死闘を繰り広げる二人と思案し続ける俺
降りしきる雨の中、ガムズが相手の側面から一気に間合いを詰めて剣を突き出す。
単眼赤鬼はちらっと眼を向けると、長い棒を煩わしそうに薙ぐ。
瞬間、豪雨が真っ二つに裂けた。
そして、遅れて鈍い激突音が響いたかと思うと、雨水の浮いた地面を滑るようにしてガムズが後方に吹っ飛ぶ。
「ガムズ⁉」
一撃で倒されたのかと焦ったが、交差させた剣で防いで無傷のようだ。それでも受け止めた時の衝撃は残っているようで、顔を歪めて片膝を突いている。
倒れはしなかったが大きく体勢が崩れたところを単眼赤鬼が見逃さず、大股で歩み寄ってきた。
『お兄様っ!』
悲鳴を上げるチェムの隣でムルスが素早く行動に移す。
続けざまに矢を放つが軽く手で払われるか、命中しても皮膚に弾かれている。
矢の勢いが弱いわけじゃない。今までモンスターを一発で射抜いてきた実績がある。
「つまり、あの赤鬼が規格外の強さってことだよな」
矢に気を取られている間にガムズが持ち直したようだが、圧倒的な力の差を感じずにはいられない。
今は辛うじて躱してはいるが……違うな。あの赤鬼遊んでやがる。
天を指すようにわざとらしく棒を振りかぶると、目にも止まらぬ速度で振り下ろす。それを必死になって避けるガムズを見て……笑いやがったぞ。
何度も何度もワンパターンな攻撃を繰り返している。虫でも叩き潰しているつもりか。
ガムズも何とか攻撃に転じようとはしているが、あの巨体と手にした棒のリーチで間合いを詰めることができない。
強引に近づけば、さっきみたいに吹き飛ばされる未来が待っているだけだ。
『あの単眼赤鬼は普通の個体じゃない。レジェンド級かそれ以上……。普通の矢が通じないとなると、毒矢しかない。でも、この雨に加え、頑強な皮膚を貫けるかどうか』
忌々しげに唇を噛むムルスの言葉を聞いてハッとした。
そうか、ムルスは薬師だから毒にも精通していて当然なのか。
毒の塗られた鏃が刺されば勝機はあるかもしれない。でも、刺さったところでこの雨が裏目に出て、毒が流される可能性が高い。
なら、雨を止めたらどうだ? 降り止まない雨のせいで地面のぬかるみに足を取られ、ガムズの動きが精彩を欠いている。
しかし、豪雨のおかげで相手の巨大な一つ目に雨が入り、視界を妨げているというメリットも存在していた。それに、雨が止んだところで地面が直ぐに乾く訳じゃない。
逃げ出すように神託で伝えるべきだとは思うが……この状況下で逃げる方が危険なのではないか?
一瞬でも攻撃の手を緩めて背中を見せたら、無事で済むとは思えない。
むしろ、今この瞬間に倒されても不思議ではないというのに。
「どうする、どうする! 迷っている暇もないぞ。考えろ、考えろ! 何ができる⁉ 今、何ができる‼」
拠点で窮地に陥った時は《ゴーレム召喚》という対策があったので、どこか心に余裕があった。でも今はいざという時の保険がない。
こんなことなら不格好でも木彫りの像をここまで運ばせるべきだったか? いや、そんなことをしたら移動速度が激減して、その時間差で救える命も救えなくなったら俺もガムズたちも後悔する。
俺ができるのは神託で何かを伝えることと、奇跡の力。でも、運命を操作する奇跡に即効性を求めるのは無謀。
だとしたら、天候操作の一択しかない。
使えそうな物は毒、聖書、あとはガムズがチェムに渡した小袋ぐらい。
……ない知恵を振り絞れ、頭から煙が出るぐらい回転させろ!
もっとも確実な方法は……ガムズを見捨てて、チェムとムルスだけでも逃がすこと。二人が逃げ出したら賢明なガムズは直ぐに察して、派手な動きで相手の注目を集めて囮になってくれるはずだ。
彼らは所詮ゲームのキャラ。ただのNPC。
死んだところでそれはゲームの演出であって、本当の死ではない。……なんて割り切れるなら、こんなに悩むわけがないだろ!
「ダメだ、全員で生還するぞ。方法はあるはずだ! クリアー不可能なゲームなんてゲームじゃない。何か、何か、現状を覆す一手がっ」
俺が無能なのは嫌というほど自覚している。だからアニメ、ゲーム、漫画で見た知識でもパクリでもなんでもいい! この十年で得た少ない知識を総動員しろ! 何かこの場面で使えるアイデアはないか!
