神の奇跡と心配性な俺
次から二日に一回更新になります。ご注意ください
三人が行動に移す前に改めて敵の拠点を観察する。
村人であるガムズとチェムがいるのである程度はマップが見えるようになっているが、まだ全容は明らかになっていない。
見える範囲に緑小鬼が八、いや九体。
藁ぶきっぽい掘っ立て小屋が六つ。適度な大きさがあるので一軒に五体ぐらいは余裕で入ることができそうだ。
中に敵が潜んでいる可能性もあれば、ムルスの村の人が監禁されている可能性もある。
モンスターだけなら燃えやすそうな家に火矢でも撃ち込めばいいが、そうはいかない。連れ去られた人を殺しては元も子もない。
「火攻めは村や町を襲う時の基本戦略だけど、それが封じられているのは痛いな」
そうなると各個撃破になるが、建物があるとはいえ開けた場所なので誰か一人倒せばすぐにバレそうだ。
他の手段としては植物を操る魔法に期待したいところだが、地面は土がむき出しで雑草の一つも生えていない。
柵がないので攻めやすいのではないかと思ったが、隠れる場所がないので少人数の襲撃には向いていないようだ。
戦略ゲームや読書で得た知識を総動員して考えているが、これといった手段が思いつかない。
『せめて、晴天でなければ忍び接近することも可能なのですが』
口惜しそうに天を睨むムルス。
雲一つない晴天は奇襲向きではないよな。雨でも降らす方法があればいいんだが……あるな。
一番初めに奇跡の項目を調べた時に見つけた《天候操作》の存在。
水不足になった時にでも発動すればいいや、ぐらいに思っていたのですっかり忘れていた。
雨が降れば足音も消されて視界も悪くなる。雨を嫌って家に入れば移動も襲撃も楽だよな。
このままでは埒が明かないので《天候操作》をクリックすると追加項目が現れた。
《晴天》《曇り》《小雨》《雨》《雪》《豪雨》《大雪》《吹雪》《雷雨》《台風》
「やけに種類が豊富だな。ええと、天候の種類によって消費される運命ポイントも違うのか。左から順に右に行くにつれてポイントが必要になってくる、と」
驚くほど運命ポイントを必要としない天候もあれば、目玉が飛び出るぐらいのポイントを求める天候もある。
左の《晴天》《曇り》《小雨》は消費も少ないから気軽に発動しても大丈夫そうだ。《雨》も問題はないけど、《豪雨》からが、お高い。
《台風》以外はポイント数が足りているけど、どうするべきか。
ここは《豪雨》ぐらいにした方がいいのか? 雨音で足音がかき消されるのはメリットだよな。ただの雨だとそこまでの効果は期待できない。
けちけちしないで、一度ぐらい《天候操作》を発動しておくべきだった。どの程度の雨量なのかわからないのが辛いぞ。
「雨で味方も動き辛くなるってデメリットもあるけど、ムルスは雨を求めていたしな」
悩んでいる間に連れ去られた人が殺されたりしたら後悔する。ここは決断の時だ。
大きく深呼吸してから《豪雨》をクリックして奇跡を発動させる。
「おっと、マウスで天候を変更する範囲指定をしないとダメなのか。範囲を大きくすればするほど、運命ポイントの消費も激しくなる、と。一番小さい範囲は直径五メートルの円で、一メートル単位で範囲を広げられる。なるほどな」
じゃあ、敵の拠点ギリギリ……は怪しまれそうだから、もう少し大きくカバーしておこう。
辺りを照らしていた日光が失われ、画面内が一気に暗くなっていく。雨粒が数滴地面にぶつかったかと思ったら、降り注ぐ雨で視界が占領された。
上空から見下ろしている俺は周りの様子もある程度はわかるが、その場にいる連中はたまったもんじゃないぞ。
緑小鬼は突然の豪雨を避けるように粗末な小屋へ飛び込んでいく。
全員が家の中へと消えたので、見える範囲に敵は誰もいない。
『こんなにも都合よく天候が変わるなんて……』
ムルスの呟きに思わず頷く。
そうだよな、そっち側からしてみればご都合主義に思えて当然だ。
