再会に喜ぶ村人と誇らしい俺
《ボーナスイベントを開始します》
待ち望んでいたイベントのお知らせだ。机の上にはペットボトルとお菓子のゴールデンコンビを置いてある。
あと、命運の村から届いた果物も持ってきておいた。村人が食べるタイミングで一緒に食べると一体感が味わえるので。
トイレも済ましておいたから長期戦だったとしても、村人と一緒に乗り越える意気込みだ。
あの《邪神の誘惑》を耐えきった次の日から、村人が積極的に散策をしてくれたので拠点周辺のマップで見える部分が増えている。
ここでもう一度、周辺のマップをおさらいしておこう。
洞窟の前にはモンスターが侵入できないように設置された丸太の柵が並んでいる。前回の襲撃で大活躍した頼れる丸太だ。
柵の内側には丸太を組んだ物見櫓と丸太があるだけだが、いずれはここに畑も作りたい。その分のスペースは確保してある。
柵の外側の近い場所にあった木は伐り倒されたので切り株が点在している。かなり伐採したので周辺の視界がある程度は確保できた。
元から洞窟の近くは木が少なく地面も平らに均されていて、先住民のおかげでかなり楽させてもらっているが、それでも少し離れると陽の光もろくに通らない森が待ち構えている。
正面方向は木々が比較的少なくて、人が通れる道も存在していた。
徒歩で三分ほど進んだ先にあるのが巨大な川で、以前は橋が架かっていたようだが今はその残骸が川岸に垂れ下がっているだけ。
馬車が通ったのは南側でそっちはある程度マップが見えるようになっているが、北側はモンスターがやって来た方向なので警戒して近づかないようにしている。
「さーて、どっちの方向からイベントが発生するのかな」
予め今後ありそうな展開をいくつか想定しておこうとは思ったが、なんのヒントもないので考えるだけ無駄だと早々にあきらめた。
村人は時計を所持していないから時間の指定をしても意味がないので、神託に正確な時間は明記しなかった。なので、朝から村人は落ち着きがない。
もう少し具体的に……昼前ぐらい、とか伝えておいた方が良かったかもしれない、すまん。
「今のところは静かなものだけど警戒はしておかないとな」
村人は念のために全員柵の内側で待機。物見櫓にはガムズが上って辺りを見回している。
俺もマップを最大まで縮小して全体を注視しているが、これといって変化は……ん?
北側の森の方で何か動かなかったか?
そのポイントを拡大してみると、拠点の洞窟に歩み寄る人影が一つ。
森を抜け、見通しのいい場所に踏み出した人物は見覚えのある顔をしていた。中性的なイケメンで背中に弓を背負っている。
「ここでムルスが再登場するのか」
これは予想していた展開の一つで、それも望んでいた方だったので思わず顔がにやける。
物見櫓から姿を確認したガムズが「ムルス!」と呼びかけ手を振った。それに応えてムルスも手を振り返す。……が、表情が硬いな。
その声で村人の緊張が一気に緩み、キャロルは梯子を一気に上ってガムズの隣に並ぶと両腕をぶんぶんと振り回して歓迎している。
そんな姿を見てムルスの表情に一瞬陰りが見えた気がしたが、直ぐに笑顔を作った。
「このまま、合流して村の一員になるのが一番だけど」
理想的な展開はそれなんだが、ムルスの表情を見る限りそう簡単にいくとは思えない。
ゲーム的には、これだけでボーナスイベントと呼ぶには弱すぎる。
それにカーソルを合わせても、まだシークレット状態で情報を見ることができない。ここからが本番っぽいな。
柵の端に置かれている丸太には細工がしてあって、見た目は同じなのだが開閉が可能な扉になっている。そこからムルスが入ってきた。
歓迎ムードの村人がムルスを取り囲む。
『ムルスさん、お帰りー!』
腰に抱き着いたキャロルの頭を愛おしそうに優しく撫でるムルス。
『……ただいま。皆さんご無事のようで何よりです。申し訳ありません、私だけ逃げ出したというのにおめおめと』
深々と頭を下げて謝罪するが、村人は誰一人として気にしてないようだ。
『何言ってんだい。ムルスさんは善意で今まで一緒にいてくれたんだろ。だったら、お礼を言うことはあっても、文句なんてありゃしないよ。ねえ、あんた』
『そうだね、ライラの言うとおりだよ。こうして再会できただけで充分です』
『再びお会いできて嬉しいです。これも運命の神の導きですね』
村人のこういったところが俺は大好きだ。
このゲームの売りはいくつもあるが、売りの一つは村のキャラクターに嫌なヤツが一人もいないところだろうな。
『陰からの助力感謝する』
ガムズが口にしたのはモンスターに刺さっていた矢のことだろう。
俺が気づいたのだから、やっぱ気づくよな。
『いえ、この程度のことしかできずに申し訳ありません。……私にこんなことを頼む権利がないのは重々承知しているのですが、力を貸していただきたい!』
ムルスは突然その場に膝を突くと首を垂れる。
村人が慌てて立ち上がらせようとしている。この反応から察するに、ゲーム内の世界では土下座みたいな行為なのではないだろうか。
『頭を上げてください、ムルス様。お兄様の件もそうですが、私たちがどれだけムルス様に助けられたか。我々でお手伝いできることなら、なんでも言ってください。ねえ、お兄様』
『そうだな。恩は返すものだ、話してみてくれ』
村人全員が同じ気持ちのようで、兄妹の後ろで大きく頷いている。
俺は正体を知っているので複雑なところがあるが、それが個人的な頼み事なら受けたいと思っている。ムルスは悪いヤツではないと信じたいから。
それにゲーム脳で考えるなら、こういうキャラは仲間になるべき定めだ、間違いない。
……とメタ的な発想はともかく、このイベントを乗り越えたら合流するのは確定だな。
『まずは、皆さんに謝罪をさせて欲しい。私の正体は偶然ここを訪れた薬師などではなく、禁断の森に住む一族の者です』
ガムズとキャロルを除いて驚いているようだが、二人が驚いていない理由は別だよな。
ガムズは二人で行動することが多かったのと洞察力である程度は察していたのかもしれない。キャロルは……未だに良くわかってないだけだ。
『そうだったのですか。ということは、この森での《邪神の誘惑》がどれほどの脅威か、ご承知だったと?』
珍しくチェムの口調がきつめだ。大好きな兄が大怪我を負ったのだから、当たり前の反応だけど。
身を乗り出して詰問する妹の前に腕を伸ばして制するガムズ。
兄が何も言わないのを見て勢いを削がれたのか、咳払いをして一歩下がった。
『申し訳ありません。おおよその見当はついていました。ですが……今回はいつもと違い、襲撃に規則性が感じられ、モンスターの行動に不可解な点があったのです』
これってどういうことだろう。ゲームの演出として決まった時間に敵が襲ってきたが、それも何かしらの設定が存在するのか?