この状況下で最も有効な手段は――。
奇跡の内容、ここにある物、そして運と博打要素。そのすべてが頭の中で噛み合い一つの道筋が浮かぶ。
「やれるか? ……じゃなくて、やる場面だろ!」
俺は素早く文字を打ち込むと神託を発動させた。
『聖書に光が! 何か助言を⁉』
いち早く気づいたチェムが聖書を取り出し、書かれた文字を確認する。
内容に納得してくれたのか、すぐさま隣にいるムルスに何かを伝えると素早く準備を整えた。
ムルスが再び弓を構えたのを確認して、新たな天候操作を選択して実行する。
単眼赤鬼のみが入るように効果範囲を最小に調節すると、豪雨は単眼赤鬼の周りにだけ降り続け、離れた場所のガムズはギリギリで雨の範囲から逃れた。
単眼赤鬼の周辺のみが雨が降り続いている異様な光景だが、ガムズは神の奇跡だと瞬時に理解したようで、ちらりとチェムの方を見た。
チェムが手振りで離れるように指示すると、小さく頷き警戒されないよう徐々に距離を取る。
雨の中に取り残される形になった単眼赤鬼だったが、自分は雨に降られ続けているので異変にはまだ気づいていない。
今までと同じように大きく棒を振りかざし――たところで、視界が光に埋め尽くされる。
目もくらむような光に遅れて響くのは、鼓膜を貫く雷鳴。
そして、
『ゴアアアッ!』
単眼赤鬼の悲鳴。
天候操作で《豪雨》から《雷雨》に変更して雷が発生しやすくなった状況で、高く掲げた棒が避雷針代わりとなり、そこに稲光が命中した。
体から煙を立ち昇らせふらついてはいるが、信じられないことにまだ生きている。
「雷の直撃で死なないのかよ。想定外すぎるだろ。だけど……」
その絶好のチャンスを逃さずにムルスが矢を撃つ。
全身の痛みに耐え兼ねて体を仰け反らし、絶叫を上げ続けている口を目掛け、矢が山なりに飛んでいく。
放たれた矢には毒が付けられていて、あの大きな口に毒と一緒に矢が飛び込めば作戦終了だ。
勝利を確信したその瞬間、鏃の進む先に巨大な手が現れ矢の進路を完全に塞いでしまう。
さっきまで完全に閉じられていた目蓋が微かに開いていて、その目は矢を捉えていた。
巨大な口の端が吊り上がり、俺達をあざける様な笑みを口元に浮かべる。
「やられたっ! ……と普通は思うよな」
矢が相手の手にぶつかる直前、矢から分離した物体があった。
それは小さな運命の像で、そいつは毒の入った小瓶を抱えている。
巨大な手を飛び越え落下していく途中で単眼赤鬼の手の甲を蹴り、毒の入った瓶と一緒に口の中へと飛び込んだ。
慌てて口を閉じているが、もう遅い!
手にしているゲームパッドを操作して、小さな神の像が攻撃するように操作する。
ターゲットは――毒の小瓶だ!
単眼赤鬼の体が一度大きく揺れたかと思うと大地に膝を突き、苦しそうに喉元を押さえたまま、前のめりに地面に突っ伏す。
誰も声を発することなくじっと単眼赤鬼を見つめているが、もうピクリとも動かない。
「よおおおおし、よっし、よっし、よっし! うまくいった!」
ゲームパッドを放り出して、大きくガッツポーズをする。
一か八かの作戦に近かったが、なんとかやれたようだ。
俺が二人に神託で伝えた内容はこうだ。
『今から単眼赤鬼の周りにだけ雷雨を呼ぶ。落雷後に相手の口を狙い矢を撃ち込むのだ。ただ撃ち込むのではなく、我の分身に毒を渡して矢にしがみついた状態で放つがいい』
スピード重視で入力したので神様らしさは薄れているが、それに気づく余裕は俺もチェムたちにもない。
神託の後に俺はすぐさま《ゴーレム操作》の奇跡を発動した。
以前、ガムズが彫った人形をゴーレムとして操作した時に疑問が一つ頭に浮かんでいた。あれは運命の像と認識できる物ならなんでも操れるのではないか、と。
そこでキャロルがお守りとして渡した小さな神の像の存在を思い出して実行した結果、俺の予想は的中した。
雷は金属製の物に落ちるという迷信があったが、あれは嘘で雷は高い物に落ちやすい。あの開けた場所で範囲を絞り、その中に居るのは背が高く長い棒を上段に構えて攻撃する癖がある単眼赤鬼。
そんなの雷に落ちてくれと言っているようなものだ。
ガムズを巻き込む心配があったが、俺のやりたいことを理解して距離を取ってくれたのは助かった。
落雷でダメージを負った今なら毒を飲ませるチャンスだと矢を撃つ。
その矢に抱き着きついている小さな運命の像は、小脇に小瓶を抱えた状態で発射される。中身は一滴で猛猪を絶命させるほどの毒薬。
それを確実に口に放り込むために小さな像を操った。鏃に毒を塗るだけでも良かったが、雨の影響と万が一に備えた。……備えあれば憂いなし、とはよく言ったもんだ。
勝利の余韻にいつまでも浸っていたいが、そうもいかない。
ガムズたちを確認すると、全員が一か所に固まっている。
雨はもう一滴も降っておらず、天からはまばゆい光が降り注ぐ。
地面に横たわる巨大なモンスターの死体。その脇に立つ三人の姿。
ここだけ見るなら幻想的で美しいワンシーンだ。思わず見惚れてしまうぐらい様になっていた。
三人を労わって一緒に喜んでやりたいが今日の神託は打ち止めなので、それは明日に持ち越しだ。
激戦の後だが、まだやるべきことが残っている。
あとは最後の小屋の中を確認するだけだ。