『ムルスさん、先程ですがほんのり聖書が光を発しました。恐らくですが、運命の神の助けではないかと。我々を導いてくださっているのですね。感謝いたします、運命の神よ』
チェムが雨に濡れないように服の下に入れておいた聖書を強く抱きしめ、感謝の言葉を捧げている。
理解が早くて助かるが……奇跡を発動させたら少し光る機能とかあったのか、知らなかった。
「これで忍び込みやすくなったけど、大丈夫かな」
ガムズもムルスも優秀なので要らぬ心配だとは思うけど、実力を知っていても不安はぬぐい切れない。
『チェム、俺の荷物を持っていてくれ。できるだけ身軽な状態で動きたい』
『わかりました。くれぐれも気を付けてくださいね』
ガムズが腰に装着していた小袋や手荷物をチェムに渡す。
まずはガムズが一人で飛び出して一番近い小屋に忍び寄る。
壁に耳を付けて中の音を探っているようだ。
ムルスは弓を構えて非常時に備え、チェムは指を組んで祈っている。
音がしなかったのか中を覗き込んで安全を確保すると、二人を手招きした。
前衛が先に調べて後衛が控えていざという時は狙撃。理にかなっているとは思うけど、同じ兄としてガムズの考えが手に取るようにわかる。
最悪の展開になっていた場合、妹に見せたくないのだろう。……無残な子供の死体を。
「運営、信じているぞ。そこまでシリアスな展開は求めてないからな」
顔も知らない人物に訴えてみたが、もちろん返答はない。
一つ目の小屋には誰もいなかったようで、次の小屋に向かっている。そこは雨が降ってから二体の緑小鬼が入ったのを目撃した。
もちろん、彼らもそれを承知しているので、さっきよりも慎重にガムズが歩を進めている。
俺も不意の遭遇がないか見張っているが、誰も小屋から出てきていない。
小屋に張り付いているガムズが振り返って手振りで何か伝えている。予め簡単な合図を決めていたようで、ムルスだけが近づいていく。
そして、小屋の扉を開けると二人が中に飛び込んだ。
「洞窟の中は覗けるのに、小屋の中が見えないのはおかしくないか」
中の様子がまったくわからないので、待つしかできない時間がもどかしい。
一分にも満たない時間で二人が出てきた。
返り血を浴びていたようだが降りしきる雨に流されていく。
どうやら連れ去られた人はいなかったようで、二人が顔を見合わせて頭を振る。
チェムをその場に待機させたまま次の小屋へと移動して、中に入り緑小鬼を仕留めて出る、を数回繰り返す。
敵の数は順調に減らせているが、まだ見つからないか。
倒した緑小鬼の数は雨が降る前に外で見かけた数を一つ上回っている。やはり、外で見かけた緑小鬼が全てではなかった。
「これは本当に最悪の展開も覚悟しないとダメか」
ゲームだと頭では理解しているつもりなのだが、俺の中で村人は家族に匹敵するぐらい大きな存在になってしまっている。
だから、悲しい目にも辛い目にも遭って欲しくない。
俺がそんなことを考えている内に、残す小屋は一つとなった。
それは広さも高さも他と比べて二回りほど大きく、初めから俺もガムズたちもここが本命だと思っていた小屋だ。
三人はそこから一番近い小屋の中に入って、扉の隙間からじっと様子をうかがっている。
「慎重にやって欲しいけど、人の命も関わっているからムルスは気が気じゃないんだろうな。それにこの雨いつまでもつのか……」
奇跡で降らした雨の継続時間が不明なので、降っている内に勝負を決めて欲しい気持ちもある。
まあ、そっちは効力が切れたらまた奇跡を発動すればいいだけ。……ポイントは減るけど、それは日頃の感謝の気持ちだけで補えているポイントなので問題ない。
三人に動きがなかったが、こうしていても仕方がないと判断したのだろう。やはり、まずガムズが小屋に向かっていく。
扉を開けた状態でムルスが弓を構えて弦を引いた状態で待機。チェムは聖書を強く抱きかかえている。
一歩、二歩……と慎重に進むガムズの足音は雨音が完全に消してくれていた。
あと数歩で大きな小屋の壁に到達する。そのタイミングで小屋の扉が勢いよく開いた!