『それは俺も感じていた。村がモンスターに襲われた時も複数の種族が大量にやってきた。今までの《邪神の誘惑》でもモンスターが凶暴になることはあったが、協力して襲ってくるなんてことはなかったはずだ』
『言われてみれば確かにそうですね。私が年に数回行商をやっていた頃は、村の外で襲われた話は頻繁に耳にしました。ですが、村を襲った前例はあまり聞いたことがありません。それにモンスター同士で協力する種族はごく一部だけですし……』
そういやオープニングでイノシシに乗っていた緑小鬼がいたが、あれも本来ではありえない光景なのだろうか。乗馬ならぬ乗猪がこの世界の常識かと思っていた。
『その疑問はともかく、頼み事とは?』
俺も村人も本筋から脱線していたが、ガムズが元に戻してくれた。
『私の村が……《邪神の誘惑》により壊滅しました』
ひゅっ、と息を呑む音がした。それが村人の誰かなのか、俺なのかは定かではない。
これは意表を突かれたな。ムルスの一族は代々ここに住んでいると言っていた。モンスターの襲撃に対する備えもノウハウもあったはずだ。
それなのに滅ぼされた、と。
『そこで先程の話に繋がります。今までにない大規模の襲撃。それに加え多種多様なモンスターが協力して襲ってきたそうです。それもまるで誰かが操っているかのような動きだった、とまだ息のあった村人が教えてくれました。私は村長の命令で禁断の村に訪れた……皆さんを見張っていたので難を逃れましたが』
そこまで話すとうつむく。肩が小刻みに揺れているのは……そういうことなのだろう。
今、「見張っていた」という発言があったが村人はそこまで頭が回らないのか、誰もそこを指摘しない。
『村の生き残りはいるのか? いるのであれば、ここに連れてきてはどうだ。安全も保たれ、それに何よりも運命の神の加護がある』
俺としては村人が増えるのは大歓迎だ。困った時はお互い様だし、ムルスが一緒なら馬鹿な真似もしない……よな?
『ガムズさん、心遣いに感謝します。ですが、村には襲撃を伝えてくれた彼以外の生存者はなく……壊滅状態でした』
ということは一人だけ生き残ったのか。ゲームの設定としても重いな。
頼み事というのはムルスがここで暮らしたい、なら喜んで受け入れるけど。
『ただ、死体の数と村人の数が一致しませんでした。子供の死体が十数体足りていません。もしかしたら、モンスターの巣穴に連れていかれたのかも……しれないのです』
顔を上げずに語るムルスは今、どんな顔をしているのか。
生まれ育った村が滅び一人残された状況で、村人の死体を確認する。どれ程辛く、悲しいことなのか。俺なんかには想像すらできない。
『生き残っている可能性があるならば、迷っている時間すら惜しい。行こう』
『お兄様、奥から武器を持ってきますね』
『かさばらない携帯食料と水筒も準備しないと、ライラ水の方を頼めるかな』
『あいよ! おや、キャロルも手伝ってくれるのかい』
『うん! よくわからないけど、お出かけのお手伝いする!』
村人たちは既に動き出していた。
何度も困難を乗り越え、ここで逞しく生きる村人に迷いは一切ない。
こういう人たちだからこそ、ダメ人間の俺でも全力を尽くして守りたいと思わせてくれる。
顔を上げたムルスは茫然としていた。こんなにもあっさりと承諾してくれるなんて、思いもしてなかったようだ。
『こんな私のために……ありがとう、ありがとう……』
地面に両手をついて嗚咽を漏らすムルスに向かって、
「最高だろ、うちの村人は」
誇らしげに自慢をする。
村人が褒められるのは自分のことのように嬉しい。
運命の神として俺もできる範囲で手伝うと誓おう。……村の一員として。




