、神託が村人のためになればなるほど感謝の気持ちでポイントが増量します》
つまり神託の内容でポイントの増減が決まると。
これは神託の文章をもっと真剣に考えたほうがいいな。さりげなく恩を売る感じでいくか。
《運命ポイントを消費して発動できるものはこちらとなります。村が立派になり住民が増えると奇跡の内容もグレードアップしますので頑張ってください》
正直、クソゲーではないかと疑い始めていたが、こんなシステムがあるとなると話が変わってくる。奇跡の内容とやらをチェックしてみるか。
「直接物を与えられるわけじゃないのか。『行商人が訪れる』『旅の薬師がやってくる』『ハンターが立ち寄る』『逃げ延びた村人が合流する』なるほど、俺は運命の神らしいから、人の運命を操作できるってことか。あとは……おおっ、ちょっとした天候の操作も可能と。こういうのは神様の奇跡っぽくていいな」
ゲーム性が増してきたぞ。
今、運命ポイントがあるのは、モンスターから追われているときに光った奇跡に関する村人の感謝の気持ちか。
とはいえ、ポイントがちょっとしかないので使い道に迷う。
村人が何を必要としているのかも今はハッキリとしていない。彼らの会話を盗み聞きして、今後の対策を練るとしようか。
ロディスとガムズの男性陣は黙々と木を伐っている。二人ともお喋りではないようで会話がない。
ロディスの方は気を使って会話しようと努力はしているが「ああ」「わかる」「そうだな」の三パターンしか返さない相手に苦戦している。
この二人はなんの参考にもならない。女性陣の方にするか。
『ライラさん、食材はどれぐらい持ち出せました?』
『逃げるのに必死だったからね。売り物の木箱を三つはなんとか運べたから、節約すれば二週間は大丈夫だと思いたいねえ』
『二週間ですか。それまでに安定した食料の確保ができるといいのですが』
山菜を摘んでいる二人の日常会話の中に注目すべき情報が含まれていた。
食料の確保か。となると『行商人が訪れる』を選べば食料を購入できるのか? 問題は村人が金を持っているかだけど、その前に自力での確保となると魚や山の幸だよな。
自然の幸がどれだけあるのか近隣の様子を調べたい。
「明日はガムズに辺りを調べるように指示するか? でも、ここで唯一の戦力をみんなから離していいものか……」
周囲の情報を得ることができれば危険を事前に察知することが可能となる。だが危険度もわからない状況下でガムズを単独行動させるのは無謀にも思えてしまう。
これはジレンマだな。
ゲームだと割り切って攻略するなら、今のところ何の力にもなれていない少女――キャロルを利用して見える範囲を広げるべきだ。
だけど、AIとは思えない人間っぽさを見せるキャラたちを切り捨てる気にはなれなかった。ゲームの中で彼らは懸命に生きていた。
ゲームのキャラ相手に馬鹿らしいとは思うが、今後彼らがどうなるのか俺は見守っていきたい、と本気で思い始めている。
ゲームを始めてから三時間程度しか経過していないが、人間味あふれる村人へ必要以上に感情移入してしまっているようだ。
「迂闊な行動をさせて全滅しても寝覚めが悪いしな」
誰かが聞いているわけでもないのに、そんな言い訳が口からこぼれる。
彼らが生き延びるための最善の策を考えよう。運命ポイントで実行可能な奇跡一覧をちゃんとチェックしておくか。
今のところ第一候補は食材の確保。第二候補は家を作るのに必要な道具や材料。第三候補は……。
「なんだこれ?」
一覧の下のほうに使い魔という項目があった。
ファンタジーの世界で使い魔といえば魔法使いの僕だよな。目や手足となって物を届けたり情報収集に使ったり……。
「情報収集!」
そうか。これを得ればマップの見える範囲を広げることが可能になるのでは!
今思えば、ゲームなのだからそういった対策をしていて当然だ。製作者だって馬鹿じゃない。
「現状のポイントで雇えるのがいるといいけど」
『使い魔』の項目をクリックするとずらっと使役できる使い魔の種類が並ぶ。
動物が多いが、ファンタジーでよく見かけるモンスターの名前もいくつかある。
「偵察とマップ目的なら鳥だよな。行動範囲も広いし、偵察に便利だし」
鳥にもいくつか種類があるようだが、軒並みポイントが高い。
今の俺が雇えそうな鳥の種類は、ヒヨコぐらいだった。
「卵を産むようになったら食卓に提供できるけど、偵察にはどう考えても向いてないよな」
猫や犬も使い魔としては定番だがポイントが届かない。
「村人からの感謝の気持ち以外でポイントを得る方法ってないのかな」
俺の呟きに反応したのかと疑うようなタイミングで、またも画面に文字が現れる。
《運命ポイントを増やす方法は他にもあります。それは課金システム。千円課金すると十ポイント加算されます》
……課金システム、だと。
おいおい、ニートにとって一番厄介なシステムを実装しているのか!
ネットゲームで課金システムのないゲームを探すほうが難しいと言われている時代だ。あって当然なのだが、αテストなのに組み込んでいるのかよ。
今のポイントでは使い魔には届かないが、現金を二万注げば猫や小型の犬に手が届く。使い魔以外でも、ポイントがあれば村人たちを楽にさせてあげられる。
すっと椅子から立ち上がるとPC脇に置いてあった小物入れから、通帳を取り出して中身を確認した。
「残りは一万ちょい。家の本とかゲームを売れば、それなりの金にはなる。懸賞で当てて封を切ってないのをネットオークションに出せば……」
俺はそれからずっと悩み続け、決断できないまま時間だけが過ぎていった。
――人間のように振る舞うNPC相手に抱いている違和感を無視して。