中から姿を現したのは緑小鬼――ではなく、ガムズよりも頭一つ以上大きく、真っ赤な肌に限界まで肥大した筋肉の鎧。
「赤い鬼……」
手には物干し竿程の長さがある棒を握っている。槍のような穂先はないが、あの巨体であれだけ長い棒を振り回したら、恐るべき破壊力となるだろう。
腰に獣の皮を巻いただけの恰好で裸足だが、その姿には強者のオーラを感じる。
一番の特徴は首から上だ。巨大な一つ目に頬まで裂けた巨大な口、鼻は存在していない。
PC越しだというのに思わず身震いしてしまうぐらいの迫力があった。
一目でわかる、こいつは間違いなく強敵だ!
「そろそろ登場するとは覚悟していたけど、こいつは間違いなくボスキャラの立ち位置だよな……」
赤い鬼がギロリと横目でガムズを睨みつける。
『馬鹿な、こんな場所に単眼赤鬼だとっ!』
忌々しげに相手を睨みつけ剣を抜き放つガムズ。
『緑小鬼と単眼赤鬼が共存しているなんて聞いたこともないぞ……』
驚きに目を見開いていたムルスだったが、直ぐに気を取り直すと何のためらいもなく矢を解き放つ。
矢は狙い違わず単眼赤鬼と呼ばれた相手の巨大な瞳に吸い込まれたかのように見えたが、直前で軽く手を振り、こともなさげに矢を弾いた。
今の何気ない動作だけで確信した、こいつかなりの強敵だ。
矢印をマウスで操作して単眼赤鬼をクリックする。
《単眼赤鬼。鬼の一族でも野蛮で凶暴な種族。緑小鬼とは仲が悪く敵対している。身体能力が高いので並のハンターでは相手にならない。人肉を好んで食べる》
気になる情報が目白押しだが、最後の一文を読んで気が滅入る。
――人肉を好んで食べる、か。でも、まだ生き残りがいるかもしれない。ここは目の前の強敵を倒すことに集中しよう。
雨の中仁王立ちして睥睨する単眼赤鬼から押し寄せてくる迫力が尋常じゃない。
俺がガムズの立場なら腰が引けて一歩も動けない自信がある。
単眼赤鬼に焦った様子はなく、相手を格下とでも思っているのか、面倒そうに手にした長い棒を振るう。
轟、と風をぶった切る音がしたかと思うと、ガムズの頭上すれすれを棒が唸りを上げて通り過ぎて行った。
咄嗟に屈んで躱したのだが風圧で髪が大きく揺れているのが目視できる。
「あんなもの一発でも食らったらアウトだろ……」
足を止めたら終わりだとガムズも一瞬にして悟ったようで、単眼赤鬼を中心にして円を描くように動き始めた。
何度かムルスが矢を放っているが、羽虫でも追い払うような手つきで叩き落としている。
ここまでの戦闘を見た正直な感想としては、このメンバーで勝てる予感がしない。
どうする、神託を発動させて撤退するように指示するか?
二人はまだあきらめてないけど、どう考えても分が悪い。
引くに引けない事情がある二人を止めることができるのは、運命の神である俺だけだ。
勝負をかけるか、引くか。……二人の命が俺の手の中にあることを自覚して決断をしないと!




